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2.この世界を……革命する!!!




 雲間から溢れる光芒によって照らされた天使が、暗く影の中にいる報われない人間に手を差し伸べる……強い光のコントラストによって描き出されたその場面は、まるでバロック様式で描かれた神話の一場面の様だった。


 頭にガラスできたような透明の輪を浮かべた天使は、全くの、純白の体をしていた。

 身にまとう薄布からその肌、髪、羽、透明な瞳の奥の虹彩に至るまで、まるで光っているのではないかと感じられるようなその白さは、目に痛いほどだった。

 彫刻のように美しい曲線で構成された肢体や羽は神の作った芸術品を思わされる。

 何よりも、肩口で切り揃えられ艶やかに光を反射する真っ直ぐな白髪、芸術品のように均整のとれた顔は目が離せなくなる。


「うん、大丈夫そうだね、足以外」


 天使から奏でられる声は、女神のような神聖さがある一方で、彼女の童顔から思われるような少女っぽさも入りまじる、美しい声だった。

 まるでコンサートホールでクラシック音楽を聴いているかの様な落ち着きを与えてくれる声音だった。


 彼女がサッと空中を手で掃くような動きをすると、少年の足は最初から銃弾で撃たれなかったかのように、痛みごと傷が治ってしまった。

 少年は自分の身に起きた奇跡に未だ実感がなく、夢ではないかという思いに駆られる。


「君が……あの連中もやったのか?」


少年の指さす血の壁画を見て天使はその柔和な表情を曇らせた。


「……ごめんなさい、嫌なものを見せてしまいましたね。あなたの身の安全が最優先だったので、間に合わなくなる前にと焦ってしまいました」


 助けてくれたことは恩に感じているが、兵士達の凄惨な姿を見ると、ただ美しいだけでない、そこから読み取れない畏怖のようなものを感じとった。


 だがそれ以上に……少年はその人外の力に興奮し、思わず天使の手を取り乱雑に腕を振った。


「凄い……凄い! こんなことができるなんて……! 天使様、あなたならこの世界を救える……!!!」


 それはまるでノーベル賞ものの発見を一度に10個も見つけたかのように、上気し切った顔をしていた。

 

「この世界は、おかしいんだ! 人はなんの予兆もなく理不尽に無意味に死ぬ! そして人間も人間を理不尽に殺す! 今のこの戦争がそうだ! 僕は両親が死んだ時からこの世界はおかしいって思い始めて、この戦争で確信したんだ! だから僕はこの戦争を止めようと思ったんだ! 僕は今回だけじゃない、何だって、人生で『一度も』諦めたことがない! それは戦争だって例外じゃないんだ!」


 そう……少年は病的なまでに諦めの悪い人間だった。それはある種の完璧主義とまで言えるほど、他の追随を許さないものだった。


 例えば小学校の運動会のかけっこ。

 少年は3着になったが、少年は悔しすぎて、その後しばらくは教師に無理やり付きっきりで練習を見させたり、当時の少年では理解の難しい運動力学や解剖学の本を図書館にこもって必死に理解しようとしたりした。


 そのほかにも、テストの点数、図工や美術の出来、ゲームでの難敵……あらゆる悔しい思いを一つたりとも忘れたことはなく、それに対する努力も怠らなかった。


 再び両親のようなことが起こらないように、今住んでいる土地のハザードマップの調査をしたり、家の耐震性のついてしつこくアパートの管理会社に問い合わせたり、養父母に転居を勧めたり……とにかく少年は悔しさのためなら、ありとあらゆる手段を使ってきた。


 その執念深さには周りもついていけないと突き放すことがほとんどだが、少年はそれでも悔しさを晴らせるなら、どう思われようと関係なかった。

 何よりも、少年は全ての後悔に対して真剣だった。だから突き放す者もいる一方で、少年の熱意に動かされる者も少なくなかった。


「僕は自分のこと、暗い人間だと思っている。だって、こんな恨みがましくあらゆることを引きずるなんて、明るい人ならしない。でもこれはそういう性分なんだ。そして今回は、この世界の戦争を止めたいんだ。僕はこの戦争を始めた人達と話せばどうにかなると思って、英語を勉強したり、どんな立場になればそういう指導者達と話せるようになるのか調べたりしたんだ。けど、そんなことをしているうちに戦争は僕の日常を破壊した。でも、僕はまだ諦めてない! この世界を変えられるはずだ!」


