121. ペンダントが戻ってきました
新筆頭聖女として、そしてギル様の妃としてのお披露目の式典は、一斉捜査翌日の正午に開催された。私たちが陛下に謁見した翌々日のことである。
そもそも謁見までもあっという間だったのに、なんだか信じられないぐらいの速度で世界が動いている気がする。
式典では、まず最初に、現在行われている一斉捜査に関連する事柄が陛下の口から伝達された。
続いての知らせが、筆頭聖女の代替わり。
そして、皆が戸惑いを口にする前に、流れるように「新筆頭聖女がフォレ公爵の妃となった」と発表された。
王都民は突然の知らせに、喜ぶべきなのか憂うべきなのか、混乱している様子だった。
そもそも、一斉捜査の件で、すでに王都民の間では不安が大きくなっていたようだ。
そんなところで、最後に行われたのが、上級ポーション精製のパフォーマンスだ。
王宮のバルコニーからは、見渡す限り、人、人、人。
さすがの私も緊張してしまったが、隣でギル様がずっと寄り添い、励ましてくれていたので、何とか醜態を晒すことなくポーションの精製に成功した。
精製が完了し、陛下が上級ポーションを掲げた時の割れんばかりの歓声は、きっと生涯忘れることはないだろう。
このように民の不安を払拭し、気持ちをお祝いムードに塗り替えるためにも、早めに式典を開催する必要があったのだと私は今更ながら実感したのだった。
当然ではあるが、前筆頭聖女のセレス様が就任する際は、私がやったような上級ポーション精製のパフォーマンスは行われなかったため、普段聖女や上級ポーションにあまり縁のない一般市民たちに特に好評だったようだ。
ただ、貴族たちの方は一筋縄ではいかない。
素性も知れず、神殿でも一切見たことのない、私のような者が筆頭聖女になる――それは、貴族たちがこれまで築いてきた関係性や利権が通用しなくなるということだ。
しかし、私が黄金色に輝く上級ポーションを精製するところを、彼らもしっかり目の当たりにしていた。
さらには、マクファーソン侯爵家に明らかに何事かが起きているということで、彼らは早速情報収集や社交に動き始めたようだ。
フォレ城へも手紙の山が届くことになるだろうな、とギル様は珍しく面倒臭そうな表情をしていた。
私がフォレ城の辺境騎士団に所属し、王都にはあまり滞在しないという件については、思っていたほど反発がなかった。
理由は色々ある。
これまでもセレス様は直接患者の治療にあたる機会が少なく、他の聖女様たちだけでも神殿の業務は充分回っていたことが一つ。
ギル様が挨拶の際に、フォレ領のこれまでのこと――魔物との戦いの最前線であるにもかかわらず、ポーションや聖女が不足していたこと――を語ってくれたからというのも一つ。
セレス様と違って私は安定的に上級ポーションを精製可能であり、薬液用の素材さえ手に入れば、王都や他地域にも安定して届けられると約束したことも一つ、だ。
そして。
件の式典が終わった頃には、一斉捜査もあらかた済んだ。
マクファーソン前侯爵の罪は、王妹殿下に取り入り、神殿でのセレス様の立場を誰にも逆らえないほど強くしたこと。
ザビニ商会を使って神殿や王都周辺の市場を掌握し、ポーションや魔法薬等の価格や流通量を不正に操作したこと。
また、詳しくは教えてくれなかったが、彼らは裏では違法な物品や商売、人身取引などにも関与していたらしい。
セレス様の罪は、王太子殿下と婚約しているという嘘の情報を流布したというものである。
王太子妃の予算には手をつけていなかったから良かったものの、社交界はおおいに混乱したし、我が儘放題、贅沢三昧を繰り返していたようだ。
妹のアリス様は家族や使用人から見放されて辛い日々を送っていたそうなので、アリス様を愛している王太子殿下は、温厚そうな笑顔の奥に絶対零度の怒りを湛えていた。
王太子殿下といい、ギル様といい、メリュジオン王族の愛はかなり重いらしい。
それから、私もセレス様の行動の被害者の一人だ。
セレス様は、上級ポーションの嘘のために、私から適切な環境や権利を奪っていたのだから。
私もアリス様も、陛下から、何かセレス様やマクファーソン侯爵家に望むものや望むことはないかと尋ねられたのだが……正直言って、私は自分が搾取されていたことにも気がつかなかったぐらいなのだから、特に望みなど思いつかなかった。
きちんと法の下で正当な裁きを受けて、世の中のために正当に償ってくれればそれで構わないのだ。
アリス様も同様だ。
別の貴族家の籍に入るとはいえ、彼らはアリス様にとっては元家族なのである。
それに彼女の場合は、王太子殿下とこまめに連絡を取りあうことが出来ていた。
そのおかげでアリス様は、最終的に彼は自分を選んでくれるに違いないと信じ、希望を持っていられたのだそうだ。
あとは。
私がセレス様から奪われたのは、形のないものだけかと思っていたのだが、ひとつだけ私に返ってきた物があった。
セレス様の私室から回収された、ペンダントトップである。
そこには、翼を広げる神の鳥――アンブロジオ王国の紋章が刻まれていた。
「これは、元々ティーナが持っていた物のようだな。元筆頭聖女からも証言が取れている」
「わっ、光った」
ギル様が手渡してくれたそれを、手のひらの上に乗せてまじまじと見る。
どうやら特殊な魔法金属で出来ているらしく、ギル様から私の手に移った瞬間に、ペンダントの紋章部分がほのかな光を帯びた。
「炎の鳥……?」
「ああ。メリュジオンが風と緑の王国なのに対して、アンブロジオは大地と炎の王国。メリュジオンが神蛇ドラゴンの守護を得ているのに対して、アンブロジオの民に繁栄をもたらすのは、神鳥フェニックスだと言われている」
私の手の上で、神鳥の紋章は、赤や橙、茶色と複雑に変化する光を放っていた。
「なんだか、ほんのり温かいです」
「本来の持ち主の元に戻って、ペンダントも喜んでいるのかもしれないな」
話を聞いてみると、幼かった私はペンダントのチェーンが切れて落としてしまったことに気づかず、セレス様がそのまま拾って持っていたらしい。
以前の私だったら、「大事に持っていてくれてありがとう」なんて言っていたような気がするが、セレス様の悪意を目の当たりにしてしまっては、そうは思えない。
そもそも、落とし主が分かっているなら、すぐに返せばよかったのだから。
「君の魔力色に似ているな」
「確かにそうかも……琥珀色にも見えますね」
「ああ。ティーナのあたたかな魔力色は、メリュジオンには珍しい。君の作る魔力水が、珈琲のように大地と炎を感じさせる風味になったのも、不死鳥の加護かもしれないな」
ギル様は目を細めて、くるくると変化する光を見つめて微笑んだ。
「……いつか……」
「ん?」
「今は難しいと分かっているんですけど、いつか、アンブロジオ王国にも行ってみたいです」
私はペンダントを見つめながら、ふっと呟く。
「ああ、そうだな。いつか、きっと。だが……その時は、私も一緒だぞ?」
ギル様は肯定の言葉を返してくれたが、その声にはひと欠片、不安が見え隠れしていた。
私は顔を上げて、ギル様に笑いかける。
「ふふ、もちろんです。生まれた国には一度行ってみたいとは思いますけど、私はこれまでもこれからも、メリュジオン王国フォレ領の民なんですから」
「ティーナ――ああ。君はこれからずっとフォレの民で、フォレ公爵の妻だからな」
「はい。ずっとです」
綻ぶように、花開くように。
ギル様は、とびきりの幸せを込めて、微笑んだのだった。




