33.さいはての地に生まれつく
ロジオン=ルンドクイストは、山奥の小国デルスブルクの領主の家に生まれた。
雄大な山の稜線が空に吸いこまれるようになだらかに続き、原野には高山植物が咲きほこる。
緑豊かな美しい土地だが、ひっそりとして観光客はあまり訪れることがない。標高のたかい土地ゆえに、空気はうすく慣れないよそ者は高山病で倒れてしまう。
そういった背景と保守的な土地がらもあり、デルスブルクは最果ての小国と揶揄されていた。
三つ年上の腹ちがいの兄は、そのことにかねてから不満を覚えていたらしい。
ちょうど隣国の貴族の息子たちといさかいを起こし、田舎者だと鼻であしらわれた腹いせに、奴らを見返してやろうと悪事を画策していたところだった。
その度胸だめしともいえる安易な思いつきが、彼らの運命を変えてしまうことになるのだが……。
まずはその前に、ロジオンの生い立ちを語ることにしよう。
同郷のラグシードによると彼の生家は、小高い丘の上に城塞のようにそびえ建つ堅牢な屋敷だそうだ。
かつて隣国から攻めこまれた歴史の名残りで、威圧的な外観を留めているという。
領主であるロジオンの父クレメンスは聡明な人格者であった。
だが、そんな男もただ一度だけあやまちを犯した。
田舎暮らしの余興として、いつものように旅の一座を屋敷に招いたときのことだった。
旅芸人のなかでも一際美しい娘に彼は目をうばわれた。
彼女の名はルクティア。
金の髪に黄金の瞳をもつ獅子のようにしなやかな娘だった。
太陽の女神を思わせるまばゆい容姿でありながら、月の女神のように神秘的な雰囲気をまとった不思議な娘だった。
クレメンスは大広間で女神のように悠然と舞うルクティアの姿に心をゆさぶられ、たちまち彼女の虜となった。
彼女の魅力の前では自制心など何処かへいってしまった。
いつもの冷静な自分はなりをひそめ、気づくと信者のように熱烈な愛の言葉をささやいていた。
そのころ正妻との間にすでに子をもうけていたが、ためらいはなかった。
運命的な出逢いを感じたという。
クレメンスの想いは通じ、一夜の契りを交わしたルクティアだったが、のちに子を身ごもっていたことに気づく。
彼女はロジオンを出産後、極度の出血による憔悴で間もなく息を引きとった。
生まれつき身体が弱かったが、命と引きかえにしてでも産みたいという、ルクティアの強い意志を尊重しての出産だった。
覚悟してはいたものの、ルクティアの死にクレメンスは嘆き悲しんだ。婚姻関係こそないが愛した女の忘れ形見を、正式な第二子として育てる決意をした。
複雑な心境だったのは正妻のマティルデだった。
彼女は長男のほかにもう一人娘を授かったが、ことのほか勇敢な長男を溺愛していた。
しかし、良心のある女性だったため、ロジオンのことも自分の子と公平に育てるように心を砕いた。
──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──
幸福なまま歳月は流れ、ロジオンが十三歳の時に旅の老婆が屋敷を訪れた。
その珍客はおごそかに彼を『フォーチュン・タブレットの継承者』だと告げた。
彼の母ルクティアは天地を震撼させる力を持つ『フォルトナの魔法円』を受け継ぐ、いにしえの神の末裔フォルトナ一族だとされていた。
老婆はその証として翠玉の首飾りをロジオンに授けた。
彼女の正体はアンテーヌという魔法使いで、一族を守護し指導する役目を担っていた。それから半年ほど屋敷に滞在し、ロジオンにあらん限りの呪文を伝授した。
若くして巨大な力を手に入れたロジオンだったが、エレプシアの乙女の加護を得るまでは、むやみに力を解放してはならぬ。
という老婆の教えを守り、彼は秘儀呪文を封印し長い間使わなかった。
さらに月日は流れ、ロジオンが十五歳になった時のこと。
血気盛んな兄は度胸だめしに、森の奥深くにある廃墟に潜入しようともくろんでいた。
しかし、そこはいわばいわくつきの禁断の森だったのだ。
土地の子供たちは『その森には絶対に足を踏み入れるな』と、大人たちから脅しのように言い聞かされて育っていた。
理由ならば山ほどあった──
悪霊がさまよっていて生者を食らうだとか、異端の宗教組織の隠れみのになっているなど、黒いうわさに事欠かない場所だったからだ。
幼少のころからそんな物騒なうわさを伝え聞いていたロジオンは、潜入には消極的でむしろ尻ごみさえしていた。
しかし、兄に無理やり説得され、なかば強引に度胸だめしは決行された。
それが兄弟の運命を分かつことになるとは、つゆとも知らずに。




