見えないナニカ
農家の何が一番良いかって言うと、やっぱり美味しい食事だと思う。飯時前にチョロっと畑に出て、穫れ立ての野菜を美味しく調理。これは現場だけの特権だ。……飯しか楽しみが無いとか言うなよ!
普段なら色とりどりの野菜が並ぶ食卓を囲み、和気藹々としたお喋りに興じるのだが、今朝の食卓は少し空気が重い。原因ははっきりしている。野菜泥棒が現れたのだ。
「とうとう僕らの家の畑も被害に遭いましたね。依然、影も掴ませないとは……本当に今年の相手は知恵が回る」
若干目を据わらせてソルが言う。今朝の巡回で、収穫間際であった畑が荒らされているのを発見してからというもの、ずっと機嫌が下降気味だ。
「足跡を調べてみましたが、二頭で行動しているようです。ただ、どうもその二頭、異なる種族のようなのです」
詳しく聞いてみると、どちらも蹄を持つ生き物である事は間違いないのだが、蹄の形に明確な違いがあるとのこと。
「足跡を見る限り、どちらもそれなりの体躯を有している筈なのに、何故目撃情報が出ないのか……」
「何れにせよ今日からは暫く巡回を強化するべきね。近隣の家にも注意を呼び掛けましょう」
「だなあ。俺もいっちょ昔の仲間を募って、人海戦術かましてみるか」
(ふむう、どうにも大事になりそうな予感。農家にとっちゃそれだけ死活問題なのかねえ? また砦の方に魔物が流れたりしなけりゃいいけど)
ズズ、と椀の中身を啜りながら、一人呑気にそんな事を思う。あ~、粕汁美味い。
そして夜。
昼間、周辺の家々が協力し合ったにも関わらず、捜索は空振りに終わり、サニー達は分かり易く不貞腐れていた。
俺と唯はその間、昼寝をたっぷりとしていたお陰でまだまだ元気。これから夜警に回るのだ。
「そんじゃあ夜空のデートとしゃれこみますか。てな訳で唯、操縦よろしく」
「はいはい」
広げた絨毯【自由自在】の中心には唯に座ってもらい、フワリと浮き上がる。高度を取り安定したところで、唯の目の前に、石板【天網恢々】をセット。この反応を頼りにお空の上から見張れば、そうそう危険な事にはならないだろう。
俺は絨毯の端に陣取り、短剣【飛耳長目】を握り締め発動。今夜の第一目標は標的の発見だ。運が良ければ塒の発見もしたいところ。討伐は最初から他の連中に任せると決めている。
「唯。とりあえず反応が二つ重なっている場所を当たろう」
「そうね。相手は二頭で行動しているのは間違いないみたいだし。……でも、何処から当たれば良いかしら?」
と、【天網恢々】を見ながら困ったように首を傾げる。不思議に思い、石板を覗き込んで見れば、結構あちこちに反応があった。……おおう。これは予想外。
よくよく闇に目を凝らしてみれば、確かに人影が見える。これ、上から見てるから発見出来てるけど、地上にいたら見つけるの難儀するぞ、って位に隠れるのが巧い。ベテラン勢の動きだ。
「……そういや昼間動いてたのは若い連中ばっかだったなー。──あ、サニーんとこのおとっつぁんとおっかさん、みっけ。あれ? おっかさん、こっち見上げてる? もしかしてこの距離で気付かれた?」
半信半疑で手を振ると大きく振り返してきた。間違いなく見えている。
「……あー。この辺は放っておいても大丈夫っぽいな。どっか別のとこ行こう」
「それなら水辺を目指しましょう。確かあっちに浅瀬の川があった筈よね?」
と、大きく針路を変え移動する。今夜は雨こそ降っていないが雲は厚く、陰が落ちるのを防いでくれている。出来れば今夜中に見付けたいものだ。
そうして川の近くの畑の上空、反応を頼りにあちらこちらへ。しかしそれは待ち伏せている村人だったり、逢い引き最中の現場に出くわしたりと外ればっかり。慌ててその場を離れたよ!
こりゃ本当にただのデートで終わるかな~、なんて思っていたら、川向こうより近付いてくる二つの反応ありと唯が警告を飛ばしてきた。すぐさま気を引き締め、現れるその時を待つ。
しかし一向に姿が見えず、どういうこっちゃと戸惑っていると、川の水面に変化があった。向こう岸から此方側に向かって、一つ二つと次々に波紋が広がっていく。 ──ナニカが川を渡っている。
(……ああ。これは見つからない訳だ。透明化かよ)
そうして川を渡りきったナニカは足跡だけを残し畑に歩み寄ってきた。畑の傍まで来たかと思えば、何やら立ち止まっている。恐らく周囲を警戒しているのだろう。
その時、雲の切れ間より月の光が降り注ぎ、地表を明るく照らす。同時に正体不明のナニカがフッと姿を現した。
それは向こうの世界でも見た事がある、牛と馬と呼ばれたもの達が仲良く寄り添う姿だった。




