第十話
「うーん・・・」
「どうしたんだ? まさか傷が痛むのか?」
授業が終わり、クウリとケレイユが寮の部屋で制服から着替え、まったりしているとクウリが唸りだした。それを聞いたケレイユは何かと思いクウリに問うと怪我の事を心配しだす。
「いや、そうじゃない。」
「そうか・・・なら、なんた?」
「ちょっと魔法の事で悩んでるだけ。」
「アレか、暴走したことか? 慰めにならないのは分かっているが、あれはお前の所為じゃない。あれが初めてエレメント魔法を使用した時だったのだろう? それで暴走するかどうか分かるのは無理と言う話だ。」
どうもケレイユはクウリが魔法の事で後悔していると思っているらしい。本当はと言うと、もうあまり気になっていないし、悩んでいたのはエレメント魔法を使う時のイメージ。
「ははは・・・いや、そうじゃないんだ。」
苦笑してケレイユの言ったことを否定するクウリ。
「むっ? 違うのか? まぁ、気にしていないと言うのならそれでいい。」
「ありがと。」
「で、本当は何について悩んでるんだ?」
「うん、えとさ、ケレイユはエレメント魔法を使うとき、どんな感じなの?」
「どんな、とは・・・」
クウリの質問の意図が分からず、言い淀む。
「うーん、何を考えてるとか、頭の中にどんなイメージがあるかとか。」
「ふむ・・・」
両腕を組み、目を閉じてケレイユが考え込む。
クウリはその様子を横から見ていて、ケレイユの解答を待つ。
「何を考えてるとか言われてもなぁ・・・水の球を思い浮かべればエーテルが集まってきてそれが水の球を作るとしか言えない。」
「えっ、それだけ・・・?」
「まぁ、そうだな。」
「変な粒とか見えない?」
「粒? そんな物あったかな・・・」
聞かれたケレイユは不思議そうな顔をしていて、クウリの言いたい事がまだよくわかっていないようだ。
「そうなんだ・・・」
ケレイユにとっては分子(仮)のことはクウリと違って、よほどの薄印象のようだった。クウリに同じ質問をしたら一番にそれの事が出てくるのに、である。そしておそらくこれは他の人にも言えるとクウリは思っている。ここで自分が異質であるのか、ケレイユの方がそうであるのかを考えると、暴走してしまったクウリがそうなのだと思う方が自然なのだ。
ここでクウリは一つ仮説を立てる。自分と他の人たちの違いとは何か。それはクウリが異世界人である事。もしかしたらここの人間は遺伝子レベルで自分と違っていて、その根本的な違いのおかげで皆はエレメント魔法をもっと簡単に操っているのではと。
このクウリの考えはある意味当たっていたが、前提から間違っていると何年か後に知る事になる。
「で・・・その粒がどうしたんだ?」
自分の答えを聞いた後、黙り込んだまま何も言わないクウリに痺れを切らし、そう聞くケレイユ。
「ん・・・いや、分からないならいい。気にしないでくれ。」
「おいおい、そこまで話してそのままにしておくとか勘弁してくれ。すごく気になるぞ。」
未だに暴走事件で何もできなかった事が尾を引いていて、できれば力になりたいケレイユ。
「むっ・・・それもそうか。」
クウリは話す事自体に異存は無いけれど、どれほど話せばいいのかについては分からない。分子のことなどはその概念がなければ話しても意味は無いし、それは所詮クウリの仮説でしかない。なので、クウリは頭の中に浮かんだ粒のイメージをそのまま伝えようと決めた。
「この前、俺がエレメント魔法を使ったとき、頭の中にたくさんの小さな粒のイメージが浮かんだんだ。それでびっくりして、魔法の操作を誤り、魔法を暴走させた。」
「ふむ・・・なるほど・・・だから、その粒の事がもっと詳しく分かれば魔法を暴走させない鍵になるかもしれないと思ったのか。」
ずばりその通りである。
ケレイユのその考えが合っているのを伝えるべく、クウリが頷く。
「たくさんの粒か・・・」
それからケレイユは『考える人』のポーズを取り、考え始め、それを見たクウリは不覚にも笑いそうになったが、寸前でそれを噛み殺す。
やがて、何も思いつかなかったのか、ケレイユは顔を上げ、クウリの方へ向く。
「だめだ・・・全然分からん。」
「そっか・・・」
「すまんな、助けになれなくて。」
「いいってば。」
「図書館を調べてみれば? あそこは王国一の蔵書を誇っているから何かを見つけられるかもしれん。」
図書館か・・・それは考えなかった。というか、考えつかなかった。そもそも図書館がある事自体、思いつかなかった。ここは中世に似ているし、知識は教会、もしくは貴族の特権かと思っていた。だけど、よく考えればそんな筈が無いと分かる。学校の授業にも本は普通に使われているし、ティアレイク家にも本が普通に置いてあった。
「うん、そうしてみる。今日・・・はちょっと遅いから明日行ってみるかな。」
(うん、そうしよう。夕食はエリお姉ちゃん達と食べるから、エリお姉ちゃんも誘ってみるかな。)
「ああ・・・俺も一緒に行こう。俺もクウリの言う『粒』に興味が湧いてきたしな。」
「ありがと。あと、ご飯の時にエリお姉ちゃん達にも言って手伝ってもらえるか頼もうかと思っている。」
「それはいい考えかもしれんな。こういう調べものは人が多いに越した事が無い。」
* * *
「図書館で調べもの?」
