第30夜 異界-後編-
イマイチ事態は呑み込めないが、友人たちに心配をかけるのは気が引ける。
ここは二人に歩調を合わせよう。
そう心に決めて体感で2時間程歩いた。
かなり早いペースで歩く二人についていくのがやっとであったが、歩く事に夢中になっていた為か、気が付けば従前より遠くにその姿を見せていた町に到着していた。
現実世界とはだいぶ趣が異なるが、醸し出している雰囲気はファンタジーの定番であろう中世ヨーロッパと言うよりは日本の江戸時代に近い。
日が暮れてきた時間帯だったが、町のあちこちにはかがり火が踊り宵闇から町を守っている。
「カビ、あそこの火消えてるよ」
ナムが指をさすと、カビは指された方にある一本の柱へ向かって走っていく。
「ほいっ!」
ちょっとした距離があったが、カビの声はそれなりの大きさに聞こえた。
声質も相まって若干間の抜けた感は否めないが、カビの掌に炎が生まれていた。
まるでソフトボールでも投げるかのように、下投げの要領で腕を振ると、手のひらの炎が2メートルほどの高さの柱の上に移動する。
なるほど、かがり火の動力源は魔法だったのか。
今までにも似たようなファンタジーの世界観に放り込まれた事が無い訳では無かったが、こうして日常の様子をまじまじと観察する事もなかったのでなんだか新鮮だ。
カビの様子をじっと見つめて感心していると、先を行くナムから声がかかる。
「クヌ!今日はあの店はどう?美味しいって評判なんだよ~!」
ナムが見つめる先には、レンガ造りのビルのような建物がある。
「うん、俺はどこでも大丈夫だよ。ナムがせっかく見つけてくれたから、あそこにしようか。」
かがり火を付けたカビが戻ってきたタイミングで、三人一緒に歩き始めた。
ドアも仕切りもない入口から建物に入る。
入った瞬間、ふわっとした良い香りが漂っていることに気付き、夢の中では満たす事のできない食欲をそそられる。
「おかえりなさいませ、冒険者様。」
程なくして、店員と思わしき女性に案内を受け、建物右手奥のテーブル席に案内された。
まるでオヤジの日曜大工、これぞDIYだという手作り感満載の椅子とテーブルはそのどちらも少々ガタついていた。
よくよく見て見ると、床はしっかりと踏み固められてはいたが土のまま。多少の凸凹は愛嬌のうちだろう。
「おねえさん!アレとコレとソレ、三つずつね!」
手慣れた様子でカビが先ほどとは違う店員に声をかける。
アレコレソレで良く注文が伝わるなぁと思ったが、よく見るとカビは言葉に手の動きを連動させている。
『アレ』では何かを飲むような滑らかな仕草を
『コレ』では一本の指で何かを串で突き刺すような鋭く素早い動きを
そして『ソレ』では手で塊を鷲掴むような表現していた。
見るともなしにあたりを見回すと、他のテーブルでも同じようにジェスチャーが飛び交っている。
どういう基準なのかは解らないが、まるで食べ物や飲み物にだけ固有名詞がないかのような動きに、新鮮さを感じる。
「あ、来るよ!」
ナムが声をあげた。
視線の先を見て見ると、木でできたカップとプレートがフヨフヨとこちらに向かってきている。
そのふらふらとした不安定な動きは若干心もとない気持ちになるが、静かに見守っているとやがてテーブルの上で静止し、コトコトコトコトと小さな音と共に丁寧に着地する。
「では、頂きますか。」
全ての器が着地しきる前に、カビが音頭をとる。
二人がカップを手に取ったのをみて、自分も慌てて手に取った。
「頂きます!!」
ゴツゴツゴツとカップを合わせ中身を一口飲む。
夢の中にあるたった3つのルール『死んだら目覚める』『夢には独自の世界観がある』『腹は減らないが味覚も無い』は、今宵もしっかりと守られているようだ。
指で刺したものも空を鷲掴みにしていたものも、それぞれ料理を表現しているものの様だったが、どちらも味らしい味がしない。
見た目も地味で元の食材がなんであるかも見当が付かないが、美味しそうに頬張っている二人を見ると味が気になるのも事実だ。
アレと言う飲み物はアルコールなのだろうか。
