冒険者たち
さて、地上の準備が完了するまで、もう一頑張り致しましょうか。
「もう一丁【勇気凛々】!」
魔術の上書きを施しておき、先程と同じように相手の攻撃が届かぬ位置から「やーい、やーい」と挑発行為を繰り返す。
いい加減届かないと分かっているだろうに、奴は俺を無視する事をしない。どうやら頭上を押さえられる事に酷くお冠らしい。こっちには好都合なので、そのままのあなたで居て下さい。
尻尾攻撃の余波も対処出来るようになってきた。来ると分かっていればどうという事はない。
地上部隊の展開もあと少し。それまでサポートに徹してみせる!
「……うぐっ」
唐突に呼吸が詰まる。いかん。即席が切れた。これは堪らんとばかりに更に上昇しプレッシャーの範囲から逃れる。
「フッ、フッ、フッ……ハア~」
暴れる鼓動を抑えようと胸に手を当て呼吸を整える。……落ち着いてきた。
あー。やっぱプレッシャー、ハンパないわ。ドーピング無しだと対峙するだけで心身に負担が掛かる。かと言って、今更刻印を仕込むというのも色々マズい。どうにか即席で騙し騙し乗りきるしか無いのだが……正直やだなー、恐いなー。何であいつらはこんなものに気合いだけで立ち向かえるのやら。冒険者連中はやっぱどこかブッ壊れてる。
まあいいや、そろそろ頃合いだろう。奴を大きく迂回してサニーに声を掛ける。
「もう任せて良いか?」
「おう、上出来だ!」
力強い言葉に安心してその場を託し、やや離れた所に居る唯達の傍に降り立つ。
「あー、怖かった」
「お帰りなさい透さん。本当にお疲れ様」
「フン、戻ったか。ならばお主はもう休んでいるがよい」
やや不機嫌なジュゲム君のお言葉に甘えて地面に座り込む。
はー、しんどかった。魔術が効いている内は全然気付きもしなかったけど、切れた途端はっきり分かった。空気って重さ変わんだね。まるで長時間水の中にいて陸に戻って来た時のよう。だるさが纏わり付いて来て酷く身体が重く感じた。
「だいぶ消耗しているようだな。なんならもう少し後方に下がるか?」
教官役が俺の顔色を見て声を掛けてきた。申し出は有り難いがここは首を横に振る。
「いえ、囮が有効だと分かったので。万が一、立て直しが必要な状況になったらもう一働きします。ここで待機させて下さい」
きっぱりと告げると、俺の意志を尊重し引き下がってくれた。怖いけど尻込みは許されない。死人が出てから「あの時ああしてりゃ良かった」なんて只の言い訳だろう。
戦闘の様子に目を戻す。あれだけの巨体を相手に真っ向から立ち向かう姿には、胸が震えるのを抑えられない。
硬い鱗に護られている身を、テオが剣で切り裂き、アンジェが槍で突き刺し、パティが短剣で削りながら軽やかな動きで翻弄する。サニーが大盾で動きを止め、そこを二本の斧を持ったレイが叩き割る。それらの間隙を縫うようにして、ソルの放つ矢が疾り、キャサリンの魔法が乱れ飛ぶ。
攻めば引き、足を止めずに回り込み、あちらが攻めれば今度はこちらと決して的を絞らせない。しかもそれだけバラバラに動き回っているように見えながら、互いの動きを邪魔しないし、射線はきっちり通してくる。見事な連携と言う他ない。──これが「冒険者」か。
勿論、奴もただやられている訳ではなかった。
ご自慢の脚力から生み出される凄まじい突進による体当たり。強靭な顎での噛み砕き。太い足から繰り出される蹴り上げに、跳躍してからの踏み潰し。尻尾による広範囲の薙ぎ払い。どれもこれもまともに食らえば致命傷になる破壊力を秘めている。
それに加えて、集中的に足を攻められているにも拘わらず未だ動きに衰えを見せない、恐ろしいまでの生命力。
──全く!つくづく存在自体が反則的な奴だ。本当に嫌になるね。
一進一退の攻防。徐々にダメージを積み重ね、少しずつ少しずつ冒険者側に傾きかけていた天秤。それがあっさりと覆された。
──あれが偶然の賜物だったのか、それとも狙ってやったのか、確かな事は分からない。一つだけ言える事は、一気に形勢が逆転されたという事実だけだ。
無数の傷を付けられたその脚で、出血を強いながら跳躍して踏み潰しを敢行。対するサニー達は瞬時に散開し、今一度包囲網を敷こうと試みる。そんな彼らを寄せ付けまいと右に左に尻尾を打ち振るわせ牽制する。
その拍子に、傍にあった岩に瘤の部分がクリーンヒット。砕けた破片、と呼ぶにはでかい石塊が飛んで行った先にはサニーの姿。虚を突かれたせいで直撃を許し大きく仰け反るが、倒れる事は何とか堪え、踏み留まった。しかし重厚な鎧が派手にひしゃげ、かなりのダメージを負ったであろう事は想像に難くない。
すると奴は味を占めたかのように尻尾を鞭のように唸らせ、一撃、二撃と更に岩を飛ばしてくる。サニーも必死に避け、或いは盾で往なしているが疲労と痛みの為か被弾が増えてゆく。
──戦線が、崩れる。
戦闘経験が少ない俺でもその兆候がはっきり分かった。判ってしまった。
だからだろうか。割りと自然な感じで言葉が口を吐いた。
「出ます」
スクリと立ち上がり、目を閉じて、軽くストレッチをしながら心を調える。
「お、おい、トオル?本当に……」
何か言いたげなカイの声音に、サッと片手を挙げて制する。
「今、弱気な、若しくは否定的な言葉を聞かせてくれるな。絶対に引き摺られて、折角奮った心が萎えちまう」
俺は生来ヘタレなんだよ!今だって必死に自己暗示掛けてる真っ最中なんだから!
(──いける、いける。俺ならやれる。大丈夫。絶対失敗なんかしたりしない……!)
クソッ!あンの蜥蜴野郎!生意気に要らん知恵つけやがって!奴が遠距離攻撃の手段を得た時点で安全地帯が無くなった。いや、まだ奴の真上は安全かな。キャッチャーフライを狙って打つには技術が要るって昔親父が自慢してた。
(大丈夫、大丈夫。元々一発食らえば終わりの身なんだから。やる事は何も変わっちゃいない。精々イージーモードからちょこっとハードモードに移行しただけさ)
そんな感じに覚悟も決まり、いざ!とカッと目を開ける。すると、目の前にジュゲムが立っていた。
「我も、行こう」
「……囮は俺一人で事足りる。戦力、となるとお前では力不足だ。それくらい分かるだろう?」
俺達の中では頭一つ飛び抜けた実力を持っているが、あの中に放り込まれると途端にひよっ子扱いだ。今彼らに足手纏いは要らん。そのような余裕がある訳ない。その事が分かっているだろうに、焦れたような必死の気配が伝わってくる。
どうやら決意は固そうだ。これならば──いけるか?
「分かった。……なら、三分間。お前に魔法を掛けてやる」




