第29夜 失恋-中編-
時間が、ほんの一瞬だけ止まった気がした。
刹那の後、少なくとも今日聞いた中で一番大きな拍手と歓声が耳に届く。
ステージから降りた後は誰も声を出せなかった。
言葉にはならないが、恐らく同じ感情を抱いているのだろう。
楽屋スペースに戻り、各々が無言で片付けを始める。
片付けるべき楽器もなく、特にやる事もない自分は、無意識のうちに夢の中で見た手の動きを真似ていた。
「え、なに、くにーちゃん、突然愛の告白ぅ?」
須田が口を開く。
自分は何を言われているのかさっぱりわからず、きょとんとしてしまう。
「だって、それ指文字でしょ?手話の。ア・イ・シ・テ・ルってやってたよね?」
言葉の響きとは裏腹に、先日見た夢のラストシーンを思い出し、背筋に冷たいものが走る。
なるほど・・・あの声はそういう事だったのか。
「はい、でもここで~!恋するくにーちゃんにはとっっっても残念なお知らせがあります!」
高橋が背中にまとわりつきながら耳元で叫ぶ。
まるで須田のようなその動作に驚きつつも、その言葉が否応にも心を戦闘態勢にさせる。
ほらほらっと促されて、倉持が近寄ってくる。
手を伸ばせば届きそうな距離まで来たところでジッと目を見つめられ、ドギマギとしてしまう。
「あ・・・あの、私・・・彼氏がいるんです。大学生の。」
突然の告白に目の前が暗くなる。
これは後に解った事であるが、幼年期から3学年上の男性と交流があり、幼馴染のような関係が続いていたが、倉持の高校進学を機にお付き合いを始める事になったんだそうだ。
これでは、高校で知り合った自分に踏み込む余地など無い。
「付き合っている事は須田さんにも先週初めて話したんだけど、その時に國井君の事も聞いて・・・」
バンドの発表が終わったら話をしようと決めていた、と言う事だ。
血の気が引く思いをしたが、そこは高校生男子である自分にもプライドがある。
「・・・あ、あぁ、そうなんだ!」
そこまで頑張って声をひねり出したが、その後に良かったねとも残念だとも紡ぐことが出来ない。
ただ、好意を寄せていたという真実は自分の口から伝えたかったという気持ちがある。
「あの、でもっ!」
最近では倉持よりも心の中を大きく占める人物が居る事も事実である。
言いにくいだろうけど、勇気を振り絞って話してくれた気持ちには誠意をもって答えなければなるまい。
「実は自分も他に好きな人が出来て・・・だから、これからも友達でいてください!」
我ながら、苦し紛れの言い訳のようなセリフだ。
この時、視界の端にもう一人失恋した女性がいたという事を知らされたのも、後に須田から倉持の幼馴染の話を聞いた時だった。
またしても時が止まったような静寂が流れる。
「じゃ、他のバンド観に行こうか!」
須田の相変わらずのトーンに現実に引き戻される。
会場へ戻る仲間たちの背中を見て思う。
今日と言う一日はこの場に居た全員が大人への階段を一歩進んだに違いない。




