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エレメント皇国物語  作者: rurata
第三章:平穏の終わり
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第八話

「拙いわね・・・かなり近づいてきている。」


「くっ・・・国境まで後少しなのにっ!!」


逃げ続けて数日。三人は国境まで残り半日といったところまで来ていた。


しかし、クウリの怪我という負担は大きく、望んでいたほど追手との距離を稼げないでいた。まだ見つかってはいないが、このままでは時間の問題であるのが三人にも分かっている。いよいよ誰かが囮にならなければいけない時が迫っている。アクエリとクウリは未だにアクィフォーレがこの役目を果たすのに反対している。ここに来るまでに何度も話し合い、クウリとアクエリは三人で戦って追手を返り討ちにすることを提案したがアクィフォーレは聞く耳を持たなかった。頑なに自分が囮となることを譲らない。


「二人とも、ここで一旦別れよう。」


「お母さん!」


「くどいよ、アクエリ。もう何度も話し合ったでしょう?」


「でもっ!」


アクィフォーレの言葉を聞いてアクエリが詰め寄った。


「アクエリ・ティアレイク!」


「っ!」


「エリお姉ちゃん・・・」


なお、何かを言いたそうなアクエリに母からの怒号が降り掛かった。アクエリはそれに怯み、何も言えなくなった。そこにクウリは声をかけながら彼女の肩に手を置いた。


「アクエリ、もう時間がない。追手は今にでも追いつくだろう。もう、これしか方法がないんだ。」


「お母さん・・・」


アクエリはついに諦めたのか、元気なくその母を呼ぶことしかできなかった。それを見てアクィフォーレは苦笑し、クウリに向いた。


「クウリ、ちょっとの間アクエリのことを頼んだよ。」


「任せて、アクィフォーレ・・・ううん、お母さん。」


「っ?!」


始めてクウリに母と呼ばれ、感動で涙が滲むアクィフォーレ。クウリが何故今までそう呼ばなかったのは彼自身にも分からない。ただ呼び方を変える機会がなかったのか、それともそう呼んでしまうと一生帰れなくなると無意識に感じていたのか。クウリは二人の事をもう家族と認めているが、心のどこかで元の世界に戻るのを諦めきれていなかったかもしれない。


「だから、お母さんも気をつけて。絶対にみんな無事で逃げよう!」


「ああ。奴らを少々痛めつけてから追いかけてくる。その後、国境近くで合流してからみんなで国境を越えよう。アクエリも分かったな?」


「・・・わかったよ、お母——」


「いたぞ! こっちだ!」


話の途中に突然三人の誰でもない声が近くからする。


「見つかった! 二人とも、もう時間がないようだ。それでは作戦通り、あたしが囮になって奴らを引き離す。二人はその間に出来る限り距離を稼ぐんだ。」


「「・・・・・・」」


アクエリとクウリが黙って頷く。


アクィフォーレは二人を抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。


「クウリ、お母さんと呼んでくれて嬉しかったよ」


「お母さん・・・」


「アクエリ、何があっても諦めるんじゃないよ。分かったな」


「うん」


二人に別れの挨拶を済ますアクィフォーレ。


こんな風に言ってしまうと何だか永遠の別れのような感じがするが、アクィフォーレにそんなつもりはない。あくまで時間稼ぎがしたいだけなのだが、それでも状況はとても不利である。死ぬつもりはないけど、そうなる確率が高いのも本当だ。だからアクィフォーレは何も言い残さないように今ここで別れを言う。


それからアクィフォーレはもう一度二人を強く抱きしめ、そして大きな音を立てながら高速でその場を離れる。


それをアクエリとクウリの二人が静かに見送る。


そして数分後、アクィフォーレの足音も追手の大声も聞こえなくなった時、二人はやっと立ち上がり、何も言わずに国境を目指した。



** *



「観念しろ、罪人アクィフォーレ・ティアレイク! 貴様はすでに囲まれている!」


囮として逃げ始めてから一時間ほど。アクィフォーレはついに追いつかれた。そしてその兵士の言う通り、彼女は三十人ほどに囲まれている。そのどれもが実力者に見受けられる。


