第七話
注意*魔法の名が英語になっているのは仕様です。本当に英語というわけではないです。
授業が本格的に始まりようやく慣れてきた頃、いよいよエレメント魔法の授業がやってきた。外の演習場でクラスの皆が次々に初歩的な水のエレメント魔法--水の球を作るウォーターボール--を成功させているとクウリが思い出すのはここ数日間の授業で教えられたエレメント魔法の基礎。
** *
「エレメント魔法を使用する際に重要なのは充分な魔力とイメージ力です。特にイメージ力。魔導士の序列は主にこれによって決められますね。一般、中級、上級、ほとんどの魔導士はこの三つのいずれに類別されています。稀に賢者、大賢者が生まれますがこれは本当に稀です。賢者は50年に一人、皇国に生まれるかどうか、大賢者に至っては100年に一人。けれど大賢者が最後に現れてから100年以上、賢者もそろそろ現れても不思議ではない。もしかしたらこの中の一人が未来の賢者、大賢者かもしれませんね。」
また“賢者”だ。とてもすごい魔導士って事はなんとなく分かったけど具体的にどうすごいのはやっぱりアクエリに聞いた方が良さそうだ。
「さて、エレメント魔法を使うには杖が必要ですがなぜか分かる人いますか?」
(あっ、これは教科書に載ってたな。)
魔法にとても興味津々のクウリは故郷での学校とは違ってここでの勉強は真面目にやっていて予習復習を欠かさない。
「先生。」
答えるべくクウリが手を挙げる。
「はい、ティアレイクさん。」
「杖の役割はエレメント魔法を使う時、補助の役割をします。どれほどの効果を得られるかはその大きさによる所もあり、純粋な魔導士は両手で持つ大きめな杖を使い、魔法剣士は片手で持てる小さめな杖を好みます。」
ちなみに杖には魔力増幅などの役割はなく、あくまでエレメント魔法のコントロールの補助をするだけらしい。
「はい、そうですね。ありがとうございました。さらに・・・」
** *
「次、クウリ・ティアレイク。前に出てください。」
「はい。」
名前を呼ばれ、クウリが他のクラスメートの前に歩く。手に持つのは皆が使用している練習用の両手杖。
「では、やってみてください。」
先生に一度頷き、クウリは深呼吸して杖をかざしエーテルを集め始める。心の中に思い浮かべるのは水の球。
エーテルは順調に集中して来てクウリの髪の毛が水色へと変化していく。次々と大気から水が集まり、やがて目の前に拳大の水の球が現れた。
(なんだこれ・・・!)
頭の中が無限とも思える無数の小さな粒でいっぱいになる。
粒、粒、粒・・・
「うっ、くっ、うぅ・・・」
いきなりの情報量の津波はクウリの集中を乱し、エーテルが暴走の兆しを見せる。
そしてクウリは必死に制御を取り戻そうとするが最初の動揺が更なる動揺を呼び、それがどんどん大きくなっていき、すぐにでも本格的な暴走が始まると思われる。
(皆を離れさせないと!)
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「うっ、くっ、うぅ・・・」
エレメント魔法の初めての実習の日、クラスの皆は順調にウォーターボールを発現させていた。そしてやがてルームメイトのクウリの番になり、クウリは他の皆と同様に水の球を作り出した。
最初の内はよかった。
クウリはエーテルを集め、エレメント魔法を発動させて髪の毛が黒から水色に変わり、クウリの前に水の球が現れた。他の人が頭ぐらいの物を作り上げていたに対してそれは拳ほどでやや小さかったがそれでも成功させていた。アクエリさんが言っていたクウリの魔力の高さからもうちょっと大きな球を予想していたのでちょっと拍子抜けしたけど成功は成功だ。
けれど、そこからがいけなかった。
クウリのウォーターボールが拳大で安定して友の成功を喜ぼうと声をあげようとしたらクウリの様子が変だと気がついた。
「これは・・・」
クウリに集まってくるエーテル量が明らかに異常だ。それによく見るとクウリが苦しんでいるみたいだ。
「おい、クウリ! 魔法を止めろ!」
自分の声に反応してクウリがこちらを見るが声を出しづらいのか、口が少し動いているだけで何も聞こえない。
その間にもエーテルと水を含んだ空気はさらに集まってきてクウリのウォーターボールはすでに人間大にまで成長していた。
「クウリ! 魔法を止めるんだ!」
もう一度クウリを止めようとまた声をかけてみるけどやはり聞こえていないらしい。その代わり、呻くように何かを呟いているみたいだ。
「・・・な・・・れ・・・」
(何を言ってるんだ?)
