↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/39

17.ふたりきりの図書室で……

 挿絵(By みてみん)



「ここがマインスター家《け》、自慢《じまん》の図書室《としょしつ》よ」



 彫刻《ちょうこく》がほどこされた重厚《じゅうこう》な扉《とびら》を押《お》し開《あ》けると、ドーム型《がた》の天井《てんじょう》をした大広間《おおひろま》だった。



 円蓋《えんがい》のあかり取《と》りの窓《まど》から西日《にしび》が差《さ》しこんでいる。

 天井《てんじょう》を仰《あお》ぎ見《み》ながら、その造詣《ぞうけい》の美《うつく》しさに彼《かれ》は目《め》を細《ほそ》めた。



 床《ゆか》には緋色《ひいろ》の絨毯《じゅうたん》が敷《し》きつめられ、貿易《ぼうえき》により何世代《なんせだい》も前《まえ》に屋敷《やしき》に持《も》ちこまれたであろう、遠《とお》い国《くに》のランプには早《はや》くも火《ひ》が灯《とも》っていた。



 壁面《へきめん》には背《せ》の高《たか》い本棚《ほんだな》がずらりと整列《せいれつ》し、古今東西《ここんとうざい》の貴重《きちょう》な蔵書《ぞうしょ》で埋《う》めつくされている。



「これなんか、すごい年代物《ねんだいもの》の書物《しょもつ》だな」



 感心《かんしん》したように興味《きょうみ》を惹《ひ》かれた本《ほん》を手《て》に取《と》りながめる。ざっと見積《みつ》もって五万冊《ごまんさつ》はあるだろうか。彼《かれ》の屋敷《やしき》の図書室《としょしつ》にも負《ま》けない蔵書量《ぞうしょりょう》だ。



「ここにあるのは読書好《どくしょず》きだった先代《せんだい》のお祖父様《じいさま》やご先祖様《せんぞさま》たちが、長《なが》い年月《ねんげつ》をかけて収集《しゅうしゅう》した書物《しょもつ》のコレクションなの。あたしは勉強《べんきょう》は嫌《きら》いだけど本《ほん》を読《よ》むのは大好《だいす》きで、子供《こども》のころからよくこの部屋《へや》にこもって夢中《むちゅう》で読書《どくしょ》に没頭《ぼっとう》してたわ」



(意外《いがい》にも読書家《どくしょか》なのは、マインスター家《け》の血筋《ちすじ》なのかな――)



 普段《ふだん》どちらかといえば落《お》ち着《つ》きのない印象《いんしょう》だったアナベルの、目新《めあたら》しい一面《いちめん》を見《み》たとロジオンは思った。



 二人《ふたり》とも時間《じかん》を忘《わす》れ、思《おも》い思《おも》いの本《ほん》を書架《しょか》から取《と》り出《だ》しぱらぱらとめくっていると、ふいにアナベルが言《い》った。



「ロジオンも本《ほん》が好《す》きなんでしょ?子供《こども》のころはどんな本《ほん》を読《よ》んでたの?」



 素朴《そぼく》な疑問《ぎもん》だったが、本好《ほんず》きには興味深《きょうみぶか》い質問《しつもん》だった。



「僕《ぼく》はね、冒険小説《ぼうけんしょうせつ》が好《す》きだったな。主人公《しゅじんこう》にあこがれて戦《たたか》いの真似《まね》をしたりして、無茶《むちゃ》をやったからしょっちゅう叱《しか》られていたよ」



 幼《おさな》いころを懐《なつ》かしむように、遠《とお》くを見《み》るようなまなざしで彼《かれ》は言《い》った。



「あたしはやっぱり胸《むね》をときめかせるような恋愛小説《れんあいしょうせつ》かな。夢見《ゆめみ》がちな性格《せいかく》になっちゃったのはそのせいかもね」



 そう言《い》って肩《かた》をすくめてみせると、アナベルは照《て》れくさそうに微笑《びしょう》した。



「それにしても落《お》ち着《つ》くね、この場所《ばしょ》。できれば目《め》を通《とお》したい本《ほん》がまだ何冊《なんさつ》かあるんだけど………。君《きみ》のお気《き》に入《い》りのスペースに、僕《ぼく》みたいな新参者《しんざんもの》が居座《いすわ》っててもいいのかな?」



 本《ほん》を片手《かたて》に微笑《ほほえ》んだロジオンは、淡《あわ》い西日《にしび》に照《て》らされて彫刻《ちょうこく》のように美《うつく》しく、アナベルはしばし時《とき》を忘《わす》れてしまった。



「どうかした?」



「な、なんでもないわ。気《き》にしないで」



「やっぱり……迷惑《めいわく》?」



 困惑《こんわく》したようすで、彼《かれ》はぐいっと顔《かお》を近《ちか》づけてくる。



 自分《じぶん》を真剣《しんけん》に見《み》つめる空色《そらいろ》の瞳《ひとみ》に吸《す》いこまれそうになり、少女《しょうじょ》の心臓《しんぞう》がどきんと跳《は》ねあがる。



(こ、こんな風《ふう》に見《み》つめられるのって、初《はじ》めてかも……)



 狼狽《ろうばい》したアナベルは顔《かお》が赤《あか》らんでくるのを隠《かく》そうとして、とっさにうつむいた──




        ──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──




「あら、お邪魔《じゃま》だったかしら……?」



 その時《とき》、絶妙《ぜつみょう》なタイミングで図書室《としょしつ》に現《あらわ》れた女性《じょせい》は、ロジオンを見《み》ると穏《おだ》やかな微笑《ほほえ》みを浮《う》かべて言《い》った。



