第2夜 日常-後半-
いきなり仲間外れかよ、と憤るが、どうも周囲の様子がおかしい。
同じようにサボっていた筈のクラスメートが、特定の方向を気にしつつも敢えてそちらには目を向けず若干そわそわした表情をしている。
何事かと思い戻ってみると、体育館のステージ脇、教官室からは死角になっているところで蕪木が胸倉をつかまれている。
「お前何ヘラヘラこっち見てんだよ!」
そうスゴみながら掴んでいる相手は、不良・・・にはなりきれていないが、イバりたがっている背の低い小柄な生徒だった。
「田辺、なにやってんの?」
「なんだよ、國井!お前も仲間なんだろ?一緒にヤッてやんよ!」
同じ中学だった田辺。中学では他の不良たちに金魚の糞よろしく、ちょこちょこくっついて回っていた。
殊更悪いという話も、めっぽうケンカが強いという話も聞いたことはなかった。
他の不良連中はそれぞれ家業を継いだり他の高校に進学するなりして、かつての仲間たちは今はいない。
田辺は高校に来ても同じように他のクラスの不良にくっついて回っている。
まるでそれが自分の存在意義であるかのように。
「いたっ!ちょっと何もやってないですよ!」
同級生に対して、まして自分よりも遥かに小柄な相手に対して敬語になってしまうのはなんとも情けない。
「うるせーよ、これぐれぇでいてぇとかほざくな、カス!」
そういって胸元をどんどん小突いていく。
もしかしたら小突いていたのではなく、パンチなのかもしれない。
ともかく、とりあえず割って入ることにした。
「おい、やめろって!川田きたら面倒だし!」
胸倉をつかんでいる左手に自分の左手を伸ばし、手首をグッとつかむ。
その瞬間、田辺の顔が一瞬驚いたような、戸惑ったような、そんな表情を見せた。
「ざけんな!」
田辺は蕪木を小突いている右手で払いのけようとするが、距離が無い状態ではその腕に力はほとんど入っていない。
右腕の手首を掴み、そのまま全体重をかけて自分の後ろ側に倒れこむように一歩下がる。
バランスを崩した田辺はたまたまそこにあった自分の左足に足をとられ、ズデン!と転んでしまった。
「わり!大丈夫??」
声をかけ手を伸ばす。
すると、転んだ状態から勢いをつけて立ち上がるついでに、ゲームの必殺技のような動作でこぶしを顔にぶつけようとしてくる。
・・・ヤバい。避けないと。
相手の突然の行動に、かろうじて右ひざを折り右前に転ぶようにして相手のこぶしを避けた。
生まれてこの方ケンカなんてしたことのない自分。
それが、決して強くないと評判とはいえ、暴力をもって向かってくる相手にしっかりと対応している。
突然突きつけられた現実とそれに対処している自分に、自分自身が面を喰らってしまった。
双方立ち上がり、相手をにらんでいる。
田辺は誰にならったのか、胸の前でこぶしを握りファイティングポーズのようなものをとっていた。
2,3ステップを踏んだかと思うとそのまま右手でパンチを繰り出してくる。
不思議とその動作が緩慢に思えたので、左手で払ってみる。
払ってはみるものの、力が足りずタイミングも合わなかったため、そのまま正面衝突のような感じでぶつかる。
すぐに距離をとる田辺。
その表情はやはり驚きを隠せない。
怒鳴ってスゴめば萎縮して何もしてこない相手だと思われていたのだと感じた瞬間、なんだか無性に腹立たしくなってしまった。
怒りにまかせて足をバンッ!と鳴らす。周囲にいる人間が、田辺を含め一瞬ビクッと体を震わせたのがわかった。
それでもお構いなしに田辺は再度向かってきた。
同じように右手を目いっぱい伸ばしてこぶしを向ける。
その動作はやはり緩慢に思えた。タイミングを合わせて右足で相手を思いっきり蹴ってみる。
バシッと音がして見事に相手に当たった・・・ように思えた。
正確にはしっかりと当たっていたのだが、そのまま足を掴まれて背中から思いっきり床に叩き付けられる。
「先生!こっちです!早く!」
いよいよヤバイと思ったのか女子生徒の一人が教官室に担任を呼びに行ったようだ。
「なんだーーーー!」
そう叫びながらドタドタ走ってくる担任の足音が聞こえる。
倒れこんだ自分の上には、マウントポジションの田辺がいる。
何度もこぶしを振り下ろしてくるので、幾度かは避けたものの何度かはポカポカっと頬や胸を殴られた。
しかし、腰の入らないマウントポジションのパンチはそんなに痛い物ではなかった。
叩いても叩いても、相手である自分は泣くでもなく叫ぶでもない。
ゆっくりとした動作で振り下ろすこぶしもだんだんと当たらなくなってきた。
しびれを切らしたのか田辺は思いっきり腕を引く。
そのまま自分の体重をかけて顔面に向かって拳を振り下ろしてきた。
さすがに当たったら痛そうなので、振り下ろされる直前に全力で腰をひねる。
ばきゃっ!
体重を乗せ空を切ったこぶしは、そのまま床に叩き付けられ同時にあまり聞きたくない音がした。
体をひねって向けた視線の先には貝塚が青白い顔をしてこちらを見ている。
「ひ・・・ひっ・・・!」
完全に加害者であるはずの田辺が一番被害にあっているようでなんだか可笑しかったが、痛みを堪えている声を耳にすると笑う気は起きなかった。
急に体が軽くなる。
担任の川田が田辺の体操着を掴んで強引に引きはがしたためだ。
「おい、大丈夫か?」
川田に声をかけられ大丈夫ですと答えようと思ったが、声を出すための呼吸がうまくいかない。
違和感で鼻を拭ってみると、そこにはべっとりと血がついていた。
「おい!ナベ!お前はそのまま教官室へいけ!」
そう言うと田辺のケツを思いっきり蹴っ飛ばしている。
どう考えても田辺の方が重傷だと気付くのはそう遠くないだろうが、とりあえず加害者と被害者という構図が成り立っていた方が楽かもと思った。
「何があったかは後で聞くが、大きな怪我はしてないか?ん?」
突然優しい声をかけられたのが嬉しくて、そして大人の温かい人間味に触れ、思わずボロボロと泣いてしまった。
「大丈夫だ、もう大丈夫。おい、貝塚保健室連れてってやれ。」
きっと怖くて泣いたんだろうと勘違いされているのも構わず、保健室に向かう。
殴られた箇所、頬や胸は確かに痛かったが、それよりも鼻血にまみれた体操服を見たときの母親の反応や、これからの事情聴取の方が気が重く、それに比べれば痛みは大した問題ではなかった。
他にも頭の中を反芻している事がある。
一応は不良たちとつるんでいる田辺の攻撃が、とても緩慢に思えた事。
精一杯力を入れたはずなのに、一切力が伝わっていないもどかしい感覚。
なによりも、ケンカなどした事もない自分が堂々といられたこと。
少なくとも中学の時は、周りがケンカをしていても傍観を決め込んでいたはずなのに。
周りからは殴られたショックやケンカに負けた悔しさで消沈しているように見えたのかもしれない。
そもそも一方的に仕掛けられた事ではあるが、周囲に事実関係は伝わるまい。
しかし、そんな周りの目も気にならない程、今は脳みそをフル回転させていた。
答えは夢の中にあるのかも、と。
蕪木君は身長165センチ、田辺君は身長150センチくらい。
自分よりも15センチも背の高い相手にケンカで挑むなんて・・・めっちゃ怖いですよね。
田辺君は結構度胸のある子だと思います。