「流石の貴様でもこの人数相手は無理であろう!」


確かに、アクィフォーレに彼ら全員を倒すのは無理なのだろう。完璧の状態ならいざ知らず、今は牢屋に入れられていた時の疲労と逃げ続けていた疲れが溜まっていて本来の実力の半分も出せればいい。


「全員を相手にするのが無理でも、十人くらい道連れにするくらいの力は残っているぞ。さて、誰から地面を舐めたい?」


実際に目で見ていなくても、リヴァール最強アクィフォーレ・ティアレイクの実力は噂くらい知っているから彼らのためらいははっきりと出ていた。なまじ噂しか知らない分、余計に躊躇させた。それを見た彼らの隊長は舌打ちし、号令をかける。


「怯むな! 相手はたった一人だ! 全員でかかれば問題はない!」


「「「おおおお!!!!」」」


その声とともに何人もの兵士がアクィフォーレに襲いかかった。


アクィフォーレも剣と杖を構え、それを迎え撃った。頭の中はただ子供達の為に一瞬でも多く時間を稼ぐだけ。その為、彼女は一つの事実に気がつかなかった。ここにいる筈の人間が一人いないということに・・・



** *



「はぁ、はぁ。早すぎる!」


「とにかく逃げるのよ、クウリ!」


クウリとアクエリは息を途切れさせながら必死にその足を動かしていた。アクィフォーレが囮となり、確かにその役を果たしたのに二人がどうしてこうも死にものぐるいになって逃げているのか。それは二人のすぐ後ろを見れば分かることだった。そこには不敵に笑いながら二人と同じ速度で追っている男がいた。


その男とはモエラ・バンティノ。アクィフォーレを逮捕した張本人にして三人の追手のリーダー。アクィフォーレが逃げた方向を不審に思い、この男は囮作戦の可能性を見抜き、他の兵士を先に行かせて自分は二人が動き出すのを待った。そしてモエラの睨んだ通り、アクィフォーレが離れてから三十分後、少年と少女一人ずつが遅れてまっすぐ国境を目指して走りだした。


二人もすぐにモエラの姿に気がつき、走る速度を上げた。しかし、クウリの状態は完全ではないので全速で逃げられず、モエラも流石は隊長職まで昇ったこともあり、全力で走らなくても充分についていける。


追いかけっこはそのまま数時間ほど続き、二人が森の中で少し開けた場所に差し当った時についに追いつかれた。


その時、爆音とともに二人の目前の地面が抉れた。


「「!?!」」


クウリ達は慌てて止まり、追跡者の方に振り向く。


そこには剣を構え、笑うモエラの姿があった。


クウリとアクエリの息が乱れており、それを整える間その場は沈黙に包まれた。その沈黙を破ったのはモエラだった。


「少し疲れてきましたので、鬼ごっこはこの辺にしておきましょう。」


「くっ! お母さんはどこなの?!」


「ティアレイクさんですか? さあ、分かりませんが、私以外の全兵士がそちらの方に向かったのです。それに生死問わずに捕まえるように命令したのですから、まあ無事ではないでしょう。そうですね、あの時点ですでに大分弱っていたのですからもう死んでいるかもしれませんね。」


「嘘を言うなっ!」


モエラの言葉を聞いて思わずクウリが叫ぶ。


「嘘? いえ、決して嘘などではないですよ? 私はその命令を下しましたし、部下全員を向かわせたのも本当です。」


「お母さんはすごく強いのよ! あんな兵士がいくら束になっても敵わないわよ!!」


「おやおや、現実を見ないといけませんよ? ティアレイクさんは確かに上級魔導師相当の実力があると噂されています。それでもあの数を相手は無理ですよ。子供の為に自分を犠牲にするのは感動的ですが・・・ふふふ、ごめんなさい。非現実的な希望にすがる姿がこんなにも滑稽だなんて思っていなかったものですから。」


そういうとモエラは口を手で隠し、クスクスと笑い始める。


モエラが笑い出すと明らかに怒りを表したクウリが刀を抜いて魔法で更に体を強化。そして我慢が出来なくなったのか、アクエリも杖を構えて戦闘がいつ始まっても大丈夫のように周りに何個もの水の球を出現させる。


