第五話
「おっ、戻って来たか。」
家に帰ってきた二人をアクィフォーレが居間のソファーから気がつく。
「ん? ふふーん、なんだか随分と仲良くなってきたみたいね〜。」
未だに繋いでいる手を指して二人からかう。二人はあわてて手を離したが、それは後の祭り。その姿をすでにアクィフォーレにばっちり見られていた。
「なんだかうらやましいわね〜。アタシもクウリ君と仲良くしたい〜。」
といいながら立ち上がって空理の方に近づく。じりじりとにじり寄ってくるアクィフォーレにたじろぎながら、どうすればいいのか分からずアクエリの方を見る。
「お母さん! やめてよね! なんでもないから!」
アクエリが空理の前に立ってアクィフォーレを遮る。
「エリお姉ちゃん・・・」
ほっとして助けた人の名前を呼ぶ。そしてその呼び方をアクィフォーレに気づく。
「“エリお姉ちゃん“? お姉ちゃん、だって。やっぱり何かあったんだ・・・ねぇ、アクエリちゃん? 外に出ていた間にいったい何があったのかな〜?」
「なにもなかったわよ! それより、お母さん! 私、お腹が空いた! ご飯できてる? ね、クウリもお腹が空いたよね?」
すがる想いで空理に問う。
「う、うん。お腹、空いた。」
「あら、そう? じゃあ、ご飯にしましょっか?」
「・・・・・・・ふぅ・・・」
母が諦めてくれた事に胸に手を当てて安堵の息を吐く。
と思った時、アクィフォーレはアクエリに顔を近づけて、小さく---
「話は後でしようね、アクエリちゃん。」
「うっ・・・」
がくり、と肩を落としてとぼとぼとダイニングへと歩いていく。
食事の用意ができて三人が食べ始めるとアクィフォーレが空理に朝食での出来事を聞いた。
「クウリ君、朝の事はもう大丈夫?」
「うん、アクィフォーレ、ありがとう。大丈夫。」
「よかった。アクエリのおかげなのかな?」
楽しそうな顔をしてアクエリの方に向く。空理はそれに気づかず、ただ質問に素直な答えをあげた。
「うん。エリお姉ちゃん、やさしい。」
「ふふ、なるほどね。それで、“お姉ちゃん”ってどういうことなのか聞いていい?」
これを聞いてアクエリが居心地悪そうに席で身じろぐが、それに構わずアクィフォーレが空理の返事を促す。
「俺、多分、この世界、一人。家族、友達、いない。」
「そう、それはとてもつらいことね。」
「うん、俺、とても寂しかった。もう、家族、会えない。どうしたらいいのか、分からなかった。でも、エリお姉ちゃん、家族になる、言った。とても嬉しかった。俺、一人じゃないと、分かった。」
「そうだったのね。アクエリ、偉い! それでこそアタシの娘だね!」
照れくさくて、何も言わずにただ食事を続けるアクエリ。アクィフォーレはそんな娘に苦笑して空理に向き直す。
「クウリ君、アタシもあなたの家族にならせてくれる? そう思ってくれると、とても嬉しいよ。」
「うん、ありがとう、アクィフォーレ、家族になって。」
「そうか、そうか。それじゃあ、アタシのことも“お姉ちゃん”って呼んでくれる?」
「お母さん! いい歳して何が“お姉ちゃん”よ!」
さすがに何かを言わずにいられなくなって声を荒げながら母を叱る。
「いやん、冗談よ、アクエリ。怒っちゃいや。」
「ふん・・・」
「とにかくね、クウリ君。この世界にいる間はアタシも、アクエリも、ずっとあなたの味方だよ、何があってもね。」
アクィフォーレの目からはその言葉の本気さを見て取れた。それを感じた空理はこの世界に来てから始めて心の底から安心して、気がつくと泣を流していた。
「ありがとう、アクィフォーレ・・・ありがとう・・・」
(はぁ・・・お母さんはやっぱりすごいね。)
母がたった一つの言葉で空理を心底安堵させたことをうらやましく思った。
「なら、クウリ君が家の家族になるのは決定かな? アクエリ、異存はある?」
「当然、ないわよ。」
「クウリ君、家の子になる?」
「うん。」
「よかった! それなら、クウリ君はこれからクウリ・ティアレイクと名乗って。」
「わかった。」
「あとは、呼び方かな? いつまでも“クウリ君”なんて呼んでたら他人行儀だからね。これからは“クウリ”とだけ呼ぶけど、いい?」
「いい。」
「アタシのことは今までと同じで“アクィフォーレ”でもいいし、“お母さん”でもいいし、もちろん“お姉ちゃん”でもいいよ。」
「えっと、アクィフォーレ。」
「なぁに、クウリ?」
「全部、ありがとう。これから、よろしく。」
「ええ、よろしくね。」
「エリお姉ちゃんも、よろしく。」
呼ばれたアクエリが嬉しそうに返事をする。
「うん、よろしく、クウリ。」
ご飯が終わればアクィフォーレがおもむろに口を開けた。
