第十二話
図書館を後にした五人は隣の食堂で夕飯を食べてから寮まで帰り、玄関の広間で別れてそれぞれの部屋へと戻った。ちなみに、ルミヒアもクウリ達と同じ寮に住んでいる。
それから風呂に入り、部屋に戻ると、クウリは図書館で借りた本を早速読み始めていた。
「なんだ、調べ物の続きをしているのか?」
やや疲れた顔で言うケレイユ。
勉強が特別嫌いと言う訳でもないケレイユでも、何時間も本を開いて調べ物をしていれば、流石に疲れる。そして、まだやる気力を持つクウリに感心しながらも、今は本を見たくもない自分の感情が浮かぶ。
「これは違うよ。ちょっと面白そうだったからついでに借りて来た。」
苦笑しながら表紙をケレイユに見せるクウリ。流石に粒の事が一番気になるクウリでも、今は調べ物の続きをするつもりはなかった。
「ふむ、『アクオス・ティアレイクの自伝』・・・これは・・・なるほど、確かに興味が湧くな。」
本のタイトルとクウリがわざわざ借りて来た事から、アクオスがアクエリ(と、義理でクウリ)と関係があると推論した。
「でしょ? エリお姉ちゃんによると、200年前の御先祖様らしい。」
「200年? かなり前だな。」
「うん、それに賢者だった見たいけど、それは忘れられているらしい。」
「ほう、賢者・・・なぜ忘れられているんだ?」
ケレイユの尤もな質問にクウリは苦笑してアクエリに聞いた理由を説明する。
「なんでも、その人は少し変わっていて、魔導士らしくなかったらしい。それで、魔法とほとんど接せずに生きていたから皆に忘れられたみたいだよ。」
「なるほどな。」
「まあ、そう言うこと。俺は賢者の事はまだよく知らないし、ティアレイク家と関係しているし、魔導士としてもちょっと変わっているしで面白そうと思ったんだ。」
「そうか。だったら、邪魔になりたくないし、談話室にでも行くことにしよう。」
気を利かせてケレイユがそう言うと、クウリは少し考える様子をみせ、そして本を閉じて立ち上がった。
「談話室に行くんなら、俺も行くよ。本を読んでるけど、何か楽しそうな事があれば参加できるし、エリお姉ちゃん達がいるかもしれないし。」
「ふむ。じゃあ、行くか。」
「うん。」
少しして、二人は談話室に到着した。談話室は結構大きく、一度に何十人が入っても狭く感じないようにできている。奥には大きな暖炉があり、冬になればさぞ暖かくしてくれるだろう。部屋のあちこちにテーブルと椅子、ソファーなどがあり、寮生がゆっくりくつろげるように心がけている。クウリたちもよくここを使っており、いつも見かける寮生に挨拶しながら開いている場所を探す。
そして二人が歩き回っていると、アクエリ達を見つけて挨拶をする。
「エリお姉ちゃん、さっき振り。」
クウリの声がしてアクエリが振り向く。
「あれ、クウリ? 今頃はあの自伝を読んでいると思ってたのに。」
「最初は部屋で読もうと思ってたんだけど、ケレイユがこっちに来るって言うから、俺もこっちで読むことにした。」
「そう。でも、私としてはこっちに来る方がクウリと一緒にいられて嬉しいかな。」
「うん、俺もエリお姉ちゃんがいてくれたのは嬉しかったよ。」
「クウリ・・・」
「エリお姉ちゃん・・・」
またいつものように二人の世界を作り始めるクウリとアクエリを見て、すっかり忘れられたケレイユとラクが『やれやれ』と苦笑しながら肩をすくめた。
「・・・こほん! クウリ、本を読まなくてもいいのか?」
珍しくからかわずにケレイユがクウリに声をかけると、クウリたちは『はっ』とし、照れを交ぜながらクウリは本を片手に安楽椅子に座り、アクエリはラク達の方に向かった。
「それじゃあ、俺はこっちで本を読んでるから、何かあったら声をかけて。」
「分かったわ、クウリ。じゃあ、また後で。」
アクエリが最後にそう言ってクウリを一人残し、更に友達が加わっているラク達と話し始めた。
「さて、と・・・」
椅子に座り直して、クウリは改めて本を開け、読み始める・・・
* * *
『前置き・・・
私が今までの人生であまり魔法と関与せずに生きて来たことを疑問に思うだろう。
