私は、光属性/☆8 その2
ふぅ〜。と、額の汗を腕で拭う。なんだかやりきった感がある。自分の中では。
実態としては……その、まぁ、素人だからね……。という出来栄え。
「す、すみません……。満足にシーツも替えられなくて……」
無言で私を見ているセレアイラさんに対して、居た堪れなくて謝った。
「いえ、初めてなんてこんなものですよ。私も、昔はこんな感じでした。何回も何回も、先輩や神殿長に怒られて、やり直させられて……」
「あ、じゃあ私も出来るまでやります。あの、こ、コツとか教えてくれますか?」
私が尋ねると、セレアイラさんはふっと柔和な笑みを浮かべて、「もちろんです」と答えてくれた。
「――そう、そこを引っ張って……」
「こう、ですか?」
「そうです! ではそのままそこに手の平を滑らして……そうそう! できるじゃないですか!」
「え、へへ……できて、ますか?」
「私より覚えがいいかもしれませんね、ツバキさん」
「そんなコトないですよ。セレアイラさんの教え方が上手なんです。……えっと……ここは?」
「ああ、そこはちょっと手伝いますね。――きゃっ!?」
私を手伝おうと近付いてきたその時、何かに足を取られたか滑らせたか、そんな様子で、セレアイラさんが倒れ込んできた。突然のことで私は受け止めても止めることが出来ず、そのままベッドに二人、倒れてしまった。格好としては、セレアイラさんに押し倒されたような感じ。
顔が……近い……。
美人って、なんで近づいても綺麗なままなんだろう? というか、私みたいなブスがこんな顔を近づけていい存在じゃないんだよ、セレアイラさんは!
「あ、あ、ああの! す、すみません!」
「い、いえっ、こ、こちらこそ、足下不注意で……」
二人で上体を起こして、セレアイラさんを転ばせた不心得者を探すと、それは、私が脱ぎっぱなしにして、ベッドメイク中に、いつの間にか落下していた私のパジャマだった。不心得者は私であったので切腹が必要なようです。
「ごめんなさい。まずはこれをちゃんと片付けておくべきでした。ブスが美人を転ばせるなんて、万死に値する罪。死んでお詫びを……」
「そこまでしなくてもいいです! 私だって、気をつけていれば転ぶことなんてなかったんですし……。――ふふ」
突然、セレアイラさんが笑い出した。やっぱり何かやらかしてるんじゃないの、私!? ま、まずは理由だ!
「な、何がおかしいんでしょうか?」
悪役みたいなことを口走っている自分がいた。
けれど、セレアイラさんは気にせず答えてくれた。
「いえ。ただ――戦っているときと全然違うなって思ってしまって。こっちが素だってことは分かってるんですけど、やっぱりギャップが大きくて、つい。――ごめんなさい、ツバキさん」
「あー。そう、ですよね。こんな陰キャブスが勇者なんて、烏滸がましいですよね……」
「違います!」
癖で言ってしまった私の卑屈セリフを否定したセレアイラさんは、私の両手を包み込むように握った。ふかふかなベッドの上でバランスが取れず、またしても、押し倒されるような形で倒れ込む。私の胸の上に、セレアイラさんの頭が乗っている。
胸の上から上目遣いで、私を見るセレアイラさん。ヘスティー様に負けず劣らずに可愛く、破壊力が高い。
彼女の深い青い色の瞳が、私の奥底まで覗き見ているようで、気恥ずかしくて、目を逸らす。
――ギシリ。
軋む音とともに、私の胸の上にあった重みが消えた。そして――
私のすぐ隣に、セレアイラさんが寝転んだ。これまた顔が近い。
「シ、シーツ、またシワになっちゃったので、な、直さないと……」
気恥ずかしさと申し訳無さで居た堪れない私は、慌ててそう言って起き上がろうとする。けれど、セレアイラさんに腕を掴まれ、そのまま優しく元の位置に寝転がらされた。
「セ、セレアイラさん……?」
「ワガママ、聞いてくれるんですよね、ツバキさん……」
「え? あ、はい……」
「じゃあ、添い寝、してくれますか?」
「なん――」
なんでと言いかけて言葉を止めた。
今日一日、セレアイラさんのワガママを聞く。それは私が決めた約束。理由は脇に置いておかなければならない。だから、私の返答は、『はい』か『YES』しかないのだ。
「分かりました」
そう返答して、仰向けになった。天蓋には、ファンシーな星柄模様が描かれている。体感時間で一週間も見続けた、もはや見慣れた景色だ。
「どうして天井を見てるんですか?」
「え?」
「添い寝なんですから、私の方を向いください、ツバキさん」
私みたいなブスが、そんなことをして良いんですか!? 美人の御尊顔を至近距離で拝するなんてことを!?
