96話 桜の散る街
霊峰、東方浄土を後にしたアステル達は海上に浮かぶ、海坊主の船へと戻っていた。
「おかえりなさいませ! 皆様方、ご無事なようで何よりでございます!」
太陽の光が反射する頭を輝かせた大男、海坊主がアステル達を出迎えた。
「うむ、待っている間。何か問題はなかったか?」
「こちらは何も問題はございません」
スズカの問いに、海坊主が首を振った。
そうか。とスズカは頷き返した。
「皆様お疲れでしょう。まもなく出向いたしますので、船室でお休みください」
そうして、アステル達は各々船室に向かっていく。
船室に入ると、フェリスが椅子に座り、机に突っ伏する。それをシリウスが座り見つめ、その二人をアステルが見つめる。
その足元では狼の子供シルヴィが丸くなっていた。
「これからどうする?」
フェリスが頬をむにゅっとさせたまま、アステルを見た。
「フォレスティに戻るよ」
「そうじゃなくて、その次だよ」
「その次……か」
フェリスの返答にアステルは考え始める。
そもそもの話、この旅が始まった要因は師であるライラによるパンドラの扉の調査だ。
その扉はすでに開いてしまった。すでに調査をする事もない。となれば、ライラの元に帰るべきだろうか?
しかし、カインやホドの件もある。
パンドラの夜による被害を確認しておきたいが、ティアとテラが残り防衛を約束してくれた。
きっと被害は出ていない筈。
カインの選択次第によるが、カインをホドに送り届ける事も考えなければならない。
その辺りは本人の意思を確認してから決めるべきだろう。
もっとも、カグラからフォレスティへの転移がどこに転移されるかによるが。
「状況次第だけど、取り合えずは先生への報告かな」
「そっかぁ」
フェリスが顔を下げた。
静けさが船室の中に広がる。波で揺られ、皆で食事をし、一夜が過ぎた昼頃に港へと着く。
相も変わらず、船酔いで顔色が悪いカイン。そんな彼を見てアステルは苦笑いを浮かべる。
「世話になったな」
「いえ、こちらこそ。船幽霊を片付けて感謝しております。お気をつけてお帰りください」
スズカの言葉に海坊主が頭を下げた。
太陽の照り返しが頭で反射して、少しだけ眩しさを感じつつ、アステル達も頭を下げた。
そして、港町を出て、ツヴァイ達狼の背に乗り駆けていく。
数度の野営を過ごし、アステル達の目の前に大きな桜の木が見えてくる。
町の頭上を覆うほどの大きな桜。カグラの世界樹が、アステル達の帰還を出迎える。
その麓には城が見え、城下町。カグラの都が広がる。
桜が散る町を歩く。
行き交う人がスズカの存在に気付き手を振る。皆から愛されるカグラの王は、その全てに手を振り返す。
その背を静かに見守り、アステル達は後ろを歩いていく。
城門前の橋、そこには二人の男が静かに立っている。
初めてここに訪れた時にいた大柄の男、ベンケイはもうそこにはいない。
亡くなった者が生き返る奇跡等。この世界には存在しない。
「スズカ様!」
「おかえりなさって!」
二人の男がスズカを見て、頭を下げた。
元賊だった彼らは、今は亡きベンケイに代わり門番を担っている。
「うむ。……ちゃんとやれていたか?」
「はい!」
男が二人、返事を返した。
「これからも頼むぞ」
スズカは頷き、そう言いながら門を潜っていく。
男たちはその背に頭を深く下げた。
城の中を進んでいき、正殿へと足を踏み入れる。
スズカが奥の玉座へと進んでいくと、臣下が続々と姿を現した。
「おかえりなさいませ。スズカ様」
玉座の傍に立つ、ぬらりひょん。ハクオウが頭を下げると、臣下全員が頭を下げた。
スズカは身に着けた三本の刀を、雪女のユキノへと預け、玉座へと腰を下ろす。
足を組み、頬杖を突く。そして、酒が注がれた盃を持ち上げ喉を潤す。
プハァ。と声を静かに漏らし、玉座の上からアステル達を見下ろした。
「さて、帰ってきて早々だが。……今後の話をしようではないか」
アステルは玉座に腰を下ろす、カグラの王。鬼の姫、スズカを真っすぐな瞳で見つめた。
その瞳に応えるかのように、スズカもまた、アステルを見つめる。
「まずは、黒龍の件、ご苦労だったな。カグラを代表してぬしらに感謝を示そう」
スズカの言葉にアステルは頭を下げ、後ろにいるフェリス達も続くように頭を下げた。
「して。今後はどうするつもりだ?」
アステルは頭を上げた。
「フォレスティに帰ろうと思います」
「うむ。そのような話だったな。妾としては、このままカグラに残って欲しい所ではあるが……ぬしらの意思を尊重しよう」
「ありがとうございます」
「しかし、だ。今すぐに戻るという訳ではないのだろう? それまでは、ゆっくり。その身体を休ませてやれ」
「はい。そうさせて頂きます」
アステル達は頭を深く下げ、背を向け、正殿を後にした。
「二年振りじゃない?」
「二年振り?」
廊下を歩くアステルの後ろでフェリスが口を開き、シリウスが首を傾げた。
「何もする事がないのが」
「確かに、そうかも」
ライラへの報告はあるとしても、パンドラの扉の調査。百鬼夜行や黒龍討伐。ずっと明確な目標がそこにはあった。その全てが終わった。
そう考えると、少しだけ肩の荷が下りた気がしてくる。
「今はゆっくりと休もうか」
フェリス達は頷いた。
身体を休ませる為に、用意されている自室へと向かっていく。




