私は、光属性/☆8 その5
街を出て二日が経った。
道中で、私も馬車の扱い方や、休憩時には馬の乗り方なんかを教えてもらったりして、今後は、御者の交代要員として、及第点くらいの腕にはなっておきたいなと思っている。しかし、動物と触れ合うのは果たしていつぶりだろうか。記憶を浚ってみても、とんと覚えがない。
御者を習おうと思ったのは、ヘスティー様とセレアイラさんばっかりに御者をやらせて、私が何もしないことに、強い罪悪感を覚えてしまったからというのが一番の理由だ。なにせ、一日に昼の時間が三十時間もあるこの世界で、馬車に揺られて、ご飯食べて寝るだけとか、穀潰しにも程がある。そうは思わんかね? 働かざる者、食うべからずだ。
しかしながら、昼間が三十時間もあるとなると、地球産勇者である私にとっては長すぎるためか、昼のどこかで眠らなくては二進も三進もパフォーマンスが覚束なくなる状況に陥ることもしばしばで、目もシバシバで、そのときはお昼寝を挟ませてもらっている。寝るのも仕事ということでここは一つ……。
ただ、寝なくても平気なはずの神であるヘスティー様と、現地人であるセレアイラさんが、今日から一緒に眠ると言い出したのは、一体、どういう風の吹き回しなのだろうか? みんなで眠れば私だけっていう罪悪感が薄れるし、美人二人に挟まれて眠れるのは単純に嬉しいから、私個人としては良いんだけど、二人にはメリットが皆無だ。私みたいな骨と皮の煮干しみたいな女と添い寝しても別に楽しくないだろうに……。
あ、今はちょっと筋肉がついたんだった。でも硬いことには変わらないか……。
そういえば、魔物との遭遇もあった。魔王軍とは関係なさそうな、野良の魔物だ。実にファンタジー世界らしい光景じゃないかと、少し興奮もした。
まぁ、セレアイラさんが、下級魔法を使ってぱぱっと倒してしまって、私の出番はなかったのだけど。倒した後、ドヤッとこっちを見た顔が可愛かったので眼福だった。
今日の寝る時間。まだ日は全然高くて若干の罪悪感を覚えるも、体の方は睡眠を欲して止まないのでどうしようもない。
三人とも眠ってしまったら見張りとかはどうするものかと疑問だったが、セレアイラさんが馬車を馬ごと包む水の結界を張って事無きを得た。ヘスティー様はその結界を見て、手をポンと叩いて感心している。どうやら、見張りのこととかは頭になかったらしい。まぁ、問題は解決したのだから、野暮は言うまい。
馬車の中で三人、川の字になる。私が真ん中で、正しい形の川になった。ヘスティー様が一番背が高く、次いでセレアイラさん。そして私という順なわけだが、私はともかく、二人に関してはほぼ誤差みたいな、文字通り、どんぐりの背比べ程度の差しかない。そんな私よりも背の高い二人が、両脇に寝転んで、剰え腕を伸ばしてそれぞれに抱き寄せるように私と密着してきたのですけれど、これはどういうことだろうか!?
こんな、硬い樫の木のような体を抱きしめても二人の眠りを妨げるだけだというのに、二人は構わずその豊満で柔らかくていい匂いの体で包み込むように私を抱きしめてくれた。
あ……ダメだ。コレは……寝――
目が覚めると、この世界に来て一番寝覚めが良かった。なにせ、最上級の寝心地を提供していただいたから。この温もりと柔らかさは多分一生忘れないと思うし、もうちょっとだけ続いていてほしいとも思った。けれど悲しいかな、寝る時間が一緒だと、案外、起きる時間も似通うわけで……。
ふわあ〜と可愛い欠伸をしたヘスティー様が、とろんとした眼で私を見た。
「ふふ、おはようございます、椿さん。よく眠れましたか?」
どこか蠱惑的で扇情的なヘスティー様のその顔は、二人で甘い一夜を過ごした事後のような、そんな錯覚をさせるほどに破壊力が高かった。服、着てるよね、私たち?
――ん?
「あは……。いつの間にか、繋いじゃってましたね、手」
私の左手は、ヘスティー様の右手と、こ、こここ、恋人繋ぎをしているではないか!!?
いや、恋人には将来的になりたいけれど、今はそうじゃないから厳密には恋人繋ぎというのは語弊があるのだけれど、一般的な名称としてそういう呼び方ががかかか膾炙されているのだから、便宜的に、そう便宜的にね、そういう呼称を使わせていただきますよ私は、かかってこいやあ!! 文句あっか!?
