第六話
「それにしても校長の挨拶っていうのはどこでも長ったらしい物なんだね〜。」
長い入学式(兼始業式)がやっと終わってクウリが隣を歩いている同居人に愚痴をこぼす。
「ふっ、仕方がないさ。これも一つの宇宙の法則だろう。」
「校長などの職につけばダラダラと喋りたくなる病気とか?」
「そうかもな。」
割と酷い事を言っている二人だがそれを諌める者はいなかった。逆に何人も同意するように頭をコクコクと頷かせていた。
そんな取り留めもない会話をしながら歩いているとやがて自分達の教室にたどり着いた。
教室は中々に大きくて1クラス百人が入れるよう、講堂のようにできている。
クウリとケレイユは前寄りの席に座って数分待つと、やがて教室の扉が開き先生と思わしき初老の女性が入って来て教室が静まると自己紹介をし始めた。
「皆さん初めまして。私はチョロ・エンバルス、これからの一年あなたたちの担任教師になります。担当教科は歴史と実技。これから先あなた達がミストを担う魔導士になれるよう全力を尽くしますのでぜひあなた達にもがんばって欲しいと思います。」
そこで一度言葉を切り、一拍を置いてからエンバルス先生が教室を見渡し、クウリを見つけると微笑んでから話を続ける。
「特にクウリ・ティアレイク君に期待していますよ。」
これへの反応は様々だ。ほとんどの生徒は困惑、数人はティアレイクの名を聞いて疑問、クウリは困ったような苦笑。
「この名に覚えがある人もいるようですね。多分察しの通りです。彼は四年のアクエリ・ティアレイクの弟。彼女はここに入学してからずっと主席を離さないとても優秀な生徒です。そして彼をここに推薦したその母、アクィフォーレ・ティアレイクもまたとても優秀な成績で卒業し、今では中級魔導士の上位者に席を置いています。クウリ君もティアレイクの名に恥じないようしっかり励んでください。」
姉と母のすごさを改めて知らされクウリはここでの勉強をがんばろうと自分に誓った。
「それでは早速最初の歴史の授業を始めましょう。今日は皇国の大まかな歴史のおさらいからです。」
先生の話が終わり、どうやら最初の講義を始めるようだ。クウリはこの国の歴史とかは少ししか習っていないからちょっと楽しみにしている。
そんな事を考えている間先生は授業を始め、クウリはその声に集中する。
「さて、今年は皇国歴1001年ですが、この千年の間がずっと平和だった訳ではありません。今でこそ周りの亜人族と平和条約を結んでいますけれどいずれと争った時もありました。東の砂漠の民はその遊牧の価値観や習性からそれほど交戦した記録はありませんが北のドワーフ族、そして南のエルフ族とは何度か戦争の勃発まで至り、何年も続きました。この砂漠の民との唯一の戦争の記録があるのは623年から666年まで続いたエレメント大戦はこの大陸の全人類を巻き込んだ大きな戦いです。
戦争の始まりは623年のエルフ族からの宣戦布告、そしてこれにより第二次エルフ戦争が開戦。10年以上続いたこの戦によりゼファーの領土の大半が失われ、やがて635年に終戦するもののこの損失により皇国の力が半減しました。数年後の639年、弱った皇国をみたドワーフ族が好機と見なし、皇国に奇襲をかけ、第二次ドワーフ戦争が開戦し、翌年砂漠の民が東から侵攻。さらに翌年の641年にエルフ族が参戦、後にエレメント大戦と知られる戦が始まりました。
三面戦争を強いられた皇国はすでに疲弊していたこともあり、敗戦が続きました。そして655年に戦線はついに皇都エセンティアまで後退させられ奪われるかと思われた時5人の救世主が現れました。この五人の活躍は有名な演劇にもなっていますね。誰か知っていますか?」
教室にそう問い、やがて一人が手を挙げるとその生徒を立たせて答えを待った。
「火のソーラ、風のトルネイズ、土のフィシュア、水のチダル、あと光のノヴァですね。」
「はい、正解です。」
生徒の答えに満足した先生はさらに講義を続ける。