しかし、数多くの人が思っていると違い、私は魔法の事が嫌いではない。魔法学会は私の独特の魔法理論を受け入れられず、分かろうとするどころか、私を変人と決めつけ遠ざけるしまつ。いつか私はその世界に嫌気が差し、自然と離れていった。
今ではそんな思いも和らげられ、私はいい人生を送られたと満足している。この本を書いたのは魔法に対しての最後の未練と言ってもいい。できれば、この自伝を通して私を知り、そして私がどう世界を捉えているかを知って欲しい。
ほとんどの人にはそれが異質すぎて、私の話をただの戯れ言と片付けてしまうでしょう。だけど、私が願うのはいつか誰かがこれを読み、そして参考にできることだ。』
* * *
(前置きだけだけど、これは思っていたより面白そうかも。)
この自伝を読んでいると、アクオス・ティアレイクは変人でもなんでもなく、魔法の感覚が少し変わっていた、普通の人の像が浮かんでくる。
** *
『私の生まれた家はごく普通の家であった。両親は街で店をやっており、私たちは店の二階に住んでいた。兄弟は上に兄が一人、下に妹が一人の三人兄弟。家族間の仲は良く、特に私たち子供の三人は誰もが認めるほど仲良しであった。どこにでもいる普通の家族だった。一つを除いて。いや、この場合は一人と言った方が適切かもしれない。普通とは違う者。私だ。
私の魔法の素質が特別だと思われ始めたのは私の物心が付く前からエーテルを操作して色々な物を動かしたりしていたからだと言う。しかし、魔法の才能が特別だからといって、家族は私を特別視はしなかった。当時の私はそれを特段何も思わなかったが、今思い返してみるとそれはすごく難しい事だったのだろう。周りからもいろいろと言われていた筈なのに、両親は私を兄と妹と同様に扱ってくれた。それについてはいくら感謝しても足りない。
私が自分の特異さに気づいたのは他の子達と一緒に小学校へ通い始めた頃だった。家では私が当然のように使っていた魔法を他の子供は誰も使っていなかった。存在そのものは親が使っているのを見て知っていたが、本人達は誰一人として使えなかった。
当時の私はどうして他の子が魔法を使わないのかを不思議に思っていたけど、疑問には思っていなかった。しかし、その考え方は入学して一月ほどが経った頃にあったとある事件ですべて変わった。
その日、私たちはいつものように起き、家族と朝食を食べて学校に登校した。午前中の授業はつつがなく過ぎていった。そして昼休みが過ぎて、それが起きた。
いきなりの身を揺るがすほどの振動。そして校舎が震え、天井の破片がパラパラと舞い落ちてきた。生徒はおろか、先生も何が起きていたのかは分からなかった。とにかく、天井がそのまま自分達の上に崩れ落ちて来ては危ないので、揺れが一度収まると先生は私たちを外に誘導した。外の庭を見れば、兄の組を含む多数の生徒達がすでに外に避難していた。
私も混乱が激しく、先生の指示に従って出口の方へと急ぐことしか考えられなかった。この時だけは出口までの短いはずの道のりが限りなく遠く感じた。皆と早足で歩いているとやがて出口に差し掛かり、皆の顔に安堵が宿った。しかし、一番悪い事とは気が緩む一瞬に起きるものだ。
皆が安心して外へと駆け出そうとした時、揺れで弱くなっていた校舎が崩れ、逃げていた私たちを押しつぶそうと落ちて来た。このままでは皆が死んでしまうと言う考えに至、私は咄嗟に魔法を使って瓦礫を押し止めた。
「皆、今の内に!」
と私が叫ぶと、何かに取り付かれたように立ち尽くしていた皆が正気に戻り、急いで外に出た。私はその時瓦礫を押さえるのにいっぱいだったので皆の表情を見ていなかったが、後の事を考えれば多分畏怖と動揺がない交ぜになった顔をしていたのだろう。
皆が避難し終わった後、私も逃げて皆と合流した。校舎を後にして魔法を解除したら、校舎はそのまま崩壊した。
外に出た私を兄が直ぐに見つけ、抱き寄せられたのを覚えている。外に私が見つからなくて随分心配をしていたらしく、見つけられて安心し、思わずそうしたと言われた。
