第十四話
「うっ・・・うっ・・・」
きっと嫌われちゃった。あんなことを言うつもりはなかったのに、家での扱いを思い出していると、段々と感情を押さえられなくなり口が勝手に開いていた。
部屋に戻ったルミヒアは枕に顔を埋めて泣きはらしていた。
頭の中にはいろんな感情が渦巻いていてぐちゃぐちゃになっていた。嫉妬、怒り、悔しさ、悲しみや寂しさ。その所為で何も考えられず、ただ泣き続けた。
部屋に戻ってからどれほどの時間が経ったのだろう、涙が涸れ、今はぼーっと天井を見つめているルミヒアには時の感覚がなくなっていて分からなくなっていた。だけど、多分長い間泣いていたとなんとなく思っていた。
何もやる気が起きず、ただ寝そべっていると、ドアをノックする音がした。
コンコン・・・
「・・・・・・」
ルミヒアは返事をする気力も無く、何も言わなかった。少しし、またノックがした。だが、今度は声が伴っていた。
コンコン・・・
「ルミ、いる?」
ビクッ!
訪ねて来たクウリの声にようやく反応を見せるルミヒア。それでもルミヒアは声を上げない。とても今の状態ではクウリと話し合えない。ルミヒアはそう言う思いでいたので、何度その後クウリが声を掛けても無駄だった。やがてクウリは諦め、ドアを叩く音も声も止んだ。
音がしなくなって、ルミヒアは少しだけ顔を上げて扉を見た。
「あのさ、ルミ・・・俺はルミとは本当の友達だと思っている。だから、関係を微妙に拗れたままにしたくない。それに、ルミの事も心配しているんだ。えっとね、るみ、俺、これからあの練習していた場所で待っているから、落ち着いたら出て来て。・・・あっ、そうだ。多分お腹が空いているだろうから食べ物を包んでもらって持って行くよ。だから一緒に食べよう! うん! じゃあ、食堂に寄ってから外で待ってるから来てくれ。ずっと待ってるから・・・」
そう言い残し、クウリはルミヒアの部屋から離れて行った。
「・・・」
クウリが扉の前から去ってからもルミヒアはしばらく動かず、部屋に静寂に包まれた。しかし、その沈黙は突然の小さな音によって破られた。
「・・・ぷっ。」
それは耳を澄ませないと聞こえないほどの小さな笑い声。でも確かな反応。
最初は真面目に話していて空気も思い感じをしていたのに、途中から食べ物の話になって、空気が一気に軽くなってしまった。その為にルミヒアは思わず笑った。
「待ってる、か・・・」
クウリが去り際に言った言葉を口にするルミヒア。
ルミヒアはまだベッドに寝転がっていたが、少しだけでも笑ったおかげか、気持ちは結構軽くなっていた。クウリに嫌われていないと分かり、ルミヒアは安心した。だけど、さきほどの自分の態度を顧みると、クウリに会いに行くのを躊躇われる。クウリの反応から、ルミヒアの言ったことを気にしていないように見えた。それでも、ルミヒアは忘れていない。ただ一緒に練習していた友達を言葉で責めたのを。その為、クウリに会いにくいと思っていた。
でも、クウリも会いにくいと思っていたのではないのか? 取り乱していたと言っても、つい先ほど自分を大声でなじっていた人に会いに行く事は自分では無理だろう。とてもそんな勇気を振り絞れないとルミヒアは思った。
「でも、クウリ君は会いに来てくれたんだ・・・」
(勇気を出して会いに来てくれた。だったら、今度はアタシが勇気を出さないと・・・!)
