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Sugarless SugarLady  作者: アベシ
第五章
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第19話

 私にできることはなんだろう? と思いながら、お刺身に箸を伸ばす。

「どうしたの? アヤ。考え事して」

「えっ? そ、そんな風に見える?」

「そうだねぇ、顔に書いてあるから。アヤはわかりやすいもん」

「うん……」


 ご飯を口いっぱいに詰め込んで、返答を誤魔化した。

 お母さんは私に肯定的だけれど、作曲しますとか、作詞しますと吐き出しても困るだろうし。自分自身が未整理なまま、あれこれ話すのはやっぱり躊躇われる。結局、最後は私が解決しなくちゃいけないのだから。


 部屋に戻ってベッドにダイブした。

 反発に押し戻され、すっと冷静になる。

 ――どうしてあんなことを口走ってしまったのか。

 灰色に溶け込むように生きてきたのに、自己主張なんかしちゃ駄目じゃないか。


「うぅぅぅ~~~~っ……!!」


 枕に頭を押しつける。

 自分は何がしたいんだろう。

 こんな真似をしていたって、あの発言は消えない。それなら、寝ている暇もないはずだ。動かなくちゃ。亀の歩みでも、ひとつずつやらなくてはいけない。


 作曲ってどこから手をつけるのか、わからないなら調べよう。

 スバルちゃんは、パンクロックが好き。イブキ先輩は? 私は?

 ちゃんと整理していかなくちゃ。油断していたら、灰色に覆われるより早く、情報の海に溺れてしまうかもしれない。

 スマホを取り出して、「ロックンロール」と打ち込む。画面に並ぶ文字が、黒い紙に赤いインクを撒き散らしたみたいで拾えない。


 私は、私の価値観をアップデートしなければならないのに。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 授業が終わり、教科書を抱えて廊下を歩いていると、覚えのある背中が視界に入った。

 こっそりと近づき、声をかける。


「スバルちゃん、お疲れさまです」

「お、アヤ」

 振り返ったスバルちゃんに見えるように、やや前かがみになった。

「ん?」


 これみよがしに髪の毛をはらってみる。

「髪ボッサボサ。てか伸びすぎじゃん。切りに行きな」

「ち、ちが……」

 窓際を確認する。陽の光が差すところへ移動して、再びスバルちゃんに向き直った。


「気づきませんか……?」

「んー?」

 訝しげなスバルちゃんの視線。

「ああ!」

「わかりましたか?」

「おっぱい大きくなった? や、そんな感じしてたわ」

「違います……! が、学校で変なこと言わないでください!」

 だいたいおっぱいが大きくなったとして、そんなの伝えるわけがない!


「やー、なんだろ? うちのアヤちゃん、今日も可愛いよ?」

「そ、そうではなく……髪の毛を染めてみました」

「は?」

「私、この前おかしな空気にしちゃったと思って、ロックについて勉強したんです。知らないまま、流されるままじゃ駄目だって。だから……染めてみました。ドラッグストアで買って……」

「ふーん……んん……?」

 正面から受け止められると、恥ずかしい。


「や、ガチでわからん。変わってなくね」

「えっ!」

「どう見ても一緒だわ。カラー剤、何使ったん?」

「……校則違反になると怒られてしまうので、あまり派手じゃないのを」

「はみだせ! もっと!」

「えぇ……」

「ロックはルールに縛られない! 巻け! スカートを! 抜け! 髪の色を!」


 声が大きい。

 そしてスカートは今、関係ない。


「アヤ、ガチでおかしなことするし、これ以上はやめとくわ。イブ先輩にも聞いてみな? 絶対にわからんって返されるから」

「そんな……」

「そういや、アヤさ。なんか好きなもんある? あとでグループチャットに送っといてくんない?」


 ……確かに、クラスメイトにも触れられなかった。その時点でおかしいと察するべきだったんだ。

 わざわざドラッグストアに駆け込んでチャレンジしてみたものの、失敗したみたい。いや、イブキ先輩ならきっと――



「うーん……わからないかなぁ? ごめんね」

 私としては、もうとてつもない勇気だったのに。

 放課後、イブキ先輩に連絡をしてちょっとだけ時間をもらった。

 今日はアルバイトの日らしく、駅まで一緒に歩いていたのだけど……髪の毛を見せても、スバルちゃんと同じ反応だった。

 冬の風が、一段と冷たい。


「アヤちゃんはそのままでいいんだよ。下手に色を入れると、傷めちゃうから」

「私……」

「コピーが嫌だって言ったのを引きずってるんでしょ?」

「うっ……それは……」


 まったくどうして、私はこんなわかりやすいんだろう? いや、イブキ先輩が鋭いのかな。


「アヤちゃんの決断は、間違いじゃないから安心して。確かにちょっと……簡単じゃないから、不安なのはわかるけどね」

「じ、自分でできそうなのを、ひとつずつやろうって……髪の毛を……」

「ふふっ、スバルちゃんの言う通り。突き進んじゃうんだ?」

「へ、変でしょうか?」

「そうだねぇ」


 柔らかな声音に、否定の色はない。先輩は優しい。だけど嘘はつかない。

 いくら鈍い私でもわかる。誤ったことをしているって。


「アヤちゃんはさ、何をどう調べたの?」

「えっと……ロックを知るべきだと考えたんです。あの、スバルちゃんがパンクロック好きって聞いていたので、そういうのを調べました。……でもモヒカンとかトゲトゲみたいなのは無理かなって。だからせめて色ぐらいはと……」

「そっか、ふふ、すごいバイタリティというか、エネルギッシュというか……衝動だけで走れちゃうんだねぇ、アヤちゃん」

「うぅ……」


 別にそんな大層な名前がつけられる行動ではないと思っていた。

 立ち上がって走り出したら、ちょっと踏み外しただけ。

 ……こんな失敗は取り戻さなくちゃいけない。


「イブキ先輩」

「うん?」

「さ、作曲ってどうやればいいんでしょうか?」

「…………」


 私を優しく包むように向けていた目が、大きく開かれた。

 また間違った。どうにか取り戻そうとしたのに、


「あは……あははっ……!」

「えっ……?」

 笑われてしまう。

「ふふっ、ご、ごめん……ごめんね……」


 そこまでおかしかったのか、イブキ先輩は苦しそうにお腹を抱える。

 こんなに笑う姿を、私ははじめて知った。

 先輩の輪郭が、いつもよりぼやけて淡く揺らぐ。きちんと整った線が、笑うたびにほどけていって、澄んだ声音が柔らかくにじんだ。

 光の当たり方が変わったみたいに、焦点が合わない。

 それが私のせいだと思うと、胸の奥が静かに熱を持った。


「せ、先輩……あの……」

 声をかけしようとして、もうそこが駅前だと、いまさら気づく。

「あ、私……こっちだから。アヤちゃん、またね」

「えと、は、はい……」


 答えを聞けず、イブキ先輩を困らせてしまったまま別れた。

 私は小さくなっていくその背をしばらく眺めていた。

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