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30.空はたそがれ、ロジオンの悩み

 挿絵(By みてみん)



 屋外《おくがい》で魔法《まほう》の鍛錬《たんれん》に明《あ》け暮《く》れていると、背後《はいご》にはすでに黄昏《たそがれ》が迫《せま》っていた。



(もうすぐで今日《きょう》も一日《いちにち》が終《お》わってしまう……)



 沈《しず》む夕陽《ゆうひ》をながめながら、ロジオンは深《ふか》いため息《いき》を吐《は》き出《だ》した。



 一日中《いちにちじゅう》がむしゃらに身体《からだ》を動《うご》かし、思考《しこう》を停止《ていし》させておかなければ、アナベルのことが頭《あたま》を離《はな》れず気《き》が変《へん》になってしまいそうだった。



(わだかまりを残《のこ》したまま、アナベルと二度《にど》と逢《あ》えなくなるのか――?)



 あの夜《よる》、廊下《ろうか》で別《わか》れてから二人《ふたり》は会話《かいわ》を交《か》わしていない。お互《たが》いに話《はな》しかけることもできず、気《き》まずい膠着状態《こうちゃくじょうたい》が続《つづ》いていた。



(無理《むり》もないか……。一方的《いっぽうてき》に彼女《かのじょ》を突《つ》き放《はな》したんだから……)



 とりあえず謝罪《しゃざい》はしたものの、最後《さいご》にまるでとどめを刺《さ》すように冷《つめ》たい言葉《ことば》で彼女《かのじょ》を遠《とお》ざけてしまった。なにか言《い》いたげなアナベルの思《おも》いつめた表情《ひょうじょう》がまぶたに浮《う》かぶ。

 


(僕《ぼく》はそれに気《き》づかないふりをして、会話《かいわ》するすきも与《あた》えずに屋敷《やしき》を飛《と》び出《だ》してきてしまった。ほんとに……最低《さいてい》だよな、あんなことまでしておいて……)



 魔法《まほう》の鍛錬《たんれん》を終《お》えて屋敷《やしき》へ戻《もど》る道《みち》すがら、ロジオンの胸《むね》を占《し》めていたのは花畑《はなばたけ》での一連《いちれん》のできごとだった。



(まるで恋人同士《こいびとどうし》のような雰囲気《ふんいき》に誘導《ゆうどう》しておきながら、それを放棄《ほうき》したのはこの僕《ぼく》だ。彼女《かのじょ》に嫌《きら》われてしまってもしょうがない。でも、あの時《とき》くちづけを躊躇《ためら》ったのは、本当《ほんとう》に君《きみ》を守《まも》り抜《ぬ》けるか自信《じしん》が持《も》てなかったからだ――)




        ──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──




 思《おも》い悩《なや》んだ末《すえ》、ロジオンはアナベルの部屋《へや》へとおもむいた。

 自然《しぜん》と足《あし》が向《む》かっていたのだ。



 彼《かれ》は扉《とびら》の前《まえ》で深呼吸《しんこきゅう》してから遠慮《えんりょ》がちにノックすると、そのまま廊下《ろうか》で返答《へんとう》を待《ま》った。



(……アナベル、いるのかな?)



 答《こた》えはない。


 部屋《へや》にいないのか、いるのにいないふりをしているのか――



 準備《じゅんび》もあることだし出直《でなお》そうと思《おも》ってふり返《かえ》った時《とき》、アナベルの父《ちち》リルロイとぐうぜん鉢《はち》あわせた。



「娘《むすめ》になにかご用《よう》ですかな?」



 ずばり直球《ちょっきゅう》でたずねられ、ロジオンは思《おも》わず言葉《ことば》につまり動揺《どうよう》した。



「たいした用事《ようじ》じゃないんです。いないようなので、また出直《でなお》します」



 困惑《こんわく》した彼《かれ》は早口《はやくち》でそう告《つ》げると、失礼《しつれい》だとは思《おも》いつつ、その場《ば》から立《た》ち去《さ》ろうとした。



「……待《ま》ちたまえ。アナベルなら中庭《なかにわ》にいる。気《き》のせいかもしれないが、元気《げんき》がないようだった」



「そう……ですか……」



「君《きみ》から見《み》ると活発《かっぱつ》に見《み》えるかもしれないが、あれで神経《しんけい》の細《こま》かいところもあってね。私《わたし》や妻《つま》が不在《ふざい》がちでかまってやれなかったせいか、周囲《しゅうい》を気《き》づかって淋《さび》しさを表《おもて》に出《だ》さないよう明《あか》るくふるまうくせがついてしまった」



 リルロイは苦笑《くしょう》し肩《かた》を落《お》とすと、父親《ちちおや》らしい慈愛《じあい》に満《み》ちた表情《ひょうじょう》で彼《かれ》に言《い》った。



「よかったら、これから気分転換《きぶんてんかん》にでも娘《むすめ》を連《つ》れ出《だ》してくれないか。君《きみ》は旅人《たびびと》だ。あと数日《すうじつ》もすれば屋敷《やしき》を去《さ》っていってしまうのだろう?その前《まえ》にせめて娘《むすめ》に想《おも》い出《で》を作《つく》ってやってくれないだろうか」



 娘《むすめ》への愛情《あいじょう》に裏打《うらう》ちされたまなざしだった。

 彼《かれ》には断《ことわ》る理由《りゆう》が見《み》つからなかった。



「アナベルのお相手《あいて》ならば、喜《よろこ》んでお引《ひ》き受《う》けします」



 ロジオンは慇懃《いんぎん》なようすでそう答《こた》えると、リルロイに向《む》かって静《しず》かに黙礼《もくれい》してその場《ば》を去《さ》った。




        ──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──




 白《しろ》い円柱《えんちゅう》に囲《かこ》まれた庭園《ていえん》。

 おそらくアナベルはそこにいるのだろう。



 リルロイの言葉《ことば》から察《さっ》するに、彼女《かのじょ》もまた花畑《はなばたけ》での一連《いちれん》のできごとに心《こころ》を痛《いた》めているのかもしれなかった。



(とにかく……彼女《かのじょ》にあやまらないといけないな。でも、本当《ほんとう》にそれだけでいいんだろうか……。もし、アナベルが真剣《しんけん》に僕《ぼく》のことを想《おも》ってくれているとしたら……。今度《こんど》こそ逃《に》げちゃいけないんじゃないだろうか)



 そこまで考《かんが》えてからロジオンははっとしたように足《あし》を止《と》めた。彼《かれ》の目線《めせん》の先《さき》には、夕陽《ゆうひ》に照《て》らされて一人《ひとり》たたずむアナベルの姿《すがた》があった。



 中庭《なかにわ》のベンチに腰《こし》かけた彼女《かのじょ》は、物憂《ものう》げなようすで噴水《ふんすい》の波紋《はどう》をながめている。



 とっさに声《こえ》をかけることができなかったのは、いつもの溌剌《はつらつ》とした彼女《かのじょ》とは異《こと》なる姿《すがた》に胸《むね》をつかれたからかもしれない。



 気丈《きじょう》さの内《うち》に秘《ひ》めた少女《しょうじょ》のせつない横顔《よこがお》に、少年《しょうねん》はその場《ば》で言葉《ことば》をうしなって立《た》ちつくしていた。


 


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