22.旅立ちの理由は聞かないで
なんとなくいい雰囲気になったちょうどその時刻。大聖堂の鐘が高らかに鳴りひびき、数十羽の白い鳩がいっせいに飛び立った。
それが礼拝の終了を告げる合図だった。厳かに閉ざされた聖堂の扉が開き、大勢の人々が一同に広場にあふれ出てきた。
「……坊ちゃん?ロジオン坊ちゃんじゃあないですか!?」
辺りをはばからぬ大きな声にふり返ると、愛嬌あふれる小太りの中年男が駆け寄ってきた。
「……ハッシュか!久しぶりだなぁ。でもなんでこんな所に?てっきり屋敷にいるのかと思ってたよ」
ロジオンは思わず相好をくずした。
故郷デルスブルクで彼の世話係を務めていた男だった。
「坊ちゃんこそ、ガールフレンドとデートのまっ最中ですか」
「デッ……!?」
思わず赤面し言葉をつまらせると、ここぞとばかりにハッシュが畳みかけた。
「坊ちゃんもすみに置けませんなぁ。さすがは色男。こんなに可愛らしいお嬢さんとごいっしょだとは」
おだてられて舞いあがったアナベルは、急遽ロジオンを押しのけて会話に割りこんできた。
「ガールフレンドだなんてそんな……。彼とは知り合ったばかりで、この街の案内をしていたところなんですよ。申し遅れましたが、私はアナベル。マインスター家の娘です」
うわべでは謙遜しつつも、明らかにまんざらでもないようすで彼女は答えた。ついでにちゃっかり良家の子女であることもアピールしている。
「マインスター家というと、あの豪商マインスター家のご令嬢ですか!?」
さも関心したというように目を見はってハッシュが歓声をあげた。
「ところでおまえはどうしてこの街に?」
問われてハッシュは、こほんと咳ばらいをすると、
「もともと親戚がアトゥーアンで商売をしてましてね。はぶりがいいので店を手伝ってほしいと頼まれて、こっちに移って来たんですわ」
そう言うなり誇らしげに、人々の活気あふれる噴水広場をながめた。
「坊ちゃんが屋敷を出た翌年ですかね。親父も歳だったので教育の職を辞退して、今では妻と私と一緒にこの街に住んでいます」
「懐かしいな。クロウェル爺には叱られもしたけど、いろいろと大切なことを教わったよ」
「もしよかったらなんですが、親父に逢ってもらえないでしょうか?あれから坊ちゃんのこと心配してたみたいで、顔を見せるだけでも安心すると思うんです。なんせロジオン様は私どもの太陽ですから」
「そんな大げさな……。僕はかまわないんだけど……」
しきりに照れながらもロジオンはちらりとアナベルのほうを見た。
「あたしも一緒に行ってもいいの?」
「もちろんですとも!しかしやっぱりデートのお邪魔でしたかね」
大きな身体を申し訳なさそうに縮めると、ハッシュは彼女の顔色をうかがった。
「いいえ、お気になさらないで。ロジオンのお世話になった方なんでしょ?」
「うん、小さいころ僕の教育係をしてくれた人なんだ」
「だったらなおさら。元気な姿を見せてあげなきゃ!」
アナベルは陽気にそう言ったが、実はほかにも思惑があった。これまで彼に故郷の話や、旅の経緯などをたずねたことがあった。
しかし話題をふってみたものの、それとなくかわされてしまい、くわしい話はなんら聞けずじまいだったのだ。
ラグシードに聞こうにも屋敷には不在がちで、やっと捕まえても気乗りしないようすで、
「ロジオンは秘密主義だからなぁ。俺からはなんとも……」
とあいまいな返事をもらったにすぎなかった。
もともと好奇心が旺盛なアナベルのことである。
隠されれば隠されるほど知りたくなる。
それが好意を寄せている人物のことならばなおさらだ。
教育係を勤めたほどの人であれば、彼のことをよく知っているにちがいない。
(ロジオンのプライベートなこと、いろいろ聞き出すチャンス到来!女ってつくづく好きな人のことはなんでも知りたい生き物なのよね……)
ハッシュと再会してから、彼はずいぶん気をゆるした表情を見せるようになった。自分といるときとはちがう打ち解けた笑顔。
その姿をほほえましく見つめながら、アナベルはロジオンにもっと近づきたいと思ったのだった。
──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──
ハッシュの家は一階に店舗を構えているために、大聖堂のある広場からさして遠くない比較的立地のよい場所に建っていた。
「ささ、遠慮なくおあがりになってください」
階段を上がった先にある居住空間に入ると、二人はすぐさま居間に通された。
「クロウェル爺!」
揺り椅子に腰かけた眼鏡の老人を見るなり、ロジオンは急に顔をほころばせた。
「なんと!ロジオン様ですか!久しくお逢いしないうちにご立派になられて……」
感無量とばかりに机上に読みかけの本を投げ出すと、クロウェルはロジオンの手を強く握りしめた。
そしてさりげなく視線を横に移すと、隣でにこにこしながら対面のようすを見守っていた娘を見てたずねた。
「はて?ところで、そちらのお嬢さんは?」
「こちらは坊ちゃんのガールフレンドのアナベルお嬢様です」
(――ハッシュの奴、余計なことをっ!?)
