第十九話
(ふう〜。クウリ君、アクエリさんと仲直りできたのかな。)
クウリが教室を走り去った後、いつもの練習をする気にならず、ルミヒアは結局寮に帰った。そして今、ルミヒアは談話室のソファーに寝転びながら姉弟喧嘩以来、少しぎくしゃくしている友人のことを考えていた。
(でも、仲直りしちゃったらきっと今までのように二人で練習することができなくなるよね・・・それはちょっと嫌かも・・・)
姉との仲直りを応援したいルミヒアだが、それで自分とクウリの時間が減ることに複雑な思いもあり、どうしようかと悶えていて、それを見ていた他の寮生は苦笑を禁じ得なかった。
ルミヒアの所為で(おかげで?)談話室は生暖かい空気で満たされていたが、それは突然部屋に入って来た寮生がもたらした一つの情報で瞬く間に霧散した。
「みんな、大変よっ!」
すごく焦った様子で談話室に傾れ込む生徒。
「ちょっと、どうしたの、そんなに慌てて?」
入り口近くにいた寮生が問いかける。
「とにかく、大変なのよっ!」
「だから、何が大変なのよ?」
主語が抜けたまま訴える女生徒に僅かに苛つきながら聞くもう一人。
「クウリ君がネビア殿下と決闘することになっちゃったのよっ!!」
(クウリ君が決闘!?)
流石にクウリの名前が出て来るのを予想出来なかったルミヒアは驚愕した。
「ええっ?! それは大変よっ!」
「だから大変って言ったでしょう!」
「クウリ君、大丈夫なの?」
「決闘は今から30分後の四年校舎前の広場でやるみたい。だから今はまだ大丈夫だけど、相手はネビア殿下よ。無事に済む保証はどこにもないわ。」
「そもそも、どうしてそういうことになったの?」
「それは・・・」
「っ!!!」
二人の会話はそれからも続いていたようだが、ルミヒアはいても立ってもいられず、心配を顔いっぱいに浮かべながら弾丸のように談話室を出て行った。
(確か四年校舎前って言ったよね・・・クウリ君、無事でいて!)
クウリ達が四年校舎前の広場についた時、そこにはすでに人垣ができていた。その中心は大きく開けていて、そこにネビアが一人立っていた。
「ふっ、時間通りだな。逃げずに来たのを褒めよう。ちゃんと首を洗ったか、ティアレイクの弟?」
嘲笑を浮かべてネビアはクウリを挑発した。だが、言われた当の本人はどこ吹く風の様にそれを受け流し、逆にネビアを挑発仕返す。
「そのティアレイクの弟っていうの、止めてくれない? 俺にはクウリっていう名前がちゃんとあるんだよ。まあ、ティアレイクの名前は誇りに思っているし、それでもいいけど・・・それに、よく考えてみればお前に名前で呼ばれたいとも思わないな。やっぱりそのままでいいよ。」
クウリの言葉でネビアの顔が真っ赤になる。
「!!!・・・ふん、いつまでその減らず口をたたけるか見物だな。」
一瞬、ネビアが激昂して醜態を曝しそうになるがそれをどうにか押し殺し、最後に苦し紛れな捨て台詞を吐いて決闘の準備を始める。
短い前哨戦が終わり、クウリは決闘が始まる前にアクエリと最後にもう一度話そうとして突然呼びかけられる。
「クウリ君!!」
クウリが声のした方へと振り返るとルミヒアが不安気な顔でクウリを見ていた。
「ルミ。」
「決闘するって本当なの?!」
「うん、これから、あはは。」
ぽりぽりと頭の後ろを掻きながら苦笑するクウリ。けれど、そのクウリの態度はルミヒアに決闘の事を軽く取っていると見え、彼女を苛立たせた。
「ちょっと、クウリ君、分かってるの? 決闘なのよ? 死んじゃうかもしれないんだよ?」
ルミヒアはクウリの腕を取り、もう少し真剣に考えるよう懇願する。
端から見れば、確かにルミヒアの言う通り、クウリが何も分かっていないように見えるかもしれない。しかし、クウリはふざけている訳でも、決闘の危険さが理解できていない訳でもない。クウリの態度は不真面目さから来ているのではなくて、達観と覚悟から来ていた。この決闘は避けられないと分かっているし、もう決闘の時間まで後わずかしか残っていない。今までの時間でアクエリと一緒に対策を考えていて、クウリにはもう何もできないと知っていた。今更泣こうが喚こうがどうにもならない。ならばできるだけ冷静になり、決闘に勝てるようにがんばるようにしかできない。
