第五話
五人が寮に戻ると、ラクとアクエリは自分達の部屋に戻り、残りの三人はクウリ達の部屋へと参った。
クウリ、ルミヒア、そしてケレイユの順で部屋に入ると、クウリはすぐに荷作りを始めた。
「クウリ君・・・アタシに手伝えることない?」
「・・・」
何を言えばいいのか分からないルミヒアは弱々しい声でそう聞いたが、それが聞こえなかったのか、クウリの返事はなかった。
「クウリ、今忙しいのは分かるが、話ぐらいはできるだろう?」
「うん、ごめんケレイユ・・・それに、ルミもごめん・・・」
「クウリ君・・・」
「手伝う必要はないよ。これは正に逃亡になるんだから、なるべく身軽の方がいいと思う。持っていくのは精々、武器と着替えを少し。あとはお金くらいだから。」
「お金か・・・クウリ、これも持っていくといい。」
そういって、ケレイユが自分の持ち物から財布を取り出し、その中の金をクウリに渡す。
「ケレイユ、それは嬉しいけど、とてももらえないよ。それに、俺にお金を渡すと後になってケレイユが疑われるかもしれない。それじゃあ悪いよ。」
「気にするな。逃亡中はお金を稼ぐのも大変になるだろうからな。それに、もし金の事を聞かれたら、盗まれたとでも言えばいい。だから、受け取ってくれ。何もできない俺からの精一杯の気持ちとして。」
そこまで言われたら、受け取らずにはいられなく、クウリはありがたくその金を受け取った。
「ありがとう、ケレイユ。」
そして、ケレイユとのやり取りが終わると、今度は何やら覚悟した顔でルミヒアがクウリに話しかけた。
「クウリ君・・・」
「ルミ・・・」
「クウリ君、今夜逃げる時、アタシも連れてって!」
「駄目だ。」
「なっ、どうして?!」
「だって、ルミヒアは捕まる理由がないんだろう? わざわざ危険に飛び込む必要はないんだ。」
「そんなの、覚悟の上よ!」
「でも、俺が嫌だ。はっきり言って、俺とエリお姉ちゃんが無事に逃げられるかどうかは分からない。そして、もし追いつかれたら、戦闘になるかもしれない。そんな時にルミが怪我でもしたら、俺はすごく後悔する。その上、もし捕まれば、今度は何の嫌疑もないルミまで捕まっちゃう。」
「でも、アタシはここに残っても何も無いわ! 家族には落ちこぼれ扱いされてるし、他の貴族もきっとアタシを馬鹿にしてる!」
ルミヒアは声を上げて必死にクウリに訴えるが、クウリは落ち着いてそれを否定する。
「何も無いことはないだろ? ケレイユもいるし、ラクさんもいる。それに・・・」
「それに、なに?」
「もし俺とエリお姉ちゃんが追いつかれて捕まっちゃったら、誰が俺たちを助け出すんだ?」
最後に不敵に笑い、そう締めくくるクウリ。
それでルミヒアが諦めるかと思ったが、彼女はまだ彼女に取っての最終手段を残していた。
「クウリ君、お願い、アタシを連れてって! アタシ、クウリ君の事が好きなのよ!」
「!!」
突然の告白にクウリが驚き、ケレイユは邪魔しては駄目だと思い、静観していた。
「アタシはクウリ君の事が好き! だから、離れたくない!」
ルミヒアの目には涙が浮かんでいて、少し鈍いクウリにもその思いが本気だと言う事が伝わった。
告白されて、クウリが嬉しくない訳が無い。まだ向こうの世界にいる幼馴染みへの恋心がなくなっている訳ではないが、クウリは戻る事を半ば諦めている。こちらで恋人を作ってもいいとも思っている。そして、ルミヒアもそういう風に見る事があったかもしれない。だけど、今はまだ仲のいい友達だと思っているくらいだ。ルミヒアを危険にさらしてまで一緒にいたいとは思えない。
「ごめん、ルミ。ルミの気持ちは嬉しいけど、俺はそれに応えられない。やっぱりルミを危険な目に遭わせたくない方の気持ちが強いんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、ルミヒアは自分の恋が終わったと悟ってしまった。彼女の胸は張り裂けそうな痛みに襲われ、涙を零しながらクウリ達の部屋を去る。
