第四話
*注意、空理は言葉が少し分かって来ているので引用符はなし。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」
朝のランニングから戻ってきた空理が家の前に止まって息を整いながら額の汗を拭う。
アクィフォーレに助けられてそろそろ一ヶ月が経つ。体の怪我は全快し、朝から晩、そしてその後も続く勉強のおかげで言葉は聞き取れるようになってきたし、片言だが喋れるようになってきた。ランニングは最近始めたことで、理由は怪我の療養の間に落ちた体力を取り戻すためである。多分、剣の腕は錆びてしまっているので練習がしたいけど、そのためにも体力をつけないといけない。
家の前でストレッチをしていると、窓を開けてアクエリが顔を出し、空理の事を呼ぶ。
「クウリ、戻ったの? ちょうどよかった。朝ご飯ができているよ。」
「うん、分かった。すぐ、戻る。」
そう言うと空理はストレッチを終わらせてさっさと家の中に入る。ドアをくぐるとすぐにダイニングのほうから朝食のいい匂いがしてくる。ダイニングまで行くと、朝食がすでに並べられていたのが見える。空理は自分の場所になりつつある椅子に座ると、すでに座っていたアクィフォーレとちょうど食事を並べ終わったアクエリに挨拶をした。
「アクィフォーレ、アクエリ、おはよう。」
「おはよう、クウリ君。」
「おはよう、クウリ。今日の朝ご飯は私が作ったのよ。どう思う? おいしそう?」
「うん、アクエリ。朝ご飯、おいしそう。」
「よし、それじゃあ、お祈りをして、さっさと食べよう! アタシはお腹が空いてもう死にそうだよ。お祈りよろしく、アクエリ。」
「もう、お母さんったら。わかったわ、私が言うわ・・・」
母の投げやりな言い方をやや不満に思いながら、祈るために目を閉じて両手を体の前で重ねる。アクエリが祈りの準備に入るのを見ると、アクィフォーレと空理もアクエリにならって準備に入る。
「パルティクルス様、今日も無事に迎えられて、目の前に食事があることに感謝しています。どうか今日も皆、変わりなく過ごせますようにお願いします、アーメン。」
「「アーメン。」」
祈りを終えると、皆それぞれ食事を始める。そして、空理も食器を手に取り、目の前にある食べ物を食べ始めた。
今朝のご飯は魚介のスープとパンだ。今日はアクエリが作ったみたいだけど、いつもながらおいしそうなご飯である。スープの魚はどうやら朝の市場で買ってきた物で、とても新鮮だし、パンの方も同じ時に買ったようで、焼きたての香ばしい匂いがする。自分が少し走りに行っている間にどうやって市まで行って帰ってきたのは気になるけど。
何口か食べると、食べずに空理の方を見ているアクエリの姿に気づく。始めは彼女が何を気にしているのかは分からなかったけど、何かを待っているようだと気がつくと空理はアクエリに話しかけた。
「アクエリ、ご飯、とてもおいしい。俺、魚、とても好き。」
大きな笑顔をしながらアクエリにそう言うと、アクエリは大変喜んだ。
「よかった! 私、今日のスープに自信があったんだ。さぁ、たくさん食べて、いっぱいあるから。」
そういうと、料理が褒められて嬉しくなったアクエリは朝食を食べ始めた。どうやら正解したようで、空理は静かに息を吐いてから食べるのを再開した。
朝食を食べ終わって食休みにテーブルで座っているとアクィフォーレが誰にともなく話しかける。
「クウリ君が家に来てからもう一ヶ月か〜。時間が過ぎるのが速いね。怪我もすっかり治っているし、言葉もだいぶ話せるようになった。森で見つけた時、こんなことになるとは思ってもいなかったよ。」
この一ヶ月の事を振り返っていろいろあった出来事がアクィフォーレの心に染み渡る。
しばらく空理の事を見ながらその感慨深い思い出に浸っていたら、アクィフォーレは何かを思いついて他の二人に提案する。
「そうだ、せっかくクウリ君も結構言葉が分かってきたし、そろそろクウリ君のことを教えてもらおうか。あと、クウリ君も聞きたい事とかあると思うし。ちょうど今日は仕事もないから時間はいっぱいあるしね。」
「そうね、私も賛成するわ。きっと今まではクウリもいろいろ聞きたかったのに出来ないのをもどかしく感じていたんじゃない?」
アクエリの言葉に同意してうなずく空理。
「それじゃあアタシからの質問で始めていいかな?」
二人がうなずくのを確認してからアクィフォーレが続ける。
「アタシが一番気になるのはクウリ君のお家がどこにあるのか、かな? アタシはクウリ君の言葉は聞いた事がなかったからね・・・クウリ君、どこから来たの?」