「そういえば朝の話、まだ途中だったね・・・クウリ、他に聞きたいことはある?」
朝の話。ここの事や、日本の事。ここが違う世界だと分かって、いろいろと吹っ飛んでしまった。けれども、どうしても気になる事がある。さきほど森で見た、アクエリが浮いていた事だ。どう考えても、あれはトリックの類いの物とは思えなかった。第一、あの時に自分を騙しても意味などなかった。
「聞きたい。エリお姉ちゃん、森、飛んでいた。どうして?」
「私? どうしてって、飛んだ方がクウリを見つけやすいと思ったからで、他に理由は特にないわ。」
アクエリの答えに首を振るクウリ。それに首を傾げるアクエリ。
「え? 違う?」
「どうして、違う・・・どうやって? 俺、飛べない。飛べる人、知らない。」
「どうやって? うーん、それは魔法を使ったとしか言えないけど・・・」
「魔法、何? 知らない言葉。」
「魔法っていうのは、普通できない事ができるようになる不思議な力。えっと、これで分かるかな? 私は説明するのとかはそんなに得意じゃないのだけど。」
ためらいがちに頷く。全部分かった訳じゃないけど、とにかく魔法や超能力のようなものらしい。
「魔法、誰でも、使える?」
「そうね、私がやったような空を飛ぶ魔法ならほとんどの人ができると思うわ。」
その上、ほとんどの人が魔法を使えるみたい。
「魔法、どうやって使う?」
「えっとね、魔法というのはこの世に行き渡っているエーテルを操作していろいろな現象を起こすのよ。それで空を飛べるし、物を動かしたりできるわ。他にも体を強くしたりできるわ。」
「エーテル? 操作?」
何の話をしているのかを全く分からない。困惑顔でアクィフォーレの方を見て助けを求める。
「まぁ、ちょっと待ちなさい、アクエリ。いきなりそんなに言われても誰も分からないよ。」
「お母さん・・・」
「クウリ、まずは、この世界にエーテルというものがあるということを理解して。」
「エーテル・・・」
「そう。エーテルがどういったものとかはこの際、置いておいて、まずそれが存在することだけを受け入れて。」
よく分からないけど、とりあえず頷く。
「うん。それで、このエーテルっていうものは世界のどこでもある。分かる?」
また頷く。
「魔法というのは、このどこにでもあるエーテルを使ってさまざまな現象の事なの。例えば杖を操って空を飛ぶ事や、こうやってコップを浮かす、みたいにね。」
そういうとアクィフォーレは指を動かして、手元にあるコップをふわふわと浮かした。
「すごい・・・」
開いた口が塞がらなかった。手品でもなんでもなく、本物の魔法だ。
「アクィフォーレ、俺も、魔法、使える?」
という質問をするとアクィフォーレが頬に指を当て、考え込む。
「うーん、そうねぇ・・・アタシが知る限りだとこれくらいなら誰でも出来るから、きっとクウリも出来ると思うけど・・・クウリ、エーテルの存在を感じられる?」
問われて、“エーテル”を感じようとするが、やはり普段とは何も違わない。
「ううん、エーテル、分からない。」
「そうなのね。多分クウリが違う世界から来たことと関係していると思うけど、きっとまだこの世界に慣れていないのね。今はエーテルの存在を感じられないかもしれないけど、これから分かるときが来るかもしれない。だから、もし魔法を使いたいのならあきらめないで。」
「分かった。ありがとう、アクィフォーレ。」
魔法を使うにはエーテルを感じられるようにならないと駄目みたいだな。それをどうやったらいいのかはまだ分からないが、いずれ感じられるようになったらいいな、とは思う。
「エーテルを感じられるようになれる手がかりをあげたいのだけどね。ここの人は生まれた時からエーテルとともに生きているからその事はもう本能で出来てしまっている。だから教えられないのよ。ごめんね、クウリ、何も手伝えなくて。」
「ううん、大丈夫。一人で、がんばる。」
「そう。でも、もし練習に付き合って欲しいなら言ってね。アタシもアクエリも喜んで手伝うから。ね、アクエリ?」
「うん、私も手伝わせて欲しいな。だからいつでも言って。」
「ありがとう。今度、お願いする。」
といってから席を立つ。
「ちょっと、部屋で休む。」
「了解。ご飯までに出てきていないならアクエリを呼びにいかせるよ。」
「また後でね、クウリ。」
背中に二人の言葉を受けながら今日あった事について考えるために部屋へと戻る。いろいろとあったが、不思議と不安はもうあまりない。きっと二人のおかげだ。そして心の中で二人にもう一度感謝する。
(エリお姉ちゃん、アクィフォーレ、俺を助けてくれて、本当にありがとう・・・)




