第4章 : 波音に隠された真実
【本日2章同時更新!】
いつも作品をお読みいただきありがとうございます。
本日は土曜日ですので、第4章に続いて**第5章『笠島の龍と、消えた洞窟』**もこの後同時投稿しております!
二人の甘酸っぱい海でのひとときから一転、後半からは物語のミステリーが一気に動き出します。ぜひ第5章も併せてお楽しみいただければ嬉しいです!
鳴浜の朝は、容赦ない夏の光に満ちていた。
午前八時を回ったばかりだというのに、一三五号線の高架の上から見下ろす海面は、まるで砕いたガラスのように眩しく輝いている。
その群青のうねりの中に、いくつかの黒い点が浮かんでいた。波を待つサーファーたちだ。
優希は高架の欄干に小さな手をかけ、目を凝らしてその中の一つの影をすぐに捉えた。
大柄な少年が、誰よりも熱心に沖を見つめているその背中は、間違いなく隆のものだった。
浜へ降りて波打ち際で見つめていると、沖からひときわ大きな、形の良い美しいうねりが持ち上がってきた。
隆の身体が動いた。無駄のない、力強いパドリングで波の斜面を滑り降りると、一瞬の澱みもなくボードの上に立ち上がる。
波の底へ向かって一気に加速していくその疾走感に、優希は思わず「わぁ……」と小さな歓声を上げていた。
隆は波の最も崩れやすい鋭い斜面で、一気に身体を傾けて急角度のターンを決めた。
そのまま、浜辺近くで白く砕け、小さくなっていく波の最後までぎりぎりまで乗り続ける。
スープに捕まる直前、くるりと軽やかに向きを変えてボードに飛び乗り、また滑るように沖へと戻っていった。
沖へ戻った隆が、同じように波を待っている一人のサーファーと並んだ。
濡れてきらめく長い髪。二人は親しげに、そして何より楽しそうに顔を合わせて笑っている。
夏帆さんだ。
その光景を見た瞬間、優希の胸の奥がツンと細く痛んだ。
楽しげに弾ける二人の笑い声が、波の音に混じって届くような気がして、優希は思わず視線を砂浜の足元へと落とした。
けれど、次の波を捕まえて浜へと滑り込んできた隆は、ボードを抱えて立ち上がると、真っ直ぐに優希の姿を見つけた。
「おはよう、優希! 浜まで来てくれたんだな」
そう言って、前髪から滴る水を払いながら、眩しいほどのさわやかな笑みを浮かべた。
優希の顔が、霧が晴れたようにぱぁっと明るくなる。
ほんの少し頬が赤く染まったのは、ようやく本気で照りつけ始めた夏の太陽のせいだけではないはずだった。
「おにいちゃん、サーフィンもできるんだね。すごいや」
「いや、まだまだ見よう見まねだよ。このボードも夏帆さんに借りてるやつだしさ」
隆はボードを砂の上に横たえると、優希と並んで腰を下ろした。おもむろに自分の腹をさすりながら笑う。
「あー、腹減った。朝の六時から海に入ってたからな。ちょっと何か買ってくるから、そこで待ってて」
隆は砂を蹴って、ちょうど開店の準備を終えたばかりの海の家へと走っていった。
しばらくして戻ってきた彼の手には、揚げたてのアメリカンドッグが二本と、汗をかいたガラス瓶のコーラが二本握られていた。
「ほら、お前の分」
「ありがとう、おにいちゃん」
優希が受け取ると、隆は自分のアメリカンドッグにケチャップを絞りながら、まじまじと優希の服を見た。
「せっかく綺麗な服着てるんだから、ケチャップ落とすなよ?」
優希が着ているのは、仕立ての良いラルフローレンのチェックの半袖ボタンダウンシャツだ。
田舎の浜辺には似合わないその格好を、隆はいつもの無骨な、しかしどこか過保護な兄の目で気遣っている。
優希はそれが嬉しくて、小さく頷いた。二人はきらきらと砕ける白い波頭を見つめながら、無言で、しかし心地よい距離感でアメリカンドッグを頬張った。
やがて、沖からもう一つの影がしなやかに波を滑り、浜へと上がってきた。
