第4夜 試行-後半-
いざ、夢の世界へ。
そう意気込んで眠りについたものの、気が付いた場所は見知らぬ和室の布団の上だった。
今まで様々な設定の夢の中にいた。
現実に即した世界もあれば、夢の中ならではのおかしな世界観もあった。
今日見ている夢はどことなく懐かしい感じすら覚える。
自室でない事はすぐに解ったので、身体を起こし周りをゆっくりと見回す。
枕元には刀が2本並べておいてある。
風呂敷のような荷物もその隣に置かれていた。
着替え・・・なのかどうかは解らないが、身に纏えそうな着物のようなものがくしゃくしゃの団子のような状態で荷物の隣にある。
刀の手前、枕と刀の間には自分が飲んだと思わしきお銚子が2本転がっていた。
「お酒、飲める年齢じゃないんだけどな」
明晰夢と言う言葉がこの世にあると知ってから、夢の中で起こる『現実世界では起こり得ない事柄』に対してツッコミを入れる程度には夢を楽しむ事も出来るようになっていた。
最終的に痛い思いをして死ななければならない以上、出来る事なら夢を見たくないと思うのだが、見てしまう以上は楽しまなくては損ではないか。
そんな事を真剣に悩んだ日も今や懐かしさすら覚える。
突然、階下から駆け上がり、廊下をドタドタッと駆けてくる音が聞こえる。
質素な作りの襖がガバッ!と空いたと思うと、まるで時代劇のような恰好をした男が視界に飛び込んできた。
「お侍さん、お逃げなせぇっ!」
なるほど、ここは宿でこの人は宿の主人、そして自分はどういう訳だか解らないけれども誰かに追いかけられているのか。
逃げるにも寝間着のままでは都合がわるかろう、そう言うと団子状になっている着物の塊を身にまとう。
現物を見たこともないふんどしを身に着けている事もなんだか可笑しかったが、袴をはじめとする着物をすんなり着れてしまうのも不思議なものだ。
刀を差し身支度を終えると、こちらへと促された裏口から外へ出る。
しかしそこには羽織を着たサムライが6名待ち受けていた。
特に進展もなくここで切られるのか。
と、いつもなら絶望感に苛まれるシーンなのだが、今日は少々モチベーションが違う。
どうせ死ぬなら、やれるだけやってみよう。
そう決心して眠りについたのだ。
艶やかにも見える羽織を着た人間が何者で、自分がなぜ切られなければならない立場なのか。
背景などどうでも良かった。
中心にいる人物がスーッという小気味が良い音を立てて刀を抜く。
がたがた震えている宿の主人が震える声で小さく訴える。
「どうか・・・どうか・・・せめて・・・往来では勘弁しておくんなせぇ・・・」
ふんっと鼻を鳴らすと一旦刀を納める。
同時に6名が自分を中心に円形に陣取った。
着いて来いとの合図なのか、顎をしゃくる。
大人しく着いて行くと、程なくして道としては整備されていないが自然と道になっている、雑木林の中の広場のような場所にたどり着いた。
後ろから次々にスーッと言う音が聞こえる。
背後の3名が抜き終える頃、前に見えている3人も次々に刀を抜き構えていく。
しかし、1対6とは。
これは一体どういう事なのだろう。
時代背景も物語設定もよく解らないが、夢だからと言って特別に強いという訳でもなにか特別な能力があるでもないのだ。
それこそ、ゲームのように無双出来るほど強いのであれば、結末は同じでももう少し楽しいと思えるだろうに。
そんな事を考えていると、正面にいるリーダー格の男の右足が僅かに動いた。
それは、今にも切りかかるぞとでも合図するようにも見える。
しかしそれよりも先に、自分は円陣よりも少し外側から聞こえてくる音を聞き逃さなかった。
「やーーーーーっ!」
どこから現れたのか、短い刀を振りかざした男が自分の真後ろにいた男に切り付けた。
正面にいた男からは木が邪魔になって気が付かなかったのだろうか。
自分を切ろうとしている人間を切り付けるという事は、事情はどうあれ味方なのだろう。
虚を突かれた出来事に乗じて、絶対不利な円陣から外側へ抜け出す。
抜け出しつつ自分も刀を引き抜く。
想像していたよりも少々重たく感じたが、しっかりと刀を握り振り返ると、短い刀が二人目の人間へ刺した刀を引き抜いていた。
残り4名。
短い刀へ2名、そしてこちらへ2名、それぞれ相対する。
先ほどのリーダー格の男が固く口を結んでいる。
切っ先はしっかりとこちらを向いているが、次の動作が全く予想できなかった。
こちらも相手に切っ先を向ける。
相手の刀は太陽の光を反射して見るからによく切れそうだ。
対照的に自分が持っている刀は鈍い反射を返す程度だった。
時代劇で見る切り合いのシーンや剣道の立ち合いよりは遥かに距離が長い。
夢とは言え、刀がいきなり飛んでくるとは思えないので、ゆっくりと互いの距離を詰めていく。
じわりと汗が額を伝うのが解る。
相手の刀に自分の刀が届くのに、あとこぶし二つ程と言う所でこちらに相対していたもう一人の男が動いた。
