商会に行こう
あの後、目の色を変えたマスターに「この魔道具を全て売ってくれ」と詰め寄られ、ちょっと大変だった。
彼らは「盗賊ギルド」と銘打っちゃいるが、その取り扱っているモノの多くは「情報」だ。彼らは情報を盗み、収集し、そしてそれを顧客に売る。実力行使はその後だ。
そんな者達にとって、コレは喉から手が出る代物だろう。
ならばと成功報酬に売買契約を盛り込む事で合意した。これで彼らのやる気が上がるなら安い物だ。なんなら報酬に1セット付けても構わんよ。
但し売るにせよやるにせよ、幾つか条件は付けさせてもらった。まず俺が持ち込んだ事は当然秘密。そしてこれらの品を市場へ出回さない事。他者への転売も禁止だ。要はマスターの管理下に置いときたいって事。だってコレ、盗撮ありきで作ったんだもん。信用の置ける人が持ってないと色々マズイ事が起こりかねん。
マスターは俺が何を危惧しているかいまいち分からないらしい。美学だ矜持だと言う人だものな。それを持ち合わせない輩の考える事など理解できないのだろう。
起こりうる事例案を事細かく説明したところ、牙を剥き出しにして唸り出した。聞くと年頃の娘さんがいるらしい。
「そのような破廉恥目的に使う奴になど、絶対に貸し出さんわぁ!!」
と、力強く約束してくれたので、とても安心した。最後に唯の事をよろしくお願いして部屋を後にした。
てくてくと大きな道を歩きながら頭を悩ませる。お題は貸与した魔道具の適正価格について。アレって日本円に換算したらおいくら万円なんでしょね?俺の感覚だと10万円もいかないんだが、大量生産された量販品とは勝手が違う。
魔道具に関してはこちらが想定していた額より、桁が一つ二つ違ってくるのがデフォだからなあ。そういう意味ではまだまだ金は必要なのだが。うーむ困った。
心の中で怠け者の悪魔が「もう相手の言い値でいいんじゃね?」と囁いてくるのがまた困る。確かにマスターならこちらの足元を見るようなしょっぱい真似はしないだろうが、そんな事して「物の価値も分からん若造」と思われるのは、なんか嫌だ。
となると今すべきは、市場視察による価格調査だな。時間もある事だし、アインズ商会を訪ねてみるか。
で。やって来ましたアインズ商会。いつもは買う側としてだけど、今日は売り手側の視点で見学させてもらいます。いつもと違う見方をしていれば普段は気づかぬ部分も見えてくるかも。
……そう思っていた時もありました。
なんでこんなお値段設定なんだろ?と疑問に思っても、素材に使われてる物も分からない、ましてや卸値なんて知る由もない。それでどうして答えなんて出てくると思ったのか。ただただ高いという感想しか出てこねえよ。
一応の目安として、幾つかの商品のお値段だけ記憶して、すごすごと売場から立ち去った。
そしてその足でニコラさんの居る研究室にお邪魔する。ニコラさんは作業中だったが喜んで迎え入れてくれたので、邪魔にならない程度にお喋りに興じた。
「ねえ、ニコラさん。ニコラさんは自分が開発した魔道具がいくらで売られるか知ってるの?」
「いいえ。値を付けるのは別の人がやってくれます。私は興味が無いので聞いたことも無いですね」
「ですよねー」
「私は作っていればそれだけで幸せですから。中でもトオルさんの注文はとても楽しいです。今、手掛けているこれだって……」
一旦作業の手を止め、その表面を掌で優しく撫でる。
「送風の魔道具に暖める機能と冷やす機能を付ける、だなんて考えた事もありませんでした。と言うのも相反する属性を一つの魔道具に組み込むのは無駄であり愚行、というのがこれまでの通説だったのです。でもこれなら二つの機能を同時に使うなんて状況は無いですよね!それぞれと相性の良い風を用いる事で、相反する属性を仲立ちするという発想も素晴らしい!これを手掛けられるなんて、術士冥利につきますよ」
ごめんなさい。相性云々の話は初めて聞きました。家電にすら疎い素人の考えを丸投げしただけです。それを嬉々として受け取って形にしてくれるニコラさんはとても優れた術士だと思います。
