第十三話
アクオス・ティアレイクの書いた自伝のおかげでエレメント魔法を使ったときに見た粒が水の分子だと分かったクウリ。しかし、それを知ったからと言って、魔法がうまくなる訳ではない。精々、頭が無数の粒のイメージでいっぱいになる時、それの正体が分かるので混乱が少なくなるくらいだ。それでも前の状態からは進歩しているが。
進歩と言うのは混乱がなくなって魔法を暴走させなくなったことだ。扱える総数の分子は全魔力の数十万分の一相当に限られているのが悩みどころだが。分量で言えば、500ccほどが安全に扱える限界。それ以上は無理をすればもう少し操れるけど、それは文字通り、無理をしているのでやりすぎるとすぐに暴走しそうになる。これは週に二、三度ある魔法の実習授業で証明されている。そして暴走した全力が最初の授業で見たことある分、クウリはそれを歯痒く感じていた。
そんなクウリは今どうにかして魔法を上達させる為に一人、練習をしに来ている。この練習のことは確かにアクエリやケレイユには言っていないが、別に秘密の特訓と言う訳ではなく、ちゃんと先生にも許可を前もってもらっている。授業でのクウリを見て、一人で練習させても大丈夫と判断したのだ。無茶をしないようにと強調するのを忘れずに。
練習場に来て、クウリは他の人に迷惑をかけないように隅の方へ歩き、先客がいることに気がついた。
「ルミ? ここで何してるの?」
「ク、クウリ君!?」
呼ばれたルミヒアは突然振り返り、まるで見られたくないものでも見られたようなバツの悪い顔をした。
「あ、あははは。クウリ君こそどうしたの? こんなところへ。」
苦しい言い訳も考えつかず、ただ話題を逸らそうとするルミヒア。クウリはルミヒアがそれについて話したくないと結論し、敢えてルミヒアのことには触れないようにした。
「俺? 俺は魔法の練習をしにきた。授業だけだと全然上達しないし・・・はぁ〜・・・」
授業での情けないウォーターボールを思い出し、クウリは溜め息を吐き出した。
「そ、そっかぁ〜。アタシも同じようなものよ。」
「ルミも練習?」
「うん。ちょっと授業の復習とかね。あはは・・・」
と頬を指で掻きながらぽつりとこぼすルミヒア。
「へ〜、勉強家なんだね、ルミは。」
「そ、そう? ふ、普通でじゃない?」
そして、そこまで聞いたクウリは何かを思いつき、ぽん、と手のひらを叩いた。
「そうだ! よかったら一緒に練習しない、ルミ?」
「一緒に練習?」
「うん。折角二人いるんだし、一人だけだと気づけないものがあっても、二人なら気がつけるかもしれないし。まあ、ルミが一人の方が練習しやすいんなら一人にするけど。」
ルミヒアはクウリからの提案について少し考えてからクウリの話に乗る事にした。
「うん、一緒に練習しよう。クウリの言う事も一理あるしね〜。」
「そっか! じゃ、よろしく、ルミ!」
「うん、よろしく、クウリ君。」
一緒に魔法の練習をすることに決めたルミヒアとクウリ。少しの間練習方法のことなどについて相談してから、二人は練習を始めた。
** *
「むうー、うまく行かないなー・・・」
練習を開始してから一時間くらい経った後、クウリは魔法を解除し、目の前に浮かんでいた水の球は地面に落ちてパシャっと言う音を立てて水たまりを作った。何回やっても、ソフトボールほどの大きさで頭が痛くなり、それ以上は無理だと分かる。
クウリは一度大きく息を吐き、地面に座った。それを見たルミヒアは休みを取るのに丁度いい時間だと思い、自分も魔法を解除してクウリの隣に腰をかけた。
「ふー、クウリ君の調子はどう?」
「全然駄目だねー。ルミは?」
「アタシもダメー。」
「そうなのか・・・そういえばさ、ルミはどうして練習をしに来てるの?」
それを聞いた後ルミヒアの顔を見た瞬間、クウリは自分の言葉を後悔した。ルミヒアの表情は暗く、目に光が宿っていなかった。そして何を思い出していたのか、苦痛を我慢しているような顔をしていた。よく考えれば分かった筈だった。最初にルミヒアに声を掛けた時、ルミヒアは見られたくない姿を見られたような顔をしていた。しかし、クウリが慌てて質問を撤回できる前に、ルミヒアがクウリに話しかけた。
「クウリ君ってさ、すごいよね・・・」
「・・・?」
話しかけたルミヒアが言った事は少しずれていたが、ルミヒアの声色が重かったので何も言わずにいた。
「魔力もすごいし、この前の本でクウリ君には賢者の素質があるって分かったでしょ?」
「・・・」
「アタシ、時々クウリ君のことがすごく羨ましい。」
羨ましいと言われても・・・膨大な魔力が有していてもそれを、水を操る力に変えられなければそのほとんどが宝の持ち腐れと言ってもいい。そんなクウリの気持ちが顔に出ていたのだろう。ルミヒアは話を続けた。
「クウリ君ってさ、アタシのウォーターボールの大きさを知ってるよね?」
(・・・大きさ? 確か大体直径一メートルくらいだったか?)
