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Sugarless SugarLady  作者: アベシ
第五章
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第16話

 ――小テストがひどい点数で、激しく落ち込んだ。

 私の学力は正直褒められるレベルではないけれど、まさかここまでとは。よりによって心当たりしかないのだから、たちが悪い。これをお母さんにどう弁明したものか悩ましい。

 あとで考えよう。問題の先送りは、私の悪い癖。


「アヤさ、なんかぼーっとしてね? や、いつもか?」

「い、いつも……?」

 ギターの大きなボディを抱えながら、私は丸椅子を滑らせスバルちゃんのほうを向いた。


「昔からずっとじゃね」

「ええ……そう思われていたんですか、私」

 あけすけな口ぶりにほんのり傷つく。

「アヤ、そろそろ立って弾けば?」

「う、うーん……」

「ふふっ、チャレンジしてみてもいいかもしれないね?」


 あの日、三人で演奏してから、ちょっとした変化が訪れていた。

 イブキ先輩が、スタジオにベースを持ってくるようになったからだ。

 ほんの少し、日常を逸脱した。そんな気分だ。


 ベースにぐっと引っ張られた感覚を、私は未だに覚えている。

 スバルちゃんのドラムが入ってきたときと違って、まるで首根っこを掴まれたみたいな。前へつんのめりそうな私を、ここに留める力強さだ。とはいえ、不快じゃない。知らない色を示してくれるから。

 こういうのを、なんて形容するのか、赤点ギリギリの私じゃ説明できない。


「何回目だよって感じですけど、イブ先輩、ガチかっこいいですね、ベース」

「これ兄が使ってたやつだよ。ローン組んだのにって話したよね? それ」

「好きなベーシストが使ってたってやつですよね? |Rickenbackerリッケンバッカーって、誰だろ? ポール・マッカートニー? ゲディー・リー? アタシ的にはザ・フーなら熱いです」

「ふふっ、クリフ・バートンだったんだよね。でも兄はおっちょこちょいでね、大して調べもせず買っちゃって。これ4003なの」

「あー!」


 機材の話はまったくわからない。こういうときはボリュームを下げてギターを弾く。

 座ってやるぶんには、苦戦しない……私の低めの基準では。

 コードチェンジもそうだけど、セーハが少しずつ滑らかになってきている。


 あと、勉強せずとも理解できたこともある。たとえばメジャーコードの構成音は三つ。Cメジャーは、C、E、Gだ。同じ三音だとしても、置き場所で印象が変わる。三フレット付近は少し丸くまとまり、八フレットに上げると急にクリアな輪郭が立つ。そういう変化の実感が、もしかすると成長なのかもしれない。

 ボイシングや転回と書かれても理解不能だ。それでも弾いて見える色で、答えを得られる。スバルちゃんなら、無理ゲーと言うだろうか? うん、言いそうだ。


「アヤちゃん、(ひず)み強めてみたら? 今の練習曲ならそのほうがよさそうだよ」

「アンプのツマミがまだわからなくて……色々試しているんですけど……」

「そのFOOT SWITCHのすぐ横のボタンを押して、右端のLEAD GAINを……そうだなぁ、一二時ぐらいまで上げてみて」

「はい」


 促されるままにアンプの調整を済ませて、軽く鳴らしてみる。

 吐き出されたのは鋭く尖っていた。

 ざらついた響きが、一気に押し出されて、砂みたいなものが目に張りつく。

「おー、そっちのがロックって感じじゃん」

「すごいですね……まったく違う……」

「練習してる曲もふまえて、そっちで音作りしてみるのもいいかもね」

「なるほど……」

「アヤ、なんか弾いてよ。合わせるから」

「は、はい……」


 なんかと振られても、やれるのなんて二、三曲しかない。

 このトーンに合わせられそうな――と考え、私はA5をダウンピッキングで走らせた。

 次はD5、続いてE5だ。


 すると推進力が加わる。

 ドラムと、ベースだ。


 低音があるだけで、ものすごく音楽という感じがする。

 混ざって溶けて、濃淡を見せる。


 行け、と押されるけれど。

 行きすぎるな、と止められる。


 たった三人で奏でるのが、これほど雄弁で、これほど強い塊になるのがびっくりだ。

 二分程度の曲は、すぐに終わる。

 どこか物足りないのに、視界が濁らないおかげで爽快だ。


「う、腕が……」

「ダウンピッキングだとそうなっちゃうよね」


 前腕がパンパンだ。

 もうこうなると次にはいけない。筋トレが必要なときがきたのかもしれない。


「イブ先輩、エフェクター結構使うんです?」

「これも兄のものをそのまま持ってきたの。使わなそうなのは外してるけどね。4003は中域が鮮やかな反面、低いのがタイトだから。で、エフェクターは少し厚みを足すときにって」

「エフェクター……」

「気になる?」

「あっ、いえ、その……」


 イブキ先輩の足元にあるエフェクターボードには、チューナーと四つのエフェクターが並んでいて、それぞれを短いコードで繋いでいた。

 どういう鳴りをするのかは皆目見当もつかない。でもエフェクターによって表情を変えるというのは、SAKURA楽器の店員さんに教わったことがある。

 今のところ私は不便していないし、いらないかな? ……お金もないし。


「現状で満足してるなら、無理に足さなくてもいいかもね。もしくはもっと上手になったときに、とか。必要に応じてでいいと思うよ」

「そうですよね。私、下手くそですし、宝の持ち腐れになりそうです」

「卑下しないで。しっかり弾けてるんだから。それにアヤちゃんは……」

 やや躊躇ったあとで、


「正しい音を選ぶのが上手な気がする」

 そう言った。


 耳の奥で浅葱色が一瞬跳ねて、すぐ見失った。落としたものを拾えない。

 正しい音。その響きが頭をぐるぐる回る。

 困り果てて、私はギターを抱え込んだ。


「あ、ヤバ。時間だ」

「時間? あれ? アルバイト?」

「いや、アタシ、今日ライブなんで」

 スバルちゃんの声で、緊張がほどける。


「へぇ、そういえば好きって言ってたね。どこのライブハウス? 好きなバンドがやるとか?」

「や、FRONTのアマチュアのやつですよ。あそこの音響ガチ熱いんです」

「そうなんだ。ほかのところも行くの?」

「そうですねぇ、ちょこちょこですかね。BRLO(ブラリオ)がやるハコはどこでも? みたいな」

「そんなにいいんだ」


 私はFRONTしか行ったことがないけれど、実はそこでBRLO(ブラリオ)を聴いている。覚えていない分際でと非難されそうなので口にはしない。

 思い返してみると、しっかり生の音楽を受けたのはあの時間だけだ。

 鉛色の衝撃は、記憶に残り続けている。

 今になっても良し悪しは測れない。それでもあの経験がなければ、私はギターなんて持っていなかった。これは確かなことだ。

 望まない形で目に飛び込む情報は、まだ苦しい。だけど顔をそらしてばかりでは、ずっとそのままだということも、私は知った。


「じゃ、アタシ、先に失礼しま――」

「あの……スバルちゃん」

 だから私は、スバルちゃんを引き止めた。

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