成人してエレメント魔法と深く関わってからあの時の現象は地震と言うもので、インフェルノのような火山地帯で度々起こる物だと知った。過去にも土の賢者が同じような物を起こしたとも。しかし私の実家の街はそんな場所から離れており、地震と言う物事を知る人はいなかった。
とにかく、その時の地震の所為で街のあちこちが破壊されてしまい、街に取って何十年も語り継がれる事になった。しかし、そんな街に取っての大事も、私に取ってはそれから私自身に起こった様々なできごとに比べると小さいことだった。・・・』
** *
(やっぱり賢者ほどすごいと普通じゃない人生を送るもんなんだな・・・)
そんなことを思いながら続きを読むクウリ。
それからアクオスは自分の幼少期での出来事を綴っていた。地震の後、アクオスの生活は大きく変わった。魔法の才能を見いだされたアクオスはそれからすぐに専門の教師を付けられた。そして数年は家族のもとで魔法の勉強をさせてくれていたが、小学校を卒業する頃になると、地元にはもう魔法のことで教えられる人がいなくなった。
まだ子供とも言えたアクオスは家族から離れたくはなかったが、自分の魔法の才能を磨けば家族の為にもなると説得されて、渋々と本格的に魔法の勉強ができる場所、魔法学校クーランに行く事に了承した。
(へー、アクオスはここで魔法の勉強をしたんだ。さすがはミスト一の魔法学校と謳われるクーラン。二百年以上の歴史があるとは・・・)
クーランに着いてからも、アクオスの魔法の実力はメキメキと上がっていった。普通は何年も掛かる技術を数ヶ月、時にはそれよりも早くに習得した。それもそのはず。アクオスは実家にいたころからエレメント魔法を習い始め、そして使いこなしていた。他の生徒たちとはそもそものスタートラインが異なっていた。そしてその異様とも言える成長速度のおかげで、普通は許されない学年スキップを繰り返し、終に最上学年に上がった。
** *
『・・・クーランに着いて一年半が経った頃、私は最上学年に上がった。
その後も、順調に卒業への行程をこなしていた。そしてとある日の実習授業の後、私は初めて自分の魔法の認識が普通とは違うのに気がついたのもその日だった。
その日の授業の内容はアイスボールを作る事だった。エレメント魔法で氷を作ることは中級魔導士用の魔法で難しいらしく、魔法を成功させた生徒は一割にも満たなかった。私自身はすでに氷を使った魔法はすでに習得していて、授業の最初の内にやっていた。
自分の順番が終わり私は静かに他の人が終わるのを見ていた。そんな時、誰かが私に近づいた。しかし、私はそちらに見向きもしなかった。なぜなら私に用があるとは思っていなかったからだ。私の歳の所為か、魔力の所為か、もしくはその両方の所為かは分からないが、学校で私に話しかける生徒は少なかった。だからその時、その生徒がそんな私に声をかけた時、心底驚いた。あの時の会話は確かこの様な物だった・・・
「ティアレイク君、ちょっといいかしら?」
「えっ?」
「ここに座っていいかしら?」
まだ話しかけられた驚きから治っていなかった私はただ首を縦に振るしかできなかった。
そこで私は初めてその生徒の顔を見て、二度驚いた。その人はなんとミスト王国の第五王女、レグナ・ダンストだった。
「ありがとうございます。」
そして、その人はそのままその長い黄金色の髪をなびかせながら私の隣に腰をかけた。
当時の私は思春期の真っ直中。そんな私の隣に美しさの最盛期にいる女性がいたら、当然緊張する。
「あの、私に何か御用でしょうか、レグナ様。」
「あら、それほど畏まらなくてもいいわ、ティアレイク君。同じ生徒でしょう?」
「しかし・・・」
「私が良いと言うのですから、良いのです。」
「はぁ・・・」
いきなりそう言われた私はどうすればいいのか分からなかった。畏まらなくてもいいという。しかし相手は王族。普通に接するのを躊躇う。それでもレグナは言い張って、譲らなかったので私の方が折れた。
「それで、その、レグナ・・・さんは何か聞きたかったのですよね?」
私が口調を変えると、レグナは嬉しそうに笑い、そして私に質問した。
「尋ねたかったのはこの授業でやっている魔法の事ですわ。」