アクィフォーレは何でもないように質問しているが、空理の答えに興味津々なのがあきらかだ。そして少しの間を開けて空理が答える。
「俺のお家、日本。」
「ニホン? それって町? それとも国?」
聞き覚えのない名前にアクエリが問いかける。
「日本、国。ジャパン、かも。」
日本という名前を知らなそうな二人に英語での名前も教える。
「ジャパン? それも名前?」
「うん。日本、ジャパン、同じ。」
「そっか、国の名前なのね。お母さん、ニホンかジャパンって名前に聞き覚え、ある?」
アクィフォーレは腕を組み、少し考え込んでから首を振った。
「うーん、やっぱり聞いた事ないね。そもそも皇国内の五国と隣接している三国の名前以外は知らないよ。もしかしたらその向こうから来たのかな? でも、それだとどうやってこの国に入ったのかが謎になるよね・・・いったいどうやって・・・」
空理の国についてあれこれと深く考え始めたアクィフォーレを見て、空理は体の向きを変えてアクエリに話を聞く事にした。
「アクエリ、ここはどこ?」
「えとね、ここはミストっていう国なの。そしてミストの他には四つの国があって、その五つの国でエレメント皇国という大きな国になっているわ。」
「エレメント皇国・・・」
「そう、西のミスト、北のテラ、東のインフェルノ、南のゼファー、そしてその四つの間にあるラディアント。これらがエレメント皇国の五国なのよ。」
聞いた事のない国だ。でも、世界のすべての国を知っている訳でもないし、特に国が小さいのならそんな事もあるかも、と納得もできる。そんなことを考えていたらこの国の大きさが気になった。
「エレメント皇国、どれくらい大きい?」
「どれくらいかしら? 大きいっていうことだけは知っているけど具体的な大きさは分からないわ。お母さん、知ってる?」
「・・・・・・」
どうやらまだ考え込んでいるらしい。
「ちょっと、お母さん!」
「なに、アクエリ?」
ようやくこちらに戻ってきたアクィフォーレがアクエリに呼ばれているのに気づく。
「クウリが皇国の大きさが気になってるんだけど、私はよく分からないからお母さんが知ってるかどうか聞いたの!」
「大きさね・・・アタシもよく知らないけど、行商人の話によると皇国を横断するには馬車で二ヶ月かかるらしい。だからきっと北から南を旅しても同じぐらいになるんじゃない?」
「二ヶ月・・・」
馬車がどれくらいの速度で走るのかは分からないけど、多分時速10キロよりは遅いと思う。けど仮に時速5キロで走っていたとして、一日に8時間進んでいたら、二ヶ月が経った頃にはもう2400キロも移動したことになるじゃないか! 東京から大阪まではおよそ300キロだから、その6倍。それが東西の距離だけでなく、南北の距離にも当てはまると。さすがにそれほどの国なら聞いた事もないのは少しおかしいと思う。それに、それほどの国の人が日本のことを知らないほど日本は世界的には小さい存在だとも思わない。そういえば英語も分かっていない様子だったような・・・まさか・・・
「アクィフォーレ、アメリカ、知ってる?」
「アメリカ? それも国の名前なの?」
首を傾げて聞き返すアクィフォーレ。アクエリの方も一応見るけどやはり知らないようだった。
なんて事なんだ。この人たちは日本の存在はおろか、アメリカの事まで知らないというのか? 世界でもっとも名が知れているはずの国を知らない二人。科学技術が発達していない様子の家。そしてかなりの大きさらしいこの国のことを知らない俺。自ずと一つの結論に達してしまう・・・
「ここは・・・俺の世界・・・じゃない・・・?」
聞こえるかどうかというほど小さくつぶやく。
あまりにもの信じがたさに空理は呆然として、何も言わずに席を立ってふらふらとしながら家を出た。
「ちょ、ちょっと、クウリ!」
空理の突然の変化に戸惑いながら声をかけるアクエリ。心配して追いかけようとするけど母に呼び止められる。
「アクエリ、今はそっとしておきなさい。」
「でもお母さん、どう考えてもクウリのあの様子は変だったわ!」
「アクエリ、あの子の最後の言葉を聞いた?」
アクィフォーレの言葉にアクエリは首を振る。
「いいえ、声が小さすぎて聞き取れなかったわ。」
「あの子はこう言ったのさ。“ここは俺の世界じゃない”ってね。“俺の国”じゃなくて“世界”だよ。」
「!!!」
「どうやってその結論に至ったのは分からないけど、今の会話によほどあの子の常識から外れたなにかがあったんだろう。そしてきっとそのせいで今はとても混乱していると思う。」
「ならなおさら・・・!」
またアクエリが空理の事を追おうと出ようとする。
「待ちなさいってば。」
「なんでよ!」
