14.お嬢様の白亜の豪邸
まどろむような午後の日差しが部屋をつつんでいた。
(……なんだか気持ちがいい……はっ!いけない、いけない。うっかり寝てしまうところだった……)
つい居眠りしそうになるのをこらえて、ロジオンはやや緊張した面持ちで、通された応接室のソファーに座っていた。
レストランの支配人ムッシュー・ヒロタいわく、
アトゥーアンの都でも有数の豪商──
というだけあって、アナベルの住むマインスター家の屋敷は、街の西側にある緑豊かな高級住宅地にあった。
白亜の優美な外観に朱色の屋根が印象的な、豪奢で立派な邸宅だった。
「まるで宮殿だな──」
馬車の窓から荘厳な景観をながめながら、ため息まじりにラグシードがそうつぶやく。もはや感心を通りこして、あきれたような口ぶりだ。
行く手には意匠をこらした庭園の敷地がゆうゆうと広がっている。
あれから急きょ洋品店に立ち寄り、ロジオンとラグシードは新品の衣装をあてがわれていた。
「すっかり見ちがえたわ!」
と、アナベルの賞賛の声を獲得したほど見事な変貌ぶりであった。
とはいえ、色も形もさほど変わり映えのない魔法衣である。あらためて自分たちは薄汚れた格好をしていたのだなと再認識させられた。
ちなみに青いマントはもとのままだ。特別に魔法をかけた特殊な糸を織りこんでいるため、長年の使用にも耐えうる頑丈さを誇っている。
そして大鷲に姿を変えたセルフィンはというと、屋敷を訪れる前にどこかへ飛び去っていた。
(それにしてもずいぶん遅いなあ……)
豪華な布張りのソファーに腰をかけながら、彼がふっと気をゆるめたまさにその時、激しく扉が開く音がして、あわただしいようすで室内に入ってきた人物がいた。
「君がロジオン君かね?」
低いバリトンの声がして、窓際にたたずんでいた男がこちらをふりむいた。
マインスター家四代目当主。リルロイ=マインスター。
アナベルの実の父親であった。
口ひげをたくわえた洒脱な雰囲気のある男で、気障で個性的なファッションに身をつつんでいたが、それがかえって魅力的に映るという得な性分をしていた。
派手さが嫌味にならない。
センスのよさを感じさせる人物だ。
「は、はじめまして。僕はロジオン=ルンドクイスト。デルスブルクの領主の息子です」
彼はその場で勢いよく立ちあがると、少々どもりながらも自己紹介を終えた。
「まあ、そう堅くならずに。気を楽にして座ってくれたまえ」
リルロイは生まじめな少年の緊張をほぐすように優しく声をかけた。
しかし物腰は柔らかく紳士的であったが、一見愛想よく細めた眼光の奥に──商売人の血脈を受け継ぐ者特有の、抜け目なさやカンの鋭さがうかがえた。
そしてなにより大事な娘が連れてきた男の客人である。父親の役目として、信頼にあたる人物かどうかを見定めねばならない。
あらかじめ本人から借り受けた『貴族証』で身分を確認していたが、肖像画と見くらべても偽りはないようだった。
なるほど、娘が気に入っただけあってハンサムな少年だ、とリルロイは思った。
「君のおかげでたいした負傷者も出ず助かったよ。店の修復には時間がかかるが、こうした事件で一番やっかいなのは死者を出すことでね。あんな獰猛な合成獣が、客の多い昼間に店内で大暴れしたとあっては、運が悪ければ大勢の犠牲者が出ていたところだ。そこを偶然あの場にいあわせた君たちが、被害を最小限に食い止めてくれたからこそ、店の名に傷がつかずに済みましたよ。これで今後も安心して商売を続けられるというものです。店というのは一度評判が落ちたら立て直すのは難しいですからな」
リルロイは商売人らしい饒舌な語り口で、よどみ一つなくそう言った。
「いえ、当然のことをしたまでです」
ひかえめな姿勢を崩さずにロジオンは答えた。家柄は申し分ないし、娘のお気に入りとあっては、丁重にもてなさなくてはならないとリルロイは考えた。
「ロジオン君といいましたな。私は仕事があるのでそろそろ失礼しなくてはならないが、長旅でさぞやお疲れでしょう。あなたは我が家の恩人でもある。そのお礼もかねてどうぞゆっくりしていってください。そのほうが娘も喜ぶでしょう」
「いえ、そんなお構いなく……」
「──それとこれをお返しします」
そう言うとリルロイは黒い革製の『貴族証』を手渡した。部屋を退出しようとして、ロジオンの背後を通りすがりざま、おもむろに彼の肩にぽんっと手を置くと、
「アナベルをよろしく頼みます」
そう言い残して風のように去っていった。
(……今の、どういう意味なんだろ?)
少年は疑問を浮かべつつ、戸惑いながらも応接室を後にした。
──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──
「ロジオ~ン!お父様、なんて言ってた?」
元気よく手をふりながら、アナベルが廊下を駆け寄ってくる。
「しばらくゆっくりしていくようにって親身に接してくださったよ。なんだか感じのいいお父さんだね。それにしてもほんとにお言葉に甘えちゃってもいいのかな?」
「ぜーんぜんっかまわないわよ。むしろ大歓迎!」
少女の屈託のない笑顔に癒され、彼は心の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
「そういえば連れの方は?まったく姿が見えないようだけど」
「彼なら所用があるとかで街のほうに出ているよ。おそらく夕方には戻ると思う」
「ラグシードはロジオンの護衛として雇われてるんでしょう。それならもっと自覚ある行動をとるべきなんじゃないの?」
「確かに彼は立場上、父が僕のために雇った護衛なんだけど、僕にとってラグは旅の仲間であり友人だから、なるべく自由にふるまってほしいんだ」
「ロジオンは寛大なのねぇ」
反すうするように彼女はしみじみとつぶやいた。