クウリが何を言っているのかを聞き取るために近づく。
「みんな、はなれて、くれ、ぼうそう、する・・・みんな・・・」
「!!・・・おい、みんな、早く離れろ! 魔法が暴走するぞ!」
クウリの言葉をようやく理解して慌てて他の皆に離れるよう警告する。
そして今まで静観していた先生達はようやく事態の深刻さに気がついて狼狽えながら生徒を避難させつつクウリを助けようと動き出している。その内の一人がクウリの隣で膝をついているケレイユの元に駆けつけた。
「先生!」
「ケレイユ・サンテア、あなたも下がりなさい。クウリ・ティアレイクの事は任せなさい。」
「お願いします、先生。」
頭を下げながらその場を離れて行くケレイユ。
本音を言えばケレイユもクウリの側にいたい。けど自分は所詮入学したての一年生。できる事など精々先生の邪魔をすることだけだろう。
** *
(くっ・・・もう何年も魔法を暴走させる生徒がいませんでしたから油断してしまいました・・・)
苦虫を噛みつぶしたような顔をして自分の迂闊さを悔やむ先生。
けれど、初めは動揺してしまって出遅れたが正気に戻ってからの行動は早かった。
まずは他の先生に生徒の避難を任せ、それから件の生徒、クウリ・ティアレイクのご友人、ケレイユ・サンテアも離れさせてから暴走を止めるべくクウリ・ティアレイクに向く。
魔法の暴走。魔力に魔法の操作力が追いついていない場合、魔法が術者のコントロールを離れて暴発する事が稀にある。その被害は潜在魔力の高さによって様々。一般魔導士なら危険だけど命に関わるほどのことではない。だが、中級魔導士の上位者や上級魔導士級ともなれば話は別だ。しっかり防御しないと死ぬ危険もある。そしてクウリ・ティアレイクの魔力は凄まじい。どうにか止めてあげないと死んでしまうかもしれない。
暴走を一番確実に止める方法は術者を気絶させることだけど、残念ながら自分は武器を持っていないし、武術の心得もない。気絶させるほどの当て身を受けさせられないだろう。
残る選択肢は魔法を当てることだが--
(なんてことなの! エーテルをこの子の支配から奪えない!)
エーテルを集めようとしてそれができないと気がつく先生。
エーテルの支配力は主に魔力、そして術者からの距離によるが、クウリ・ティアレイクに近づいたのがあだになってしまった。クウリ・ティアレイクの魔力が思っていたより遥かに高いようだ。エーテルを集められなければ何もできない。
どうすればいい・・・
魔法を封じられ、殴っても気絶させる自信がない。ならばできる事は一つだけ。成功させるにはかなりシビアなタイミングが必要だ。
残された最後の手段。それはクウリ・ティアレイクがエーテルを集めきり、エーテルの支配が無くなって魔法が暴発する前の一瞬に魔法の盾を作って身を守る事だ。だけど、それは最後の手段相応の危険を孕んでいる。タイミングを誤れば盾は十分な硬度を得られず、暴発の影響をそのまま身に受けてしまう。
そうと決まればできる事は待つだけだ。
(この子の魔力はまだ限界に達しないの?)
