第二十五話 懐かしき我が恩師
次の日、これぞうはまたバッティングセンターを訪れた。
これぞうは、あらゆる変化球がランダムに打ち出される最上級コースに挑戦していた。前以上にカキンという金属音が途切れず連続するようになった。
当たる。打てる。自分は少しずつだが着実にスラッガーの頂に近づいている。これぞうはそう言えるだけの手応えを感じていた。過信ではない確かな自信をつけることは勝率アップに大いに役立つことだ。バッターボックスに立つと、これぞうはその自信から思わず笑みを浮かべるのだった。
次の球がこれぞうに向かう。球種はスライダー。これのコースを見極めると、これぞうは球をバットの真芯でとらえ、次には打ち出された方角に向かって更なる速度を加えた一発をお見舞いしてやった。
「ふふっ、所詮は機械。素人ならギャフンと言わせることが出来るスライダーだったろうが、僕はもう素人の域を脱している。さぁ次だ」
これぞうは電脳の投手に対して語りかけていた。
「おい、何をニヤついて独り言を言ってるんだ?」
声のする方に振り返ると、これぞうは思わず笑顔になり、大声で返した。
「ああ!田村先生ではないですか!一体どうしたんですかこんな場末の遊戯場で?」
これぞうに声をかけたのは、これぞうの高校時代の恩師田村薫だった。
「ははっ、その場末の遊戯場で、新郎が何を一人してバットを振っておる?」
「なに、バットを振るのにライフステージは関係ないですよ。振りたきゃ振るのが僕の流儀です……と格好をつけたいところですが、実を言うと、まさにその新郎の立場を死守するためにこうして重いバットを振っているのですよ」
「ほぅ、それはまたどうゆうわけで?」年老いた恩師はかつての教え子の人生の行く末に興味を持って問いかけた。
「丁度良い。球数が尽きた。田村先生、あなたとなら山程積もる話があるってものですよ。あちらのボロのベンチに腰掛け、積もって山になったのを崩すことにしましょう」
これぞうは田村と二人ベンチに腰掛けた。
「最近はどうも男性と二人して座り込んで語らうことが多いなぁ、こっちに帰って先生で三人目だ」
「五所瓦は話好きだったものな。ほら、こいつを飲みなさい。汗もかいただろうに」
「ありがとうございます。では遠慮なく頂きます」
これぞうが田村から受け取ったのはやはりオレンジジュースだった。
「先生、実はですね、かくかくしかじかな訳でバッティング技術を磨かないといけないことになりまして」
これぞうは詳しいことを話した。
「ほぅ、水野先生の父親とねぇ。ほほぅ、そいつは厳しいだろうね」
「先生は水野のお父さんをご存知で?」
「……いや、水野先生の親だから常人以上のものを持っていて不思議はないって話だよ」
これぞうの問いに対し、田村の応答がやや遅れたよう思われた。
「ですよね。みさきさんも豪腕なんだから、たまに叩かれたりするとパワーが凄いんですから本当に」
田村は相変わらず元気そうなこれぞうを見て微笑んだ。
「遅れたけど結婚おめでとう。良かったな。お前が水野先生に猛アピールしていたのを最初期段階から見ていた者としては、こいつは感慨深いよ」
「ははっ、まぁ式はこれからなんですけどね。そういえば、みさきさん本人に想いを伝えるよりも前に、田村先生に僕の情熱を告白することになったんですよね。僕の恋する気持ちを知ったのは他でもない僕、あかり姉さん、田村先生、そしてやっとみさきさんっていう順番だったんだよなぁ。何だか妙な順になりましたよね」
「ははっ、あれはこちらが聞きもしないのにお前の方から告白してきたんじゃないか」
「はっは~そうでした。なにせ、みさきさんと間違えて田村先生に恋文を送ったのだから」
その昔、これぞうは愛情たっぷりに認めた恋文をみさきに送ったのだが、それは間違って田村に届いた。
二人は懐かしい話に花を咲かせた。これぞうは誰かれ構わず語りたければ語る気質の男だが、その中でもとりわけ話しやすい人物の一人が恩師田村であった。田村になら祖父に話すような気分で話しかけることが出来た。