「初《はじ》めまして。アナベルの姉《あね》でキャスリンと申《もう》します。あなたがロジオンさんね」



「わっ!?お姉様《ねえさま》ったらいつの間《ま》に……」



 あらぬ誤解《ごかい》をうけぬよう、二人《ふたり》は即座《そくざ》に離《はな》れて来訪者《らいほうしゃ》のようすをうかがった。



「あ、あの……こちらこそ、よろしくお願《ねが》いします」



 突然《とつぜん》の訪問《ほうもん》にうろたえた彼《かれ》は、ややうわずった声《こえ》であいさつに応《おう》じることになった。



「お姉様《ねえさま》はなんの用《よう》なの?」



 二人《ふたり》っきりの親密《しんみつ》な時間《じかん》を邪魔《じゃま》されて、アナベルは少《すこ》しふて腐《くさ》れているようだ。



「ちょっと早《はや》いけど、宴《うたげ》のしたくができたから呼《よ》びに来《き》たの。あなたたち昼間《ひるま》の騒動《そうどう》でろくに食《た》べてないでしょう?そろそろお腹《なか》が空《す》いてるんじゃないかと思《おも》って」



 言《い》われてみると興奮《こうふん》していてすっかり忘《わす》れていたが、空腹《くうふく》はけっこう深刻《しんこく》な状態《じょうたい》だった。



(彼《かれ》の前《まえ》でお腹《なか》の音《おと》が派手《はで》に鳴《な》ったらみっともないわ!)



「悪《わる》いけど、あたし先《さき》に行《い》ってるから!」



  なんとも乙女《おとめ》らしい発想《はっそう》に頭《あたま》の回路《かいろ》がつながったアナベルは、あたふたと図書室《としょしつ》から出《で》るとそのまま廊下《ろうか》を駆《か》け出《だ》していった。



「相変《あいか》わらずあわただしい子《こ》。お客様《きゃくさま》をほったらかしていくなんてみっともない!」



 乙女《おとめ》の恥《は》じらいを自制心《じせいしん》のなさと受《う》けとった姉《あね》は、たいそうご立腹《りっぷく》なようだった。



「でも、彼女《かのじょ》の溌剌《はつらつ》としているところに僕《ぼく》は救《すく》われましたけど……」



「ほんとにそれだけがとりえなのよ。手《て》のかかる妹《いもうと》で困《こま》ってるわ」



 不在《ふざい》がちな母親《ははおや》の穴埋《あなう》めのように、キャスリンは妹《いもうと》の保護者《ほごしゃ》の役割《やくわり》を買《か》って出《で》ていた。しかしアナベルのしつけには、ほとほと手《て》を焼《や》いているようだった。



「それより、もう一人連《ひとりつ》れの方《かた》がいらっしゃると聞《き》いたんだけど、夕食《ゆうしょく》はごいっしょしないのかしら?まだ屋敷《やしき》でもお目《め》にかかっていないのだけど」



 たずねられてロジオンはやや困惑《こんわく》した。相棒《あいぼう》の自由気《じゆうき》ままな行動《こうどう》が、相手《あいて》の失礼《しつれい》になりはしないかちょっと心配《しんぱい》になったのだ。



「ああ、彼《かれ》ですか……。日暮《ひぐ》れには帰《かえ》ってくると思《おも》ったんですが。外出《がいしゅつ》したまま戻《もど》って来《こ》ないのをみると、夕食《ゆうしょく》は外《そと》で済《す》ませてくるのかもしれません。なのでどうぞおかまいなく」



「それでいいのならこちらはかまわないけど。ところで、その人《ひと》はあなたの従者《じゅうしゃ》なの?」



「一応《いちおう》は。父《ちち》が勝手《かって》に護衛《ごえい》として送《おく》って寄《よ》こしたんです。……頼《たの》んでもいないのに。今《いま》はもう仲間《なかま》というか友人《ゆうじん》のような間柄《あいだがら》で」



「なんかいいわね、あなたたちの関係《かんけい》。従者《じゅうしゃ》なのにそこまで自由《じゆう》を許《ゆる》してるなんて、ずいぶん信頼《しんらい》してるんだなあと思《おも》って」



 ぽつりとキャスリンがこぼした言葉《ことば》は、思《おも》いもよらないものだった。なにか誤解《ごかい》をしてるなぁと、ロジオンは戸惑《とまど》いの色《いろ》を浮《う》かべた。



「あら、大変《たいへん》!もうこんな時間《じかん》だわ。今夜《こんや》はシェフが腕《うで》を振《ふ》るったごちそうだから、冷《さ》めたらもったいないわ。早《はや》く行《い》きましょう」



「なんだかすみません。突然《とつぜん》の訪問《ほうもん》なのにこんなにご親切《しんせつ》にしていただいて」



「そんなに恐縮《きょうしゅく》しないで。せっかく遠方《えんぽう》からいらしたお客様《きゃくさま》ですもの。丁重《ていねい》におもてなししなくては我《わ》が家《や》の恥《はじ》ですわ。それにあなたは妹《いもうと》のお気《き》に入《い》りのようですし」



 そう言《い》ってキャスリンはいたずらっぽく笑《わら》ったので、ロジオンはほんの少《すこ》しドギマギした。




挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。