第2夜 日常-前半-
歩く。
だらだらと。
気怠い朝にはもう慣れた。
春に入学した高校へは徒歩で10分程。
10分とはいえ、田舎道の10分はそれなりに長く感じる。
家を出た瞬間から目視出来る建物までひたすらに歩かなければならないのだ。
『お前なら少し頑張れば良い高校目指せるんだ、どうだ、がんばらないか?』
当時の担任に言われるも、小学校・中学校と自転車の距離の通学を強いられていた自分にとって、片田舎を通り越した地域で通学時間が徒歩10分と言うのはとても甘美な誘惑だった。
周囲には特にやりたい事も目指す物もない自分に、進学先がその後の人生を大きく変える可能性を説いてくれる大人も居なかったので、実に安易な理由で進学先を決めてしまった。
何を考えるでもなく歩き続けると、間もなく学校につく。
いつものように自分の靴箱に靴を脱ぎ、上履きに履き替え教室に向かう。
3階の一番東側。そこが自分の通う1-1の教室だ。
高校入学の浮かれ気分も落ち着く4月末。
最初はぎこちなかった生徒同士も各々のペースで友人関係を築いていく。
中学では名前を知っている程度の間柄でも「同じ中学出身」と言う大きな共通点で集まりだすグループ。
たまたま席が前後左右にあるという事から仲良くなるグループ。
出身校は異なれど、中学の部活が同じで既に顔見知り同士のグループ。
このあたりを発端として、高校生活の下支えとなる友人関係を育んでいくのだ。
自分も例外ではなく、同じ中学出身の「野口」とたまたま前の席に座った「蕪木」と良く話すようになった。
それはまだ、友人と呼ぶにはもどかしい距離感でもあったが、中学時代から友人の少ない自分にとっては学校で誰かと話が出来る、それが心の支えになっている事は否定できない。
「おはよう」
蕪木がまるで中学からの付き合いかのような慣れ慣れしさで挨拶をしてくる。
「おーおはよ」
それが相手の良いところなんだろうなぁと感じつつ、相手の性格が掴みきれていないのであたりさわりもない返事をする。
荷物を整理し、ふぅっと息をついたところでチャイムが鳴り、ほどなくして担任の川田が入ってきた。
間もなく30代であろう担任は背丈こそ高くないものの、顔は映画俳優のように整っている。
端正な顔立ちに似合わずユーモアに溢れ、緊張でガチガチだった入学式の日の教室が一瞬にして融解した。
その不思議な魅力が功を奏してか、今のところ担任を嫌いだという生徒は見当たらない。
「おはよう諸君!あー出欠とるぞー。青木、青柳、石井・・・」
いるかどうかは見れば解るだろうに、一人ずつ名前を呼んでいく。
各々、律儀に返事をするが、出欠をとる必要があるのかないのか考えたことのある生徒はいないのだろうか。
「・・・・!おい、國井!」
余計な事を考えていたら自分が呼ばれていた。
「ははは・・ひゃい!」
自分でもビックリする程素っ頓狂な返事をしてしまった。
「ひゃいってなんだ、ひゃいって。お前、今日も一段と眠そうだな、大丈夫か!?はい、次、小泉、小林・・・」
絶妙な間のやり取りで、くすくすという笑いも起きた。
笑いの的になるのはピエロになるようで少し恥ずかしい。
「あーまず残念なお知らせだ。明日の4限の体育の授業と今日の4限の社会の授業が入れ替わる。だから今日は3限と4限で体育が2時間ぶっ続けだぞ。」
えー!と教室内が落胆の渦に巻き込まれる。
入学以来、体育の授業はしごきとも思えるほどの基礎体力づくりが行われていた。
体育の授業の次の日は生徒の半数が筋肉痛を訴えるほどだ。そんな授業が2時間通しになるなんて、とても考えたくない。
「えーそれでな、次は嬉しいかどうか解らんが、ちょっと良いお知らせだ。今日の体育の授業はな、体育の中川先生が出張だからな、代わりに俺が見るから。」
今度は、おー!と教室内でどよめきが起きる。まるで希望の光でも見えたかのように。
「だから、そうだな。しごきにも飽きただろうし、たまにはバスケやろうぜ、バスケ。いいだろ?」
自然発生的に拍手が起きた。憂鬱なはずの体育の授業がほぼ遊びの時間にとってかわったのだ。
「君たちも、慣れない高校生活でちょっとフラストレーションが溜まっただろう。たまには息抜き、だ。その代り午後の授業寝るなよ!」
そういえば、担任はバスケットボール部の顧問でもある。
2時間ある時間を生徒に勝手に遊ばせておけば、その間自分は別の仕事が出来るという事でもあるのだろう。
嫌いな事が無くなったからか、2限までの授業は心なしか生徒全員がいつもより真面目に受けていたように思える。
「くにーちゃん、バスケ一緒に組もうぜ」
蕪木が例によって甘ったるく馴れ馴れしい声で声をかけてくる。
「あー良いよ!」
蕪木のその力の抜けた声を聴いると、自分も何となく浮ついた気分になるから不思議だ。
「あーいいか、適当に5人ずつ組になって、適当に試合やってくれ。先生は教官室にいるから、何かあったら声かけろ、な。」
この説明だけで担任は早々に教官室に引っ込んだ。
要はバスケットをやってさえいてくれれば、残りのメンバーは何をしていても構わないという事らしい。
こうなると自然発生的にバスケットをやる生徒と2時間サボりを決め込む生徒が出てくる。
「なんだ、やらないのかよ?」
「やりたきゃ入って来いよ、俺はこっち。」
蕪木はちょっと不満そうだが自分は当然サボり組だ。
運動部や不良たちと一緒に秩序のないバスケットなんかやりたくもない。
正直なところ、少々キツくても決まったことだけこなしていれば良い通常の体育の方がありがたかった。
蕪木と二人で話をしてみる。普段改まって話をする事はないのでうれしい時間だ。
他愛もない話を続けていると、蕪木と同じ中学だった照内と生井、それに生井と仲が良い別の中学出身の貝塚が輪に入ってきた。
ゲームの話や趣味の話など実に他愛もない会話であったが、お互いがお互いを知る事が出来る。
友情とはこういう事の積み重ねで育まれていくものなんだな。
話に夢中で忘れていた尿意を解消しにトイレに立ちつつ、そんな事を考える。
こういう楽しい仲間が出来るのなら高校生活も楽しいものになるのではないか、と言う期待を胸に先ほどのところに戻ると誰もいない。
え、いきなり仲間外れかよ、と憤った。
ようやく主人公の名前が明かされます。
友人の「蕪木」は「かぶらぎ」ではなく「かぶき」と読みます。
珍しい苗字ですよね。




