私は、光属性/☆8 その1
礼拝堂でのドゥラマ神殿長との一件以来、私は、案の定、人を殺めることに協力してしまったことへの罪悪感。手をセレアイラさんに汚させてしまったことへの後ろめたさ。そして、戦いの中で行った、常人を遥かに超える身体能力の発揮。その後遺症の筋肉痛。というトリプルパンチで、地球時間で言うところの一週間ほど寝込んだ。
肉体的には、あれだけ動いてこれだけで済んでいるのが驚きなくらいだ。
精神的には、申し訳なさが全然上回っているけれど、それでも、あの選択は間違いではなかったし、後悔は無かったと一応の折り合いは付けられた。
ちなみにだけれど、この世界は太陽が出ている時間が長い。三〇時間くらいある。で、沈んでいる時間が八時間くらい。一週間は五日だし、季節は、寒季と暖季、その中にそれぞれ乾期と雨期がある。さらに一年は四〇〇日あるしと、何もかも地球とは違っている。今は暖季の乾期の中盤らしい。
季節に関係なく、飲料に足る清潔な水が滾々と湧き続けているというのが、この聖水の街の最大の強みでもあるそうだ。
――閑話休題。
私の精神状態に関わらず、変わらずの安眠を齎してくれた羽毛布団を自ら剥がして起き上がった。体が痛くないって素晴らしい!
「あ! おはようございます! 椿さん! やっと出てきましたね!」
声優の東山奈央さんによく似た声の女神、ヘスティー様こと、ヘスティアヌス命様が、変わらない明るい声で、私を責めるでもなく迎えてくれた。こんなに寝込んで泣いていた情けない私に優しすぎる。好き……。
「お゙はよ゙うござい゙ま゙す、ヘズディ゙ー様」
――!?
うわ、私の声ガッスガスなんだが!? ブサイクに拍車がかかってる! 最悪!
「ああ! 椿さん、久しぶりにまともに声を出すんですから、まずは喉を潤さないと! ――はい、これ飲んでください!」
と、ヘスティー様は私に、コップ一杯の水を手渡してくださった。これは命の水じゃ……一生大事にせねば……。
「飲んでください!」
私がじっと水を見てうっとりしていたせいか、何を考えているのか理解されてしまったらしい。
私は頷いて水を呷った。この街の特産である聖水だ。来てすぐに飲んだときは、普通の水と大差ない味だと思っていたけれど、水分不足がそう思わせるのか、今飲んでいるこれは、人生で一番に、めちゃくちゃ美味しいと感じた。喉が潤っていくのを感じる……。まぁ、気分だけだけど。そんなすぐに喉が良くなるわけがないのよね。
「ありがとうございます、ヘスティー様――え!?」
「椿さん、声! 声が!?」
渡されたコップを返しながらお礼を言うと、なんということでしょう!? ガッスガスのカスだったイガグリな声が、元通りの犬の悲鳴のような声に戻っているではありませんか!
「何を驚いているんですか? 観光特産物に成り果てているとはいえ、それは曲がりなりにも、本物の聖水ですよ。当然の効果です」
私とヘスティー様がその効き目に驚いていると、セレアイラさんが慣れた様子で、私の着替えとベッドシーツの替えを抱えて入ってきた。彼女を見れば、今日までいかに私がお世話されっぱなしだったのかが、容易に想像できることだろう。
「せ、セレアイラさん、おはようございます。あ、あの……ありがとうございます。お、お世話させ通しで……」
「大丈夫ですよ。好きでやっていることなので。ほら、服、脱いでください、ツバキさん。ここに来たときの服がちょうど仕上がってます。元気になったのでしたら、こちらに着替えてください」
「あ、ありがとうございます……」
お世話好きなんだなぁ、セレアイラさん……。将来はいいお母さんになりそう。私は社会不適合者だから、ずっと喪女なんだろうけど……。あ、こんな私を面倒見てくれて、申し訳なさがまた上がってきた……。
着替えよう……。
私が寝間着を脱ぎ始めたとき、「あ」とセレアイラさんから声が聞こえて、私は中途半端な状態で手を止めた。な、何か粗相でもあっただろうか?
「ど、どうしました?」
恐る恐る尋ねる。
「い、いえ……。なんだか、体がずいぶんと引き締まっているような気がしまして……」
「そう、ですか? ――そう言われてみれば……わっ!? 腹筋が割れてる!?」
一週間の筋肉痛明け、私は生まれて初めて、自分の腹筋が割れているのを目撃した。女子としては、大変複雑な心境だった。
着替え終わってみると、ほんのりと石鹸の香りが漂ってきた。あと、これまでややダボついていた制服がピッタリとフィットしてる。筋肉が育った影響だろうか?