「言ったでしょ? クウリ君は今すごく混乱している。」
「うん。」
「そんな時に他の人の言葉なんか頭に入ると思う?」
「・・・・・・」
「だから追うなとは言ってないよ。ただクウリ君に少し冷静になる時間をあげなさいってことだけ。分かった?」
「分かったわ。」
母の言う通りだ。今、自分にできることはきっとなにもない。
そんなことを思いながら肩を落として部屋を出て行く。
落ち込んでいる様子の娘を見てアクィフォーレは苦笑する。
(やれやれ。そんなに落ち込むことはないでしょう。しょうがない、助け舟を出してあげるか。)
「あー、アクエリ?」
ドアを開けて出るところのアクエリが母の声に振り向く。
「なに、お母さん。私、部屋でクウリが戻るのを待っているわ。」
「確かにアタシはクウリ君の事をちょっと一人にしたほうがいいと言ったよ。でも考えてみな。クウリ君はよく知らない場所で、一人でふらふらと出て行ったでしょう?・・・アタシが言いたいこと分かる?」
最初は母がなにを言いたいのか分からなかった。少しの間頭をひねっていると、やがてその意図に思いつく。
「!」
「お母さん、私クウリの事を探しに行くわ。そして迷子にならないように見守ってる。」
「そうか。それじゃあクウリ君の事を頼むよ。せめて晩ご飯に間に合うようにしてね。」
「うん!」
さっきとは大分違う、元気な顔で玄関の杖を手に取って家を出るアクエリ。
「まったく、仕方のない娘ね。」
娘があまりにも元気な顔で出て行くのであっけにとられる。
「やっぱりまだまだ子供ってことかな。でも案外そのほうがクウリ君も親しみやすいのかもね。」
** *
ティアレイク家を出た空理はぼんやりと歩き続けていた。そして気がつくと周りは木でいっぱいになっていた。いつの間に森まで歩いてきたらしい。まだそれほど深く森に入っていないはずだから多分大丈夫だと思うけど、このまま森の中で消えてもいいとも思ってしまう。さきほど聞いた話はそれほどに絶望するものだった。これ以上歩き続けるのも無駄と思い、適当に近くの木に背中を預けて座る。
「やっぱりつらいなぁ。」
この一ヶ月の間、所々に変と思う出来事はあった。最初に話したとき英語を聞いた事もない様子の二人だったり、家での生活がどう考えても中世のヨーロッパ的だったり、電化製品が一つもなかったりなど。でもここが異世界だという考えはずっと否定してきた。いや、否定しないとやっていけなかった。だってそれを肯定することはつまり帰る事は絶望的になり、自分は家族からも、友達からも、皆から切り離されて見知らぬ土地で一人になるということだ。でも、ここがどこかの辺境で、ただ世俗から隔離されているという一縷の望みはさっき閉ざされた。
この国はどこの辺境でもなく巨大な国で、それでもその名前を聞いた事もなく、また、二人は大国アメリカを知らないというのは決定的だった。やはりここは自分が知っている地球ではないと。そして自分はきっと一生大切な人たちに会う事はかなわないだろうと。そう思うと唐突に大きな孤独感に飲み込まれた。膝を抱え込んで強く、強く、ただひたすら自分を抱きしめながら顔を膝にうずめた。少しでも力を緩めたらまるでそこから体温がすべて吸われていってしまうかのように感じるのだ。
「うっ・・・うっ・・・」
ついに涙まで出てくる。帰りたくても、帰れない。ここには自分一人だけ。もう、どうしたらいいのかが分からない。いっそ助けられなければよかった、なんて思ってしまう。
「父さん・・・母さん・・・ユキ・・・真由・・・会いたいよ・・・」
それ以降は考える気力もなく、ただぼーっとして座っていた。
アクエリは空理の事を遠くからただじーっと見つめていた。何度も飛び出しそうになる自分を押さえながら空理が混乱から回復するのを待っていた。
「クウリ・・・」
クウリの事が心配だった。まるで今にも消えそうなくらい儚い存在に見えた。
やがてクウリが落ち着いていくように見えて、タイミングを計りながらクウリに近づく。
「クウリ?」
どこからかアクエリの声がして、空理が顔をあげる。
「アクエリ?」
辺りを見渡すけど、どこにもアクエリの姿が見えない。幻聴だったのかと思い始めた頃にもう一度アクエリの声が聞こえてくる。
「クウリ、上よ。」
上? どうしてそんなところにいるのかは分からないけど、言う通りにそっちを見る。
「え? アクエリ?」
するとどうだ。アクエリは確かに上のほうにいたが、それは思っていたように木に座っているとかではなかった。アクエリは浮いていた。具体的には玄関の扉の横に置いていた杖に座りながら浮かんでいた。
(えっ、どうして? 何かのトリック?)