「あっ・・・」
クウリはしばらくルミヒアが去っていった扉をぼーっと見ていたが、やがてケレイユがぽんっ、とクウリの肩に手を置いた。
「クウリ、あれは必要なことだった。だから、自分を悪く思うな。ルミヒアもまだ感情の整理が出来ていないだけで、クウリを怨んではいないだろう。」
「ありがと、ケレイユ・・・そうだな。俺が落ち込んじゃ駄目だな。ルミヒアが傷つくのは辛いけど、半端な気持ちで応えた方が失礼だし、その方が二人ともが更に深く傷つくかもしれない。それに、危ないのは本当だしな・・・」
「ああ。俺も出来れば何かしたいが、訓練された兵士と比べて何の力も無い今の俺たちじゃ、戦闘になっても逃げるくらいしか出来ないだろう。そして、逃走になれば、大人数は却って仇となる。」
「その気持ちだけでありがたいさ。それに、ケレイユにはもうお金をもらったんだ。ケレイユはもう充分してくれている。」
「それでも何かをしたいのが友なんだ。」
「はは、ありがとう、ケレイユ。お前がルームメイトで本当によかったよ。」
「俺こそ、クウリがルームメイトで楽しかったぞ。」
それから二人は笑い合った。しかし、別れがすぐに来る事を二人は分かっており、その空気はやはりどこか重かった。
** *
持っていく物は少なく、クウリの荷作りは手早く終わった。
その後、二人は寮の食堂へ夕飯を食べに行った。はっきり言って、とても食べる気持ちではなかったが、疑われないようにいつも通りに行動しようと気をつけている。それに、これから逃亡するのなら、次に満足に食べられる機会がいつ来るかは分からない。その為にも今は食べて力をつけておかないとだめだ。
クウリとケレイユが食堂に着き、食事を持って座る場所を探していると、いつもの席にアクエリとラクがいた。
クウリ達を見つけたアクエリは笑いを浮かべて招くように手を振っていた。その笑顔は端から見れば曇りの無いものだった。しかし、クウリやラクのような、アクエリをよく知っている人から見れば、それが作り笑いだと言う事が簡単に分かった。それはきっと他の三人にも当て嵌まる事だ。
「エリお姉ちゃん、ご飯を食べに来たんだ。」
「ええ、流石に空腹では明日まで持たないわ。」
暗に食べておかないと逃げている時に困るということを言うアクエリ。
「あはは、そうだね・・・やっぱりルミはいないんだな・・・」
「そう言えばそうだな。彼女ならずっと君たちといるだろうと思ったんだが・・・」
気になってラクは周りを見るが、やはりルミヒアはいなかった。
「ああ、うん・・・」
ラクの言葉にクウリが口を濁す。
「どうしたの? まさか喧嘩?」
「喧嘩とかじゃないけど、ちょっとね・・・」
それで、複雑な事情があると分かり、それ以上追求するのを止めた。
「彼女はただ落ち着く為の時間が必要なだけだ。・・・きっと今夜の見送りの時には顔を出すだろう。」
後半だけ声を下げてケレイユがクウリの説明に付け足す。
「そう、それを聞いて安心したわ。彼女だけいないと寂しいわ。」
「うん・・・」
本当に、その時までに立ち直っているのを願っている。一緒に連れて行けないけど、最後にはお別れくらいしたい。
そのまま四人は食事を進め、食べ終わると、自分達の部屋へと戻りしばらく休憩してから夜まで待ち、それから学園を去ろうと決めた。
「それじゃあ、また後でね、クウリ。夜になったら私が一度ルミヒアさんの部屋に行って呼びかけるわ。けど、それで彼女が出て来なければ仕方ないわ。寂しいけどそのまま行くしかないわね。」
「また後で、エリお姉ちゃん。」
** *
そして数時間後。
時刻は深夜零時過ぎ。
五人の影が寮から少し出た所で集まっていた。
五人。つまりルミヒアも出て来ている。
彼女の顔には涙に濡れたあとがあるが、クウリに見せる最後の顔が泣き顔にならないように、今は強がって笑っている。