そう考えると、ルミヒアゆっくりとベッドから起き上がり、部屋を出る準備をした。
本当はと言うと、クウリは勇気とか、会いにくいとか考えてはいなかった。ただ、ルミヒアと早く話をしないと、と言う思いで行動していた。だから、ルミヒアは少し考え違いをしていたが、それで勇気が出たのだからクウリの衝動的な行動も無駄ではなかったということだ。
そして数分後、準備が終わり、ルミヒアは部屋を出た。その顔は何かを決意したような表情をしていた。
** *
寮の食堂で夕食をもらい、クウリは練習場に着くとそこには先客がいるのに気がついた。その人は石に座っていて、こちらに背を向けて夜空の月を見上げていた。
「・・・ん?」
人影に気がついたクウリが声をあげる。
「クウリ君?」
人影は振り向いてクウリの名前を呼んだ。
「ルミ・・・?」
人影はルミヒアだった。それに気づいたクウリは驚いた。食堂に寄ってから来たので、ルミヒアの部屋を去ってから少々時間が経っていたが、それでもまさかルミヒアが先に来るとは思わなかった。泣いて走り去り、部屋まで行っても返事がなかったので、何時間も待たされるか、もしくは現れないかと考えていたのでルミヒアを見たクウリの驚きは大きかった。
「クウリ君、どうしたの、そんな所で突っ立って?」
クウリは着いてから一歩も動かず、惚けていたのでルミヒアは不思議に思ったようだ。
「ほら、早くこっちに来て座ってよ。」
手招きでクウリを呼ぶルミヒア。
「あ、うん。」
呼ばれてようやくクウリは正気に戻り、食べ物を手にルミヒアに座る。
「あっ、これ、ご飯? よかった、アタシすごくお腹が空いていたんだ! 早速食べちゃってもいい?」
勢い良くルミヒアはクウリの持って来た食べ物に飛びついて包みを開けた。
「わ〜、おいしそー。」
包んでもらってからそれほど時間が経っておらず、包みの中身はまだ暖かく、開けたそれからは湯気とともに食欲をそそる匂いがしてきた。
クウリはなんとかルミヒアに頷いたが、正直戸惑っていた。ルミヒアの様子があまりにもいつも通りで、どう言う態度をとればいいのかが分からなかった。
クウリが混乱している横に、ルミヒアは嬉々として食べ始めていた。しかし、横のクウリがいつまでも動かないことに気がつくとルミヒアは不思議そうにクウリに話しかけた。
「あれ、クウリ君は食べないの? すごくおいしいよ?」
と言いながら食べ物を勧めるルミヒア。
「あ、うん、俺も食べるよ。」
と適当に包みの中を摘んで食べようとするクウリ。
「ありがとう。」
食べ物を取り、クウリは感謝する。
「いえいえー。っていうか、クウリ君が持って来た物だけどねー、あははー。」
ルミヒアがそう返事をして、二人は食べ始めた・・・
「って、そうじゃなーーーーい!!」
場が和みつつだった所にクウリの大声が突然鳴り響く。
「ひゃっ! 突然どうしたの、クウリ君?」
クウリの大声でルミヒアが驚いて訳を聞く。
「どうしたもなにも、ルミの方こそどうしたの?! かなり待つと思っていたのに、先に来てたし! 何かすごく元気でいつも通りだし! 一体どうやって元気づけようと悩んでた俺はどうなるんだーー!!」
うがぁー、とクウリが叫んで締めくくるとルミヒアは苦笑しながら答える。
「あはは、確かにそうかもね。えっとね、クウリ君、本当はアタシ、クウリ君が部屋に来てくれただけで元気になったんだ。やつあたりだったって分かってたし、クウリ君が怒ってたかもしれないって恐かったの。だから、アタシは逃げたの。でも、クウリ君が来て、怒ってないと分かって、後はアタシの問題でしょ? アタシもクウリ君のこと、とてもいい友達と思ってるんだよ? だから早く仲直りしたくてここに来たんだ。」
自分の思いをクウリに説明し、それからルミヒアは上目でクウリを見て謝った。
「ごめんね、クウリ君、やつあたりで怒ったりして。アタシを許してくれる?」
「あ、当たり前だよ! 第一、俺は怒ってなかったんだから! ルミがいい娘だと知っているし、何か理由があると思ったんだ!」
クウリが許してくれて、ルミヒアは安堵し、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、クウリ君・・・さ、この話は一旦置いておいて、冷める前に早く食べましょう!」
「うん、そうだね。」
これでクウリもようやく食べる気になり、二人はあっという間に弁当を平らげた。
** *
「ごちそうさま〜・・・」
「ごちそうさま。」
十数分後、二人は食べ物を全部食べ終え、食用ナプキンで口を拭った。
「「・・・・・・」」
食事も終わり、二人は何かを話したそうにしていたが、互いの目を見て笑うだけで何も言わない。他の人が見ていたら、何とも言えない微妙な空気に耐えられなくなり、すぐに逃げ去って行くだろう。
「「あはは・・・」」
無論、二人もその空気を感じていたが、本人なので逃げる訳にはいかない。そんな二人の苦笑が重なると、今度は困った顔をした。やがてその雰囲気を破ったのはルミヒアの方だった。
「クウリ君、お弁当持って来てくれてありがとう。すごく美味しかったよ。」
「うん。まあ、俺が作ったんじゃないけど、はは・・・」
「それでも、ありがとう。」
「うん・・・」
「・・・」
また話題が無くなり、二人は沈黙した。二人とも、次の話題になるべき事は分かっていたが、どうやって切り出そうかと迷っていた。
(よし、ここは俺が・・・!)
