牛飲馬食
──ヴァッリ、ヴォッリ。もっしゃ、むっしゃ。
美しい月夜に似つかわしくない音が畑に響く。【飛耳長目】を発動しているせいで、遥か上空まで咀嚼する音が届いてきて何かヤダ。
俺の乏しい感性でも、こんな夜に似合うのはクラシックとかそんなんだと思う。いや、クラシックなんて音楽の授業でしか聴く機会無かったけど。
だけどさー、少なくともクラシックを聴きながら野菜スティックをボリボリかじる奴は居ないだろう。コンサート会場にそんな奴居たらスタッフにつまみ出されるんじゃないかな?
つーかコイツら畑から直食いしてるし。野菜スティックすら上品に言い過ぎかもしれん。
(うーん、本当にどうしよう)
当初の予定では発見後、粘り強く追跡して、こっそり塒までご招待してもらうつもりだったのだけれど。
あの透明化の能力は厄介だ。【天網恢々】のお陰で後は追えるけど、姿消されたらどっち向いてるか分からなくなるから位置取りが難しい。雲が途切れ途切れになってきたのも痛い。何かの拍子で発見されたら、塒までご案内してもらうのは無理だろう。
──継続か、帰還か。
暫く悩んだ後、結局選んだのは第三の選択肢、堂々と姿を見せて、今夜のところはお引き取り願う事にした。
牛飲馬食という言葉を体現したかのように、凄まじい勢いで農作物を食い荒らす二頭を見逃す事が出来なくなったからだった。
温厚なソルが目を据わらせていた理由が判った。コイツらの食べっぷり、ちょっと洒落にならない。ただ見てただけってのがバレたら畑の持ち主に恨まれかねん。「やれるだけの事はやりました!」と言い訳する為にも、それなりの姿勢を示さなくては。
「取り敢えず、畑から退場してもらおうか。まず近付いてみて、逃げるようなら追いかけて、向かってくるなら引き付けよう」
そうして絨毯の高度を下げ、こちらの存在を敢えて教えてみたところ、一旦食事を中断し、顔を上げ、此方に視線を向けてきた。が、何らかのアクションに走るには至らず。あまり好戦的な生き物ではないようでちょっと安心した。
まじまじと相手を観察してみる。立ち姿といい、鳴き声といい、牛と馬にしか思えない。だけどやっぱり異世界産、細かいところは違うっぽい。
牛の方は毛並みが茶色、背中の部分だけが赤毛に覆われている。鋭く大きな角も備わっており、あの逞しい体で突撃されたらと思うと考えるだに恐ろしい。
そんな重厚さを醸し出す牛に比べると、優美なシルエットの白馬。しなやかな体躯と柔らかそうな毛並みにどこか神秘的な印象を受けた。
「……警戒はしてんだろうけど。逃げる気配が全くないね?」
「火を使って追い払いましょうか?」
「……焼畑はせめて収穫が済んでからにしようよ」
と言うか唯の場合、辺り一面を火の海にしてしまいそうな恐れがある。
「もうちょい近付いてみよう。怪しい動きを見せたら即座に上空に避難」
「了解」
下手に刺激を与えないよう、ゆっくりとした速度で二頭に近付いてゆく。変な方向に逃がしでもして、無事な農作物を踏み荒らされるのはマジ勘弁してほしいのだ。
そんな慎重な姿勢に、恐れる必要なしと判断したのか食事を再開する牛くんとお馬さん。耳だけはこちらを向いているのでガン無視って程ではないが、分かり易く舐められてますなー。
ある程度距離を詰めた所で停止し、声にビビって逃げてくれたら御の字と思って声を掛ける。
「あー、そのー、お食事中申し訳無いんだけど、ここの野菜はこの村の人が丹精込めて作ったものでね? そうモリモリ食べられると大変困るんだ。悪いけどお引き取り願えないかな?」
なるべく柔らかな声を意識して下手に出てみたのだが、それに対する二頭の反応はこちらの予測をだいぶ超えたものだった。
「……そう言われても。私達も食事を摂らねば死んでしまう」
「何よりここの野菜はどれも旨いけんのお。ついつい食べすぎてしまうんは申し訳ないとは思うとるがの」
「……喋った!?」
「うっそだろ、おい!?」
衝撃を受け、なかなか次の言葉が出てこない。そんな俺達を尻目に、流暢な言葉で話し掛けてきた。
「私達の食事が迷惑を掛けているのは承知してる。だけどこの辺りの土地は毒草も多く自生してて、日々の糧を得るのも命懸け。安全と判っている食べ物があるならそちらを選ぶ」
と抑揚のない、しかしはっきりと女性と分かる声で淡々とお馬さんがそう言えば。
「恥ずかしい話やけんど、ワシはいっぺん毒草に当たって死にかけた事もあるしのお」
人の良さげな男の声で、牛くんがのんびりとした口調で告げてくる。
「……どうしよう透さん。すっごくやり難くなったわよ」
「う、確かに」
コレを退治しろとか言われても、ちょーっとキツいもんがある。
……いやいや、逆に考えるんだ。これで話し合いによる解決という選択肢が増えた、と。