ウェットスーツを腰で結び、小麦色の肌を朝陽に光らせた夏帆だ。
「あら、すっかり仲良しさんじゃん」
夏帆はボードを砂に突き刺すと、腰に手を当てて二人を見下ろした。
「この間の、防波堤の裏でカツアゲされそうになってた子だよね?」
優希の表情が、一瞬にして硬くなった。浮かべた笑顔が、どうしてもぎこちなくなってしまう。
「あ、うん。この子は一ノ瀬優希。幸浦の源さんの孫なんだ。昨日、白鴎丸の副船長に任命したんだぜ」
隆が誇らしげに紹介すると、夏帆はふうん、と合点がいったように優希をじっと見つめた。
「こんにちは、優希ちゃん」
「……一ノ瀬優希です」
優希は小さく頭を下げたが、その細い肩は強張っていた。
いつもならもっと上手にできる挨拶が、なぜか上手く言葉にならない。
優希にしては、少し不愛想に聞こえたかもしれない。
夏帆はそんな優希の様子を面白そうに眺めると、今度は隆に向き直り、少し首を傾げて思わせぶりに聞いた。
「ねえ隆さぁ、今日この後、暇? ちょっと付き合ってほしいところあるんだけど」
その言葉に、優希の心臓がどきりと跳ねた。
隆の顔をすがるように見つめるが、言葉を挟むこともできず、悲しげに目を伏せる。
隆が夏帆さんとどこかへ行ってしまったら──。
「あ、すみません。この後、定夫と航も合流して、みんなで郷土資料館へ行くことになってるんです」
隆があっさりと答えた。その瞬間、優希の顔に今度は一気に明るい光が戻った。
嬉しさを隠しきれず、弾むような声で言う。「ボク、コーラの瓶、お店に返してくるね!」
優希は空き瓶を両手に抱えると、まるで羽が生えたような足取りで海の家へと走っていった。
その後ろ姿を見送りながら、隆は頭をかいて夏帆に笑いかけた。
「俺、一人っ子だからさ。なんだか本当に弟ができたみたいで、あいつ可愛いくてしょうがないんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、夏帆は一瞬呆気にとられたような顔をし、次の瞬間、声を上げて吹き出した。
「……あははは! ちょっと隆、あんた本当に鈍いって言われない?」
「えっ? いや、俺、今日一度もワイプアウト(ボードから落ちること)してませんけど。結構バランスいい方です」
「あはは、そういうことじゃなくてさ……」
夏帆が呆れたように笑っているところへ、優希が息を切らせて戻ってきた。それを見て、隆がしっかりと立ち上がる。
「じゃあ、夏帆さん、ボードありがとうございました。今度また海風食堂に来てくださいね。美味い地魚、サービスしますから」
「失礼します」
優希は今度はしっかりとペコリと頭を下げると、隆の背中のすぐ後ろをぴったりと付いて歩き出した。
遠ざかっていく二人の後ろ姿──大柄な少年の影と、その少し斜め後ろを一生懸命に付いていく小さなお坊ちゃんの影を、夏帆は顎に手を当てながら見送っていた。
「……振られちゃった。っていうか、あのコ、意外と侮れないかもね」
夏帆は誰もいない波の音に向かって、小さく悪戯っぽく呟いた。
◇
海岸通りから潮風の吹き抜ける細い横丁へ折れると、そこに蔦の絡まる煤けたレンガ造りの建物があった。
喫茶「篝火」。
「ここのマスター、親父の知り合いなんだ」
隆が重いガラスの扉を押し開けると、カランコロンと古びたドアチャイムが涼しい音を立てた。
店内は、まるで昭和のどこかで刻を止めてしまったかのような、琥珀色の空間だった。
使い込まれた革張りのソファに、磨き上げられたマホガニーのテーブル。そして何より、この田舎町には珍しいほど冷気を含んだエアコンの風が、火照った二人の肌を優しく撫でた。
「涼しい……!」
隆も優希も、思わず声を揃えて小さく溜息をついた。
