第14夜 強盗-Side Story-
この春から職場が変わった。
変わったと言っても転職したのではなく、単に働く店舗が変わっただけの異動だった。
和食を中心としたローカルチェーンの飲食店で、見た目はそのままファミリーレストラン。
そばやうどん、寿司や天ぷらの盛り合わせ、かつ丼や海鮮丼と言ったある意味では決まりきったラインナップで、地域のお年寄りを中心に連日盛況だ。
もちろん、盛況なのは良い。
飲食店に客が入らなければ、当然私たちの給料は出ないからだ。
ただ、忙しいというのにも限度がある。
異動の理由は、単に店舗の人員不足であり、個人の実力が評価された訳でもステップアップが前提にある物でもない。
シンプルに日々の業務量が増えただけで給与・待遇に以前との差はないのだから、これでもしボーナスの査定までもが変わらないと言うような事があれば、それは転職を決めるのに十分な理由だと思う。
今日も忙しかった。朝早くから夜遅くまで、三六協定は一体どこへやら。
自分が食事を摂る事もままならないのに、客が美味しそうに食べる顔を、業務用に染み付いてしまった笑顔で見守っていた。
幼少期であれば『早く寝なさい』と急かされそうな時間に帰宅する。
簡単な食事を摂り、シャワーを浴びてそのままベッドへ飛び込んだ。
夢の世界は私にとってエンターテイメントだ。
時に白馬の王子様が悪の女王を打ち倒して私に甘い口づけをくれる。
時にジャンヌダルクのような女戦士として世の巨悪に立ち向かう。
時に魔法のホウキで空を飛び回り、時に暗殺組織の現場リーダーとして任務を遂行する。
死ななければ目覚めないという特異性を除けば、現実世界でのストレスを解消するには必要十分。
そのお陰もあってか、少ない時間と貴重なお金をかけて自分のメンタルを維持する、所謂娯楽に係る費用はぐっと抑えられている。
しかし、それが同性同世代の間で、正しい生活スタイルであるかどうかはまた別の話だという自覚もあった。
-----
ジリリリリリリリリリっ!!!
今宵は、どこにでもある銀行の様な場所で幕が上がった。
カウンターの手前に長椅子が並んでいる。
視線の先に見える時計は15時を少し回った事を示していた。
耳に届く音がけたたましい。
誰がそうしたのかは解らないが、警報ベルを鳴らしたようだった。
「おい!誰だ!ベル鳴らした奴は!」
パン!パン!と天井に向けた銃を撃ちながら、目出し帽をかぶった男が叫んでいる。
視界には10名近い人間が映っている。
端から順に顔ぶれを眺めていると、見知った顔を見つけた。
朴訥そうな見た目とは裏腹に何度も私を救ってくれた人物、心の中では"彼"と呼んでいるが、その彼も今日はお出ましのようだ。
見た目はかなり若い。しかしながらここは夢の世界であり、彼の年齢など知る由もないが、それは特に問題ではない。
それよりも彼の役割がヒーローなのかモブキャラなのか、統一されていない事に不満があった。
もっとも、自分の脳内で生まれている夢の中の登場人物やその設定に不満を抱いても仕方ないのだけれど。
銃を撃った男に腕を引かれカウンターの前に、他の面々と共に並んで座らされる。
視界も変わり、今度は建物の入口方向が見えた。
入口近くにあるATMの隣には、警備員の制服を着た男が銃を片手に窓から外の様子を伺っていた。
「おい!早くしろ!」
カウンターの中から声が聞こえた。
先ほど銃を撃った男とは違う男が居るようだが、今いる場所からその様子は伺えない。
耳を澄ませていると、女性の悲鳴とも嗚咽ともとれる声が複数聞こえている。
「このまま大人しくしとけば、死にゃしねぇからな!」
目出し帽を被った男がわめいている。
銃口をこちら側に向けたまま、落ち着かない様子であたりを見回していた。
そろそろ、私の王子様が動き出しても良い頃だな・・・と思って彼の方を見つめる。
「・・・あ、ダメだ。」
思わず声に出てしまったが、今日の彼は"その他大勢"の立ち位置らしい。
