第18話
「てか、うちらイベント出ることにしたわ」
「イベント? 何の?」
「イブ先輩これ見てくださいよー。こないだFRONTでもらったフライヤーなんですけどー」
私もギターを置いて、イブキ先輩の傍から覗き込む。
黒い紙に赤い文字。上のほうに『FRONT presents』と小さくあって、その下に大きく――
『TEENS RIOT』
一〇代限定ライブイベント、と書いてある。
出演条件のところに目が走った。メンバー全員一九歳以下。ジャンル不問。コピー可、オリジナル可。持ち時間一〇分、転換込。簡易審査及び評価あり。優秀バンドには、FRONTよりギャラつきライブオファーあり。
チケットは無料。
ノルマなし。
ノルマの意味はわからないけれど、無料で参加できるということだろうか。
紙の下のほうには、小さな文字が並んでいた。
「バンドが減った。ハコも減った。だが音は残っている。掻き鳴らせ。まだ名前のない音を、ここに持ってこい」
その隣に、もっと小さく。
店長:篠路照途。
あの人だ。カウンターでスバルちゃんと話していた。
「開催日が来月末だね。一ヶ月とちょっとかな」
「や、そーなんですよ。転換込みで考えると、二曲が限界かなーって」
「えーっと……ちょっと整理させて。スバルちゃんが言っているのは、このイベントに私たちが出るって意味でいいのかな? そこで二曲やろうって……」
「もちろん! うちらで練習したの三つくらいあるじゃないですか? そっからチョイスする感じで」
紙の端に住所と問い合わせ先が並んでいる。裏面には簡単なタイムテーブル。撤収時間。機材の説明。あとは禁止事項。ここまで詳細に書くものなんだと感心する。
デザインについてはてんでわからない。物々しさとインパクトがあるから、きっとこういうところで誰かを引き寄せ――
「えっ!? 私たちライブやるんですか!?」
「おっそ。聞いてないのかと思った」
「いや、あっ、ええぇ……? あ、う、あ……?」
「え、バグった? アヤどしたん?」
だってそんな、いや……だって!
「ヤバ。誇張した阿波おどり?」
「あの、う、うそ……ライブ……!?」
「そ。一〇分だけね」
「む、無茶です! 私、ひ、人前でなんて……!」
いきなり告げられても、覚悟もやる気もまったくない。
「てかさ、アヤよく考えてみてよ」
「な……なんでしょうか……」
「今年は寒冬。一〇月に初雪が降った。そこからずっと寒いまま。年が明ければイブ先輩の卒業もあるし、その前になんかやっとかんと。そうじゃない?」
「えと……何言ってるんですか?」
「ノリでワンチャンいけるかと思ったけど無理かー!」
スバルちゃんは私をなんだと思っているんだろう? 勢いでどうにかできるとでも?
できないものはできない。そうとしか答えられないのに。
「本当に唐突だね?」
「イブ先輩卒業したら、もう集まれない説あるじゃん? そうなったらやるしかないなって」
「私、普通に近くの大学進学だよ……?」
「まあ、細かいことはいいじゃないですか! こういうのは勢いてか、ノリって感じですよ」
「言ってることめちゃくちゃだね……」
あのイブキ先輩を呆れさせるなんて。
確かにスバルちゃんの気持ちは、わからなくはない。
来年の三月には卒業してしまう。学校で会えなくなり、交流も薄くなっていくだろう。私は先輩が好きだけれど、こんなところで遊んでいられないかもしれない。
ひとりで練習するのは構わない。最初はそうだったんだから。それなのに……この時間がなくなるのを寂しく感じるのは、どうしてだろう。
「店長には出るかもって連絡しといたから!」
すごい行動力。
私だったら、そんなチラシに関心を向けようとすらしなかった。
「うーん、三人でスタジオでやるだけじゃ足りないの?」
「あれ、イブ先輩、ワンチャン乗り気じゃないです?」
「私は――どっちでも。やれることは、限られてるしね。けど、アヤちゃんは……あの大きな音で疲れちゃってたでしょ? 無理はよくないんじゃないかな?」
「ま、それもそっか。じゃ、断っときます」
「えっ、そんなあっさり――」
「ん? 今度はどしたん? アヤ」
何を口にすべきかを必死に考えて、ああ、何を言えばいいんだ!