まだ十一時前という時間の手前、客席には奥のボックス席で新聞を広げる老人が一人いるきりで、静謐な空気が満ちている。
カウンターの奥から、白い蝶ネクタイを締めた初老のマスターが顔を出した。
「よう、隆。今日はうちの珈琲豆の研究にでも来たか」
「いえ、今日は食べる方です。ちょっと早いんですけど、ランチってやってもらえますか?」
「朝から鳴浜で波乗りごっごたぁ、ご苦労なこった。カレーにオムライス、ナポリタン、何でもござれだ」
隆は優希に向き直り、「少し早いけど、食べていかないか。ここの洋食、本当に美味いんだ」と声をかける。
「うん、僕も朝が早かったから、なんだかお腹が空いちゃった」
優希が嬉しそうに頷くのを見て、隆は頼もしそうに微笑んだ。
「じゃあ俺、カレーにします。大盛りで」
「ボク、オムライス」
外はすでにアスファルトがちりちりと音を立てるほどの猛暑になりつつあった。
涼しい店内に逃げ込めたのは、まさに最高のタイミングだった。
ほどなくして、厨房からバターと、香ばしいカレーの匂いが漂い、二人の前に料理が運ばれてきた。
「まずは腹ごしらえだな」
隆がスプーンを握る。優希はスプーンで薄焼き卵の真ん中をそっと割り、湯気立つチキンライスを熱そうに口へ運んだ。
一心にオムライスを頬張る優希の、リスのように膨らんだ頬を、隆は年の離れた弟を慈しむような、温かい眼差しで見つめていた。
外の蝉の喧騒も、この冷んやりとした空間ではどこか遠い世界の出来事のようだ。
穏やかで、満ち足りた二人のランチの時間が流れていく。
食事が終わるのを見計らって、隆はマスターに目配せをした。
「マスター、あいつにいちごパフェ、ひとつ」
「えっ、いいの……?」優希が驚いて大きな目を見開く。
「子供は遠慮すんなって。たくさん歩いたんだからさ」
自分だってまだ小学六年生の子供のくせに、隆は少し大人ぶって、運ばれてきた漆黒の液体──ブラックコーヒーのカップに手を伸ばした。
マスターにわざわざ「マンデリンの単品」をリクエストしたそれは、外航船の船長である父・達也が帰国するたびにこの店で美味そうに啜っている味だった。
まだ隆の舌には少しばかり苦すぎたが、隣で幸せそうにパフェの生クリームを掬っている優希を見ていると、その苦味さえも心地よく感じられた。
隆は優希がチェリーを口に運ぶのを待って、声を少し低くした。
「それでさ……あのコインに刻まれてた文字のこと、何か分かったか?」
「あっ、そうだ! すっかり言うの忘れてた。おにいちゃんが優しすぎるから……」
優希は急にハッとしたようにスプーンを止め、頬をほんのり赤く染めた。
「なんだよそれ。お前、そのために真っ先に鳴浜まで来てくれたんじゃないのかよ」
優希は「違う」とも言えず、小さく唇を噛んで言葉を飲み込んだが、すぐにカバンから昨日隆が写した紙を取り出し、真剣な目に切り替えた。
「あのね、あのコインに書かれていた文字、ラテン語だったんだ。お父さんの書斎の本で調べたの」
優希の小さな指が、紙に書かれた文字列を指す。
「『CONCORDIA RES PARVAE CRESCUNT』。訳すとね、『一致団結すれば、小さなことも大きくなる』っていう意味なんだって」
「これ、江戸時代にオランダが貿易用に使っていた本物の金貨に刻まれていた言葉と、まったく同じなの」
隆はコーヒーカップを置いたまま、息を呑んだ。
「一致団結すれば、か……。俺たち白鴎丸の旗印にぴったりの文句だけど……それがオランダの貿易金貨だったなんてな。やっぱり、ただの真鍮の玩具なんかじゃなかったんだ」
窓の外のぎらつく光を見つめながら、隆はしばらく考え込んでいた。
長崎の出島ならともかく、なぜそんな歴史の遺物が、この相模湾の、それも鳴浜の海岸に流れ着いたのか。
