↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/40

16.アナベルの家庭の事情

 挿絵(By みてみん)



 半時間《はんじかん》ほどかかって、ひと通《とお》り屋敷《やしき》の案内《あんない》を終《お》えたときのことだった。



「ところで、君《きみ》のお母様《かあさま》にもご挨拶《あいさつ》したいんだけど、どこにいらっしゃるのかな?」



 なにげなく振《ふ》られたロジオンの一言《ひとこと》だったが、アナベルの動揺《どうよう》をさそうには充分《じゅうぶん》だった。



「あの人《ひと》だったらここにはいないわ」



 礼《れい》を欠《か》かないように短《みじか》く返答《へんとう》する。

 気《き》のせいかずいぶんと棘《とげ》のある口調《くちょう》だ。



「どういうこと?」



 プライベートに立《た》ち入《い》るようで無神経《むしんけい》かと思《おも》ったが、つい疑問《ぎもん》が口《くち》をすべって出《で》ていた。



「お金持《かねも》ちの友人達《ゆうじんたち》といっしょに豪華客船《ごうかきゃくせん》の旅《たび》をしてるの。いつ帰《かえ》ってくるかもわからないわ。いつも気《き》まぐれに屋敷《やしき》に戻《もど》ってきては、短期間滞在《たんきかんたいざい》してすぐにまた出《で》かけちゃうから」



 アナベルのようすが、どことなく淋《さび》しそうに見《み》えたのは気《き》のせいか。



「よくお父《とう》さんが許《ゆる》してるね」



「……弱味《よわみ》を握《にぎ》られてるのよ。お母様《かあさま》があんな風《ふう》になったのも、お父様《とうさま》が外《そと》に何人《なんにん》も愛人《あいじん》を作《つく》るようになってからだもの。いっこうにやめる気配《けはい》はないしね。どっちもどっちよ」

 


 彼女《かのじょ》は視線《しせん》を落《お》とすと、わざと無関心《むかんしん》なそぶりを見せてそうつぶやいた。さばけた口《くち》ぶりがかえって痛々(いたいた)しかった。



 はげましの言葉《ことば》をかけるべきか考《かんが》えあぐねているうちに、いつしか二人《ふたり》は美《うつく》しい中庭《なかにわ》に面《めん》した回廊《かいろう》を進《すす》んでいた。



 手入《てい》れされた植込《うえこ》みには新緑《しんりょく》の訪《おとず》れとともに花《はな》が咲《さ》き乱《みだ》れ、小《ちい》さな噴水《ふんすい》が飛沫《しぶき》を上《あ》げている。何本《なんぼん》もの白《しろ》い円柱《えんちゅう》に囲《かこ》まれた心休《こころやす》まるような空間《くうかん》だ。



「もう少《すこ》しであたしの部屋《へや》があるの。ちょっと寄《よ》っていかない?」



 少女《しょうじょ》はそう言うと無邪気《むじゃき》に微笑《ほほえ》んだ。

 さっきまでの翳《かげ》りはどこかへ消《き》えていた。



 ロジオンはほっとしたが、母《はは》の不在《ふざい》と父《ちち》の不貞《ふてい》に、密《ひそ》かに胸《むね》を痛《いた》めるアナベルの心《こころ》の琴線《きんせん》にふれた気《き》がして、なんだかいたたまれない気持《きも》ちになった。




        ──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──




「ここからの景色《けしき》がお気《き》に入《い》りなのよ」



 アナベルは自室《じしつ》の扉《とびら》を勢《いきお》いよく開《あ》けると、正面《しょうめん》にある大窓《おおまど》もついでに開放《かいほう》した。



 風《かぜ》とともに新鮮《しんせん》な空気《くうき》が入《はい》りこみ、室内《しつない》を吹《ふ》きぬけていった。金色《きんいろ》のタッセルでくくられた唐草模様《からくさもよう》のカーテンが優雅《ゆうが》に風《かぜ》にたなびいた。



「すごいや、庭園《ていえん》が一望《いちぼう》できるんだね!」



 バルコニーから身《み》を乗《の》り出すと、ロジオンは興奮《こうふん》したように感嘆《かんたん》の声《こえ》をあげた。



「都《みやこ》でも有名《ゆうめい》な庭師《にわし》に手入《てい》れしてもらってるの。ちょっとユニークでしょ?」



 そう言《い》って迷宮《めいきゅう》のように複雑《ふくざつ》に入《い》り組《く》んだ、青々(あおあお)とした若葉《わかば》の茂《しげ》る庭木《にわき》を指《ゆび》さした。



「なんだか冒険心《ぼうけんしん》をかき立《た》てられちゃうね」



【 ✧˖°♔♛ ラビリンスの入口《いりぐち》へようこそ! ♛♔✧˖° 】



 そんな謳《うた》い文句《もんく》が石碑《せきひ》に刻《きざ》まれていそうな生垣《いけがき》が、芸術《げいじゅつ》の域《いき》まで高《たか》められ優美《ゆうび》な景観《けいかん》となって眼下《がんか》に広《ひろ》がっている。



 さすがアトゥーアン有数《ゆうすう》の豪商《ごうしょう》だけあるなと彼《かれ》は心《こころ》から関心《かんしん》していた。



「ねえ、そろそろ中《なか》に入《はい》ったら?」



 バルコニーにつながる室内《しつない》から、アナベルが手招《てまね》きをする。彼女《かのじょ》の部屋《へや》はさすがに富豪《ふごう》の娘《むすめ》だけあって、広々(ひろびろ)としていて豪華《ごうか》だった。



 部屋《へや》の調度品《ちょうどひん》もいかにも少女《しょうじょ》らしい雰囲気《ふんいき》で統一《とういつ》されている。書《か》き物《もの》机《づくえ》の上《うえ》には愛《あい》らしい鳥《とり》の置物《おきもの》や、色《いろ》とりどりの美《うつく》しい香水瓶《こうすいびん》が飾《かざ》られていた。



 花器《かき》には季節《きせつ》の花《はな》が活《い》けられ、ソファーには小《ちい》さな可愛《かわい》らしいクッションが並《なら》べられている。



(まさしく女《おんな》の子《こ》の部屋《へや》って感《かん》じだな……いい匂《にお》いがするけど、なんの香《かお》りだろう?)



 ふんわりと包《つつ》まれるような女性特有《じょせいとくゆう》の香《かお》りに、急《きゅう》にどぎまぎしてきたロジオンだった。



「どうかしたの?」



「いや、別《べつ》に……。それよりアナベル。この屋敷《やしき》に図書室《としょしつ》があるって聞《き》いたんだけど、よかったら案内《あんない》してくれないかな?」



「いいわよ。あそこはあたしのお気《き》に入《い》りの場所《ばしょ》だもの」



 言《い》うが早《はや》いかアナベルは、自室《じしつ》を飛《と》び出《だ》して先陣《せんじん》をきって歩《ある》きはじめた。



 その表情《ひょうじょう》が生《い》き生《い》きしている。自分《じぶん》の好《す》きな場所《ばしょ》へ、ロジオンを案内《あんない》できるのがうれしくてたまらないようだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。