寮の食堂でいつもの四人が食べている時、クウリが調べ物の件を二人に話した。
「うん、ケレイユと魔法の暴走の事を考えていたら図書館に行って調べてみた方がいいってことになって。」
『暴走』という言葉を聞いたアクエリは一瞬心配そうな顔をしたけど、それを見たクウリは慌てて安心させる為に話を続ける。
「え、えと、別に魔法の練習に使うとかじゃないよ? ただ、気になる事があって、それがエレメント魔法とどう関係しているのかを知りたいだけ。」
「そう・・・」
危ない事をしないという保証を得てほっとするアクエリ。
「それなら安心するわ・・・そうだ、私たちもその調べもの手伝おうか? いいわよね、ラク?」
「うん? ああ、明日は特にやることもないし、図書館に行くのもいいかもな。」
ラクが口の中の食べ物を飲み込んでそう答えるとアクエリは笑顔で頷き、クウリの方へ向く。
「そう言うわけだから、明日の放課後は一緒に図書館に行こう?」
「あはは、俺も誘おうと思っていたからちょうどいいよ。ありがと、エリお姉ちゃん。」
「いえいえ、どういたしまして。」
『ふふふ』『ははは』と二人で笑いあい、二人の世界を作るクウリとアクエリ。その後はラクとケレイユにたっぷりとからかわれたのは言うまでもない。
「それで、気になる事と言うのは何?」
図書館に行く話が終わり、先の話の気になる話題についてアクエリが聞く。
「えっとね、魔法が暴走したときの事だけど、頭の中にたくさんの粒のイメージが溢れかえったんだ。」
「「粒・・・?」」
アクエリ達が同時にそう言い、顔にはてなマークを浮かべた。
ケレイユが初めてクウリに言われた時と同じ反応が返ってきて、クウリは「やっぱりか」と一人で思う。
「うん、粒。エリお姉ちゃん、分かる?」
「うーん、残念だけど、私も分からないかな? ラクは?」
「ふむ・・・私も知らないな。クウリ君はそれを見たと?」
「うん。誰に聞いても知らないって言うから図書館で調べてみようって話になった。」
「なるほど。」
「ねえ、クウリ、粒についてもっと他に分かる事、無い?」
と聞くアクエリ。
「他にって言われても・・・分かるのはエレメント魔法を使うと見えてくる事と、水の球と何か関係があると思うって事だけかな。」
「そっかー。うーん、やっぱり図書館で調べるしかないわね。」
眉に皺を寄せてアクエリが言う。
「うん、そうだね。」
「そうと決まれば、明日はどこで会う?」
「エリお姉ちゃんはどう思う?」
「私? そうわね・・・クウリ達は図書館に行った事ある?」
これにクウリは首を横に振り、ケレイユは「一度だけ」と答える。それからアクエリはちょっとだけ考えてからこう言う。
「だったら私たちが教室まで迎えに行くから、その後に皆で行こう?」
一応ラクに確認を取る為に彼女に視線を送り、彼女が黙ったまま頷くのを見るとアクエリはクウリとケレイユを見る。
「分かった、教室で待っている。」
とケレイユが言い、クウリがそれに続いて礼を言う。
「うん、いつもありがとう、エリお姉ちゃん。」
「う、うん!」
・・・極上の笑顔を忘れずに。
** *
次の日、授業が終わり、他の生徒達が次々に教室を後にしていると、ルミヒアはある二人が動かず、教室に残っていることに気がつく。それが最近仲良くなっているクウリとケレイユだと分かるとルミヒアは二人に近づいて挨拶を送る。
「二人ともおつかれー。」
「お疲れさん。」
「お疲れ、ルミ。」
ルミヒアに気づくとケレイユとクウリが挨拶を返す。
「どうしたの? まだ返らないの?」
「ああ、ちょっと人を待っているんでな。」
「うん、エリお姉ちゃんとラクさんを待ってるんだ。」
と二人がルミヒアの問いに答える。
「アクエリさん達? これからどこか行く予定なの?」
「ちょっと図書館へ。」
「げっ、なんでそんな場所に?」
図書館と聞いて勉強を連想し、嫌な顔をするルミヒア。
「図書館と言ったら調べものが普通だと思うが?」
『当然だろう』とでも言いたそうに呆れ気味な顔でケレイユが言う。
「そんなの分かってるわよ! 何を調べに行くのかを聞いてるの!」
馬鹿にされたと思ったルミヒアがケレイユに噛み付いた。
「冗談だ。クウリが魔法について気になる事があってそれを調べるだけだ。」
「どうして最初っからそう言わないのよ!」
「その方が面白いから。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
ケレイユの態度に顔を怒りで真っ赤にさせるルミヒア。
「まあまあ、落ち着いて、ルミ。」
クウリがどうにかルミヒアを宥めようとする。
「でもクウリ君、ケレイユが!」
「あはは、それはもう諦めるしか無いよ。」
今まで似たような事を度々されてきたクウリがそう言うとルミヒアは渋々と怒りを収める。しかし、その目はまだ恨めしそうにケレイユを見ていたのでクウリは話題を変えた方が良いと思い、話しかける。
「えっと、ルミはこれから何か予定ある? もし暇だったら俺たちの調べものを手伝ってくれない? 人数は多ければ多いほどいいしね。」
別に他にやる事が無いルミヒアは取りあえずクウリの提案に乗ったが、その顔はまだケレイユを微妙に恨んでいるっぽかった。
それから程なくしてアクエリとラクがクウリたちを迎えに来て、皆で図書館を目指した。




