122. 命は巡るのです
式典の終了後、陛下が晩餐に誘ってくださったのだが、ギル様はそれを固辞した。
堅苦しい場は好きではないからと言っていたが、本当は早く帰りたい一心だったのを私は知っている。
王宮を出た私たちは、王家の馬車を借りて、一旦別邸まで戻ることになった。
別邸で旅支度を調えたら、日が暮れて城門が閉まる前に、王都から発つ予定だ。
別邸へ戻る途中、ギル様は一軒の花屋に寄り道をした。
以前、ジェーンとアンディと三人で市街地へ外出した際に、帰り際にジェーンが寄っていた花屋だ。
ギル様は、花束を二つ購入した。華やかで高級な花は使われておらず、素朴であたたかみのある花束だ。
ジェーンが買っていたものと似たような花束だと気がついたのは、しばらく経ってからのことだった。
別邸に戻った私たちは、一緒に来てくれていた使用人たちには、支度が終わり次第馬車に乗って帰るようにと伝えて、着替えなどを手伝ってもらった。
ちなみに陛下からは、ギル様が別邸をこのまま利用する許可を得ている。
馬車が通れるようになったので、今後は時折清掃などのために使用人が出入りし、管理をしてくれることになった。
私とギル様が王宮に着ていった正装用の衣服なども、手入れをして別邸に置いておいてくれるらしい。
旅支度を終えた私は、ギル様と共に別邸を後にした。
ギル様は、辺境騎士団の黒い騎士服に身を包み、先ほど買った花束を二つまとめて片腕で抱えている。
「城門に行く前に、少し寄り道をする。足元が悪いから、気をつけてくれ」
空いている方の手を私へ差し出し、ギル様は城門とは逆の方――別邸の裏手へと回って、整地されていない林道を進んでいった。
「着いたよ。ここだ」
「――お墓、ですか?」
そう言ってギル様が立ち止まったのは、他と比べて日当たりが良い場所に建てられた、墓碑の前だった。
蔦の絡んだ、大きな白い墓石が二つ並んでいる。
「片方は、私の叔母と、その番の墓。もう片方は、十三年前の事件で命を落とした者たちのうち、身元が分からなかった、もしくは遺族の元へ返せなかった者たちの墓だ」
ギル様はそれぞれの前に花束を置き、目をつぶって祈りを捧げた。
私も彼に倣い、しゃがんで墓碑に祈りを捧げる。
「……ティーナの母君、グレース殿下もここに眠っているよ」
「あ――」
祈りを捧げ終えたギル様に、いたわるような声色で伝えられて、私は目を開けた。
身元が分からなかったのか、それともあえて刻まなかったのか、他の被害者たちも含めて、墓碑には銘が刻まれていない。
「ここに、お母さんが……」
――これまでどんな人なのか、どうして私と離れることになったのか、何一つ分からなかった、私の母親。
優しい歌声で私を寝かしつけてくれていた母が、今、目の前で眠っている。
「――雨は川へ、川は海へと」
私は、あの子守唄を小さく口ずさんだ。
そよ、と包み込むようにやわらかな風が吹く。
「海は雲へ、雲は空へと。旅路の果てに、雲は泣く。涙は雨に、雨は大地へ――」
ぱちりと瞬きをすると、一粒の涙が頬を伝った。
ギル様が、すかさず指先でそれを拭ってくれる。
「水は巡る、愛も巡る、命も巡る。全て巡りて、自らへ還る――命は巡る、とこしえに」
きっと母の命も、どこかへ巡っているのだろう。もしかしたら、もう天の世界を満喫し終えて、どこかで生まれ直しているのかもしれない。
灰の中から蘇る不死鳥のように。今度は天寿を全うできるように――。
「ギル様、連れてきてくださり、ありがとうございました」
「ああ。もっと早く教えてやれなくて、済まなかった」
「いいえ、いいんです。お祈りを捧げられて、良かったです」
ギル様が私の出自を知ったのは、ウォードから話を聞いた後だったようだし、仕方がない。
私を拾った老神官様も、覚えている限りでもかなりの年齢だったし、孤児の詳しい情報を人に話すような方ではなかったから、調べがつかなかったのだろう。
後になって、ギル様はジェーンが十三年前の事件の生き残りだったことを教えてくれた。
しかし、彼女も満身創痍で神殿に搬送されていたため、私と母が別邸を訪ねようとしていたことも、母が亡くなり私が神殿に引き取られたことも、知らなかったようだ。
旅の途中でウォードがアンブロジオ王国の紋章が刻まれた短剣を取り出したその時に、以前一度だけ会ったことがあったという私の母のことを思い出したのだという。
ギル様が、ジェーンとウォードからの報告で私の出自を知ってからもそれを隠していたのは、現在のアンブロジオ王国の情報があまり手元になかったからだ。
フォレ領はメリュジオン王国の最北端。南方に位置するアンブロジオ王国のことは、注視していなかったという。
孤児だった私がこうして自分の出自を知ることができ、母のお墓参りまでできたのは、むしろ幸運なことだと思う。
私は、服の埃を払いながら、立ち上がった。
「お待たせしました。フォレ領へ帰りましょう」
「ああ、そうだな。帰ろう、私たちの城へ」
ギル様は目を細めて頷き、私に再び手を差し出した。
夕暮れの少し手前。
オレンジ色の光の中、長く伸びた二人の影が重なって、ゆっくりと林道を進んでいった。
墓前に置いた花束の、やわらかな香りが風にさらわれてゆく――。