「ふぅ。その様子ですと投降する意志はないみたいですね。私としても穏便に済ませたかったのですが・・・」


残念そうに溜め息を吐きながらモエラが言う。


「お母さんは絶対に負けない! 勝てなくても逃げ続けるくらいできる! お前なんか俺たちがすぐに倒して逃げ切ってみせる!」


自分にも言い聞かせるようにクウリがいう。


「その通りよ、クウリ! 私とクウリの二人が協力すればきっとあなたなんて敵じゃないわ!」


クウリの言葉にアクエリが賛同し、大声でモエラに宣言する。しかしそれに対し、モエラは静かに微笑むだけ。


「あなた方が私に勝つ? あまり私を笑わせないで下さい。二人の話は聞いていますよ? まずはアクエリ・ティアレイク。」


アクエリを見て語り始める。


「アクィフォーレ・ティアレイクの娘にして王都の魔法学校の学生。成績はいたって優秀。魔導師としての見込みも良い。在学中にも関わらず、王宮から勧誘の声もあると聞いています。さすがはティアレイクさんの娘と言ったところですね。」


そう言ってからモエラはアクエリから視線を外し、今度はクウリを見る。


「そしてクウリ・ティアレイク。一昨年の夏頃にティアレイク家に引き取られた子供。それから一年過ごし、その間に警備隊の仕事を度々手伝う。剣の腕はずば抜けており、警備隊の者にも勝てるほど。その後、姉と同じ魔法学校に入学し、そこで類い稀なる魔力を持っていると判明。しかし、同時に致命的な欠陥もあると判る。そう、私は知っているのですよ? あなたの魔力がいくら優れていても扱えるエレメント魔法の規模は一般人にも劣るということを。」


「くっ・・・」


モエラの言う通り、確かにクウリはエレメント魔法がすごく苦手だ。それでもアクエリと二人で連携すればなんとかなると考えていた。自分の剣術と姉の魔法を合わせれば一人くらい倒せるだろうと。しかし相手には些かも焦りが感じられない。その余裕はどこからきているのか?


いや、その余裕に相応しい実力があってもなくともクウリ達には関係ない。二人が逃げてアクィフォーレと合流するには今目の前の敵を倒さなければいけないことは変わらないのだから。


「エリお姉ちゃん、俺が前に出て牽制してエリお姉ちゃんが魔法で攻撃するって感じでいい?」


「そうね、クウリ。私もそれがいいと思う。」


調子が万全でなくとも、クウリの剣技はアクエリよりは上である。そのため、アクエリは反対もせずにクウリの案を受け入れた。


短い相談が終わるとクウリは前に出てモエラと対峙する。


「おや、もう話はいいのですか? 私としてはもう少し待ってもよかったのですが。」


「うるさい! エリお姉ちゃん!」


「うん! くらいなさい! アイス・ボール!」


クウリがアクエリに合図を送りとアクエリは周りに飛ぶ水球を氷に変え、それをモエラに向けて放つ。同時にクウリは駆け出し、剣を上段に構えながらモエラに突撃する。


「この数、そして状態を変化させるその速度。見事としか言えませんね。私が同じ年齢の時はこんな真似はできませんでした。しかし——」


そう言い終わるモエラの目前にクウリが迫っており、周りにはアクエリの魔法が命中しつつあった。それでもモエラはあくまで冷静な顔で迎え撃つ。クウリの剣を剣で防ぎ、アクエリの魔法は自分の氷の壁で防ぐ。


辺りに鉄と鉄がぶつかる音と氷と氷がぶつかる音が響いてクウリとアクエリの表情が驚きに染まる。


「無駄ですよ? この程度の攻撃は私に通用しません。この剣も中々の力がこもっていますが、まだまだですね。」


モエラに止められてもクウリは諦めずに何度も切り掛かる。モエラにちょっとでも自分に意識を向けさせ、アクエリの魔法が届くために。アクエリも魔法が届くように工夫していた。魔法に緩急をつけたり、氷の形状を変えたりと考えつく限りに魔法を撃った。