「アイスボールですか?」
「ええ。恥ずかしながら、私は魔力が高くても、今まで氷を使う魔法は成功させた事はないのです。」
少し頬を赤らめながらレグナが言った。
「そうですか・・・」
「ええ。ですので、いとも容易く成功させたティアレイク君に何か助言を頂ければと声を掛けたのですわ。」
「助言・・・」
「何でも良いのです。何かありませんか?」
「あの、僕のやっていることでいいのならいくらでも教えますよ?」
「本当ですか?!」
とレグナは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「はい。」
「是非、お教えくださいませ!」
「助言と言っても、そんなに言えません。水と氷の魔法はあまり変わりません。簡単にできる人は本当に簡単で、『固めた水』を思い浮かべるだけでできる物なのです。」
「ええ、先生もそう言われていたのですけど、私はそれでは出来なかったのです。」
「それは分からないでもないです。現に僕も少し違います。」
「ティアレイク君も、ですか?」
「はい。液状の水と言うのは水の粒が無作為に動き回っている状態ですよね?」
** *
「なっ、なに・・・!」
その一行を読んだクウリは驚きのあまり、大きな声を出した。周りの人は訝しげな目をして強張った顔をしたクウリを見ていたが、クウリは気にしている暇はなかった。しかし、それも仕方がなかったのだろう。何せ今日中探していた『粒』の事が書いてあるのだ。それも、学術的な本の中ではなく、いくら賢者だったとしても、それは変人(?)のレッテルが張られた人が書いた自伝の中にあったのだ。
クウリは直ぐにでもアクエリ達を呼びたくて辺りを見回した。するとクウリの様子の変化に気がついた皆はすでにクウリの側まで来ていた。その中にはさっきまでいなかったルミヒアの姿もあった。
「クウリ、どうしたの、そんなに驚いて?」
「ほんと、クウリ君。いきなり大きな声なんて出して、びっくりしちゃったよ!」
「エリお姉ちゃん、ルミ・・・」
「それで何にそんなに驚いたんだ?」
皆の疑問を代表してケレイユが聞く。
「あのさ、この本の中に粒のことが書いてあったんだ。」
「ほう。それはクウリ君の言っていた『粒』と同じ物を示しているのか?」
と興味が湧いて来たラクが聞いてくる。それに対して、クウリは首を横に振りながら答えた。
「それは分からない。まだ本の中に出て来ただけだから。でも、多分同じ物だと思う。」
「ふむ。それは確かに興味深いな。それで続きはどうなっているんだ?」
先を促すラク。
「今から読んでみるよ・・・」
* * *
「・・・液状の水と言うのは水の粒が無作為に動き回っている状態ですよね?」
「?」
この時、レグナはすでに私の話している事を理解していなかったが、私は久しぶりに人と話していた為に舞い上がっていて、それに気づかず、そのまま続けた。
** *
「ちょっと待って、その『レグナ』って人って誰?」
知らない名前が出てきてクウリに聞くルミヒア。それに答えたのは以外にもアクエリだった。
「えっと、確か、アクオスの奥さんの名前がレグナだったと思うわ。」
御先祖様についてのあやふやな記憶を手繰り寄せ、質問に答えた。
「ええっ! そうなの!」
それを聞いたクウリが過剰反応し、皆から不思議そうな顔が向けられる。
「えっ、何、そんなに変な事?」
とアクエリが聞く。
「だって、この人、ミスト王国のお姫様だよ!」
「ええ〜〜〜っ!」
今度はアクエリが驚く番だった。クウリの話が本当なら、自分の先祖は王族だったと言う事になる。いくらなんでもアクエリには信じられなかった。
「と、とにかく、続きを読みましょう。もしかしたら違うレグナかもしれないわ。」
家系の秘密を突然知らされたアクエリは混乱しながらクウリに続きを読むように言う。
「う、うん・・・」
** *
「氷というのはただその粒を一定の間隔で配置させ、固定した状態のことです。つまり氷を作るには、水を集めた後、それを構成している粒を一定の間隔に配置されるようにすれば氷になるという事です。」