「……ワガママ」
でも、そう言われたら仕方がないのです。
私は、畏れ多く感じつつも、セレアイラさんの方へ寝返りを打った。やっぱり美顔が近い。なんだか、さっきよりも、より近いような……?
「ま、まだ何かご要望はあるでしょうか?」
思わず執事のような敬語が飛び出る。語尾に危うくお嬢様とつけるところだったけど、それは耐えられた。
「ふふ、なんですか、使用人みたいな話し方をして」
「き、緊張して……。セレアイラさん、美人だから……」
すると、セレイアらさんの目がまん丸く見開いて、顔が真っ赤になった。
「どどど、どうしました!?」
何かの拍子で怒髪天を衝いてしまったのだろうか!?
「ツ、ツバキさんが、美人なんて言うから……。美人って、思ってくれていたんですね、私のこと……」
「え、常に思ってますけど……」
言うと、さらに目が開いた。こんなに人の目って開くものなんだと感心してしまうほどに。
いやいや、そうじゃない。もしかしたら、美人はブスに美人だと思われるのを嫌っているのかも知れない。私はまた迂闊に逆鱗に触れている可能性がある。謝らないと!
「ご、ごめんなさい……」
「え?」
「わ、私みたいなブスなんかに美人だって思われの迷惑でしたよね……」
「そんなことないです!! あるわけないじゃないですか!!」
部屋いっぱいに響く声で言うと、セレアイラさんは、両手で私の手を握った。青い瞳がうるうると潤んで、私を真っ直ぐ見つめてくる。鏡のように私自身の像を写すその瞳から、私は目を逸らす。
美人の瞳に写る自分が惨めに思えたし、こんなものを写したらもったいないとも思った。あと、こんな美人に直視されるのが単純に恥ずかしかったというのもあった。
「私を、見てください! ……これは、ワガママです!」
くっ……それは、ズルい……。
私は、ワガママに従って、セレアイラさんの瞳を見つめ返した。
こんな宝石を私なんかが直視しても本当にいいのだろうか? いくら払えばいい? 強制労働何年分? そんな言葉が脳内に浮かんで積もっていく。
「ツバキさん……」
「は、はいっ!?」
声が裏返った。恥ずか死にたい……。
意に返さずに、セレアイラさんは言葉を紡ぐ。
「私、少し舞い上がってるんです。ツバキさんに美人って言ってもらえて……」
え、なぜに?
考えは不意に声に出ていた。
「何故って……。ツバキさんのそばには、ヘスティー様がいるじゃないですか。あんな美人――というか、女神様が常に近くにいたら、私なんて霞んじゃうなって思ってて……。でも今、ツバキさんは私に美人って、いつも思ってるって言ってくれました。だから嬉しくて……」
うん? そんなことで?