球体に矢状、果ては量より質と考え、一つの大きな氷塊を作った。大きさとしては直系二メートルほど。その間にもクウリは懸命に攻撃しつづけ、どうにかアクエリが魔法を当てられるようにモエラの隙を作ろうとしている。だが、やはり調子の影響で、決定的な隙を作るにクウリはあと一押し足りない。戦法を変えたアクエリの魔法は防がれていないが、動きが遅いそれが今度は避けられている。今、体が万全でないことが悔やまれる。


クウリは未だに魔法剣士との戦闘に慣れていないので、もし万全でも一対一では負けていたかもしれない。それでもアクエリと二人ならなんとかなっていたとクウリはモエラと戦い、彼の実力を感じて思った。


(このままじゃ駄目か・・・仕切り直しが必要だ)


このままでは埒があかないと考え、クウリは攻撃を中断し、アクエリのところまで下がる。モエラはそれを追跡するかと思ったけど、余裕の現れか、あるいは今度はどういう手で来るのか気になったのか、黙ってそれを見ただけだった。


「クウリ?」


とアクエリが困惑した顔で聞く。


「ごめん、エリお姉ちゃん。今の俺じゃああいつを倒せないと思う。」


「そんな! クウリの所為じゃないよ! 私がもっと魔法が上手ければ!」


クウリが本気を出せない事は前もって承知していた。それなのにモエラを倒せないのは自分が腑甲斐ない所為だとアクエリは考えた。


「エリお姉ちゃん、このままだと駄目だと思う。今の俺たちだと多分押し切れない。だから、今度はエリお姉ちゃんが前に出て。」


「えっ?」


突然、クウリが役目を入れ替えることを提案し、アクエリが混乱した。前衛のクウリ、そして後衛のアクエリが今の二人が最大限の力を発揮する形のはず。アクエリの剣の腕はクウリほどじゃないし、クウリもアクエリほど魔法が得意とは言えない。


「どういう考えなの、クウリ? 今更役割を換えるなんて。」


「今は詳しく説明している暇がないから、俺に考えがあるとしか言えない。」


「でも、中途半端な魔法じゃあいつの盾は崩せないわよ? やっぱりこのままの方が勝つ見込みがあるんじゃ・・・?」


言外にクウリの魔法だとアクエリの二の舞になってしまうことを仄めかすアクエリ。貶すつもりは無かったけど、客観的に見て、クウリの魔法はやはりアクエリのに劣るだろう。


「お願い、エリお姉ちゃん。俺を信じて!」


必死に訴えるクウリにアクエリは思わず口を閉じてしまう。そしてクウリの顔を見て、その瞳の奥に宿る確かな自信を見つけ、やがて頭が僅かに縦に振られる。


「分かったわ、クウリ。今度は私が前に出るわ。」


「ありがとう、エリお姉ちゃん。」


「けど、私じゃきっとあまり長く持たないと思うわよ? 精々が数分だと思う。」


「分かった。俺の作戦が失敗したら、すぐに交代しよう。」


「うん。」


二人の考えが纏まり、モエラに向き直すと、今度はアクエリがクウリの剣を手に持っていることにモエラが驚いた。そして、反対にクウリがアクエリの杖を構えているではないか。


「おや、今度はそちらが剣士役ですか? 何を考えているのかは分かりませんが、意味のないことにすぐに気づくでしょう。」


「やぁああああっ!」


もはや言葉は不要とでも言いたげに、アクエリが雄叫びを上げながらモエラに突撃。


だが、接近戦があまり得意ではないアクエリでは手負いのクウリにも劣る剣技しかない。それでもモエラはクウリを用心し、気をそらしている所為か、アクエリは何とか持ち堪えていた。


しかし、数分が過ぎ、何時まで経ってもクウリの魔法が来る気配がない。


(ふむ、先ほどのやり取りは少年の方がもう戦えないといった相談だったのでしょうか?)