「?」
「あの、これが僕のエレメント魔法について認識していることですけど、助けになりましたか?」
私がおずおずとそう聞くと、初めてレグナの顔に困惑が浮かんでいたのを見た。
「その、ティアレイク君は水や氷がその『粒』と言うもので出来ていると言いましたけれど・・・」
「はい、それが何か?」
「ティアレイク君にはそう認識されていますのね。」
「はい。えっと、レグナさんは違うのですか?」
「ええ。はっきり言ってしまいますと、私にはティアレイク君の言っていた事は全く理解できませんでした。折角助言を下さったと言うのに、すみませんでした。」
申し訳なそうな顔をしてレグナ謝り、頭を下げそうになると私は慌ててそれを止めた。
「レ、レグナさん、気にしないでください! こちらこそ参考にならなくて申し訳ないくらいですから!」
「いいえ、こちらが聞いたのですから、理解できなかったのを恨むというのは筋違いと言うものですわ。私のアイスボールに参考出来なかったのは残念ですが、ティアレイク君の話に出ていた『粒』に興味がありますわ。それについてもっと聞かせてくれないかしら?」
それから私はレグナ順番が来るまで私が知っている範囲で粒のことを話した。
「あの、まず僕が知っているのはこの世界の触れるものは全部『粒』で出来ています。」
「まあ、水だけではないのですね・・・」
「はい。土、空気、石、お酒、全部です。そしてそれぞれは異なる『粒』で出来ています。僕は何かにエーテルを通すとそれがどんな粒で出来ているのかが大体分かりますが、あまりにも複雑だったりしたり、自然に無い物だったりしますと、水のように操る事ができません。例えば、水の魔法に使っているのは空気中に充満している水ですけど、空気にはお酒がありませんので、いくら魔法を使ってもお酒を集めてコップに注ぐなどできません。逆に言いますと、そこにあればどんなものも操作出来ますが。」
「はあ、だからそこにあるお酒を操作出来ても空中からお酒を出す事は出来ないのですね。未だにその『粒』と言うものがどういったものかは分かりませんが、その理屈は分かります。」
「それはよかったです。では、こんなものはどうです?」
そう言ってから、私はズボンのポケットから一つの銅貨を取り出してレグナに見せた。
「銅貨、ですか?」
「これをエレメント魔法で操れると思いますか?」
「確かに操る事は出来ると思いますけど、それは土のエレメント魔法でないと無理なのではないのですか?」
「それがそうでも無いのですよ。」
常識で言うとレグナの言う通り、固形を操るのは土属性の魔法だ。しかし、私はそれを迂回する方法を知っていた。そして私はそれを実演してみせた。
私は杖をかざし、エーテルを集めて、手の中にあった銅貨に集中させた。すると、私が水のエレメント魔法をしている証に、髪の色が元のくすんだ金色から水色に変わった。そのまま私は銅貨の粒を液状になるように操作し、銅貨が球状になると魔法を解除した。すると、銅貨から液状にとどめていたエーテルがなくなり、それはまた固形状に戻った。ゆっくり手のひらを開けると、そこには銅貨はなく、球状のただの銅の塊があった。
「そんな! 確かに水のエレメント魔法しか使っていませんでしたのに銅貨の形が変わってしまっています!」
レグナがそう言って驚くと、私は悪戯が成功した子供のような顔を浮かべて笑った。
「どうです? 言った通りでしたでしょう?」
「ええ、確かに。一体どうやってしましたの?」
レグナが聞くと、私は得意げに種明かしを始めた。
「それでは、今度は手を開いたまま魔法を使いますね。」
今度は手を開いたままもう片方の手で杖を持ち、魔法を使った。普通のエーテル操作で元銅貨を浮かしつつ、エレメント魔法を発動させた。また髪の毛の色が変化すると、私は魔法で固形状の元銅貨を液状に変えた。そしてそれをレグナに証明する為に、それを伸ばしたり、潰したりと、様々な形に変えた。レグナはと言うと、驚愕の表情を顔に浮かべていた。
「こ、これは銅を液体に変えているのですか?」
