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奥戸さんの事情


 二人だけの契約を交わした後、次は立ち会っていた旦那さんに代金を渡し、正式な隷属契約の手続きを求める。あっさりと犯罪奴隷の買い取りを希望した俺を、旦那さんは心配そうに見つめていたが、俺の意志が固いと知ると溜め息を吐きながら必要な道具を持ってこさせた。


 まず、俺が小刀で指先を切り、特殊な染料の入った小さな壷に一滴血を落とす。

 その染料でおかみさんが彼女の右腕に奇妙な紋を描く。

 最後に旦那さんが隷属魔術を詠唱すると奇妙な紋は一瞬淡く発光し、消えた。

 これで終了。


「……本当に良かったのかい、トオルくん?」


「ええ、勿論。彼女の私物はありますか?」


「ああ、あるよ。今持ってこさせてる。よく判らない物が殆どだがね」


 さもありなん。正直に事情を話す事も出来ず、適当に話を暈す。


「ああ、それは……。俺達の国は、つい最近まで鎖国をしていた島国でして。それでかなり独特な文化に発展したんです。ほら、俺の使う魔術も随分風変わりでしょう?」


「ほうほう。確かに。成程なあ」


 納得という風に頷く旦那さん。

 ……うん。大丈夫。日本書紀が書かれたのはだいぶ昔。竹取物語が書かれた頃が昔。鎖国を始めたのがちょっと前で、開国したのはつい最近だ。よし、完璧!

 大雑把すぎる俺の説明を耳にしたのか、背後から視線を感じるが知らんぷりします。





 少なすぎる私物を受け取り、旦那さん達に見送られながら、自分達の天幕に向かう。なるべく彼女の方を見ないようにはしていたが、彼女の衣服は相変わらずのささやかな物で目のやり場に困る。


「……あー。その、服はどうにかなるのかな?」


 もしやこれもセクハラにカウントされてしまうのだろうか?おっかなびっくり話し掛けると、彼女は自虐的に薄く笑う気配をみせた。


「今は無理ね。こちらに来た時に着ていた服も、こちらで揃えた衣服も泊まっていた宿に預けていたから。とうに宿の者が処分してしまったでしょうよ。町に着いたらまた揃えなくてはいけないわね。……ああ、言葉遣いを直した方がよろしいかしら、ご主人様?」


「……条件四つ目。敬語及びご主人様呼ばわりは禁止で。できれば名前で呼んで欲しい。俺も君を唯と呼ぶから」


「では透さん、と。……ごめんなさい。少し不快な事を思い出して貴方に当たってしまったわ」


「いいよ、気にしない。うーん。じゃあサイズが違うだろうけど俺の持ってる服を出そう。無いよりはマシだろう?」


 暗い空気をカラリと笑い飛ばし、ごそごそとリュックから幾つか服を出す。サービスで虎の子のセーターも出しちゃうぞ。

 これが駄目ならリオ達に頭を下げよう。いや、先に頼むのも考えたんだが、あの格好の唯を連れて会いに行くには俺の勇気が足りなかった。


「とりあえず試着してみて。で、着替え終わったら、俺の『保護者』に会いに行こう」


 は~。緊張するわ~。





「「「「…………」」」」


 視線が冷たい。もう、すっごく冷たい。口を開く事も出来ず凍りついてしまう程に。

 ゴクリと唾を飲み、勇気を振り絞り声を出す。


「ええと、その~……」


 「ふう~」と大きな溜め息が聞こえてビクリと肩を震わせ押し黙る。


「……馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど。仕事中に奴隷を買うかね、普通?はあ~あ」


「トールはニンゲンにしては良い奴だと思ってたのにニャア。ニャンか裏切られた気分ニャ」


 やばい!失望されてしまっている!?普通に怒られるより胸に刺さるぞコレ!


「ち、違っ、待って!話を聞いて!」


 一瞬で氷結が解け、早口になりながら事情を説明する。

 彼女がアウターである事。俺と同郷の日本人である事。何らかの理由で犯罪奴隷に身を落とした事。彼女が自分を買い戻す為に協力を惜しまない約束を交わした事。

 ここまで一気に捲し立て、それからペコリと頭を下げる。


「皆に相談もせずに勝手に決めてごめん。でも見捨てる訳にもいかなかった」


「事情は分かった。……私の名はリオ。そこのトオルを保護した者の一人だ。詳しい話を聞かせてもらっていいだろうか?」


 それぞれが自己紹介を済ませ、唯がこちらに来てからの経緯を聞いた。



 俺より一月近く早くこちらに来ていたらしい唯は、転移後に大きく体調を崩していた。朦朧する意識の中、イドゥン近辺の祠から自力でイドゥンの町に辿り着いたが、町の入り口で無一文&身元不詳の為に足止めを食らうも、取り調べを受けている間に遂に気を失い、宿に運び込まれたそうだ。

 町には入れたものの、入町税と宿代を借金として抱えてしまった唯は、体が動けるようになるとすぐさま行動。雑貨店で雇われると、真面目な人柄や高い計算能力、向こうで培った知識や経験を見込まれ、短期間で出納の一部を任されるようになった。

 しかしある日、出勤してから金庫から出された店の金を数えると計算が合わない。店主に報告と相談を持ち掛けると、「お前が盗ったのだろう!」と一方的に決めつけられ、官吏を呼ばれた。その後、取り調べらしい取り調べもなく犯罪奴隷に身を落とされ現在に至る。


 唯の話を聞いて「つくづく俺は運が良かったのだな」と思い知る。だが、それ以上に……。


「……異世界怖い。マジで怖い。何でそんなのが罷り通るの?」


「いやいや。こんなのは例外だから。アタシ達が聞いても非常識だと思うから」


「ああ。誰が聞いてもおかしいと言うと思うぞ。よくぞここまで無理を通したものだ」


「まず店主が怪しいニャ。次に店舗が自宅の場合、店主の身内も容疑者に挙げられるニャ」


「他にも従業員~、特に辞めた人も有力な容疑者ですね~。合鍵などその気になれば幾らでも作れますし~」


「私もその辺は考えたのだけど。全然動いてるようには見えなかったのよね。……考えられる可能性は四つ。一、怠慢。二、賄賂。三、弱味を握られて脅迫。四、馬鹿。……全部引っ括めて無能でいいわね」


 涼しい顔で毒を吐く唯さん。地味におかんむりですね。

 あと、四は駄目だろ。「頭なんてただの飾りですよ!」って言っちゃってるようなもんだから。偉い人がそれを言ってはいけない。

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