第28夜 手語-前編-
ふと気づくと小春日和の街中を歩いていた。
日差しは暖かいが、吹いている風にはまだ冷気を感じる。
ここはどこなのだろう。
普段目にする一面畑ばかりの風景ではない。
かと言って都心のように、視界全体が人や建物であふれかえっているという事もない。
遠くに車が走る音や踏み切りが鳴る音が聞こえる。
どこか地方都市の路地裏と言った所か。
殺伐とした雰囲気で始まる夢が多いが、たまにはこんな穏やかな始まり方も良いだろう。
どんな展開になるにしても、終わりは決まっている。
決まっているのであれば、少しは強制的に放り込まれている世界観を満喫したってバチは当たらないであろう。
そもそも夢という物は脳みその記憶の整理であるはずだ。
それにも関わらず、明らかに経験のない出来事も夢の中で初体験など無かったかのように扱われるシーンに出くわす。
乗り物の運転や銃火器の扱いなど、現実世界のどこで経験をしたというのだ。
ぼやぼやと考え事をしながら目的もなく歩いていると、建物と建物の隙間から唐突に人影が現れた。
小さな女の子。手には大きなぬいぐるみを抱えている。長い耳が垂れ下がっているところを見ると兎のぬいぐるみか。
女の子はジッとこちらを見る。
左腕に抱えている人形はそのままに右手をこちらに差し出す。
パンチのように握りこぶしを繰り出したかのように見えたが、グーにした手の平側がこちらに見えており、さらに親指が一本立っていた。
・・・なんだろう?
これから何か始まるのかと思い体に力が入る。
身構えたこちらの様子などをお構いなしに女の子は続けて手を動かし、親指を引っ込めで小指を突き立てた。
何の意味があるのかさっぱりと理解ができないまま、手だけが動いている。
手の甲をこちらに向け親指と人差し指と中指の三本が立ち、薬指と小指はたたまれている。
父親が3を表現するのに人差し指・中指・薬指ではなくこれと同じ動きをしていた。
次は手のひらをこちらに見せる。
中から何か出てくるのかと思ったが、そこには何もない。
その次は先ほどの三本と形は同じだが、今度は手のひらがこちらを向き、先ほどは指先が横向きだったが今度は上を向いている。
続いてまた手が動くが、先ほどの握りこぶしから始まった動きが繰り返される。
何かの暗号なのだろうか。顔は見えているのに、表情が上手く読み取れない。
これが一体何を意味するのかまったく分からないまま、手の動きだけを3,4回繰り返した後女の子は走り去ってしまった。
タッタッタッタッ…と言う少しずつ遠ざかるリズミカルな足音を耳にしながら、自分はまた歩き始める。
先ほどの手の動きの意味を考えながら。