とクウリが思い出しながら頷く。クウリの反応を見ると、ルミヒアは自嘲して更に続ける。
「あれってさ、アタシのほとんど全力なんだ・・・」
「全力・・・?」
「そ。でも普通の生徒って暴走しないように慣れないうちは全力の半分程度に押さえてるって、クウリ知ってた?」
「半分に・・・」
それでも他の生徒のウォーターボールはルミヒアの二倍から五倍の大きさがあるだろう。
「そうなのよ。でもアタシは全魔力を使ってもそれでも皆に遠く及ばない。」
「でも・・・」
ルミヒアの話を聞くと問題は魔力の総量で、今のような、ただ魔法を発動させる練習はあまり効果が無いような気がする。
「こんな練習の仕方じゃ魔力は上がらないって思ったでしょ?・・・そんな事は分かってるわよ!!!」
いきなり大声でルミヒアはクウリに向けて叫んだ。
「でも、魔力を上げる練習なんて分からないんだからしょうがないじゃない!!!!」
「お、おい、ルミ・・・」
「大体クウリ君に何が分かるのよっ!!! すごいお母さんに推薦してもらってここの学校に入って、優秀で優しいお姉さんに励ましてもらえて・・・魔力がすごくて、賢者にもなれるかもしれなくて!! そんなクウリ君に、貴族生まれのくせに魔力が少なくて、そのせいで家族に失望されてて見放されてる私の気持ちなんて全然分からないわよ!!!!!!」
ルミヒアは悔しさいっぱいで一気にそう捲し立て、そのせいで息が切れる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「ルミ・・・」
クウリはいい言葉が見つからず、ただルミヒアの名を呼ぶ事しかできなかった。
ルミヒアは叫びすぎで顔が赤くなっていて、両目の端に涙が溜まっていた。
「っ!!!」
ルミヒアは心の中に溜まっていた鬱憤を吐露すると、頭が少し冷静になって今さっき自分の言った言葉を思い出し、恥ずかしさに耐えきれずクウリの前から走り去った。
* * *
「・・・・・・・」
小さくなって行くルミヒアの背中を見つめながらクウリは悔しい思いをしていた。
何かを言わないといけなかったと思う。しかし、言葉が思い浮かばなかった。馬鹿みたいにただ名前を呼ぶ事しかできず、それは何も言わないと同然だった。だが、それよりも一番悔しいのは友達のはずのルミヒアの悩みに気がつけなかった事。知り合ってから何ヶ月も経っていないが、それでもルミヒアとはケレイユと同じくらい仲良くなっていたと思っていた。
学校や寮でのルミヒアはいつも元気で常に人の中心にいるような人だ。皆はそんなルミヒアの明るさに惹かれていて、クウリもその例に漏れなかった。だけど、まさかその元気な顔の裏側にあんな感情があったなんて思いもよらなかった。そしていつもの姿との違いに戸惑い、クウリはすぐに反応することができなかった。
「ちっ!!」
舌打ちをしてクウリは地面を殴った。
どうにかルミヒアの助けになりたいが、半端な慰めの言葉を使えば却ってルミヒアとの間の溝が深くなるだろう。
(だったらどうすればいいんだよ!!)
自己嫌悪に陥りそうになり、どうにか頭を冷やそうとする。
(いけない。もっと冷静にならないと。俺が悔やんでどうする。今、一番傷ついているのはルミだろう!)
クウリは自分を叱咤し、一番の懸念であるはずルミヒアのことについて考えるように頭を切り替えた。
「すぅ〜・・・はぁ〜・・・」
自分を落ち着かせるために深呼吸してルミヒアの言っていた少ない言葉から手掛かりを見つけようとした。
(キーワードは魔力、魔導士としての資質、貴族、家族の失望。)
おそらくルミヒアの家族はルミヒアの魔力が低いのを昔から知っていたのだろう。そしてルミヒアはその所為で失望されているのかもしれない。それがクウリの出現により何かが刺激されて今日の出来事に至ったのだとクウリは思った。
(とにかくルミと話さないと。まだ何を言えばいいのかは分からないけど、ルミとの関係をこのままにして起きたくない。)
そうクウリが決めると、早速行動に移し、ルミヒアと話をするために寮に戻った。




