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98話 二年の澱み

 眩しい程の光が収まり、アステル達は静かに瞼を持ち上げた。

 森の中、小さな池のほとり。

 周囲を見渡しても木が生い茂り、ここが何処なのか判断できない。

 池は輝きと共に魔力を失い、普通の池へと戻ったのを見届ける。


「取り合えず、森を出てみようか」

 アステルがそう提案をすると、皆が頷き、アステルを先頭に歩き出した。

 カグラからフォレスティに転移する前は、世界樹の桜に埋め尽くされていた空は、今は普通の木々に生い茂る緑色に埋め尽くされていて、微かな木漏れ日だけがアステル達を照らす。


 鳥が鳴き、小動物が駆け巡る。

 やがて、アステル達の瞳に光が近付いてくる。

 森を抜け、目を背けたくなる程の強い日差しがアステル達を襲い、手で遮る。白く覆われた視界がゆっくりと、元の色を取り戻していく。


 拓けた草原、そして、整備された街道。

 アステルは周囲を見渡した。

 一つ、大きな湖が見え、そこに築かれた大きな町の存在に気付く。


「あの街……」

 二年前、アサイラムを旅立ちホドへと向かう道中で立ち寄った街。王国マルクトとホドの中間に存在するイェソド。

「どうする?」

 フェリスが首を傾げた。


 ライラに会いに行くとしても、アサイラムはマルクト近郊に位置する町。イェソドからマルクトまでは数日掛かる。食料や物資等を補給したほうが良いだろう。

「行ってみようか」

 アステル達はイェソドヘと向かい歩き出した。


 門番が立つ大きな門を潜り、イェソドへと入っていく。

 湖に築かれた街中には沢山の水路が通り、水が流れる音がそこら中から聞こえてくる。

 「ほお……綺麗な街だな」

 スズカが見渡し声を漏らすように言った。


「……表向きはね」

「どういうことだ?」

 アステルの言葉にスズカは首を傾げた。


 街の中を歩く途中、薄暗い路地が見えてくる。

「……なるほどな」

 その路地を見て、アステルの言葉の意味を理解する。


 召喚獣に首には首輪が着けられ、重苦しい鎖がぶら下がる。

 奴隷商人に売られているボロボロな召喚獣達。

「アステルという召喚術師と出会い、感覚が狂っていたが、召喚術師とはそういうものだったな」

 ラセツが言った。


「はい、醜いものを見せてしまって、すみません」

「いや、アステルが謝る事ではない。人の歴史がそうさせているだけだ」

「うむ。ぬしは我らと対等に接してくれている。今はそれだけで十分だ」

 ラセツの言葉に続けるように、スズカが言った。


「それにさ、それだけじゃないんだよねぇ……」

 フェリスの言葉にスズカ達は首を傾げる。

「この街は二年前から行方不明者が多いんだ。私達がカグラへ転移する前でも、殆ど進展がなかった」

 シリウスが言った。


「そうか。一見綺麗で平和な街だが……そうでもないらしいな」

 スズカが静かに呟くように言う。


「ついでだし、ギルドに寄ってみようか」

「ぎるど?」

「組織の事」

 ほお。とスズカが頷いた。


 そうして、アステル達はギルドへと辿り着く。

 その扉を静かに開け、中へと入っていく。

 カウンターで書類を整理していた女性が顔を上げ、驚きの表情を見せた。

「アステルちゃん?」


 女性は静かにアステルの名を呼んだ。

「お久しぶりです。カレンさん」

「本当に、アステルちゃんなのね? 大きくなって、前会ったときから可愛いと思ったけど、綺麗になったわね」

「そうですか?」


 アステルは首を傾げた。

「ふふ、変わらないようで何よりよ」

 そう言い、カレンはアステルの後ろに立つシリウス達視線を向ける。

 会った事あるシリウスとフェリスに手を振り、それに応えるかのように二人は頭を下げた。

 