「はい、そうですよ。魔法で粒を整然とした状態から崩し、液体と同じようにしてから色々と形を変えているのです。塊のままだと土属性の魔法の領域ですが、こうして液状にすれば水属性の魔法でも操作出来るようになるのです。しかし、この状態はあくまで魔法で維持しているので、魔法を解除すれば・・・」
そう言いながら私は銅に掛けていた魔法を解除した。そうしたら、うねうねと形を変えていた銅は固くなり、地面に落ちた。それを空中で掴んで、私はレグナに見せた。
「ほら、このようにまた固くなり、普通の銅に戻ります。」
それをレグナに渡しながらそう言うと、レグナは感心するように声を出して受け取った。
「はあ、ティアレイク君が何をしていたのかはよくわかりませんが、すごいのは分かりましたわ。」
「あはは、ありがとうございます。まあ、とにかく、言いたかった事はですね、水も、銅も、触れるもの全部は『粒』で出来ていて、水のエレメント魔法とはそれを液体の状態で操ったり、違う状態にして動かしたりすることです。」
私がそう言った後に続いたレグナの言葉は一生忘れないだろう。
「やはり、私には分かりませんわ。きっとティアレイク君はどこか特別で、私たちとは違う世界を見ているのですのね。」
レグナにとって、それは何気ない言葉だったのだろう。しかし、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。自分は他の人とは何かが違う。もしかしたら、他にも違うところもないのでは? もしかしたら、自分は世界で一人なのでは? もしかしたら、自分は人間とは違う何かなのでは? と、今思えば馬鹿馬鹿しい自問をしていた。親が人間なら、自分も本質ではそうだろう。第一、魔法が全てではない。今ではそう思えるが、当時の私は自分の価値が魔法にあったと信じていて、私の魔法が異質であったのなら、それはつまり私自身も人間として異質なのだと思ってしまった。
そうしていろんな考えが頭の中を駆け巡っている間、レグナの番になり、レグナが立ち上がった。
「私の番が来たようですね。それではティアレイク君、とても興味深いお話、ありがとうございました。是非またお話を聞かせてくださいませ。」
そう挨拶をしてレグナが立ち去り、残された私は授業が終わるまで答えのでないまま悩み続けた。・・・』
** *
「はあ〜〜・・・何か、さすがは賢者様って感じがしたねー。銅貨を液状に変えて操るとか、普通考えないよ。」
エピソードの終わりまで読んで、まずルミヒアが感想を述べる。
「ふむ。しかし、この世で触れるものは全部粒で出来ていると言うのは中々に信じられんな。」
今度はケレイユが言う。
「そうだな。確かにこれを力説しても、世間には受け入れにくいだろう。」
と同情が少しこもった風に言うラク。
「ねえ、クウリには分かった? 世界が粒でできているとかどうのこうの。」
最後にクウリの反応が気になったアクエリが聞いた。
「あっ、うーん、よく分からなかったかな?」
アクエリの質問に対し、答えを濁すクウリ。本当は違った。アクオスの話を読んで、クウリが見た『粒』とはほぼ間違いなく分子の事だと半ば確信していた。しかしそれをここで言っても、明らかにアクオスの話を半信半疑に思っている皆に言っても無駄だと考え、言うのをやめた。
「そう、それは残念ね。でも、これが手掛かりになるかもしれないし、気を落とさないで!」
「うん。でも、それよりすごい事が書いてあったでしょう?」
なんとなく、粒の話が気まずく感じていたクウリが話題を変えようとする。
「えっ、な、なにかな、クウリ?」
焦りを見せているアクエリはクウリが何を暗示しているのは分かっていたが、その話題になると自分がからかいの的になるのは見えていたのであまり触れられたくなかった。そこでアクエリをからかう事に生き甲斐を見つけているラクが悪のりしないはずがない。
「ふむ、そうだな、確かにすごいことだ。」
「な、なんでしょうか、ドリズクさん?」
「無論、アクエリがお姫様だと言う事だ。地の文から推測しても、このレグナはおそらくアクオスが結婚したレグナと同一人物だろう。つまり、アクエリは王家の血を引いている事になる。それについてはどう思う、アクエリ姫?」
