97話 桜舞う鬼幻界の果てに
黒龍の件もあり、遅れていたベンケイの葬式が開かれる。
黒染めの衣を身に纏い、静かに眠る白装束の大鬼。ベンケイの亡骸へ花を手向け、手を合わせる。
振り返ると、そこにはアステル達と同様の着物を着たスズカがジッと。ベンケイが眠る棺を見つめ、静かに座っていた。
葬儀が終わり、ベンケイが眠る棺がカグラの世界樹である桜の元まで運ばれる。
薪が組まれた斎場へ棺が入れられる。
そして、スズカが薪に火を灯す。
パチパチと、薪が爆ぜ、白い煙が昇っていく。
上を見つめると青い空を覆い隠すように、ピンク色の桜が広がり、その中へ吸い込まれるように消えていく。
ベンケイの魂を世界樹の花々が包み込み、浄土へと運んでいく。
ふと、そんな気がし、アステルは静かに視線を落とした。
スズカはその炎を、最後まで真っすぐな瞳で見つめていた。
王として、一番最初の家臣の最期を灰になるまで、静かに見つめる。
その背中をアステル達はただ静かに見守る。
彼女の家臣達もまた、誰一人として声を上げる者はなく、炎が鎮まるのを待っていた。
やがて、優しく吹き、桜の枝が揺れ動き花びらが舞う。
残った灰をスズカが桜の根本へ優しく撒いた。
「……これからは、ここで見守ってくれ」
願うように、スズカは静かに呟いた。
葬儀と火葬を終え、アステル達は宴会場に来ていた。
静かに座るアステル達の前に、続々と料理が運ばれてくる。
右斜め前を見れば、そこにはスズカが胡坐をかき座っている。
料理が全て運ばれてきた頃合い、スズカが静かに盃を持ち上げる。
「ベンケイの追悼、そして、アステル達との送別も含めた宴会だ。だが、悲しみはなしだ。呑んで、食って、騒げ。それがベンケイへの最大限の手向けであり、アステル達との最高の別れになる」
スズカの言葉に、家臣達が声を上げ、手に持つ酒を一斉に呑み出す。
それに合わせるかのように、アステル達も用意されていたお茶を飲む。
先ほどまでの静寂が嘘だったかのように、周囲が騒がしくなる。鬼や雪女、様々な妖怪達が食らい、呑み、そして、笑う。
その中で、アステル達は静かに目の前に置かれた料理を食べる。
「フォレスティに帰ったら、まずどこに行くんだ?」
スズカが酒を呑み、アステルを見て言った。
「先生の所に行くか、ホドに行くか。迷っているけど、状況次第かな」
静かにスズカの問いに、アステルが答えた。
「アステルの先生か。……どういう人物なんだ?」
「召喚獣だけが住む町に住んでいて、町の皆から信頼されて愛されてる。……スズカみたいな人かな」
「妾に?」
「スズカみたいと言っても、いい加減だし、ちゃらんぽらんだけどね」
アステルは苦笑いを浮かべた。その顔を見て、スズカが酒を呑む。
「うむ。俄然、興味が湧いた。……ならば、まずはその者に会いに行くとしよう」
「……え?」
アステルは困惑の声を上げた。そして、シリウス達もスズカへと視線を向ける。
「何を驚いている。妾もフォレスティに行く。当然ではないか」
「カグラの王がカグラから出ていいの?」
アステルが首を傾げた。
「それに関しては、儂がそう進言いたしました」
ハクオウが静かにそう言い、言葉を続ける。
「スズカ様はまだ若い。今でも王として素晴らしい。ですが、もっと良い王となるべく、外の世界を知り、見聞を広げる事を進めたのです。そして、何より。王の前に、一人の鬼としてご友人の力となるようにと」
「ハクオウが復帰した事により、執務は楽になると思ったが、元教育係として、未だに口うるさく言ってくるんだ。困ったものだ」
呆れたように言うが、その表情に嫌悪感は微塵を感じられない。
それどころか、少しだけ嬉しそうにその言葉を嚙み締める。
「ご安心くだされ、アステル殿に迷惑は掛けさせません。ラセツも同行させます」
「ラセツさんもですか?」
アステルが首を傾げると、ハクオウは頷いた。
ラセツへと視線を向けると、酒を呑んだユキノにアオバと共に絡まれ、困惑の表情を浮かべていた。
「もちろん、アステル殿の許しが貰えたらの話ですが」
ハクオウがアステルを見つめる。
カグラの王、鬼姫スズカとその右腕であるラセツの同行。
それは非常に心強いものになる。断る道理はない。
「こちらこそ、ぜひ、お願いします」
アステルが頭を下げる。
「ぬはは! うむ。これからも、よろしく頼むぞ」
スズカは大きく笑い、盃に注がれた酒を勢いよく飲み干し、ぷはぁと声を漏らした。
宴会は夜遅くまで続く中、アステル達は一足先にその場を後にする。
そして、日が昇り、桜が舞い散る世界樹の幹。桜が漂う泉にアステル達は集う。
スズカの腰には三本の刀が横向きに装着されている。
ラセツもまた腰に刀を差していた。
「王様の門出なのに、ハクオウさん達だけなんだね?」
フェリスが首を傾げる。
スズカを送り出すのに、この場に来たのは。雪女のユキノとセツナ、雪鬼のアオバ。そして、元賊の送り犬であるレンガだけだ。
「うむ、皆忙しいからな。別に永劫の別れではない。挨拶は昨日のうちに済ませたから断った」
「そうなんだ」
フェリスが頷く。
「それで、どうしたらいいんですか?」
アステルがハクオウを見つめた。
「アステル殿の魔力を泉に宿し、その中に入っていけばフォレスティに転移されます」
その言葉に従い、アステルは泉へと手を翳した。
黎明色の魔力がアステルの掌から零れ落ちるように、静かに泉の中へと落ちていく。
水面が揺れ、小さな波に桜が揺れ動く。
「お世話になりました」
アステルが頭を下げると、シリウス達も続けて頭を下げる。
「行ってくる。カグラを頼んだぞ」
スズカが言った。
そして、アステル達は泉の中へ足を踏み入れる。
そこには冷たさはなく、どこか温かさを感じる。
やがて、アステル達の身体を黎明色の魔力が包み込み。その場から、アステル達の姿を消し去った。
アステル達は、鬼幻界カグラを後にした。