アクエリに空理の驚きが分かる訳がなく、空理と目があった後、ゆっくりと降りてきて空理の隣で杖から降りた。そして空理の隣に座って声をかける。
「クウリ、大丈夫? 突然出て行くから心配したのよ。」
アクエリに話しかけられて驚きから覚める。
「心配、ごめんなさい。」
「謝らなくてもいいわよ。でも理由がちょっと気になるかな。あっ、でも、話しにくいなら話さなくてもいいよ。私はこっちで静かにしてるから。」
それから二人の間に沈黙がしばらく続いた。空理はなにかを考えるように、アクエリはただ空理の様子をうかがいながら。
十分ほどして空理の考えがまとまって、なにかを話し始める。アクエリはそれに気づいて空理に集中する。
「俺、この世界の人じゃない、と思う。」
母の言う通りだった。でもどうしてそんな風に思うのかしら。世界はとても大きいのに、違う世界だと分かるの?
「どうしてそう思うの?」
「俺、エレメント皇国、知らない。エレメント皇国はとても大きい。知らないはずがない。」
「でも世界もとても大きいよ。その中の一つの国が分からなくても・・・」
「世界は大きい。でも国の間、行くの、難しくない。世界は、何日かで、一周できる。」
「世界を一周? そんな話、聞いた事がないわ。」
「でも、俺の世界では、皆、知っている。」
「そう・・・」
「それに、アクエリとアクィフォーレ、アメリカ、知らないと言った。」
「そういえばそんな事も聞いていたよね。それってどこかの国?」
「うん。アメリカとても大きい。多分、エレメント皇国より、何倍の大きさ。」
「何倍・・・」
皇国より何倍も大きいとはすごいことだけど、やはり世界にそんな国があると言われても納得するしかない。しかし空理はそれでは駄目という。
「アメリカ、とても強い国。世界で、知らない人、多分いない。」
「でも私たちは知らなかった。」
アクエリに頷いてから話を続ける。
「だから、きっとここは、俺の世界じゃない。そして、俺、一人だけ。もう家族、友達、会えない。」
アクエリはまだ空理が違う世界から来たというのは納得できていない。しかしこの場合、自分の気持ちは関係ない。空理がそう決めつけているのだ。そして、きっと自分がいくら説得しても無理だということは明らかだった。だからここはそこには触れずに、空理を慰めてあげないといけない。そう結論したアクエリは空理がさらに落ち込む前に早速話しかける。
「クウリ、私はさ、一人っ子でしょう?」
いきなり脈絡がない話をされて少し疑問に思うけど、本当のことなのでうなずく。
空理が話を聞いているのを確認するとアクエリが話を続ける。
「私のお父さんね、私が小さい頃に亡くなったの。あっ、変な顔をしないで。昔の事だから私はもう平気だし。でもね、お父さんがいなくて、お母さんもいつもは仕事で忙しかったから、私はいつも家で一人だったの。時々、街の子と一緒に遊んだこともあったけど、遊びが終わって皆が帰ると、やっぱり私は一人だったわ。」
少し寂しそうにそのことを思い出すアクエリ。
「それでね、いつだったかは忘れちゃったけど、お母さんと一緒に街に出かけた時ある家族を見たのよ。なんてことはない、どこにでもいる四人家族だったのけど、とても楽しそうだったわ。両端に母と父がいて、その間に姉と弟が二人。皆、横に並んで、手をつないでいたのを覚えているわ。それを見た私がどうしたと思う?」
さきほどとは違い、楽しそうな顔で聞いてくる。分からないと言う風に首を振るとアクエリが笑いながら話す。
「ふふ、私ね、お母さんに“弟が欲しい!”って頼んだのよ。おかしいでしょう?」
「そんなこと、ない・・・」
「クウリ、ありがとう・・・それで、それを聞いたお母さんはちょっと困った顔をして、“じゃあ、神様にでも頼んでみよっか。”と言ったの。多分お母さんは本気じゃなかったけど、私は幼かったから本気にしてしまって、しばらくは神様に“弟が出来ますように!”ってお祈りしてたわ。何年かして弟ができなくて諦めたけど、やっぱり今でも弟が欲しいっていう思いは残っているの。」