絡む指をヘスティー様が動かすと、自然、私の指たちが撫でられる。止めてください、ヘスティー様、えっちすぎます!! 変な気分になってしまいます!!
「フフ……。椿さん、ドギマギして可愛いです……」
ひょっとして、まだ少し寝ぼけているのだろうか? ヘスティー様はそう微笑むと、顔をゆっくりと寄せてきた。プルンとして小さい唇が視神経を焼く。少し熱を帯びた息がかかる。
めめめ、目を覚ましてください、ヘスティー様、これは夢じゃありませんよ!? けれど、これを拒める人類が果たして存在するだろうか――いやいない。
早鐘を打ち続け、聴覚にまでその雑音を響かせ始めた心臓に黙れと心で叱りつけながら、近づいてくるヘスティー様のご尊顔に見惚れる。
だが、唇と唇が接触するその寸前、私は突如、後ろに引っ張られた。後頭部から首のあたりに、非常にボリューミーでいい匂いで、清楚で柔らかなネックピローが押し付けられる。
「ヘスティー様、抜け駆けは禁止ですって、昨日決めたではないですか!?」
セレアイラさんが私の頭の上からヘスティー様に抗議した。つまり、このネックピローはセレアイラさんの……いやよそう。夢になったらいけない。
「抜け駆けなんてそんな。寝起きのルーティーンをしていただけですよ?」
そんなルーティーン、私は知らないのですが!?
「じゃあ私もやっても良いということですか?」
どういう理屈でその結論に!?
「どうぞどうぞ♪」
どうぞどうぞ!? ヘスティー様!?
「ふ、普通に譲られると拍子抜けしてしまうんですけど……。本当に良いんですか?」
「良いですって!」
これは……今、私を抜きに何が決まっているのだろうか? しかし、この謎のエスカレートは、当事者である私が止めるべきに違いない。
「す、あうストップ!」
少し動いたらネックピローの気持ち良さで変な声が漏れてしまったが、許容範囲ということでどうか……。
「ヘスティー様、そんなルーティーンはありません。変な嘘つかないでください。セレアイラさんも真に受けないでください」
「ヘスティー様。つまり、やっぱり抜け駆けだったということですか?」
「違いますよ〜。寝起きで寝ぼけたふりをして椿さんの手を握ってみたら、あんまりにも可愛い反応をしたのでついうっかりキスをしちゃいそうになっただけです!」
「そういうのを抜け駆けって言うんですよ!」
「それを言うなら、セレアイラさんだって、さっきから椿さんをずっと抱きしめてるのズルいじゃないですか!」
また私の頭の上で喧々諤々と言い合いを始めてしまった二人。仲良くしておくれ……。
あ、でもこれってもしかして、「やめて! 私のために争わないで!」っていうシチュエーションか!? いやいや、なぜそれが私ごときで起こるのか……。やっぱり二人とも疲れているのかもしれない。一刻も早く私も御者ができるように練習しないと……。
っと、それよりも直近に、二人の言い合いを止めなければ!
「ふ、二人とも、またストップ! セレアイラさんは、まず私を解放してください」
「は、はい……」
若干の名残惜しさを感じつつも、ネックピローから解放された私は、ヘスティー様に両手を差し伸ばす。
「椿さん?」
これが正しいのかは分からないし、私ごときの抱擁で良いのかも分からないけど、お相子にするのならこの手ではなかろうか?
「だ、抱きしめて良いですよ? 手を繋いだ分と合わせて、それでセレアイラさんとお相子ってことで……。いや、私を抱きしめて足りるのかはわからないんですけ――ふもっ!?」
正面から柔らかいものが私の顔を包んだ。こ、これは、ヘスティー様の……!? いい匂い……。
「んも〜! 椿さんがそう言うなら、これでお相子ってことにしてあげます! セレアイラさんも、それでいいですよね?」
「はい。それで大丈夫です」
うん。私なんかを抱き枕にするだけで話が丸くまとまったのなら良かった。私としても、合法的かつ、自然にヘスティー様と密着できて役得だし。……あれ、でもなんか、ちょっと、息が……苦……し……。
「椿さん? あれ? 椿さああああああん!?」
危うく女神様の胸の間で窒息死するところだった……。こんな形で勇者の冒険が終わったら死んでも死にきれ……無くも無くも無いような無くないような? 深く考えるのはやめよう。