 成し遂げられないこと、その全てが理不尽として少年には映る。

 この戦争によって日常も何もかも奪われた理不尽は、絶対に果たさないといけないのだ。


 少年は純白の天使に、喉が枯れるほどの迫真の声で、心の底から懇願した。


「天使の君の力なら! このどうしようもない戦争を、人間を、世界すらも変えられる……いや変えるなんてものじゃない、革命できるんじゃないか!?!?! できるならやってくれッ!!! 僕が指導者になるなんかより早く、君なら世界を革命できると、信じてる!」

 

 天使はその切実な願いを一言一句たりとも逃さず聞き届ける。やがて真剣な声音と共に口を開いた。


「君の願い、分かったよ。……でも、それをするのは私じゃない。君なんだよ」


「……え?」


「私が君に会いに来た目的を告げます」

 審判を宣告するような荘厳な雰囲気の中、天使は言う。




「あなたには『準神(じゅんかみ)』になって、あなた自身の手で、この世界を変えていただきます」




 「準神……?」


 少年は聞き慣れない単語に困惑する。


「そう、神に準ずる者、準神は他の準神の方々と戦っていただき、次期の神を決めていただきます。そして当然、神になればあなたの望み通りの世界が作れます。悪い話じゃないでしょう?」


「…… そうか、そうなんだ……準神か……!」


 少年は運命に感じた。

 なぜなら、世界で彼ほど世界の変革を求めるものは他にいないと自負し、自分にはその資格があると思っていたからだった。天の思し召しだと思った。


「なるよ、僕はその、準神に……! 天使様、あなたの名前は?」


 天使はふわりと耳に髪をかけながら答えようとする。そういう細かな動作一つでも彼女の指や腕の艶やかさ、作り物めいたサラサラの髪が美しく、話の中でも見入ってしまう。


「私の名前? 私の名前は……陽月(ひづき)。太陽の陽と月で陽月」

「ああ、実に君にぴったりの名前だね」


 そして少年は息を整え、陽月と名乗った天使に、一世一代の告白をするかのように宣言する。




「陽月、僕を……準神にしてくれッ! 僕は、この世界を革命する!!! そして人々を、楽園(エデン)へ導くッ!!!」




 どこまでも純粋で真っ直ぐな思いを拳に込める少年を見て、陽月はその頼もしさに微笑みながら目を伏せた。


「分かったよ……君の想い、聞き届けたよ。では、天啓に従い、あなたの魂を正式に準神にします」


 陽月は少年の頭に手をかざした。




「この魂を準神として承認します……魂の昇格、及びヴィルヴァ超素粒子への変換、実行」




 陽月の宣言とともに、少年の胸のあたりが輝きだし、その魂の形を浮かび上がらせる。


 全身から力が溢れ出る様な感覚がかけめぐり、体の周りを多くの小さな透明の立方体が、下から螺旋状に上がってくる。

 それらは少年の頭上で輪の形に回転し、透明な天使の輪を形成し、同時に、少年の背中に光の輪ーー光背が出現する。


 髪は白髪に変化し、冠のごとくその髪を取り囲むように黒い幾何学的な模様が浮かび上がった。

 少年のボロボロのみすぼらしい姿は無くなり、黒のパイロットスーツのような服が全身を引き締め、その上から白のローブを身に纏った。


 体を包む光が弾けると、そこには変身を遂げ、準神に生まれ変わった少年がいた。


「何だこれ……感じたことのない気分だ……!」


 全身から無限に力が湧き続けている感覚は、何もかも夢のようであり、何でもできそうな気分にさせられる。

 人を超えた存在になった実感に、興奮が冷めやらない。


 無事、準神となったその姿を見た陽月は少年に訊ねる。


「君はこれで準神になったよ。君の体は『ヴィルヴァ超素粒子』という、最も小さい物質の単位レベルで、体の組み換えが行われたんだ。そして、君の名前。魂に刻まれた、君だけの名前が分かるはずだよ」


 その言葉に少年は心当たりがあった。準神になった瞬間、少年の心の中に立ち現われた名が、一つあった。

 それが、今まで使い慣れた名前かのように口をついてスッと出てくる。


「僕の名前は……『ノート』だ……!」


「そう、それが君の魂の名前だよ」


 そこで陽月は突然、ハッとした。

 あ、見えた!


「……どうしたの?」

「あ…………うん! 準神になった証拠に、頭の上に、光の輪・『アーク』と、そして背中の光背・『ハロ』があるよ! おめでとう!」


 言われてノートは自らの体を見回した。


「……ホントだ。なんか頭も後ろも光ってる」


 不思議そうに全身を検分するノートの手を、陽月はふいに優しくとった。


「それじゃ、行こうか」


 その細くすらっとしているのに柔らかくすべすべした陽月の手の感触にぞくりとしながらも、ノートは照れ隠しをするように言葉をつぐ。


「いきなりどうして……どこに?」


「『世界の外側』に」




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