そういってから空理の正面に移動してからちょっと恥ずかしそうな顔をして話をまとめる。
「あのね、クウリ。つまり、私が言いたい事はね・・・」
激しく脈打っている心臓を落ち着かせるために深呼吸を一回。
「あのね、私の弟にならない?」
提案したアクエリの顔は真っ赤になっていた。空理の方はアクエリの突然な話に面食らって言葉を失っていた。そしてその沈黙はアクエリを焦らせた。いきなりすぎて、私が変な人だとか思ったかしら? そんな考えが頭を横切り、アクエリはしどろもどろに言い訳をし始めた。
「あのね、変な意味じゃないのよ! ただ、私はクウリの事が心配で! えっと、それで、私がクウリの家族になればクウリは一人じゃなくなるかと思って! そりゃあ、かわいい弟が出来るかも〜、とかちょっとは思ってたかもしれないけど! えっと、えっと・・・」
もちろん、空理はアクエリを変な人と思った訳ではない。ただそれが突然で頭が追いついていなかっただけだ。しかし、空理が正気に戻る時にはもうアクエリは勢いよく弁解を始めてしまって返事を出来ないでいた。
「ぷっ・・・くっ・・・くっくっ・・・あははははははは・・・」
段々と支離滅裂になっていくアクエリを見て空理が思わず笑いがこぼれた。
空理が笑うのを見て、アクエリは話すのを止めて自分の今までの様子を思い出し、顔が沸騰する。
「うぅ〜〜〜〜・・・」
恥ずかしすぎて言葉も出ない。
空理の顔も見られなくなってしまったアクエリは体ごと回転させ向こうを向く。
ちょっと笑いすぎたかもしれない。別にバカにしていたわけじゃないけど。それに、本当はすごく嬉しかった。自分は一人じゃないと気づかせてくれた。
「アクエリ・・・」
声に反応して顔だけ半分こちらに向ける。そして微笑みながら礼を言う。
「アクエリ、ありがとう。とても嬉しい。」
「クウリ・・・」
「俺、弟、なりたい。いい?」
今度は体全部をこちらに向けて、空理に飛びつく。
「うん、クウリ! もちろんだよ! あはは! クウリ! クウリ!」
抱きつかれた空理は少し困った顔をしていたが、それは決して嫌がっているのではなさそうだった。でも、さすがに照れるのでそろそろ放してくれるとありがたい。
「アクエリ、苦しい。」
「あっ、ごめん!」
アクエリの熱い抱擁から解放されて一息つく。そして、二人の間に少し気まずい空気が流れる。何かを言った方がいいと思うが何も思いつかない。そんなとき----
「あっ、そうだ!」
と声をあげるアクエリ。
「あのね、クウリ。お願いがあるんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ。」
「それじゃあ、私の事を“お姉ちゃん”って呼んでみて?」
「お姉ちゃん?」
「うん。あっ、せっかくだからこれからは名前のほうも略して、“エリお姉ちゃん”って呼んで。」
「わかった・・・エリお姉ちゃん。」
「うふふ、それじゃあ、これからもよろしくね、クウリ! 今日から君は私の弟だから!」
「うん、エリお姉ちゃん・・・へへ・・・」
まだ少し気恥ずかしさが残っているけど、それは嬉しい物だった。
「じゃあ、お家に帰ろうか? きっとお母さんも待っているわ。」
「うん。」
それからアクエリが黙ったまま手を差し出す。多分手を繋ごうと言おうとしているけど、恥ずかしさで躊躇してしまう。アクエリの方を見てみたが、その顔は恥ずかしさで赤くなっていた。アクエリも恥ずかしがっていると知ると、空理は開き直ってアクエリの手を取った。
空理の手が自分のを握るのを感じたアクエリは嬉しくなって強く握り返した。そして二人はそのままティアレイクの家へと帰っていった。




