第27夜 射的-後編-
言われるがまま、27体の的を撃ち終え銃を置く。
渡辺の方を見ると、なんとも表現しがたい不気味な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
終わりました、とでも言えば良いのか。
どう声を出すか考えていると、おもむろに渡辺が口を開く。
「随分上手いな、撃った事あるのか?」
それは夢の中での話なのか、それとも現実世界での話なのか。
「いえ、これってガスガンですか?ガスガンは初めてです」
質問の意図が掴めぬまま、答えた。
渡辺は苦笑いを浮かべながらこう続ける
「わははは、そうか、初めてか。しかしどうだ・・・ん?初めてな感じはしないだろう?」
夢の中ではそれなりに面識のある人物とは言え、面と向かって『夢でたくさん撃ちましたから』とは言いにくい。
答えに窮していると『お前さん・・・』と言う発言に続けて
「銃の構え方も自然だったし、狙いを定めてからも撃ち始めるまでトリガーに指をかけなかったな」
「どうして下の右から撃っていった?多くの人間は左上から撃ちたくなるもんだが」
「16発目でマガジン入れ替えてたが、あれは意識してか?」
「撃ち終わった後の所作、チャンバーから弾を抜くなんて、普通のヤツは知らんぞ?」
等と矢継ぎ早にまくしたてられた。
言われてみれば、確かに不思議だ。
もちろん、誰かに教わったという記憶はない。
「いや・・・なんか体が勝手に・・・」
引きつった笑顔でこう答えるのが精いっぱいだった。
「そうか、勝手に動いたか。」
答えが不満だったのか、渡辺は難しい顔をして下を向く。
そのまま『でもな、出来て当然でもあるんだぞ』と言ったと思ったら満面の笑みで顔を上げる。
「だって、教えたのは俺なんだからな!」
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その場で何か話が始まるのかと思いきや、撃ち終わったら早々に店を出る事になった。
車に乗り込んだと思ったら、ほんの数分でまた下ろされる。
次の目的地は駅前ロータリーにある、ファストフード店だ。
昨日も来たなぁと思いつつも、口には出さず先ほどと同じように後ろにくっついていく。
「何を飲む?俺はアイスコーヒーを頼むが」
同じものでと口にしつつ、店内を見回す。
また向井たちご一行様が居たりしたら面倒そうだと思ったからだが、どうやら今日はいないらしい。
「ほら、お前さんの分だ」
大き目の紙コップに入った飲み物を受け取ると、なんの偶然か渡辺は昨日自分が座ったのと同じ席に腰掛ける。
「これくらいガヤガヤしている場所の方がかえって話しやすいかと思ってな。」
確かに、妙に静かなカフェやファミレスだと話の内容によっては少々気を使ってしまうかもしれない。
こういった場所なら、例え隣に誰かが座ったとしても、隣の席の会話の内容まで気にする人は少なそうだ。
「さて・・・」
アイスコーヒーを一口のんで、一呼吸ついたタイミングで渡辺が切り出してきた。
その表情は硬い。
屈強なイメージに反して人当たりの良い渡辺のまじめな顔を見せられると、否が応でも緊張してしまう。
「もう解っている事だろうとは思うが・・・。一度お互いの認識をすり合わせてみないか?」
渡辺の提案に、短くはい、とだけ答える。
「では、まずは・・・。君と私は夢の中で何度も会っている・・・こう改めて言葉にすると何だか不思議だが。」
表情と共に、言葉遣いも少々フォーマルになった渡辺を見つめ首を縦に振る。
「何度も・・・と言ったが、君は具体的にどれくらい私の事を認識しているんだ?」
そう問われ少々悩む。
どんなにリアルな物でも夢は夢であり、その内容の多くはシャワーを浴びる頃にはすっかり忘れていた。
夢の中でも、印象深い出来事があればそれは強く刻まれることはあるが、それは現実の記憶のレベルとイコールではない。
「え・・と・・・。4回・・・いや、5回位・・・?」
まるで遠い記憶を探るように、脳内の記憶保管庫を逡巡する。
「そうか・・・。あーいやいや、まぁそんなもんだろう。」
またしても回答に不満があるのか、それとも次の質問の内容を考えているのか、少々間が空く。
「では、彼女の事はどうだ。高石さん、昨日の君のデートの相手だ。」
デートと言う単語に少々動揺するが、敢えて無視して