とモエラが考え出す。


そしてそう思うと、モエラは徐々に注意をアクエリに集中させ始める。一応クウリや時々くるアクエリの魔法を危惧し、氷の盾はまだ健在であるが、一応だけだ。それでも彼女らの魔法にそう易々と破られはしないだろうが。


これがしばらく続くと、アクエリは段々押され始め、もう倒されるのではないかと思われる時、それが起こった。


「がぁっ!!」


突然、衝撃と燃えるような感覚がモエラの体に襲いかかり、危うく倒れそうになる。モエラはすぐにアクエリから離れ、問題の箇所を見る。そしてモエラが見たのは血が流れるほどの怪我を負った自分の左肩。


(一体何が?!)


何故自分が怪我をしているのかはモエラには分からなかった。魔法剣士としての経験がクウリより多いのか、アクエリは魔法を交ぜながら戦っていた。しかし、それらは全て自分の盾に防がれていた筈。クウリの方は魔法を使ってもそもそも脅威にならない。


(とりあえず、この盾を強化させましょう。どんな攻撃をしたのかは分かりませんが、最悪の場合、時間を稼げば応援が来る筈です。)


未知の攻撃に晒されたら普通の人なら混乱して事態を悪化させるかもしれない。しかし、モエラは曲がりなりにも一街の警備隊隊長。こんな怪我をしてもまだ冷静な判断が出来た。


モエラは盾を厚くさせた後、状況を把握しようと周囲を探る。もしかしたら自分の知らない応援がいるかもしれないと考えたからだ。だが、いくら探しても誰もいないし、不自然な物もない。なので、相手している二人のどちらかがこの攻撃の源だという結論しかない。


その考えに至った時、モエラの体に二度目の衝撃が襲った。今度は右足が血を流している。


「ぐっ!!」


(馬鹿な! この盾を貫いたと言うのですか!)


盾を強化させたのにまた自分に当たっている。その上、警戒していたのにその攻撃の出所が分からなかった。


そして足を貫かれ、動きが遅くなったモエラに次々と見えない攻撃が襲い、やがてモエラが動けなくなる。


動けなくなったモエラは地面に倒れ、剣と杖を手放す。彼の髪の色が普段の薄茶色に戻り、危険がなくなったことを確認したクウリたちはモエラに近づいた。


自分を見下ろすような場所まで来たクウリとアクエリをモエラは憎しみを込めた目で睨み、糾弾する。


「一体なにをしたんです! 私の盾はあなた達程度の魔法に破れる筈がない!」


「私も気になるわ、クウリ。どんな魔法を使ったの?」


杖を掲げ、クウリの髪が水色に変わっていたのはアクエリにも見えたのでクウリが何かの魔法を使っていたのは分かっていた。しかし、どう考えてもアクエリにはその魔法が思いつかなかった。


「これだよ、エリお姉ちゃん。」


そう言ってクウリが見せたのは一見、何の変哲もないただの水球。魔法学校で誰もが最初に教わるエレメント魔法。


「クウリ、それがさっきの攻撃の正体?」


それを見せられても、やはりアクエリはどうやってあの攻撃に繋がるのは見当もつかなかった。


「うん。エリお姉ちゃん、分からない?」


「そう言われても・・・えっ? 何よ、それ?」


クウリに言われ、クウリの魔法をよく見るとそれが如何に異常か明らかになった。


最初に見た時はただのウォーター・ボールと思い特に気にしていなかった。だが、目を凝らしてみれば、その一つの球に尋常でない量のエーテルが込められているのが分かる。


「エリお姉ちゃんも知っている通り、今の俺だとこのくらいの大きさの魔法しか作れない。けど、それじゃあいけないと思って、もっと強力な魔法がないかと色々考えていた。図書館でたくさん調べてみたし、先生にも聞いてみたけど、何もいい方法が見つからなかった。」


それはそうだろう、とアクエリやモエラは思った。そんな少量の水で作れる強力な魔法があれば誰でも使っている。


「そこで思い出したのがあの暴走事件。」


「あれを・・・?」


あの事件がどう役に立ったのはアクエリに分からなかった。あの時は巨大な水球が作られていたし、暴走していたので今の状況とは懸け離れているのだ。この魔法はクウリの制御下にあるし、規模は精々手のひらに収まる大きさだ。


