123. フォレ城に帰ってきました
日が暮れる前に王都の城門を抜けた私たちは、そのまま街道から離れて人目につかない森の方へ、ゆっくりと歩いて行った。
完全に日が落ちて、あたりに人気がないことを確認すると、ギル様は王都に来たときと同じように女神様の翼を顕現させて、私を抱き上げ空へと舞い上がる。
「今日は真夜中ではないから、前回より高度を上げる。何かあればすぐ言ってくれ」
私が頷いたのを見て、ギル様はぐんぐん高度を上げていく。
雲に突入して視界がもくもくと曇るが、それもさらに突き抜け、雲海の上で停止した。
クリアなビロードの空に、白く瞬く星々が無数に散っている。
「どうだ? 平気か?」
「はい、大丈夫です」
前回と同じように風のバリアを張っているので、寒さも感じないし、不快感も一切なかった。
「では、そろそろ行こうか」
「はい。じゃあ、私も――」
治癒魔法をギル様の身体全体を包み込むようにかけると、ギル様は心地よさそうに目を細めてお礼を言った。
「正面にあるあの星を目指せば、北方面に行ける。道に迷った時にも使える方法だから、ティーナも覚えておくといい」
「えっと、どれですか?」
「一際強く輝いている青白い星と、赤っぽい色の星が並んでいるだろう? その直線上にある、やわらかな黄金色の星だよ」
「ええと……、あ、あれですね」
「ああ。とはいえ、君が道に迷うことなんてないだろうし、もし万が一道に迷った時は、私が必ず迎えに行くがな」
ギル様はそう言ってふっと笑う。
すでにギル様は女神様の力を全開にしていて、全身に黄金色の神力が満ちていた。
ドラゴンの姿に近づけば近づくほど彼は女神様の力を引き出せるらしく、背中の翼だけでなく角や尻尾も神力によって顕現させた姿になっている。
だが、彼はもう自身のこの姿を私に見られることを一切厭わなくなったようだ。
瞳孔が縦に伸びてはいるものの、いつも通りの優しい笑顔に、私も微笑み返す。
そうしてギル様は、全速力で北方に向かって飛翔を始めたのだった。
*
フォレ領へ帰り着いた私たちは、城から少しだけ離れた所へ着陸した。
そこには、待ち構えていたかのように、煌々と輝く魔道具のランタンを取り付けた馬車が一台。
客車の扉を開けて出てきた人の姿を見て、私はすぐさま声を上げた。
「ジェーン!」
「お帰りなさいませ。主様、奥様」
「ああ、ただいま戻った」
「お、奥様……!?」
ジェーンからの呼び名がしれっと変わっていることに驚き、私はあわあわとした。
ギル様の方は当然と言った顔で頷いているが、ちょっぴり声が弾んでいる気がする。
「少々遅かったですな。門限はとうに過ぎておりますぞ?」
続いてギル様に声をかけたのは、御者席から顔を出したシニストラ卿だった。
「ふ……ルーカス、待たせて済まなかったな」
「いいえ、謝罪の必要はございません。どうやら大仕事をなさってきたようで――閣下、お帰りなさいませ」
「――ああ。ただいま」
シニストラ卿は片方の頬をひくりと動かし、御者席へと戻っていく。
私とギル様は、ジェーンと一緒に馬車へ乗り込むと、そのままフォレ城へ帰ったのだった。
*
こうしてようやくフォレ城に戻った私たちだったが、今まで通りの生活というわけにはいかなかった。
当然と言えば当然である。
まず、私の部屋が、もう一つ部屋を挟んでギル様の二つ隣に変わった。
あいだの部屋は、両隣の部屋と続き部屋になっている、いわゆる夫婦の寝室というやつだ。
とはいえ、成り行きというか強行突破のような感じで、短期間の婚約で夫婦になってしまったので、元々籍を入れる予定だった結婚式の日までは、この部屋は使わない。
それから、今まで使っていた自室兼ポーション精製部屋となっていた部屋は、そのまま私の仕事部屋になった。
今後もあの部屋で中級ポーションを中心に精製し、重傷の怪我人が出れば治癒魔法で対応することになる。
あとは、定期的に中央の街の教会へと足を運ぶことになった。
フォレ城で精製した中級ポーションを自分の手で届け、そのついでに、山小屋で約束した通り、アリエルから聖魔法や調合の仕方を教わるためである。
魔力を必要としない薬液調合の仕事は、患者の治療やポーション精製のために魔力を取っておきたいときや、魔力残量が少ないときにも出来る仕事である。
余談だが、神殿で私に全て回ってきていた掃除洗濯炊事なども、魔力残量を考えて組まれたローテーションだったようだ。
今の私はそういった雑事をこなす必要がないけれど、薬液の調合を覚えておけば、より効率的にフォレ領や辺境騎士団に貢献できるだろう。
浄化と治癒以外の聖魔法も、治療の現場を見せてもらいながら、少しずつ覚えている。
治癒の次に学ぶという解毒魔法は、そろそろ合格をもらえそうだ。
こうしてきちんとした師のもとで教育を受けられるのが、こんなに楽しくてありがたいことだなんて、知らなかった。
なお、フォレ城に詰めている騎士たちや使用人たちの態度は、思っていたほど変わらなかった。
彼らには、幼い頃からしっかりと実力主義が根付いている。
私の肩書きがどんな風に変わろうと、私の実力と心根だけを見てくれる人たちが多くて、何だか安心した。
ただ、ギル様が懸念していた通り、王都や近隣の領から、貴族平民問わずたくさんの手紙が届くようになった。
お祝いの言葉が書いてあるだけのものは良いが、ちょっと困るような内容のものも多い。
茶会や夜会、舞踏会などの社交の場に招待するもの。
近々挨拶のためにフォレ城を訪問させて欲しいというもの。
さらには、筆頭聖女になった私に対して治療を要請するという、少々失礼なものまであった。
ギル様やシニストラ卿は、領内で起きた鉱山事故の後処理と聖女誘拐事件の捜査で忙しくしているため、貴族からの手紙の対応は主に家令が、領民や他領の平民からの手紙の対応は執事たちが行っている。
だが、その分他の仕事を圧迫してしまっており、急遽、貴族家出身の騎士たちに事務仕事を手伝ってもらうことに。
私のポーションで医療班の負担が減ったこともあり、今はエミリーさんたちも事務仕事に駆り出されている。
そうして、あっという間に日々は過ぎていき、ついに私たちの結婚式の日を迎えた。
次回、最終話です。