「タカイシさんとははっきり覚えているだけで2回です。」
昨日見た夢もカウントに入れる。
「でも、駐屯地のお祭りで会った時には、もう何度も会っている人みたいに、こう・・・懐かしいというか、久しぶり!みたいな感覚もありました。」
なるほど、と答えながら渡辺はアイスコーヒーをすする。
「他に覚えている人、例えば、私や彼女のように現実で会った人が夢の中にいるなんてことは?」
そう言われてみれば、他にも夢と現実がリンクしている人物がいてもおかしくはなさそうだが、少なくとも自分が認識している限りは心当たりがない。
そう答えると渡辺は腕を組み天井を見上げる。
「実は・・・と言うか、君も気付いている通り、私も夢と現実がリンクしている事があってな。」
悪夢を見続けていたある時、夢の中に同じ登場人物が出てきている事に気付いた。
なんの偶然か現実でその人物に巡り合い、声をかけてみるとその人物は
「は?夢・・・?夢の内容なんてイチイチ覚えちゃいないよ」
と鼻で笑われたらしい。
20代前半の時に、たまたま旅行で行った先の居酒屋で隣り合わせたから気付いたんだがな、と続ける。
「いつも、死んだら夢が終わるんですけど」
と、こちらからも発言してみる。
渡辺の言う通り、改めて言葉にして問うと滑稽とも思える内容だ。
夢の中での渡辺にも言われた事だが、夢の中で死ねば終わる、と言うのはどうやら共通のルールのようだ。
「まだ君には解らないかもしれないが・・・こう見えて昇進は早かった方でね」
そう切り出した渡辺は、高校生の自分にも解りやすいようにゆっくりと自分の経歴を語り始めた。
防衛大学校を卒業し幹部候補生学校を修了した後の渡辺は、他の隊員と同じように初任地である練馬駐屯地、第1普通科連隊で勤務を開始する。
思い起こせば、と前置きがあったうえで『死ぬことで目覚める』と言うなんとも不可解な夢自体はもっと若いころから見ていたらしい。
「勤務し始めた頃には、もう夢の内容まではっきりと覚えているようになったんだ」
元々がエリート気質なのか、地頭が良いという事なのか。なんにせよ、夢での経験が現実でも活かせるという事に思い至ったようだ。
その後、特定任務部隊の研修課程を経てレンジャー徽章を取得。幹部候補生学校での指導官経験を挟みながら、言葉を濁しつつも職務内容すら公にされない部署に在籍していたこともあるという。
現在は地方協力本部に転属し、広報・渉外を中心に活動しているが
「この世界、本人の希望なんて有って無いようなもんだが、私ほど経歴に落差のある人間も珍しいだろう」
と、にやりとした顔を見せる。
詳しくは語られなかったが、国家機密に関わるような仕事から、地域の学校と連携する日常的な業務まで幅広く経験してきたとすれば、その言葉もあながち誇張ではないのかもしれない。
「そんな訳でな、まぁ君も深く考えずに、そうだな、ちょっとした特技みたいなもんだと思えば良い」
渡辺の言葉は妙に胸に響くものがある。
妙な夢を見る事自体を真剣に悩んでいた時期は過ぎ去り、最近は自分なりに上手く付き合え始めていると思っていると感じているところへ答え合わせが出来たような気分だ。
「あの・・・」
脳裏によぎったのは特徴的な黒髪の女性だ。
「タカイシさんも、なんというか、同じなんですかね。」
自分でも耳まで真っ赤にしているのが解る。
そんな様子を見て、渡辺は茶化す訳でもなく静かに口に運んだ紙コップをテーブルに置く。
「また会う予定はないのか?」
ドキリ、と胸が高鳴る。
彼女をはっきり好きだと感じたわけではないが、どうも心の奥底には尋常ならざる感情が眠っているようだ。
「・・・まぁ、はい」
「そうか」
ふり絞るような声を出した自分を見て渡辺はニヤッと笑う。
「あの時の彼女の様子を見る限り、恐らくはそうなんだろうとは思うが」
中身が少なくなった紙コップを手首を起点に軽く回す。
「気になるなら、その時にでも確かめてみれば良い。」
紙コップの中で氷同士がぶつかるガラガラとしたくぐもった音がやけに響いた。
「な・・・にを・・・ですか?」
「いやなに、君や私と同じなのかどうなのかを、さ。」
そう言われて、昨日の夢を思い出す。
そして、その問いの答えは既に出ていると言う事に気付いた。
お久しぶりの投稿でございます。
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