「エリお姉ちゃんが覚えているか分からないけど、あの時、空気の中の水がなくなってもまだ暴走しているエーテルがあったでしょ?」


「ええ。」


「あの時、行き場のないエーテルはその水の球を回転させた。それを思い出して、小さな魔法でもそこにたくさんのエーテルを含め、回転とか物理的な作用を与えれば何かできるのではと考えたんだ。」


つまり、クウリは短所であるエレメント魔法の規模をどうにかするのではなく、長所である自分の優れた魔力を使ってなんとかしようと思った。


「それで何をしたの?」


ここまで説明されてもアクエリはまだこの魔法が何なのか分からなかった。クウリの言葉を信じればこの多大のエーテルで何かしているらしい。けれど、回転させているとかそれらしいことをさせているそぶりはない。


「これはね、エリお姉ちゃん、この水の球に『圧力』をかけているんだ。」


「あつりょく?」


「圧力といっても、このエーテルを全部使ってだから、普通見られないほどになっている。そして、そうやって完成したのが——」


杖を僅かに動かせると水球のエーテルが僅かに揺らぎ、そして小さな音とともに球から水が一筋、超高速に発射されて少し離れた木を穿つ。そして魔法を撃ち終わったクウリの髪が元の色に戻る。


「この魔法。俺が考えた魔法だからまだ名前はない。」


前の世界ならウォーター・カッターと呼ばれただろう。


「クウリ・・・」


「やはり、異邦人。」


クウリの魔法を見た他の二人は驚愕した。アクエリは純粋にその魔法の威力に。モエラはその発想の異質さに。


「原理は子供でもよく遊んでいる水鉄砲と同じ。もっとも、威力はそれより何万倍も強いけど。」


具体的な威力は分からなかったが、確かにあの速度と木を貫いた力があればモエラの盾が破れたのもうなずける。


「ならば、何故始めから使わなかったのです。それほどの魔法があればもっと有利に戦えたでしょう! 私を馬鹿にしていたのですか!」


「別に馬鹿にしていた訳じゃない。けど、この魔法は実戦では使った事がなかった。どれほどの効果が得られるのか分からないのに、いきなり使う筈がないだろう? これは本当に一か八かの賭けだった。まぁ、結果から言えばその賭けには勝ったからいいけど。それより、エリお姉ちゃん、こいつどうする?」


「えっ? えっと、どうするって?」


アクエリはまだクウリの魔法のことを聞いた驚きからまだ回復しきっていないらしく、一瞬クウリの言葉の意味が理解できなかった。


「このままにしておくか、それとも・・・」


その先をクウリは躊躇い故に言葉にしなかったが、言わなくてもアクエリにはクウリの言いたい事が分かった。


「いいえ、それよりも早くここから離れましょう。」


対して迷わずに答えるアクエリをクウリが説明をして欲しい目で見る。


「彼を殺しても意味がないわ。」


「どうしてそう思うの?」


少なくてもモエラを殺せばクウリ達のことを話されない。それだけでも考慮くらいしてもいいのでは、とクウリが考えていた。


「今、私達に必要なのは無事に逃げることよ。確かに彼を殺せば私達のことを話すことはできない。けど、遺体が見つかれば結局私達がまだ生きているのが知られる。そして私達には遺体を隠す時間はない。だから意味がないわ。それこそ、ここ一帯を跡形もなく吹き飛ばして私達も死んだことくらいにしないと駄目よ。それよりも、ここからなるべく早く離れてお母さんとの合流場所に行った方がいい。」


「そうか。うん、分かったよ。」


姉の言葉には一理ある。ここを全部吹き飛ばすことはできないし、それなら殺す意味がない。


正直、ほっとする。狩りや魔物討伐で動物を殺したことはあるけど、さすがに人間はない。それができるほどの覚悟があるとは言い難い。


(けど、跡形もなく吹き飛ばすか。火薬も何もなくそれをするのは無理だな。ダイナマイトがあればそれも出来るかもしれないけど、ここにそんな物はない。それこそ無から有を生み出すと云われている賢者じゃなければ・・・賢者?)