わけもわからずギターを手にとる。
「なに? 合わせんの?」
「あっ、いや、その……」
先日見たステージが頭に浮かぶ。
音がどんどん襲ってきた。弾いている人たちは、あまり上手ではなかったけれど、止まらない。
ずれても転んでも、次に向かって進んでいた。
途中でフロアから離れてしまったから、最後は知らない。
やっぱり踏みとどまるべきだ。
「アヤ?」
「……あの」
ギターを抱えたまま、二人のほうを向いた。フレットに指が食い込んで、白くなっている。
「私……あの日のライブで、途中から駄目になったんです。頭がぐるぐるして、立っていられなくなって」
「うん、知ってる」
「はじめて行ったときは怖かったけど、あんな風にはなりませんでした。この前は……聴こえるものが増えたっていうか、わかるようになったから、全部入ってきちゃって……」
「だから無理しないほうが、アヤちゃんのために――」
「でも、わかるのに、そのせいで座り込んでるのって、おかしいですよね……?」
自分でも驚いた。こんな言い方をするつもりはなかった。拒否するべきだって、そう考えていたのに。
止まらない。喉が勝手に開く。
「……前のほうが楽でした。何もわからないし、聴いても聴かなくても同じだったし……」
ギターのボディを、みぞおちに押しつけた。硬い木が肋骨に当たる。そうしないと、中身がこぼれる。
馬鹿みたいだ。できる根拠なんてどこにもない。
ただ――あの灰色のまま終わるのと、ぐちゃぐちゃになるのと。
どっちがましかって聞かれたら、私はぐちゃぐちゃのほうがいい。
「もう、あのときには戻りたくないです」
スバルちゃんが鼻を鳴らした。
「じゃ、決まりで。ま、二曲ぐらいならなんとかなるし」
イブキ先輩は静かに目を伏せて、ベースケースのジッパーに触れた。
「二曲……」
「一〇分の転換込みだから、一曲だけってバンドもいるかも。アヤ的にどれが歌いやすいん?」
「あれ!? 私が歌うんですか!?」
「当たり前じゃん。アヤ以外、誰がやるん」
「す、スバルちゃんでは……?」
「あはー! 変なこと言うなー、アヤは」
肩を叩かれた。
私の返答で笑うのは、スバルちゃんだけだ。そんな特効いらない。
「考えてみ? アタシ、手も足もバタバタよ? その上、さらに歌うってもう、それはもう」
「わ、私も……えと、い、イブキ先輩は……?」
「うーん、ふふっ、どうかなぁ?」
返答は曖昧。だけど明らかに拒絶の雰囲気だ。
「アヤがイベント出たいって言ったからなー」
「スバルちゃん、それは意地悪です……」
「あは、うそうそ。冗談だって。可愛いアヤちゃんを泣かせるわけにはいかんし!」
「実際問題、どうするの? 歌なしでいく? 簡単なインスト探すとか……」
「あー、そうですねぇ。Green Onionsでもやります?」
「スバルちゃん、意外にジャンルの守備範囲広いね……うん、選曲は悪くなさそう。アヤちゃんも上手くなってきてるしね?」
毎日弾いている。コード練習以外――クロマチックスケールは運指の体操、それはもうずっとやってる。それが、ギターにどれぐらい必要なのかは知らない。
難しすぎなければ、弾けるかもしれない。
「こっから新しいの覚えるってのは、無理くない? って思うっちゃ思うんですよね」
「コピーで、短め、それとコード進行がシンプルなら、かなぁ」
私は、スバルちゃんが置いたチラシを手にして、再び内容を読んでみた。
ジャンル不問。コピー、オリジナル可。持ち時間一〇分。
「コピーとオリジナルって、どっちのほうが多いんですか?」
「コピーじゃね。誰でもできるし」
「このイベントそうなのかな?」
「や、どーなんですかね? わかんないです。一〇代限定って書いてるし、コピーのが多そうかなぁ?」
「じゃあ、そうする?」
「まあ……」
三人で顔を見合わせる。
沈黙。
チラシに意識を落とす。
「まだ名前のない音――って書いてあります」
「ダサキャッチコピーの話?」
「……コピーだとはじかれる可能性があるってことかな? 誰かの歌は駄目って深読みしすぎ?」
「や、あの店長に限ってそれはないですよ。煙草臭いし」
「それ関係ある……?」
「とりまコピーじゃん? 二曲やっても五分ぐらいだろうし。てかアタシ、オリジナルなんか作れん」
「だね。……アヤちゃんもそれでいい?」
「はい」
と肯定しかけて、止まる。
紙を掴む指が、ちょっとだけ強くなった。くしゃりと音がする。
「…………いいえ」
「え?」
「いいえ、です」
「なっ……え、どした?」
スバルちゃんとイブキ先輩が、困惑混じりの息を吐く。
「嫌なの?」
「……うまく言えません。コピーでいいって、思えなくて……ごめんなさい……」
情けない。理由も示せないのに拒否だけしている。
でもお腹の底が、はっきり拒んでいた。
スバルちゃんが私の顔をじっと見た。
それから、にやっと笑って、
「珍しいじゃん。アヤがワガママ言うの」
ワガママ。そうか。これはワガママだ。
こんな気持ち、はじめてかもしれない。