「もう、そんなの、どうも思わないに決まっているでしょう! 第一、200年前の御先祖様の話なのよ! 私の血なんて薄くなりすぎていてもう関係ないも同然よ! そこら辺にいる貴族の方が余程王家に近い関係よ。」
一気に捲し立て、ラクの砲火から逃れようとするアクエリ。しかし、ここで空気を読まない(いや、ある意味読んでいる?)人がいた。
「ほえ〜、アタシ本物のお姫様なんて初めて会ったよ〜。ミストは王子ばっかりだし、お姫様と言えば、ラディアントの姫様たちか、皇女だし、アタシたちが会う機会なんてないし。」
「そう言えばそうだな。そう思うと、これは中々貴重な機会だ。堪能しないと損だな。」
ルミヒアに続いてケレイユも参加する。ルミヒアの場合、ただの天然だったけど、ケレイユは絶対確信犯だとアクエリは知っていた。
形勢が自分にとって不利になりつつあると感じたアクエリはクウリに視線で助けを求めたが、自分では助けになれない思いと巻き込まれたくない思いが重なり、無情にもその視線を逸らした。それを見たアクエリは自分にはもう見方がいないと知り、絶望して肩を落とした。
アクエリへのからかいはそれから一時間程続き、クウリはそれをずっと見続けていた。せめてのお詫びに、全部終わるとアクエリを慰められるように。
おまけ(アクオス達のそれから):
アクオスとレグナは卒業までの半年間、仲良くなっていった。歳が離れていたこともあり、そこに恋愛感情はなく、アクオスからは憧れ、レグナからは弟を可愛がるような感じで。
卒業後、アクオスはクーランにとどまり、そこで魔法の研究をしてレグナは助手として残った。しかし、いくら魔法の実力がすごくてもアクオスの研究は認められず、アクオスは落胆していた。そして、落ち込んだアクオスをレグナが励ましているうちに二人は段々仲良くなっていった。
卒業から数年経つと、アクオスはついに賢者として認められた。賢者として認められる条件とは魔法を使って何も無い場所に何かを創造することであり、アクオスの場合は空中に油を創造した。
賢者として認められてから、レグナは王家からアクオスと『仲良く』なるように言われていた。どうも賢者の血を王家に入れたかったようだ。アクオスの事は好きだったし、恋愛感情も芽生え始めていたことを否定しなかった。しかしそれを強制されるのはあまりいい感じはしなかった。それでも、レグナはアクオスと話し合いその結果、二人は結婚することに決めた。政略のことは置いておいて二人は好き合っていて、結婚すること自体には反対していなかった。
結婚式は国の姫と賢者との婚姻だったので、盛大に行われた。国の重臣も皆出席していて、その結婚は祝福された。
結婚して数年、二人の最初の子が生まれた。二人は喜び、子供の誕生を祝った。しかし子供が生まれた嬉しさの反面、アクオスと他の魔導士との間の軋轢は大きくなっていた。アクオスの魔法についての解釈は全く受け入れられず、アクオスの我慢は限界に近づいていた。そして息子が二歳になった頃、ついに限界に来て、アクオスはクーランでの研究者としての職を止めて、魔法と離れて過ごすと宣言した。
アクオスのこの公表は批判を多く受け、王家もレグナにアクオスと離婚するように強要した。しかしレグナはそれをきっぱりと断り、王家の系図から除名されてもアクオスに付いて行くことに決めた。余談だがこの為、公式にはティアレイク家に王家の血は流れていない。
アクオスとレグナが王都から離れるとリヴァールに移り、仕事を見つけた。レグナは魔法の実力を活かし、街の警備隊に入隊した。そしてその実力のおかげですぐに隊長にまで昇進した。やがて、その何年か後に総隊長が引退した時、レグナがその役職に就いた。アクオスの方はと言うと、両親のように店を開いて、魔法と離れて過ごした。魔法を使うのは精々、たまに妻の仕事を手伝う時くらいだった。王都に住んでいた時とは違って生活は豪華じゃなかったが、二人にはお互いと子供達がいたので最後まで幸せに暮らしていった。