私、いつもセレアイラさんのことは美人だって思ってて、それを常々口にして……
――あ、してないな。
私なんかが人様の容姿を評価するなんて烏滸がましいと思ってたから、綺麗だとか一度も言ってない。
でも、私なんぞに美人と言われて、なんで喜んでるんだろう、セレアイラさん。
あれかな? ヘスティー様がそばにいるから目が肥えてるとか思われてる? いや、誰だって容姿褒められたら嬉しいか。私には、とんと経験のないことだけど。あーでも、髪と肌は褒められたっけ……。確かに、面映ゆくなったよね。褒められ慣れて無さすぎて。
「また、目が逸れてますよ、ツバキさん!」
おっと。
また大きな青い瞳を見つめる。
気がつくと、セレアイラさんの指が、私の指の根元を握っていた。私側の指先が所在なさげにしているので、収まりがいいように握り返す。俗に言うところの、恋人繋ぎというやつだけど、これは不可抗力というものでですね、皆さん……。
セレアイラさんのぷるんとした、小ぶりな唇が開く。
「これが、私を二度も守ってくれた手、なんですね……。私とあんまり変わらない、柔らかくて小さい手……」
「頼り無い……ですよね」
「いいえ。私は、ツバキさんの手、好きですよ。温かくて、安心できます」
「眠れそう、ですか?」
「そう、ですね……。じゃあ、あと一つだけ、ワガママ、いいですか?」
「は、はい……聞きます、ワガママ」
「胸を、貸してください……」
え、胸? 私の貧相な胸など、クッションにもならないぞ? でもまぁ求められてしまった以上は応えるしかない。
私が頷くと、繋がれていた手が離れた。その瞬間、不思議と少し残念に思った。
しかし、その感情も、直ぐに別の刺激で上書きされた。
セレアイラさんは、脇の下から背中に手を回し、ギュッと抱きしめると、私の胸に顔を押しつけた。
「――せ、せせせ、セレアイラさん!?」
突然のことに混乱する私です。
だって、寝起きのままで私、お風呂とか入ってないし! ブスな上に臭うとか救いようがないじゃん!?
しかしそんな中、無情にも、私の胸に顔を埋めて大きく息を吸うセレアイラさんを目視してしまった。手遅れだったか……。
「セ、セレアイラさん……。臭いますでございましょう? 一旦離れて、ワタクシ、お風呂とか入ってきますから、続きはその後で……」
中途半端なお嬢様のような口調で、有意義な提案をするも――
「ダメです」
セレアイラさんからは否定の声。
ほわい?
そんな疑問に、セレアイラさんは答える。
「私、ツバキさん……の、匂い、好きなんです。だからこのままでいいんです。お風呂なんて入ったら、薄くなってしまうじゃないですか。添い寝、続けてください。できれば、ツバキさんからも、ギュって、してほしいです……。あ、ワガママ、一個増えちゃいましたね……。ダメ、ですか?」
回数制限など設けていない。これは私の制度設計のミスであるので、それをセレアイラさんが突くことは悪いことじゃない。
つまり、ワガママを今日一日聞くという宣言をした以上、ダメと言う権利が、本日中の私には無いのだ。
「だ、大丈夫です……ダメじゃ、ない、です」
私はゴクリと生唾を飲み込んだ。
触れる? この柔らかくて、いい匂いの温もりを? 私が?
しかし、本日のお嬢様がお望みなのだ。叶えなければ。叶えると誓ったのだから。
決して疚しい想いでするのではないと自分に言い聞かせて、腕を伸ばした。
頭を少し浮かせて受け入れ態勢万端なセレアイラさんの頭の下に腕を挿し込み、前腕で頭を抱える。残った片手は背中に当てる。
すると、セレアイラさんから伝わってくる、腕の力が増した。より強く、私の胸に顔を押し当ててくる。そうだ、私の方もギュッとしなくちゃいけないんだった。
これであっているのだろうかと不安に思いながら、恐る恐る腕に力を込める。
「大丈夫、ですか?」
尋ねると、わずかに首が縦に動いた。その直後に、可愛らしい声で少し笑って言った。
「ふふ、ちょっとだけ苦しいですけど、ツバキさんを全身で感じられて、嬉しいです……」
ひょっとして、セレアイラさんはちょっと変わった人なのかも知れない。
そう思いながら少しだけ腕の力を緩めた。苦しいのはよろしくないので。
「眠れそう、ですか?」
二度目の同じ問いに、セレアイラさんは「はい」と、今度ははっきりと答えた。
抱き合った姿勢のまま、暫くじっとしていると、私にしがみつく姫君から、静かな寝息が聞こえてきた。ようやく眠れたようで一安心だ。子育てってこんな感じなのだろうか……なんてね。
無縁なことに思いを馳せることほど、無駄なことはない。
さて、眠ってくれたのは良いけれど、セレアイラさん側からのホールドは続いているので、私も動けないときている。
上から見たら、まるで、頭の向きが同じ太極図のような体勢になっているだろう。
どうせ私も動けないことだしと、宝物を大事に守るドラゴンよろしく、セレアイラさんを抱きしめ直し、私は瞼を閉じた。
二度寝って、最高に気持ちがいいからね。
私については、二度寝どころの話じゃなかったことは、今は目をつぶってほしい。