 カイン。そして、鬼の二人を見た後、視線をアステルへと戻した。

「随分と仲間が増えたわね。アステルちゃん達も含めて、皆頼もしい感じがするわ」

 ワンッ。アステルの足元で狼の子供シルヴィが吠える。

 カウンターから乗り上げ、その声の主をカレンが見た。


「その子は?」

「シルヴィです」

「え!? シルヴィって、あのいつもアステルちゃんのフードの中に居た子?」

「はい」


「動物って、成長が早いのね……」

 困惑の声を漏らしつつ、乗り上げた身体を正した。

 アステルはカウンターの横に置かれた掲示板へと視線を向けた。

 様々な依頼が掲載されたその掲示板には、二年前から貼られているであろうボロボロな捜索依頼が貼られている。


「街にいた衛兵達の多くが、傀儡であったという話は聞きました。それ以外の進展はやっぱりありませんか?」

「ええ。アステルちゃんに言われた通り、アステルちゃんの名前を借りてギルド本部に増援を依頼した結果、ギルド職員や冒険者等を派遣してくれたけれど、進展はなし。行方不明者も見つかってないわ」

「そうですか。……グイレブさんは?」


 二年前に出会った妹が行方不明となった青年。

 その妹は確か、アステル達と同じ年頃と言っていた。

「毎日妹さんを探しに出ているわ。一日も休まずにね……多分、もう少しで戻ってくるんじゃないかしら?」

 カレンが言った。


 すると、扉が力なく開かれ、アステル達は振り向いた。

 そこには一人の青年が居た。酷く痩せ細り、頬がこけ、隈が酷い。

「グレイブ……」

 カレンが青年をそう呼んだ。


 アステル、そしてシリウスとフェリスは耳を疑った。

 以前出会った時とは形相が酷く異なっていた。

「グレイブ……さん?」

 アステルが呼ぶと、伏せた瞳を力なく持ち上げ、アステル達を見た。


「……アステルか? 随分と、大きくなったな」

 グレイブは力なく微笑んだ。

「グレイブさんも……その」

「ああ、すまない。久しぶりの再会なのに、こんな姿で」


「いえ、私こそ……すみません」

「いや、あの事なら謝る必要はない。……大人として、出してはいけない選択だった」


 あの事。それは、アステルを囮にして行方不明者を探し出すというもの。

 ホドへ向かう道中で立ち寄っただけの街、先を急いでいた事、アステル達に利点がなかった事。そして、カレンが反対した事によりそれは実現されたなかった。

 当時からグレイブは追い詰められていた。それでも、彼は最後にアステル達に謝罪をし、この街を出ていく彼女達を優しく見送った。


 だけど、今は目指すべき目的はない。ライラへの報告はあるが、それはいつでも出来る事だ。

 アステルはシリウス達皆を見た。

「私はアステルの考えに従うよ」

 シリウスがそういうと、同意するように皆が頷く。


「グレイブさん、少し休んでください。ちゃんと食べて、ちゃんと寝てください」

「いや、今は少しでも時間が惜しいんだ」

「妹さんと再会した時、妹さんが悲しみますよ」

「、……できるといいんだがな」


 力なく呟いた。

 そんなグレイブを真っすぐな瞳で見つめ、アステルは口を開く。

 「見つかります。いえ、私達が見つけます」

 真っすぐな言葉を受け、光を失いかけたグレイブの瞳に光が見える。


 アステルは手を差し出した。白い手、細い指が滲む視界の中で、グレイブには救いの手に見える。

 その小さな手を、グレイブの痩せ、震える手が力一杯に握りしめる。

 しかし、痛み等ない。栄養不足により、筋力が著しく落ちたのだろうか。


「あり、がとう……」

 グレイブは床へ膝を付け、アステルの手を両手で包み込み、自身の額へと押し当てる。

 震える声が漏れだし、静かに床を濡らしていく。


 落ち着きを取り戻したグレイブを、カレンが部屋へと運んでいく。

 その姿を見届け、アステルは皆を見た。

「みんな、ごめん。勝手に依頼を受けて」

「言ったでしょ? 私はアステルの意思に従うよ」


「私も」

 シリウスの言葉に、気だるげにフェリスが言った。

「妾とラセツもだ。今はぬしが、ここにいる者どもの主だ。反対はしない」

 スズカの言葉にラセツが頷く。


「俺も、アステルさんに従います」

 カインが言った。

「ありがとう」

 皆の言葉を聞き、アステルは微笑みそう言った。

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