ふとアクエリに言われたことを考え出して賢者という存在に行き着くクウリ。そしてバラバラのパーツがパズルのように嵌まり出した。


無から有を生み出す賢者。独特の世界観を持ったアクエリの先祖。自分がエレメント魔法を上手く使えない理由の無数の粒。


これは前から思っていたことだけど、あの粒は『水』そのものだろう。賢者は普通の人より感覚がするどくてそれを理解していたのではないのか? そして無から有を作るというのはエーテルでその粒、つまり原子から物を作り上げることではないのか? 原理は分からないが、そういうことだろう。それならば前の世界で培った知識でクウリはなんとかできるのでは?


きっと大きな現象を起こそうとすればまた暴走してしまうだろう。暴走の原因は制御できる以上の数の粒子を操作しようとするからだろうとクウリは検討がついている。だからクウリに必要なのは自分の限界である拳大の魔法でも大きな効果を得られるものだ。ウォーター・カッターは貫通力が高いが、範囲が狭い。


(ここはやっぱり『あれ』しかないか・・・)


「エリお姉ちゃん、待って。ちょっと試してみたいことがある。」


今にも歩き出そうとしているアクエリをクウリが呼び止める。


「試したいこと? クウリ、今は無駄話をしている時間はないでしょ? 早く行かないと追いつかれるかもしれない。」


「分かってるよ。でもやってみる価値はあると思うんだ。エリお姉ちゃん、言ってたでしょ? この一帯を吹き飛ばすくらいしないと追手は止まらないだろうって。」


「そうね、確かに言ったわ。でも・・・って、まさかクウリ!」


「うん、出来るかもしれない。」


「そんな、一体どうやって!」


「説明はちょっと難しいかな。正直、成功するかどうかも全然分からない。それでもやってみたい。」


「・・・分かったわ、クウリ。私に手伝えることはある?」


しばらく考えたあと、アクエリはクウリの提案を受け入れることにした。確かにここで追手を諦めさせられたら得はあれど、損はない。


「少し離れてて。あんまり近いと危ないから。」


アクエリを離れさせてからクウリは杖を手に取り、目を瞑って集中し始める。髪の色がまた水色に輝き出し、その場のエーテルがクウリに支配されていく。


イメージするのは『あれ』。前の世界でもあまりの不安定さにその道のプロでも扱いに困る液体、ニトログリセリン。


何故クウリがニトロの原子配列を知っているのかと聞かれれば、若気の至りというか、中学生によく現れる病気にかかっていたとしか答えようがない。今では黒歴史になりかかっているマッド気味になっていた過去のクウリ。しかし、それが役に立とうとしているので感謝すべきなのか?


最初は分子一つをエーテルによって作り上げ、その後はそれをコピーし、増幅させる。やがて出来上がったのは一つの透明な球。


「ふぅ・・・」


額に浮かぶ汗を拭いながら息を吐き出すクウリ。


「クウリ、できたの・・・?」


一息吐いたクウリにアクエリが躊躇いがちに聞いた。クウリの魔法がただの水球に見えるのもそれの一因になっている。


「うん、できたよ。」


改心のできである。魔法はイメージ通りにできている。ただの水に見えるが、水にはない油気が成功をほぼ確信させる。あとは試してみるだけだ。


「エリお姉ちゃん、ちょっと試してみるから覚悟して。」


「分かったわ。」


アクエリに危険に備えるように注意してからクウリが目の前の球から直系一センチの塊を分離させる。大きい球から別れたそれはゆっくり、ゆらゆらとクウリ達の側から十メートル離れた場所で止まった。


「行くよ・・・」


そう言ってクウリは数度深呼吸を繰り返し、一瞬力んでから離れた場所の塊を一気に地面に叩き付けた。


それから続いたのは大きな破裂音と僅かの爆発。


「きゃっ!!」


「ぐっ?!!」


「うおっ!」


その音が思っていたより大きかったのか、クウリまで声を上げて驚いた。他の二人も普段聞き慣れないほどの音量に驚愕する。映画で銃や爆弾の音に慣れていたクウリは比較的早く回復した。しかし、この世界では魔法が誰でも手が届くから銃のような飛び道具が発達していない。そしてその銃がない為か、他の二人はまだ少し爆発の音に動揺している。