クウリ・ティアレイクのウォーターボールはすでに家と同等な大きさにまで成長しており、その速度は全く衰える兆しを見せない。
数分後。
水の球は屋敷の大きさにまで巨大化し、ようやく成長が止まった。
いよいよか、と先生は思い杖を構えたがまだエーテルの操作ができない。
(ウォーターボールが成長を止めたのは周りの水が無くなった為であって、魔力の限界まで至った訳ではないのね。)
先生の推測通り、辺りの水分が無くなったからもう大きくならないのだった。だが、エーテルはまだ集まってきていて、成長させる代わりにそれを回転させ始めている。
その回転はどんどん速くなって、扁球の形に変わっていく。そしてその回転に連られて風が吹き始める。
(まずいね・・・壁を作る為の水がもうない。唯一の救いは回転が一方向でそのおかげでほとんどの水が頭上を通り過ぎる事だ。)
水がないせいで盾を作る為には現在クウリ・ティアレイクのウォーターボールを形作っている水を使用するしかない。そのため、生徒と自分を助ける難易度がぐっと上がった。
(でも、やるしかない。はは、まったく、今年は偉い化け物生徒がいたものだね。)
額の冷や汗を拭いながら苦笑を浮かべ、そろそろ臨界点に到達する巨大な水の塊を見る。
(さて、もうすぐかしらね・・・)
「いいですか、クウリ・ティアレイク。あなたの魔法はもうすぐ臨界点に達して爆発します。その時すぐに伏せてください。私はアイスシールドを作ろうとしますけど、はっきり言って無事に済む可能性は低いでしょう。覚悟はいいですか?」
クウリの額は汗で濡れていて目をギュッと閉じていたが、先生の言葉で目を開いた。
「はぁ、はぁ、先生・・・はは、すみません、迷惑を掛けちゃいましたね。どうです?・・・なかなか壮観じゃないですか? 俺、ひょっとして賢者になれません?」
「ふふ、それほど言えれば大丈夫ですね。
・・・では、そろそろ見たいです。できるだけのことをしますが・・・」
「分かって、ます・・・でも、先生ならきっと大丈夫だと信じています・・・他に選択肢はないですし。」
「ふふふ、そうですね。」
手を口に当て、笑いながらクウリ・ティアレイクに同意する。そうする内にエーテルの流れは徐々に遅くなってきていて、水球はそれに反して更に速くなる。そしてついにその流れが止まる。
「今です、伏せなさい!」
先生がそう叫ぶと同時に杖でエーテルを集め始める。
クウリ・ティアレイクは力が尽きたか、そのまま地面に崩れ落ちて先生がその上に倒れ込む。そして、もうエレメント魔法が使われていないのを裏付けるようにその髪が元の黒色に戻って行く。
(気を失ったか。もっと前だったら魔法が小さくて済んだのにね。まあ、皆を避難させるまで意識を保てたのは褒めるべきなのだろうけど。)
ウォーターボールは相変わらず大きくもならず、回転数も一定の値で保ったままだ。まるで嵐の前の静けさだ。
できればこのまま何も起きないのを願いたい。だけど、それは叶わない望みだ。
(来る・・・!)
目の前で回っている水の球は一度脈打ち・・・
そしてーー
バァーーーーーーーン!!!!!!
爆発と共に水が二人を襲う。
そして、水の面が目の前までに近づくと先生は集めていたエーテルを使って一気に氷の壁を構築する。その壁は二人を覆うようにどんどん厚くなり、魔力が許す限り二人を守る。
「くっ・・・」
できるだけ襲ってくる水を盾に変えて行くけど、すごい勢いの水を操作するのはかなり難しく、それは全体の数パーセントにしかならなかった。それでも少しでも危険を減らす為にやり続ける。
ミシミシと音を立てて氷の盾が水の奔流に抗う。
(あと、もう少し・・・)
幸か不幸か、これは長く続かないだろう。その代わり圧力が凄まじいが。
盾を維持するだけでもすごい気力を使う。果たして爆発が終わるまで持続できるだろうか。
そんな不安が頭を横切った時、盾に感じていた圧力が少し弱まった。どうやら爆発の峠を越えたようだ。
一瞬気が緩みそうになるけど先生は自分を叱責する。気を取り直し、盾の維持に再度集中しだす。
その数秒後、水の流れが緩やかになり、やがて完全に止まる。
パキパキ・・・
乗り切った事に安心した先生がほっと息を吐き出し、それと同時にアイスシールドに亀裂が入り、砕け散った。
「はぁー・・・はぁー・・・ふぅーーー・・・生き残ったか・・・ははは。」
ばたりと地面に背中を預けて大の字になる。
全てが終わったと他の皆が分かるとすぐに走りよる。先生は皆が浮かべる焦った表情がなんだか可笑しく感じ、小さく笑ってから意識を手放した。そのまま二人は医務室へいそいそと運ばれた。