クウリはそうルミヒアに説明してどうにか彼女を宥める事に成功する。その後、クウリはルミヒアから離れ、決闘前の最終確認をするためにアクエリに声をかけた。
「エリお姉ちゃん・・・」
クウリを見ているアクエリの顔にはクウリと感情、つまり達観と覚悟、が浮かんでいた。そして自分の不安を振り切るようにクウリに話しかけた。
「クウリ、作戦は分かった?」
「うん、分かっているよ。」
「そう、じゃあ、私にはもう何も言う事は無いわ。強いて言えばネビア殿下にはあまり酷い怪我を負わせないで、後が恐いから。」
「あはは、うん。あんまり痛めつけないように頑張るよ。それじゃあ行ってくるよ、エリお姉ちゃん。」
「ええ・・・」
そう言って、クウリはアクエリに背を向けてネビアの待つ広場へと歩いた。
「クウリ・・・がんばって・・・」
クウリの顔が見えなくなって、アクエリは我慢していた不安を囁くような応援で漏らした。
その声が聞こえたのか、クウリは背中越しに手を振る事で答え、ネビアの前で止まった。
「ふん、覚悟は決まったのか?」
ネビアが見下すように聞く。
「ああ、勝つ覚悟ならね。」
クウリがニヤリと不適に笑いながら返した。
「ちっ、その言葉を後悔させようぞ。」
ネビアは苦々しくそう言って、剣を構える。それに習って、クウリも自分の剣を正眼で構えた。
二人が使っている剣は授業で使っている刃を潰した練習用のものである。こういった学校での決闘には予め決められた事が主に二つあるからだ。決まり事の一つはなるべく相手を殺さない事。この為には刃を潰した剣を使う事。もう一つは魔法を使わず、剣だけで戦うことである。この二つ目の決まりはここが魔法を習う場所だから、決闘に参加している二人に学業での進行状況を考慮してのことだ。
二人は剣を掲げたまま睨み合い、決闘開始の合図を待った。
その状態はしばらく続き、少しすると審判役を引き受けたアクエリが合図をした。
「始め!」
それと同時に怒りの頂点に達していたネビアは剣を上段に構えてクウリに迫り、クウリはそれを受けようとネビアの動きに集中する。
「はあっ!!」
剣の間合いに入り、ネビアは一段と速度を上げ、疾風とともにクウリに向けて剣を振り下ろした。
キンッ! ザッ!
「ふっ!」
クウリはそれを受け流し、横に飛んで再びネビアから距離を取る。
キンッ! キンッ! キンッ!
ネビアが接近し、クウリが受け流す。このような応酬が数度繰り返し、クウリは全く攻勢にでなかった。
やがてクウリに有効な一撃を入れられないことに苛立ちを覚え、ネビアはたまらずクウリに話しかける。
「ふん、どうやら避けることだけは立派のようだな。だが、いつまでも避けられると思わないことだ。」
「そう思うなら攻撃をもっと続けて見ては? この程度の剣なら目を瞑ってでもかわし続けられますよ。」
クウリが更にネビアを挑発する。
「チィッ!!!」
ネビアは頭を沸騰させ、またクウリを攻めた。だが、これも他の攻撃同様クウリに逸らされてどれもクウリに当たらない。
キンッ! キンッ!
どれだけ攻めてもクウリに一打も命中できず、ネビアは段々と冷静さを失い、それとともに攻撃が激化する。
ネビアとは対照的にクウリの頭の中は冷静そのものだ。小さい頃からいつも祖父に戦いで冷静さを失わないことの重要さを植え付けられていた。
どんどん興奮していくネビアの様子をクウリは見ていた。
(そろそろかな・・・? 俺も避けるのがきつくなっているし。)
顔には出さなかったが、クウリは辛うじてネビアの攻撃を避け続けていただけだ。それをどうにか余裕で避けているのに見せられているのはクウリが防御に専念しているからである。そして、防御している間はずっとネビアを観測していて、その攻撃の綻びを見つけようとしていた。
その時、攻め続ける事の疲れが出始め、ネビアの攻勢が僅かに遅れた。
(ここだ!!!)