「本当に研究一筋だねえ。でももう少し他の事に気を遣っても良いんじゃないの?いつまでも研究室のヌシで在り続けたら、町に居ながら世捨て人になっちゃうよ?」
「そんな風に見られているのは心外ですね。今は確かに見てくれはこんなですが、家に帰ればそれなりにお洒落とかしますよ」
「家!? いつもこの部屋にいるからここで暮らしているのだとばっかり……」
「まあ、ここ十年ほど帰ってはいませんが」
「やっぱヌシじゃん!既に世捨て人の領域にどっぷり浸かってるじゃん!」
十年つったか、今? まったく長命種はこれだから、同じ時を生きてる気がしない。
「それで、今日はどうしました?」
キリの良いところで一段落したのか、こちらに向き直るニコラさん。また別の注文が入るのかと瞳を好奇心で輝かせ、ニコニコ笑みを浮かべている。
「何と言ったら良いか……。とある人に魔道具売買の話を持ち掛けられたのだけど、正しい評価額が分からなくてね。相手の言い値でというのも問題がある気がして、今日はここに勉強に来たんだ」
「ああ、だから値段を聞いて……って、ええっ、そんな!? わ、私の作品に何か足らぬものでもありましたか!? ならば言って下さい!なんでもします!」
と、跪く勢いでこちらの足元に縋り付いて来る。
「うわっ、いや、ちょっ……落ち着いて!!」
あれれ、おかしいな?当初の思惑通り、こちらが買う側と誤認させる事には成功したようだが……、何だか妙な空気になってない?
「わ、私に任せて頂けたなら、その方のご用意したモノ以上の品を約束します! だからお願い、見捨てないでぇっ!! 私に作らせてぇっ!!」
「いや、だから、別にニコラさんの作品に不満がある訳じゃないよ!? あと外聞ってもんもあるから、放して離れて言葉を選んで!?」
「その品はどのような物ですか?機能は?形状は?他にどのような機能があれば良いと思いましたか?その方の持っていた品で、他に気になった品があったりしませんか!?」
「話を聞いて!? えー、品については黙秘します! ……って言うか何でそこまで必死なのさ?俺が垂れ流す素人考えにそこまでの価値はないよ?」
「いいえ、いいえ! トオルさんの考案する魔道具を作り世に出すのは、私の喜び、私の使命! 他の方にこの権利は譲れません!」
「使命とかくっそ重いわ!それと別にその人、付与術士って訳じゃないから! ニコラさんの領分を侵す恐れはないよ!?」
ギャイギャイ押し問答を続けていると、騒ぎを聞き付けたのか、ヒルダ嬢の父親である会長さんが駆け付けてきた。
「ニコラ!彼に無礼な真似は例えお前でも許さんぞ!」
バタン!と力強く扉を開き、会長さんのよく通る声が響き渡る。──助かった!
「会長、良い所に! 私、トオルさんと正式に専属契約を交わしたいのです!」
うわあ、会長さんの言葉にも全く耳を貸しやがらねえ。この人あなたの雇用主でしょうに。
「いい加減にしなさい!それ以上我儘を言うのであれば、今手掛けている仕事からも降りてもらうぞ!」
「ええっ!? 会長に何の権限があって……」
「そら、全てのでしょう。会長なんだから」
ついつい白けた声を上げてしまう。
流石はヌシ。きっと彼女の中では『研究室=自分の城』という間違った認識が常識なのだろう。会長さんも現場の空気を尊重し、研究室に足を運ぶのは必要最小限に留めていたように思う。
それでも、商会のトップは会長さんで、ニコラさんは雇われ社員。ついでに言うと、俺とニコラさんを引き合わせてくれたのも会長さんだ。そして引き合わせる原因になったのが、ほら、アレな訳で……。
そんな俺に対し、ニコラさんが暴走したと聞き及んでしまったら、こうして会長さんが出張ってくるのも不思議ではない。……なんつーか、ご足労さまです。
それにしても──。独占欲剥き出しからの囲い込み宣言って、ニコラさんてばヤンデレ素質あるんでないの?




