第29夜 失恋-前編-
暗い。
そして冷たい。
目を閉じて立っているが、瞼を透過して飛び込んでくる光は海の中を連想させる。
ドラムがビートを刻む。
そこに静かにベースの音が重なる。
小さなギターの音がまるで遠くに居るかのようにチロチロと聞こえる。
高校生のバンド日本一を決めるというイベントに、倉持も一緒に出るからと言う実に安直な理由だけで参加を決めた。
当初はブラスバンド部でも担当しているドラムを担う筈であったが、自分が今手に持っているのはスティックではなくマイクである。
急ごしらえも良い所であったが、急遽ドラムをやる事になった鈴木の飲み込みの速さに驚かされつつも、一ヶ月程度の練習で到達できるレベルにはどうしても限界がある。
極力シンプルに仕上げつつ、前日の練習ではとりあえずはきちんと叩けるという所までもってこれた。
本番に強い人間がいるとは聞いていたが、鈴木はまさにそういうタイプの人間であろう。
引っ込み思案でしゃべるときもうつむき加減にぼそぼそと声を発するが、スティックを握ると人が変わったようになる。そんな特異な二面性が練習を重ねるうちに見えてきたが、それがここへきて功を奏している。
曲の始まり、最初の一音がどれだけ重要であるか。叩くというより撫でて奏でるようなイメージで入ってくれと散々教えたが、予想を遥かに上回るどころか、自分でもこんな表現ができるかどうか解らないレベルだ。
このイベントには参加条件がある。
現役の高校生である事。
そして、未発表のオリジナル作品を演奏する事。
つまりは作詞作曲が出来る事が第一条件である訳だが、バンド人口の割に参加者が限られているのはオリジナル曲製作の難しさでもあろう。
多感な高校生が作り上げた一曲である。
歌が入るまでにたっぷりと32小節を使うが、メンバーのうち2名がブラスバンド経験者であり作曲者自身は長年ピアノを習いコンクールで上位入賞を果たす程の実力だ。
ともすれば飽きさせてしまうイントロを壮大な物語につなげるべく、この導入部はたっぷりと想いを込め仕掛けを重ねた。
問題は聞く手にこれらが伝わるかどうか。
ステージから見える光景は、いかにも不良然とした人が過半数を占める。
見た目だけで言えば、同じ高校生とは到底思えない。
10組参加したうちの8組目での発表。
そのほとんどがちゃがちゃと音を鳴らす曲で、音楽の好みからも仲良くなれそうにはない。
ギター。ドラム。ベース。シンセサイザー。
バンドであるからには一体感は当然重要なファクターであろうが、少なくとも今まで発表された7組は個々の技術のお披露目会の様相を呈していたという印象である。
審査員だけではなく、彼らにも自分たちの想いが伝わるか。
いや、それはどうか解らない。
それに、ステージに立ってしまった今、全身を駆け巡っている気持ちは"表現しきる事"だけだ。
メンバー全員でここに居る事。
奏でている事。
歌っている事。
ひとつひとつの音を、言葉を。
全てがいとおしく、全てが大切だ。
そう感じてしまったら、それ以外の事がどうでも良くなってしまった。
C#メジャーの曲のイントロがまもなく終わる。
一旦無音になり、その小節の3拍目から始まるAメロの最初の出だしはG#の音だ。
歌い始める。
カラオケと異なるのはやはり一人ではないという事だ。
コンピューターで制御された伴奏ではない。
ピッチがズレる事もあれば、リズムが狂う事もある。
しかしそんな事は関係ない。
歌いながらメンバーとアイコンタクトをとる。
リーダーの高橋。長年やってきたピアノではなくベースを担当している。
指先の感覚は流石としか言いようがない。フィンガーピッキングで優しくも力強い音色を奏でている。
言い出しっぺの須田はギターを弾いている。胸元を大きく広げた衣装で見た目にも華やかだ。
ギターのせいで若干持ち上がったふくらみが照明のせいでさらに強調されているように見える。
掴み所のない性格とは裏腹に、実に堅実にギターを弾いている。
お株急上昇の鈴木の表情は必死そのものだ。一つ一つの動作を丁寧に繰り出されているのがよく解る。
ともすれば惰性でリズムを刻む事も多い自分は、練習中の彼女のそのひたむきな姿に学ぶことも多かった。
キーボードを弾く倉持は最早天使だ。彼女の弾く音に合わせて歌えるのは今日が最後になるかもしれないと思うと少々寂しい。
少しでも長く彼女の衣装姿を見ていたいがそう言う訳にもいかないのがつらい所である。
メンバー同士、曲の要所要所で視線を交差し小さくうなずきあう。
調和させるべきは調和させ、誰かが前面に出るべきシーンでは他のメンバーは迷いなくバックを固める。
こうした事を厳密に取り決めたわけではない。
しかし、それが自然と出来ているという事が何よりもうれしかった。
「今~君に、誓うよ。」
歌い出しと同様、最後のフレーズもボーカル以外の鳴り物はない。
それだけに、ここをいかに歌うかでこの曲の評価も変わってしまうかもしれない。
デモテープを聞いたときにそう感じていた自分は、そこを外さないように、かといって力みすぎないようにキッチリと、口から放たれたメロディとそこに乗っている言葉を、そっと置いてくるように歌い終える。
照明が落ち暗転する。
一瞬の静寂の後、少なくとも今日聞いた中で一番大きな拍手と歓声が耳に届いた。