「後に救国の五賢者と知られるこの人たちは史上最高の魔力を用い、強大なエレメント魔法で敵の軍勢をぐんぐん押し返しました。一人一人の実力は一個師団同等と伝えられていますが、彼らについて特筆に値するのは彼らが自ら開発した属性を混ぜた広範囲の新魔法です。彼らの魔法を目の当たりにした敵の軍隊は立ちどころに瓦解し、敗走されたと云われています。そして皇国歴666年に皇国はついに建国当時の領土を回復しエルフ族、ドワーフ族、並びに砂漠の民と停戦条約を結び、百年後これを平和条約へと昇格させ今に至ります。今ではエルフ族やドワーフ族とはそれなりに交流もありますね。まぁ、ミストに住んでいる我々では滅多に会う機会はありませんが。」
最後の言葉でクラスのあちこちから苦笑があがる。
その後の講義はエレメント大戦関係の背景や人物、大きな戦いがあった場所などについてだった。さらに、少しだが、第一次エルフ戦争や第一次ドワーフ戦争のあらましについても教えられた。ここまで行くと古すぎて信用できる文献が少なすぎるようだから詳しい話ができないみたいだ。だけど、いずれもクウリにとっては新鮮でとても興味が沸く話で思わず聞き入った。
気になる単語がいくつか(賢者など)出たけど常識の範疇のようだったので聞かずに置いた。後でアクエリにでも聞こうと頭の隅に置く。話から察すると魔導士の等級だがそれがどれほど凄いのかはいまいち分からない。それにあの五人の活躍。きっと誇張もあるのだろうけどそれでも凄まじい。
そんな風に授業が過ぎて行き午前の部が終わり昼になってクウリはケレイユと昼のことを相談中。
「ケレイユ、昼は校舎の食堂だっけ?」
「そうだな。寮に戻る選択肢もあるがゆっくりしたいしクウリはまだこっちの食堂の場所が分からないのだろう? それも考慮してこっちの方にしようと思っている。」
「うん、ありがとう。じゃあ行こっか。」
昼ご飯は校舎の食堂で食べる事にして席を立つと教室の扉が開いて誰かが入って来た。
「クウリー、いるー?」
アクエリだった。よく見るとラクも扉のところで待っているみたい。
「エリお姉ちゃん!?」
クウリは予期しない来訪者に驚きの声をあげる。いくらなんでも早すぎだ。授業が終わって数分しか過ぎていないのに四年生の校舎からもうここまで来ている。
クウリの周りにはいきなりの大声に懐疑的な視線をクウリに向けそしてアクエリを見る。そんな周りからはこんなひそひそ話が聞こえた。
「・・・おい、あの人が先生の言ってたアクエリ・ティアレイクさんじゃないのか?」
「・・・まさか。だってあの人は四年生だろ? ここからどれだけ離れてると思うんだ?」
「・・・でも、確か弟の名前ってクウリじゃなかった?」
などなど。
そうしている内にアクエリはクウリを見つけ、ぱぁっと笑ってクウリに手を振った。クウリもアクエリに手を振りケレイユと一緒にアクエリの方へと歩いた。
「クウリ、一緒にお昼行こ。」
やっぱりお昼の誘いみたいだ。
「エリお姉ちゃん。お昼はいいけど授業はどうしたの?」
普段なら嬉しいだけの誘いだが今はまだアクエリの出現に戸惑っている。
「心配ないわよ。この前の授業は魔法の実習だったから少し早く終わったの。」
「なんだ。びっくりしちゃったよ。」
「ふふ、そういうことだから。じゃ、ご飯食べに行こう?」
「うん。ケレイユもいいか?」
一応ルームメイトに確認を取るクウリ。
「ああ、もちろん大丈夫だ。」
ケレイユの同意を得てクウリ達は一度頷いてからラクと合流した一同は食堂へと赴いた。
食堂に着き、四人は食事を片手に席を捜していた。その間、クウリは食堂の大きさに驚いていた。さすがは二千人を一度に給仕できる仕様だ。
「うん? ねえケレイユ、なんか見られてない?」
声を低くして隣を歩くケレイユに聞くクウリ。四人の周りを見るとどうも注目されているみたいだ。
「言われてみればそうかもしれないな。まぁ、お前の姉とその友人はかなりの美人だからそれも仕方がない事だ。それにアクエリさんはここだと有名らしいからな。知っている人もいるかもしれない。」
「ああ、そっか。注目されてるのは俺たちじゃなくてエリお姉ちゃんたちか。それなら分かるよ。」
クウリたちの話が聞こえてなかったアクエリはそれに構わず席を捜して椅子が四つ開いている場所を見つけると—
