第1夜 闇夜
闇夜に目が覚める。
自分がどこにいるのか皆目見当がつかない。
纏わりつくような湿気が実に心地悪い。
寒くはなく暑くもないが、飽和している水分量のせいでどこか蒸し暑く感じる。
暗闇に少しずつ目が慣れてきた。
良く目を凝らすと、迷彩服のような物に身を包んだ人間が数名ずつ座り込んでいる。
話す者は誰一人としていない。
目に見える全員が焦燥しきった顔をしているように見えたが、照らす物がないこの状況ではそれも定かではない。
ふと、自分が固い物を抱えている事に気が付いた。
はっきりと目には見えないそれをゆっくりと触っていく。
足元のなだらかな曲線から始まるそれは、さまざまな形状を指先に伝え頭の横に来る頃にはまっすぐなものに変わった。
・・・銃だ。
そう気づくのに時間はかからなかった。
腹のあたりを探ると、そこには取っ手のようなものがついている。
なるほど、そういう事か。
銃だと解れば何となく今いる状況も把握できてきた。
辺りを今一度見回そうと顔を上げようとしたら不意に腕を小突かれた。
隣に誰かいたとは。
それほどまでに辺りは静かだった。
静かとは言え無音ではない。
生ぬるく吹く風の音。
風に揺られこすられる葉の音。
それにかき消されるかのような音量で息をしている音が聞こえる。
隣にいた誰かが耳元で小さく話しかける。
「行くぞ」
そういうと隣の男は立ち上がり、目の前に見える数名の男たちに近づいていく。
よし。
気だるいが動かなければ始まらない。
自分も立ち上がろうとしたその時
ヒュン
聞き慣れているはずの聞き慣れない音が耳にはいる。
先に立ち上がった男の背中が少し動いたように見えた後、そのまま前のめりに倒れた。
まるでそれが合図だったかのように、目の前にいる男たちが自分の方へ銃を向ける。
正確には自分の背後にいるであろう、倒れた男を打ち抜いた何者かへ向けて。
「ーーーーーーーーっっっ!!!」
声にならない叫びをあげる男が背後に来るように自分も振り返る。
手元にある銃を構え、闇夜に向けて引き金を引く。
しかし、幾度引き金を引いても手応えはまるでない。
一旦構えを解き、ハンドルに指をかけて引く。
再度構え、見えない敵に向かって引き金を引く。
しかし、先ほどと同じように手応えはない。
不安と焦りから、何をどうして良いのか解らなくなってきた。
誰かに聞こうにも、男たちがいるのは数歩後ろのあたりだ。
逡巡している間にも、弾丸が周りの木々に当たる音は止むことがない。
突然、暗闇の中から複数の足音が聞こえてきた。
後ろで発砲される銃声にかき消されて気が付かなかったが、見えない何かはこちらまでの距離を少しずつ詰めていたようだ。
闇夜に浮かび上がる人影が見えた。
向けた視線のまっすぐ先だ。
こちらからハッキリと見えない以上、相手からも見えていないはずだった。
それでも、蛇に睨まれた蛙のように体が緊張して動かない。
動かなければダメだ。
頭では解っていても手足が動かない。
視線の先の人影が少し動いたように見え、ピカッと何かが光る。
刹那。
顔面全体に衝撃を感じ体が後ろに倒れる感覚。
倒れた先にあるはずの地面の衝撃を感じる事はなかった。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
それは今日も変わらない。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいる事だけが唯一の救いともいえる。
あぁ、やっぱりな。
夢の中での最後のシーンを思い出し、脳内で感想を述べた。
シャワーでも浴びよう。
今日もまたいつもと変わらない日常が待っているんだから。
サブタイトルを「死への目覚め」から「闇夜」に変更しました。
当初は変更前のようなタイトルで統一するつもりだったのですが、いつの間にやら二字熟語で定着してしまった為です。