本当は校門まで見送りに行きたかったが、そこまで行って、もし誰かに見られたら後で面倒くさい事になるかもしれない。
クウリとアクエリは武器とかさばらない程度の荷物を手に持ち、アクエリは自分の杖、クウリは練習用の杖を横に立てていた。
クウリの杖は学校の所持品だけど、どうせこれから逃亡する身。これをもらっても、学校にはどうしょうもない。
「もう行くのか?」
と、聞くケレイユ。
「うん・・・」
「クウリ君、やっぱりアタシが一緒に行っちゃだめ?」
「ルミ・・・うん、一緒に連れて行けないよ。危険が大きすぎる。ルミはここに残れば取り敢えず安全なんだ。家族とは仲直りできなくても、ルミならきっと大丈夫だよ。決して落ちこぼれ何かじゃないから。」
「ありがと、クウリ君。アタシ、がんばるね。だから、クウリ君も諦めないで。絶対に逃げ切るのよ。」
「ああ、絶対に逃げ切るよ。ね、エリお姉ちゃん。」
「ええ。ネビア殿下の狙い通りになんかさせないわ。」
そうだ。今回の一連の事件の黒幕であるネビア王子。逃げる事は仕方なくても、絶対に捕まって何かやらない。
「がんばれよ、二人とも。」
「ありがとう、ラク。無事に逃げ切れば、できたら一年後くらいに手紙を書くわ。」
手紙か・・・未だに現代の常識が根強く残っているクウリは考えた事もなかった。だが、確かに通信手段が遅いこの時代ならば、気をつけていれば(匿名で送ったりして)余程の事がない限り危険はないだろう。それに、指名手配にはされても、一年経った後でも、ただの友人の郵便物を査閲するほど執念深くないと思われる。
「ありがとう、ラクさん。がんばるよ。俺もケレイユ達に手紙を送るよ。学校・・・は危ないかもしれないけど、実家なら大丈夫かな?」
「ああ、多分大丈夫だろう。」
「アタシへの手紙もケレイユ君の実家に送って。アタシの家だと怪しむ人がいるかもしれないし。」
「分かった。それなら、時々手紙を送るよ。」
「あと、これをもらって。」
そう言ってルミヒアが取り出したのはお金が入った財布と彼女のお気に入りの一つの指輪。その指輪は銀のリングにルビーが嵌められていて、どうみても男物じゃないが、それにチェーンでも通せばいつでも身につけられる。
「これを持って、アタシの事を忘れないで。」
「ありがとう、ルミ。大切にするよ。」
「クウリ、そろそろ行きましょう。」
「分かった、エリお姉ちゃん。」
「じゃあね、皆。」
「ルミ、ケレイユ、ラクさん。さようなら。」
「元気でな、アクエリ、クウリ君。」
「無事を祈っているぞ、クウリ。アクエリさん、クウリの奴を頼む。」
「任せて、ケレイユ君。」
各々が別れを済ませ、最後にルミヒアが前に出る。
「アタシはさようなら何か言わないんだから。何年掛かってもいいから、いつか戻って会いに来て。クウリ君がビックリするくらいにすごくなってやるわ。だから、アタシの事は心配しないで、自分達の事だけを考えて・・・じゃあ、またね、クウリ君。」
「ああ、また会おう。」
最後の挨拶を終え、クウリとアクエリが杖にまたがり、出発する準備をする。
「クウリ、あまり高く飛ばないで。今は速度より目立たない事の方が大切だから。」
「うん。」
クウリが小さく了解の頷きをし、二人はゆっくりと地面から離れる。
そして、静かに見送る三人を残し、アクエリが三年半、そしてクウリが半年世話になった学園を後にした。
** *
「ねえ、ケレイユ君。クウリ君達は大丈夫だよね?」
「きっと大丈夫だ。今、俺たちに出来るのはあいつ等の無事を祈る事と、いなくなった事を誤摩化す事で逃げる時間を出来る限り稼ぐくらいだ。」
「そうね・・・」
「とにかく、今はアクエリ達が逃げ切れる事を祈ろう。」
最後にラクがそう言って、三人の間に静寂が訪れた。
数分後、一言も発せぬまま三人は自分達の部屋へと帰った。友人二人への心配を胸に浮かべながら。