この感じだと相手の武器を奪って一瞬でやっつけてくれるのではないかと、ちょっと期待した自分がなんだか悔しかった。
「あーーーー!」
突然大声が響いた。
声に驚いて視線を向けると、隣の女性のそのまた隣にいた大柄の男性が、目出し帽をかぶった男に掴みかかっていた。
何発かの銃声とガラスが割れるような音がした後は、ちょっとした取っ組み合いみたいな状態のまま動きが止まってしまった。
彼はモブだし、目の前の事態は進展しないし。
こうなると今夜の夢の世界は、あまり面白い展開は期待出来ないのかもしれない。
ATMの近くにいた警備員が足早に近づいてきたと思ったら、あっという間に大柄の男性を組み伏せ、手錠をかけられてしまう。
隣にいたおじいちゃんとおばあちゃんが心配そうな顔でその様子を見ているが、この二人も特に何か行動を起こす様子はない。
一旦離れた目出し帽の男が、手に持った銃で大柄の男性の顔を殴っている。
殴られた男性の口から飛び出た血が私の隣にいる女性の顔にかかったのを見て、ちょっと気の毒に感じる。
「イヤーーーー!もう!一体何なんですか!?」
血を浴びてしまった女性がパニックになって叫ぶ。
夢の中とは言え、当事者からすれば性質の悪い貰い事故のようなものだ。
この強盗と思わしき男たちの手際の悪さに少しずつ鬱憤を感じ始めた。
せめてもうちょっとスマートに、もう少しだけでもスムーズに出来ない物か。
ただでさえ短い睡眠時間に、ぐずぐずダラダラとした茶番に付き合うのは勿体ない。
「おい女。うるせーぞ。」
頭上から聞こえた声を聞いて顔を向ける。
色の違う目出し帽を被ったもう一人の男がカウンターの中から銃口を女性に向けていた。
手に持った銃を見て見ると指が引き金にかかっている。
少なくとも爽快な夢の内容ではない上に、目の前で同年代の女性が撃たれてしまっては寝覚めも悪い。
何より、私はこの夢を早く終わらせたかった。
「ちょっとアンタ、やめなさいよ。撃つんなら私を撃って。」
相手にとって予想外の動きである事は承知しているが、それにしてもこれだけの事で動きを止める事はないと思う。
「なに?どうしたの?早く撃ちなさいってば。」
目出し帽の奥で目元をしかめている。困惑しているのは明らかだ。
「それとも、それは何?モデルガンなの?」
我ながら安い挑発だけれど、こうでもしないとこの男たちは撃ってくれそうもない。
「ほら、早く撃ちなさいって言ってるでしょ。」
夢なんだから、ほら。一発、バンって撃っちゃえば良いのに。
しかし、男たちに動きはない。くすぶっていたイライラが少しずつ大きく成長しているのが解る。
「もしかして人撃った事ないの?ほら、こうやるんだよ。」
相手の銃を自分の額にあてる。
左手の親指を無理やり引き金にねじ込んで、相手の右手ごとぐっと握る。
目の前の男は小さな声で、やめろと言うような事を呟いている。
この瞬間だけは、いつもちょっとだけ勇気が必要だ。
夢の中だからって痛くない訳じゃないし、もし失敗なんかしたりしたら、一日中何も食べれない位に気分が悪くなる。
だからこそ確実な方法が目の前に現れたのならば、なるべく速やかに、ちょっとの勇気と爽やかな朝の目覚めを引き換えるようにしている。
視界の端には"彼"が居る。
事態が呑み込めませんっていう顔をしてるけど、そんなポンコツみたいな顔も結構好きなのよね。
じゃ、またねダーリン。おやすみなさい。
・・・パン!
-----
遠くに目覚まし時計のアラームが聞こえる。
3回目の電子音が終わる前に、時計のアラームを止めた。
いつも通り。夢から現実に戻る瞬間はいつも目覚ましが鳴っている。
実際はもっと長く鳴っているのかもしれないけど、音が聞こえてから3回目には自然と手が伸びている。
「・・・ま、でも顔見れただけでも良かったかな。」
上半身を起こし、ぐぅぅぅっと体を伸ばす。
よし、洗顔でもしましょうか。
今日もまたいつもと変わらない日常を送れるように。
第14夜を本作のヒロイン側から描きました。本編と共にお楽しみ頂けると嬉しいです。




