目には見えぬもの
王都を囲む城壁の、とある区画にその部屋はあった。半ばで折れた朽ちた石柱に四方を囲まれた、何やら紋様が刻まれた古びた台座。さりげにこの部屋に配備されている衛兵の質から、重要な施設である事が窺える。
かつてこの地に栄えた先文明の遺産、転移陣。これがあるからこそ、この地を王都に選んだと聞く。
中央の転移陣にサニー達と並んで足を踏み入れ、緊張をひた隠しその時を待っていたら、紋様が淡く金色に輝きだした。ギョッとして足元を凝視したが光はすぐに止み、次に顔を上げればそこは既に見知らぬ場所だった。
一見似たような造り、似たような警備態勢だったが、衛兵の装備がガラリと変わっていた──より実戦向きになっていた──ので間違いなく転移したのだと確信できた。
ほんの一瞬。本当に瞬き一つの合間で、王都より遥か離れたオーマ領に立っているのだ。懸念していた乗り物酔いならぬ転移酔いの症状も無し。あまりの呆気なさに何だか狐狸に化かされたような気分を味わった。
が、次の瞬間、この世界に来た時の不安と恐怖が甦り、胸がぎゅうっと締め付けられる痛みを覚えた。
異常事態を知らせるように、鼓動が早鐘の如く胸を打ち、全身の毛が逆立つような感覚が襲う。
そんな身体の反応に何よりまず自分自身が驚いて、頭は軽い混乱に陥っていた。
ふと、腕に何かが触れた。見れば唯がしがみ付いている。その身体は小刻みに震え、顔色も酷く悪い。
そんな姿を目にして、瞬時に自分達の状態を理解し、慌てて唯を慰める事に全霊を傾けた。そうこうしている内に、自分の裡に湧いた恐怖や望郷の念などは、綺麗さっぱり何処かに消えてしまっていた。
はい! そんな訳で、到着早々てんやわんやはあったものの、無事にオーマ領に着きました! 人生初の転移陣を体感した感想は、「凄え便利。でもちょっぴり心臓に悪い」──でした!
や~、心の傷ってのは厄介ですね~。目に見えないだけでなく、普段は意識しないよう、心にリミット掛けてるもんだから、地雷原に突っ込むようなポカを平気でするんですね~。で、その時になって初めて自分の傷を自覚するとか、ホント、もう、こう、何と言うかね?
で、唯は更に連鎖的にあれこれ思い出し、俺より酷い状態に陥った。彼女がこの世界に来て遭った目を思えば、そりゃトラウマにもなるわ。
……あの場にティア達居なくて良かった~!! だって絶対気に病むでしょう、あんな状態見せつけたら!
いや、頭では理解してるんですよ? 起こった現象は、正しく転移陣が作動した証拠で、今居る場所は安全だと。だのに身体は転移に対して拒否反応起こすわ、心は明後日の方を向いてるわで。
……堪らんわ~実際。着いたばっかでなんだけど……帰り、どうしよう?
で、現在。サニーは着任の手続き、ソルはその付き添いでこの場を離れ、俺と唯、レイは荷物番をしていた。先程は塞いでいた唯も今はレイと会話を交わせる位に気を持ち直してくれたので、この先の依頼に支障は出ないと思われる。
そんな二人を横目に、砦に勤める兵達を観察する。予定より長期の勤務となり疲れはそれなりに溜まっているようだが、ピリピリとした緊迫した空気は漂っておらず、ギスギスした重苦しい様子もない。その事に胸を撫で下ろす。ただ話し合う二人にチラチラと視線を飛ばす者が多い事が気になった。
そんな中、一人の男がこちらに歩み寄ってきた。顔はそこそこ、但し戦いに身を置いてきた者特有の鋭さを纏った風格、身に着けた武装の状態や佇まいから、それなりの場数を踏んできたと思わせる。
そんな彼は、俺には全く見向きもせず、にこやかに二人に話し掛けていった。
「やあ、見ない顔だね。こんなに可愛い子達と巡り会えるなんてツイてるな。──ここには初めて来たんだろう? 良かったら俺が中を案内しようか? 子供のお守りよりは楽しい事を保証するよ」
…………。子供って、俺の事か? 眼中にないのは分かっちゃいたが、子供扱いされるとは思いもしなかった。──あ、唯が何かツボに嵌まったようだ。男には見えない角度で笑いを堪えてる。ねえ、俺にも隠そうよ。
男はその態度を照れていると受け取った様子で、馴れ馴れしく唯の肩に手をやろうとしてきた。流石にムッと来たので、間に割って入る。
邪魔されるとは思わなかったのであろう。男は不快そうに眉を顰め、一拍遅れて何かに気付いたような素振りを見せ、取り繕うように俺にも愛想を振り撒いてきた。「お姉さん想いなんだね」と見当違いの発言まで飛び出す始末。
それがまた唯のツボに嵌まり、背中に庇った俺の肩に自らの額を乗せて、完全に男の視界から表情を隠してみせた。……だから俺にも隠そうよ。笑ってるのが振動で伝わってくんだよ?




