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第二十四話 僕が誇りにしたいもの

 これぞうの部屋の奥には、空き部屋が一つある。ここはみさきが来た時に通す部屋になっている。今晩みさきは五所瓦家に泊まることになっている。これぞうは自ら蒲団を二つ敷いた。二つの蒲団はピッタリくっつけられている。寝る前の歯磨きをしっかり済ませたみさきが就寝のために部屋に入って来た。

「やぁやぁみさきさん。ベッドメイキングは完璧だよ。さぁ今日はもう遅いから寝てしまおう」

 時刻は23時前。これぞうは一方の蒲団で横になり、手招きしてみさきを呼んだ。

「あなたはどうして自分の部屋で寝ないの?」

「そりゃここで寝たいからさ」

「……まぁいいけど」

 みききは蒲団をめくって中に入った。

「寒くない?良かったらまだ掛け蒲団があるけど」

「うん、大丈夫。ありがとう」

 これぞうは、蒲団から顔だけを出した妻を見ている。四肢を隠した状態で改めて顔のみを見ると、やはり愛しき人の顔は大変整って美しいと思った。

「みさきさんって……小顔だよね?」これぞうは思ったままを口にした。

「なによ今更」

「いや、こうして顔だけ出ていると改めてサイズ感が分かると言うか……」

「じゃあ小顔の子が産まれるかもね。これぞう君もけっこう小さいもの」

「ははっ、そうだね。でも、小顔だと八重歯になるとかなんとかってどこかで聞いたような」

「そうなの?でも私は何ともないよ」

「ははっ、そういや僕もだ。まぁ人によりけりだよね」 

 こんな感じで二人は仲良く寝屋の会話を楽しむ。


「今日は自転車に乗る練習をしたんだって?」

「うん、松野さんと偶然会ってね、それからは流れのままにそういうことになった」

 みさきは横目でこれぞうを見た。「松野さんと一緒、夜になってもねぇ……」

「ちょっとみさきさん、あらぬ誤解をしないでよ。そりゃ松野さんは高校の頃よりもうんと綺麗になっているけど、僕はみさきさんの夫なんだから」

「何も言ってないけど?何の誤解をされたと思ったの?」

「え、いや、それはほら……」これぞうは続きの言葉に困ってしまった。みさきはそれを見ると、これぞうの横でクスクスと笑った。


「そう言えば、これぞう君って高校の時に引っ越して一年後にここに帰った来たじゃない。あの時、あなたは自転車でこっちに向かい、途中で高速道路に突っ込んで警察の世話になったんじゃなかったっけ?」 

 みさきは思い出した。あの時これぞうは自転車でこちらに向かっていた。だったらなぜ今は乗れないのかと疑問に思った。

「ああ~あったなぁ!あの時は早くみさきさんに会いたくてさ、僕一人だけ自転車で帰ったんだよなぁ。ププッ、その途中の高速道路ではパトカーの拡声器で止まれって言われてさ。で、捕まったんだよね。ははっ、若いって無知でどうしようもなく真っ直ぐなんだな。だって事を起こす前にあれこれ考える暇なく、もう実行しちゃうからさ」

「あなたって本当にそういうところあるからね。これからはもう大人なんだから、しっかり考えて行動してね」

「うん。そうか、僕はあの時には自転車で来たんだなぁ。今表に停めている姉さんの愛車があの時の自転車だよ」

 これぞうは蒲団の上で胡座をかいて考え込んだ。あの時は何で乗れたのか。

「思うに、あの時はみさきさんに会いたいから早く帰りたいという強い想いが僕を動かしていた。僕は自転車に乗れないけれども、あの時はそういう訳で情熱を燃やしてサドルに跨ったんだ。これが根性論ってやつだろうけど、みさきさんへの愛から発した若さ任せの情熱が、運転テクニックの無さという致命的欠点を凌駕した結果、二つの車輪はどこまでも回転を止めることはなかったということではなかろうか。思えばあの時運転をしたっていう実感や記憶が曖昧なんだな。もう頭の中は愛しきみさきさんとこの故郷のことだけだったんだよ。想いの力ってすごいなぁ。理屈を越えて突き進むのだもの」

 これぞうは謎が溶けてスッキリした顔で言った。そして笑顔だった。こんなぶっ飛んだものが彼の持論だったが、世の中にはこういうこともあるのかもしれない。

 みさきはそれを聞いてからしばらくして喋り始めた。「……これぞう君って本当に素直な人なんだね」

「え、うん。そこを好いてくれたわけでしょ?」

 みさきはそれには笑顔でのみ答えた。


「もう、電気消そうか」とみさきが言った。

「うん。みさきさん、豆球は点ける?真っ暗にする?」

「真っ暗」

「よかった。僕も真っ暗派なんだ」

 これぞうは豆球も消して部屋を真っ暗にした。


「……みさきさん。僕の家族、騒がしくなかっただろうか?」

「ううん。とても素敵な家族だなって、あなたの先生をしていた時から思ってたよ」

「ははっ、それは光栄だ」

 暗闇の中、夫婦の会話のみが行ったり来たりしていた。


「この家族はね、僕のお祖父さんも、そして僕のお父さんも自らの誇りとしたものなんだ。みさきさんの言葉を聞けば二人が感激するだろうね」

 これぞうは体を仰向けから横にし、暗闇の中で顔は見えないけれど隣のみさきを向いた。

「みさきさん、僕達も二人が誇りにしたような素敵な家族を作って行こう」

 暗闇の中でもみさきは自分に向けられる熱視線に気づいた。

「うん……一緒に頑張ろうね」

 みさきはこれぞうの蒲団に手を伸ばし、暗闇の中で夫の手を探り当てた。そしてぎゅっと握った。

「みさきさん……柔らかい……」これぞうは素直に手を握った感想を言った。

 

 みさきは何かを察知したのか、急に小声になって話を続けた。

「これぞう君、ゆっくり、扉を開けてみて」

「え?はい、いいけど……」

 これぞうは蒲団を抜け出るとゆっくりと部屋の扉を開けた。すると「わぁ!」という女の声がした。扉の裏にはあかりとしずえがぴったりと張り付いていた。二人は急に扉が開いたので驚きの声を上げた。もちろんこれぞうとみさきの寝屋の会話を盗み聞きしていたのである。

「姉さんにお母さんまで!何してるのさ、趣味が良すぎるんじゃないかい」

 そして、廊下の窓の前には父ごうぞうも立っていた。

「まったくお父さんまで……お父さん、お父さん?」

 これぞうは父の様子がおかしいのに気づき、心配して近づいた。ごうぞうは窓に向かって立ち、片手を開いて両目を覆うように顔に押し当てている。そして肩を震わせていた。

「お父さん、どうしたの?どこかおかしいの?」

「これがおかしいものか。僕は感激して泣いているんだ。息子の成長が嬉しくてね……」

 ごうぞうは泣いていた。父が築いたような家庭を自分も得たい、息子にそう言われたことは、父として、または男として認められ尊敬された証だった。それはごうぞうを震えさせる程の歓喜となった。

「お父さん……ありがとう」

 父を見てこれぞうにはいろんな感情と言葉が溢れたが、彼は短くそれだけ言って済ませた。

 みさきは半身を起こし、蒲団の中から素敵な家族を見て笑顔になった。

 今宵の月光が窓越しに家族を照らしていた。

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