「クウリ、ここでいい?」
「うん、どこでもいいよ、エリお姉ちゃん。」
「じゃ、すわろ。」
他の三人がアクエリに賛成して皆が座る。クウリの隣にアクエリ、そしてラクの隣にケレイユ。
「最初の授業どうだった?」
皆が座り食べ始めるとアクエリがクウリにそう聞いてきた。
「面白かったよ。うちの担任の先生って歴史の担当でエレメント大戦や五賢者の事とかについて話してた。」
「へぇ〜。もしかしてそれってエンバルス先生?」
歴史の教師と聞いて思い当たる人があるアクエリ。
「そうだけど、よく分かったね。」
「ただの当てずっぽうだったけど、私たちが一年の時も担任の教師だったから。ね、ラク?」
「ああ、彼女はいい先生だった。魔法の実力も高いし。」
反応は二人ともいい感じのようだ。それを聞いて少しほっとするクウリ。エンバルス先生の第一印象は悪くなかったけど姉の保証付きになって安心する。
「でも少し恥ずかしかったよ。」
クウリが唐突に言う。
「え、何が?」
「先生がいきなり俺を名指しで期待してるとか言うから。」
「どうしてクウリを?」
「エリお姉ちゃんとアクィフォーレがすごい生徒だったから俺もすごいと思ってるみたい。」
クウリの説明で納得する年上の二人。ラクは苦笑が隠せず、アクエリも苦笑してからそういえば、と昔を思い出す。
「私も言われたわね。『あなたの母親はとても優秀な学生で魔法の実力も大きかった。あなたには期待していますよ、アクエリ・ティアレイク』ってね。」
「あはは、そう言えばそうだったな。」
と、笑いながら言うラク。
「エリお姉ちゃんも?」
「うん。でもあまり気負わないで。別にすごい魔法使いとかにならなくても私やお母さんは気にしないから。そもそもここに来たのだって魔法をもっと習う事でしょう? 楽しければそれでいいじゃない。」
「そうかな。」
「そうよ。それに家でも言ってたけど、クウリの魔力はすごく高いから潜在的な魔法の実力はあると思うよ。」
アクエリからの元気付けは効果を現し、クウリの気持ちは少しだけ軽くなる。
「なぁ、少し気になっていたんだが・・・」
授業が終わり、寮の部屋でくつろいでいたケレイユがクウリに話しかける。
「なんだ?」
「言いにくいのなら言わなくていいが、お前は姉とあまり似ていないと思って。」
「ああ、それか。別にいいよ。確かに似てないし。」
まぁ、どうせ他の人も聞いてくると思うし、隠すほどのものでもないのでケレイユに教えようとクウリが答える。
「俺とエリお姉ちゃんは血が繋がってない。一年ちょっと前に森で魔物に襲われて大怪我した所をお母さんに助けられてそのまま引き取られた。あ〜、あと、これは少し関係ないことだが、怪我のせいかどうかは分からないけど襲われた以前の記憶がすごく曖昧なんだ。だから時々、常識とか抜けてて色々変な言動を取るかもしれないから気にしないでくれ。」
「ふむ、なるほどな。そんな事情があったのか。血が繋がっていないのは予想していたが、なかなか大変だったな。」
「はは。」
ケレイユのそう言う瞳からは同情や哀れみの色はなく、しかしどこか暖かい感情が見て取れ、それをクウリはありがたく感じていた。
「まぁ、とにかく教えてくれてありがとう。それに血が繋がっていなくてもお前達はまぎれもなく姉弟だ。横から見ていると全く違和感がない。」
「そっか、よかった。」
今は自然にできているが最初の頃は慣れていなくて少しぎこちなく、多分アクエリとアクィフォーレに心配をかけていたのだろう。だけど今のケレイユの言葉でちゃんとアクエリ達の家族になれている事が分かり、かなり嬉しく思った。
「ケレイユは兄弟とかいる?」
「いや、残念ながら俺は一人っ子だ。弟か妹は欲しかったけどな。」
(妹か・・・柚木たちは元気にしてるかな・・・)
妹と言われて故郷に残したみんなの事を久しぶりに思い出す。自分に懐いてくれていた妹、好きだった幼馴染み。今はもう絶望的な孤独は感じないけどやはり寂しさがあるのは否めない。
そんなぼーっとするクウリの雰囲気から察してか、ケレイユはクウリをしばらくそっとしておくことにした。