思いがけず顔が赤くなってしまい、それを隠すためにとっさにうつむいていると、
「ほほう!それはそれは。ロジオン様は奥手なのでこの爺、たいそう気にかけていましたが、まさかこんなに素敵なレディーの心を射止めるとは。……わしの心配も杞憂に終わりましたな」
いかにも感服したというようすで、クロウェルはしみじみしながら紅茶をすすった。アナベルの前で奥手呼ばわりされ、ロジオンは顔も上げられないようすだった。
「彼はうちの店の恩人なんですよ。店内で暴走した合成獣を魔法で改心させてくれたんです」
「ほう、それは大活躍でしたな」
「おかげでたいした怪我人も出さず、店の評判も落とさなくてすみました。そのお礼もかねてうちの屋敷に滞在してもらってるんです」
持ち前の快活さでアナベルはハキハキと喋った。
「そうですか、魔法で改心させるとは。この数年でだいぶ腕を上げられましたな」
彼らを椅子に座らせてから二人分の紅茶をふるまうと、店の用事があるからと言ってハッシュは一階の店舗に降りていった。
「ところでお嬢さん。ロジオン様はこのとおり、自分のことは滅多に話したがらないお人なんです。まあ、難しい年頃ですしの。よかったら代わりにあなたが、彼について知っていることをこの爺に話してくださらんか?」
「えっ!?」
ロジオンが思わず驚きの声をあげ腰を浮かした。鋭い抗議の視線をクロウェルに送るが、彼は素知らぬ風を装っていた。
どうやら彼はアナベルのことを気に入ったらしい。彼女は嬉々として、ロジオンの活躍をクロウェルの前で語りはじめた。
そのほとんどがラグシードや、外から様子をうかがっていた支配人、ムッシュー・ヒロタの受け売りだったのだが。
クロウェルはまるで孫の活躍を喜ぶようなそぶりで聞いていたが、肝心のロジオンの心境は複雑であった。
合成獣であるセルフィンを改心させ、被害を食い止めたのは事実だった。だが、店を壊滅的に破壊したあげく、呪文の制御に失敗して気絶したのだ。ぶざまにもほどがある。
お茶をいれ直すと言って、クロウェルが台所に引っこむと、
「せっかく久しぶりに爺やさんと逢ったんだから、黙ってないでもっと喋ったら?」
アナベルが肘でロジオンをこづくとそうささやいた。
「僕の代わりにアナベルが全部話してくれたじゃないか」
「それはこの街に来てからの話でしょ。故郷を出て一年以上も旅してたんだから、話すことだっていっぱいあるんじゃないの?」
「……別に。どうってことないことばかりだったよ」
まるで反抗期まっただ中、といったようなそっけない口ぶりだ。
「だったら、どうして旅に出たの?行ってみたい場所とか、やってみたいことがあったんじゃないの?」
瞳をらんらんと輝かせて、いかにも興味津々といったようすでつめよるアナベル。だが、ロジオンは返答につまり、うつむくと急に黙りこんでしまった。
(ほんとうの理由なんて……言えるわけないだろ……)