そして、たったあれだけでびっくりするほどの爆発が起きたのだ。まだ残っている大きい方は何百倍もの量がある。あれが爆発したらどれほどのことが起きるのかは想像もできない。その恐怖がモエラの顔にはっきりと出ている。確かにこれなら時間をかけずに証拠も残さずにここを吹き飛ばせるだろう。例え一回で足りなくても、数回繰り返せば彼らの望む結果が得られるだろう。


「クウリ、一体、それなんなの? そんな、投げつけただけで破裂するようなもの聞いた事がないわ。」


「そうだね・・・少なくとも自然にはない物だよ。」


「えっ? それってつまり・・・」


自然にはないということはそれをクウリは魔法で作っていること。そしてそれが意味していることはクウリが賢者の域に達しているということ。これは側で聞いているモエラも容易に考えつく事。自分が相手していたのが賢者クラスの人物だと分かり、敵う筈がないという恐怖に襲われる。アクエリの方は賢者誕生の場面に立ち会えたことに興奮していたが、未だに追われている恐れの感情が混じっているという複雑な心境だ。


「さて・・・」


そう切り出してクウリはモエラを見た。


「ひっ?!」


「お前には選択肢が二つある。」


「な、なんです?」


命を握られているモエラは怯えるしかない。それに、選択を与えるということは助かるかもしれない。


「一つめはこれの爆発の中心で何も残さずにこの世から消え去る事。」


「二つめは・・・?」


モエラが死にたい筈もなく、クウリが言う二つめの選択肢に賭けている。


「怪我程度で済むくらい爆発に巻き込まれ、帰ったら俺たちの追跡を終わらせる。言い訳は俺たちがこの爆発によって死んだことにすればいいだろう。」


「・・・私がその通りに報告する保証はないでしょう?」


「その時はこれを直接叩き込むまでだ。」


ニトロをちらつかせ、今度追ってきたら本当に死んでしまうことをモエラに分からせようとする。


「いいでしょう。その提案、呑みましょう。」


あえてモエラを生かす理由はクウリが先ほど言った通りに彼の口から探査を打ち切らせる為だ。このままモエラを殺し、二人が逃げればそのまま諦めるかもしれない。しかし、逆にもっと執拗に国境を超えてまで追ってくるかもしれない。そして確かにモエラは約束を破ってクウリ達が生きていることを報告するかもしれないが、それは同時に自分の失敗を白状しているようなものだ。出世欲が多いのはあの王子と取引していたことから推測できる。はたしてそんな奴が子供二人の為にそのようなことをするだろうか? クウリはそう思っていない。


「なら、精々酷い怪我をしないように丸まっているんだな。・・・エリお姉ちゃんは準備いい?」


「大丈夫よ、クウリ。」


力強くクウリに頷き、自分達を覆うように魔法で氷の盾を作り上げるアクエリ。それを見てクウリは三十メートルほど先を狙い付け、ニトロの球を打ち出す。そして数瞬後、まばゆい閃光と身を震わすほどの衝撃と爆発音が辺りを襲った。


「くっ!!」


「(まさかこれほどとは。)」


「ぐっ(盾、もつかしら・・・)」


そんなアクエリの気がかりも数秒が経ち、爆発が収まると自然と落ち着いた。


盾を解除し、周りを見れば木々は薙ぎ倒れ、地面が深く抉られている。


「エリお姉ちゃん、きっとこの音は遠くまで聞かれていたから人がすぐに来ると思う。早くここから離れよう。」


「そうね。約束のことを忘れないようにまた言っておこうと思っていたけど、さっきので彼は気を失ったみたいね。」


二人の近くで横たわるモエラの姿を見ながらアクエリがそう言う。


モエラは決して良い状態とは言えないが、とりあえずこの爆発音に気づき、誰かが来るまでは生きているだろう。


その後、二人は静かに、かつ迅速にそこから離れ、国境を目指した。そこで無事にアクィフォーレと合流できることを願いながら。

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