右側にいた男の刀が振り落される。
ひゅっと言う風を切る音が聞こえる。
音が聞こえるよりも先に、自分は刀から右手を離していた。
ついコンマ何秒前まで右腕があった位置で刀が空を切る。
同時にリーダー格の男がまるで斧でも扱うかの勢いで刀を大きく振り下ろす。
左手に保持していた刀からも手を離し、自分は右手に飛び、右にいる男の刀の間合いよりも中に入る。
刀が落ちる音が聞こえるか聞こえないかのタイミング。
飛び込んだそのままの勢いで男の首に自分の右腕を回し、後ろから絞める。
柔道のように絞め落とすほどの技術も時間もないので、左手で相手の脇差を探り当て、腹に突き立てた。
その手ごたえが何とも言えない。
肉の塊に包丁を立てるよりも、ずっと力が必要だった。
「ひ・・・ひぃぃぃ」と言う声と共に腹を抱えて男がうずくまる。
男が落とした刀を拾い上げようとするも、上段から大きく空振りをした男が足でそれを払う。
見上げると再度右手上段に刀を構えている。
これはダメだ。
そう思ったが、思い切り後ろに飛んでみた。
どうせ最後は死ぬのだ。とにかくも、めいっぱい動いてみよう。
尻から着地をする。
そのまま地面を背中と頭で感じる。
後ろ向きに一回転してしまったが、勢いがあったのでそのまま立ち上がる。
相手がこちらに向かってくる。
然したる距離もないが、こちらには応戦できる武器もない。
とにかく、後ろに下がるしかなかった。
先ほどと同じように切っ先をこちらに向け距離を詰めてくる。
ひゅっと音がしたと思うと、目測では間合いの外にあった刀が自分の左手首に届いた。
鈍い衝撃と同時に手首が半分ほど切られ、次の瞬間に激しい痛みが訪れた。
「がぁっ!!!!」
叫んでいた。
痛みからではない。
これから刹那に訪れるである痛みに対する恐怖からだった。
手首からは血がしたたり落ち、関節を断ち切られているのか自重でだらんとぶら下がっている。
視界の端に、肉と皮膚だけで繋がれているだけの自分の左手が見える。
恐怖は容赦なくすぐに現実になる。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い思いをするのは解っていたが、痛覚は動作への気力を一気に削ぐ。
しっかりと相手を見据える事が出来た。
結果的にすぐに終わってしまったが、相手の動作への対処もできた。
これだけでも収穫はあったと思える。
よし、切られて終わりにしよう。
「ふぅ・・・」
息を吐き、続けざまに振りかぶった相手の刀が振り下ろされるのを目を閉じて待つ。
しかし、訪れるはずの一瞬が訪れない。
おかしいと思い目をあけると、目の前にいた男の胸から刀の先が見えている。
どうやら、短い刀の男が目の前の男を刺したらしい。
どさっと倒れるリーダー格の男。
倒れると同時に、短い刀の男が返り血にまみれながらも実に男らしい表情でこちらを見る。
間一髪でしたね、とでも言いたげな顔をされても困る。
一刻も早く痛みから逃れたい自分に、今この安堵は不要なものだ。
「たs・・・」
相手が何かを言いかけたところで、スゴンと言う音と共に言葉が途切れた。
左のこめかみに矢が刺さり、刺さった勢いでそのまま倒れこむ。
倒れこんだ男から目を離して矢の飛んできた方向へ目を向ける。
向けた瞬間に右の首元に衝撃が走り、為す術もなく倒れこむ。
左手首の痛みはもはや感じる事はなかった。
何が何だかわからない。
ただ、衝撃を受けた場所がひたすらに熱く感じる。
感覚器官があてにならないが、首からのどにかけて矢が刺さっているのだろう。
首の外側を温かい液体が伝うのが解る。次第にその温かい液体がのどの方に流れていく。
呼吸ができない。苦しい。熱い。
近づいてくる足音とは対照的に、意識が遠のいていくのが感じられた。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
飛び起きるようにして体を起こす。
全身びっしょりと寝汗をかき、ぜぇぜぇと激しく息をしていた。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
それは今日も変わらない。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいる事だけが唯一の救いともいえる。
今回のように、じわりじわりと死んでいくのは実にキツい。
それでも、夢である事に心の底から感謝をしつつ、呼吸を整え気分を落ち着かせる。
昨日感じたあれこれも、今日見た夢がヒントになるかもしれない。
「ふぅ・・・」
よし、シャワーでも浴びよう。
今日もまたいつもと変わらない日常が待っているんだから。
前半と比較すると後半は長かったですね。
読みやすく書けるよう、精進致します。