クウリは剣の柄を握り締め、一気にネビアに肉薄する。
「はああああ!!!!!」
目前まで来たネビアの切り込みを体を逸らして避け、重心が後ろに移動するのを利用し、後ろ足を下げることで体を回転させる。そしてその勢いのまま、剣を振り抜き、それをネビアの脇腹へと見事命中させる。
「カハッ!」
ミシッ、ドスン。
剣を脇腹に受けたネビアが息を吐き出し、あばらにひびが入る音とともに崩れ落ちた。
クウリはそれを見届け、最後にネビアに警告する。
「これで分かりましたよね。二度とエリお姉ちゃんに近づかないでください。」
そう言い、クウリはネビアに背を向け、アクエリ達の元へと歩いた。
『『『わああああああーーーーー!!!!!!』』』
やっと何が起きたのかを理解したギャラリーは数瞬遅れて湧いた。
その時、周りの声を圧倒する声が響いた。
「クウリ、後ろ!!!!!」
* * *
アクエリは胸が絞まる思いで決闘の行く末を見ていた。
これまでの展開は事前にクウリと話し合って決めた作戦通りだ。
二人の作戦はいたって簡単なものである。それはクウリがネビアを挑発して怒らせ、正常な判断をできなくする。クウリが反撃せずにネビアの攻撃を避け続けるのも作戦の内だ。そうして冷静な判断ができなくなったネビアはいずれ致命的な間違いを犯し、クウリはより確実に勝つことができると推断した。
もしネビアが挑発に乗らず、平静のまま戦ったらという疑問もあったけど、クウリはそんな風にはならないだろうとアクエリに言った。当然アクエリはその理由を聞き、クウリはネビアがすでに興奮状態で、怒り易くなっていると説明した。その上、ネビアはクウリの実力を知っておらず、クウリの事を舐めている節があると観ていた。だから、この作戦は高確率で成功するだろうと思っていた。
そして、今のところはクウリに取っては理想的に事を進んでいると言ってもいい。ネビアは着々と平静さを失って来ていて、クウリもネビアの全ての攻撃を巧みに受け流していた。
(クウリ・・・)
だが、いくら作戦だと言っても、何度も、何度もネビアがクウリに襲いかかる姿を見るとアクエリは心配せずにいられなかった。
「!!」
今もネビアの斬撃がクウリの前髪を擦り、一歩間違えばクウリは大きな怪我をしたかもしれない。
それでもアクエリにはどうにもできないからもどかしい。
(あっ・・・!)
アクエリが心配そうに決闘の行方を目も離さずに見守っていると、クウリの顔が笑っているのが見えた。その次の瞬間、クウリはネビアの大振りな剣を避けて続く動作で自分の剣でネビアに渾身の一撃を入れた。
その一撃がいい場所に入ったのか、ネビアは剣を落とし、切られた所を押さえながら地面に倒れ込んだ。崩れたネビアの息は荒く、息をするのも厳しいように見えた。アクエリからはよく見えなかったけど、遠くから見て、ネビアの顔は痛みで歪んでいた。そして、何よりもクウリに負けた怒りと羞恥が際立った。
(はぁああ〜〜・・・よかった・・・)
「これで分かりましたよね。二度とエリお姉ちゃんに近づかないでください。」
(うっ・・・)
そういうクウリの声にはアクエリへの強い想いがこもっており、それを聞いたアクエリは照れてしまう。
クウリはそのまま体を回転させ、こちらに歩き始めると、途端に今まで固唾を呑んで音も立てずに見ていた観衆が沸いた。
『『『わああああああーーーーー!!!!!!』』』
気がつくと皆は興奮のあまりに大声を上げていた。アクエリもそれに乗じてクウリに走り寄ろうとしてそれに気づいた。
それまで動かないでいたネビアは苦しみながらもあばらを押さえながらゆっくりと立ち上がっていた。その反対の手の中に剣士用の杖を持っていて、震える手でそれをクウリに向けていた。見る見るネビアの髪が金から水色へと変化していき、エレメント魔法を使う考えがある事が明白だった。
どんな魔法を使うつもりなのかは見当もつかないけれど、それが悪意のあるものであるのは見て分かった。そこまで思い至り、アクエリは半狂乱でクウリに危険を知らせた。
「クウリ、後ろ!!!!!」