飲めば飲むほど目が回るように、体がふわりと軽くなる感じが強くなる。
現実世界で経験した事がないので、これが酔うという感覚なのかどうかは定かではないが、特段不快でもなかった。
手元のアレが無くなるか無くならないかのタイミングで、今度はナムがアレのお代わりを注文した。
フヨフヨと心もとない動きはそのままだったが、先ほどとは異なり注文後はあまり間を置かずに届いた。
カップの中身が無くなりかけると一杯、また一杯と届く。
何か楽しい話をしていたような気もするが、何を話していたか覚えていない。
そして、今は三人で何を話しているのかもほとんど認識できない状態になっていた。
ナムとカビがこちらを見ている。
「なんだよ、クヌぅ~もうダウンしちゃったのかよぉ?」
カビはがさごそと腰に下げていた麻袋をまさぐり、深い紫色の塊を手渡してきた。
思考回路が定まらず、手渡されたものがなんだか解らないでいると
「それはねぇ、口に放り込んで飲み込むと良いんだよ。」
と、教えてくれた。
判断能力は何杯目かのアレと共に呑み込んでしまったらしい。
おぼつかない手で紫色の塊を口に含み、言われるがままゴクリと音をたてて飲み込む。
「よぉし、飲み込んだか?」
急にシャンとした目つきをしたカビが、ニヤリとした顔でこちらを見ている。
「大丈夫みたいだね。じゃ、行こうか。」
ナムも薄気味悪いような笑顔でそう続く。
二人が席を立つ。
見知らぬ世界で放って行かれても困るので、自分も席を立とうとするが足が思うように動かない。
振り返ったカビが先ほどとは全く異なる、はっきりした、そしてドスのきいた低い声で言い放った。
「おとなしく死ねよ。こっちは金が欲しいだけなんだから。」
背を向けた二人が入口へ向かって歩き出す。
別段痛くもかゆくもないのだが、視覚・聴覚といった感覚が徐々に失われていくのが解った。
何が何だか理解が追い付かない。
だが、既に何かを考えるのも面倒になっていた。
少しずつ遠のいていく酒場の喧騒を子守歌代わりに、意識はゆっくりと沈んでいく。
暗くなっていく視界の向こうでは、二人がまるで悪魔のような形相を浮かべていた。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声の代わりに、チカチカと明滅するテレビ画面と友人たちの話し声で目が覚める。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
それは今日も変わらない。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいるが、時間はまだ深夜だ。
・・・そうだ、思い出した。
両親が旅行で留守にするのに合わせ、徹夜でゲームをしようとこの二人を自宅へ招いたのだ。
「お、くにーちゃん起きたねぇ。」
深夜テンションの生井が笑っている。
「生井君がさ、さっき回復薬と間違えて毒薬飲んで大ピンチだったんだよ。」
相変わらずの甘ったるい声で蕪木が報告してくれた。
そうか。
ロールプレイングゲームを後ろで見ているうちに、うっかり、そして、しっかりと寝てしまったのか。
まぁ確かに、アクションやシューティングと比べれば見ている側にあまり刺激はない。
「ごめんね、うっかり寝ちゃったよ。目覚まし代わりに、ちょっとシャワー浴びてくるね。」
いつも通り、シャワーでも浴びよう。
今日もまたいつもと変わらない日常を送れるように。
着替えを持って風呂場へ向かう。
自分が寝てる目の前でずっと起きていたのなら、二人が夢の住民と言う事はないだろう。
夢の中に登場した理由がなんとなく解り、なんだかホッとした。
服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
熱めに設定した湯温は嫌な気分を和らげてくれる。
さて、今日は一体どんな一日になるのだろうか。
いかにも夏休みの高校生らしいちょっとした非日常は、夢の中での不条理を忘れるのには十分だった。