「なんか、出会ったときよりかっこいい気がしますよ、椿さん!」
ヘスティー様からお褒めの言葉を頂いた。セレアイラさんも頷いている。
「きっと、猫背じゃなくなったからじゃないですか? スッと背筋が伸びていて、自信に溢れてそうに見えます!」
背伸びをしながらヘスティー様が考察をした。可愛い。
「そういえば、目線が高くなった気もしますね。自信は……相変わらずって感じですけど……」
背筋はともかく、性格はそう簡単に変わるものではないのです……。
でも、姿勢が変わるだけで、人に与える印象って、結構変わるものなんだな……。
――ん?
セレアイラさんが、ぽーっとした顔で、私の方を見ている気がした。自意識過剰だとは自覚しているけれど、少し気になったので、それとなく尋ねてみる。
「セレアイラさん、どうしました? 私の顔に、何か付いてますか?」
「え!? い、いえ、何でもありません!」
そんなに慌てられると逆に気になってしまう……。
あの一件からこっち、私の世話だけでなく、普段の自分の仕事に加え、他の神子魔術師たちへの聞き取りや、神殿長の仕事の代理などもやっていたらしいから、疲れが顔に出たのかもしれない。あと、精神的にもかなり大変だと思う。
聞いた話によると、あの神殿長は、セレアイラさんには隠れて、他の神子魔術師たちに手を出していたらしい。脅して口止めもして、破りそうな子なら殺して……。
寮になっている棟の部屋に鍵が無いのはそういう理由からだったようだ。近年は歳のせいか、そういうことも減っていたらしいけれど……。本当に下衆なヤツだ。
そういう話を聞くことになったセレアイラさんは、さぞやショックだったことだろう。
して、私は何をやってるんだろうか……。罪悪感と筋肉痛でぶっ倒れていたのが心底情けない。
体調が戻ったことだし、せめて、今日くらいは彼女を休ませてあげられないだろうか? そう思って、私はセレアイラさんに提案した。
「えっと、すごく疲れてますよね、セレアイラさん……。よ、良かったら、えっと……今日はお仕事サボって寝てませんか? というか、寝ましょう! し、仕事は……わ、私とヘスティー様で何とかしますので! ね?」
顔をヘスティー様に向けて同意を求めると、可愛いウインクと共に、サムズアップをしてくださった。
「そうですね! ナイス提案です、椿さん! セレアイラさん、働き詰めでしたし、今日くらいはサボっちゃいましょう!」
「え、ですが……」
「いいんですよ! ずっと頑張ってたの、私たちも、神子魔術師の子たちもみんな知ってます! 今日一日くらいなら許してくれますよ!」
「そ、そうですよ、セレアイラさん! 頑張った分はご褒美をもらわないと! 私はそういうのとは無縁でしたけど……。じ、自分が無縁だからって、他人にも無縁であるべきなんてことは考えません。えーっと……ワガママ! できる限り聞いてあげます! セレアイラさんの仕事は、たぶん難しいですけど……セレアイラさん個人のワガママを聞くくらいなら、私にも、できます! ……たぶん、きっと……恐らく……」
「椿さん、トーンが下がってますよ……」
「あ、すみません、癖で……。――セレアイラさんのワガママ、聞きます!」
「じゃあ、セレアイラさんのお仕事については、私にお任せあれ! ですね!」
言って、ヘスティー様が胸を叩いた。
「お、お願いします、ヘスティー様」
「はい! 適材適所でいきましょう! ――では!」
緩く敬礼すると、ヘスティー様は部屋を出ていった。
そうして、部屋には私とセレアイラさん、二人になった。
「と、いうわけで、聞きます、ワガママ!」
がんばるぞい!
「私が意見を挟む暇すらなかった……」
「聞きます、ワガママ!」
フンス!
「わ、分かりましたから! じゃ、じゃあ……お言葉に甘えまして……えーっと、あ……まず、このシーツ、替えてくれますか?」
セレアイラさんが、抱えたままだったシーツに視線を落とした。それは私のベッドの替えのもの。本来であれば、私が自らやらねばならない身の回りの仕事である。ワガママとか、それ以前の話として、今までやってもらっていたこと自体が恥ずかしいことだった。
「あ、はい、それはもう! 当然ですよね! 今まですみませんでした!」
私はセレアイラさんからシーツを受け取ると、慣れないサイズのベッドに悪戦苦闘しながら、不格好ながらもシーツを交換したのでした。