とクウリが話しかける決心をすると・・・
「あのね、クウリ君・・・」
ルミヒアの方が先に話しかけた。
クウリは勢いを削がれ、苦笑いをした。
「うん? 何、クウリ君?」
「いや、何でもないよ。ルミの話は何?」
「うん・・・」
目を閉じて、頭の中で考えを一度整理してから目を開けて続けた。
「アタシの実家は結構名高い貴族なんだ。アタシは兄弟の内で一番若いんだけど、他の家族の皆はね、結構実力のある魔導士なんだ。それはもちろん両親も含む。そして皆、アタシにも同じような魔導士になるのを期待してたの。その間は良かったんだよ? 家族は皆仲が良くて、両親はアタシに優しくしてくれていた。でもね、数年前、アタシが初めて魔法を使ってから少しだったんだけど、アタシの魔力が普通の人よりちょっと大きいくらいということが分かってから皆変わったの。」
そういうルミヒアの表情は話を始めた頃優しげだったのが、後になるほど段々と暗くなって行った。
「変わった?」
「うん。クウリ君が知っているかは分からないけど、貴族の世界っていうのはね、魔導士として優れているほど人として優秀だと思われる所があるの。特に、うちみたいに代々優秀な魔導士を輩出している家ではそれが際立っている。」
「そう・・・」
「それで、アタシの魔力が低いと分かると、皆の態度が一気に変わった。兄や姉達は少し冷めた感じになって、普通の人と扱ってくれたから良かったけど、両親は違った。」
(兄弟で『冷めた感じ』に『普通の人』?)
それってつまり他人として接していたと言う事なのか? それでも充分に酷いとクウリは思ったけど、両親はそれ以上に酷かったとルミヒアはいう。
「兄や姉達は少し無関心になった程度だったけど、両親は逆にアタシを見る度にはっきりと『失望している』とか、『タレイン家の恥』とか言われたわ。だから皆に期待されているクウリ君を見てちょっと嫉妬したの。それに魔法が暴走した時にクウリ君がすごい魔力を持っているのが分かったし、『どうしてアタシじゃないの?』とか思ってた。」
両親からの扱いを聞いたクウリは確かに酷いと思った。しかし、無関心でいられるとはっきり嫌われるとのどちらが酷いのかを聞かれたらクウリは答えられない。嫌われているのならその人を嫌えば自分の心を守れるが、無関心でいられたら逆に自分が嫌いになるかもしれない。だけど、これだけは言える。どちらも酷い、と。
「本当はね、アタシの実力だとこの学校にも入れない筈だったんだよ? でも、家の人が見栄の為だけに学校と取引をしてアタシを入学させたらしいの。」
と苦々しくルミヒアがいう。
「今はまだいいのよ。一年生の始めの内なら他の人たちはまだエレメント魔法に慣れていないからアタシの魔力の低さはまだ目立たない。だから少しでもここに相応しくあれるように練習していたし、うまくなったら家族も見直してくれると思ったんだけど、全然うまく行かないから焦っていたの。アタシはそれを隠す為に一人で練習していたところをクウリ君に見られて変になっちゃった。」
「それなら俺が一緒に練習しようって誘った時に断ってもよかったのに。」
隠したかったのなら他人と練習をするのは不自然だと思ったクウリがそういう。
「そうなんだけどね・・・いつもならそうしたけど、どうして今回は違ったのかな・・・?」
本気で分からないルミヒアは考える素振りを見せた。
「もしかしたら、クウリ君なら大丈夫だってどこかで思っていたかもね?」
茶目っ気が入った顔でルミヒアはそう言い、クウリは照れ笑いをした。
ルミヒアの話が終わって、二人はこれからの事を相談する事になった。
「これからどうする?」
クウリがルミヒアに聞く。
「クウリ君がいいなら、これからも一緒に練習しない? アタシもクウリ君と一緒なら楽しくやれると思うし。」
ルミヒアが笑いながらそう言うとクウリは頷いた。
「うん、俺もルミと一緒に練習出来たほうが楽しいよ。」
「よかった。うん、それじゃあこれからは一緒に練習をするということで。」
クウリは嬉しそうに首を縦に振った。
「アタシはほぼ毎日4−5時間も練習していたんだけど、クウリ君はどう思う?」
「俺も毎日でいいけど、学校の勉強の事もあるし、1−2時間くらいに減らした方がいいと思う。何事もやりすぎは体に悪いと思うし。」
「そうだね。アタシも焦りの所為でそんなに練習してた所があるから、練習時間を減らす事に反対しないよ。」
とルミヒアがクウリの提案に賛同する。
「練習は明日から早速?」
と聞くクウリ。
「クウリ君はそれでいい?」
「いいよ。ルミは?」
「アタシも明日からでいいよ。」
「じゃあ、明日の放課後はまたよろしく!」
「うん、よろしく!」
これからも一緒に練習を続けることを決めた二人の顔は明るかった。そして、話し合うべく事は全部終わり、二人並んで仲良く寮に帰った。