「大金星だな、優希。お前のおかげで、もの凄く大事なことが分かった。……これはパフェ一杯くらいじゃ、釣り合わないくらいのお手柄だぜ」
隆が真っ直ぐに褒めちぎると、優希の顔に満面の、太陽のような笑みが弾けた。
「良かった……! おにいちゃんの役に立てて」
「午後の郷土資料館で、定夫や航たちと合流すれば、もっと詳しい歴史が分かるかもしれないな」
ただの海岸のゴミ拾いが、優希の隠された知恵によって、途方もない歴史の闇へと繋がろうとしている。
これは、とんでもない大事になるかもしれない──少年らしい昂りと、ほんのわずかな予兆が、マンデリンの香気と共に喫茶店の中に溶けていった。
隆はポケットの中のコインの重みを思い出しながら、胸の奥が微かにざわめくのを感じていた。その重みは、金の重さだけではないような気がした。
まるで三百年前の誰かが、自分たちを呼んでいるようだった。
◇
町の郷土資料館は、真夏の焼け付くような日差しを遮る町役場の一角に、ひっそりと隣接された小さな二階建ての建物だった。
入り口のコンクリートの照り返しの中で、既に待っていた定夫と航が、歩いてくる二人を見つけて手を振った。
いつも通りの小綺麗な優希はともかく、夏帆との「コーチ」を意識して妙にお洒落をした私服に身を包んだ隆の姿を見て、定夫がからかいの言葉を口にしかけた。
しかし、近づいてきた隆の、尋常ではない緊迫感を孕んだ表情を見た瞬間、定夫は言葉を失い、思わず押し黙った。
隆は二人を強引に引き寄せると、周囲を警戒しながら声を絞り出すように囁いた。
「あのコインの正体がわかった。優希が調べてくれたんだ。あれは、本物の『金貨』だ。……問題は、なぜ鳴浜にそんなものがあるかってことだ。急いでこの町の歴史を調べるぞ」
定夫と航の顔が瞬時にこわばり、深く頷いた。
手押しのガラスドアを開けると、資料館の中は観光客の姿もなく、不気味なほどガランとして静まり返っていた。
冷房の低い機械音だけが響くロビーには、鷗ヶ埼町の大きな立体地図や、「昭和二十八年の航空写真」が薄暗い照明の下に展示されている。
最初の小さな展示室には、約八千五百万年前(後期白亜紀)の日本近海に生息していたという首長竜「フタバスズキリュウ」の巨大な頭部化石と復元図が飾られており、その大きな顎が四人を威圧するように待ち受けていた。
「こんにちは!」
定夫が静寂を破るように声を張り上げると、奥の事務室から、白髪混じりの小柄な学芸員のおじいさんが顔を出した。
「おや、定坊か。珍しいな、こんなところへ来るなんて」
「夏休みの自由研究で、この町の歴史を調べているんです!」
「それはいい心がけだ。何でも聞いてくれ」
ここでも定夫の人脈が遺憾なく発揮された。
「江戸時代の海のことを知りたいんです」
隆がそう言うと、学芸員は少し意外そうな顔をした。
「お前は、漁港の食堂のせがれだな。なら、ちょうど良い展示がある。こっちへ来なさい」
学芸員は四人を薄暗い展示室の奥へと促した。
そこには大小さまざまな木造船の模型が並んでいた。
石を山のように積んだ船。
魚を運ぶ細長い船。
漁師の小舟。
学芸員は、その中の一隻を指差した。
「これは石船だ。この町は昔、本小松石の積み出し港だった。毎日のように江戸へ石を運んでいたんだよ」
「だから船がたくさん出入りしてたんですね」 優希が呟く。
「そう。そして船が集まるところには、人目に紛れて荷を動かす者もいた」
「密輸……ですか?」航が低く言った。
学芸員は少し笑った。
「密輸というより、『沖買い』という商売だね」
壁の古い絵図を指さす。沖合で二隻の船が横付けになっている。
小舟が忙しく行き来していた。
「陸へ入る前に、沖で荷を積み替えてしまう」
「そんなことが本当にあったんですか?」
定夫が目を丸くする。
「記録に残っている」
学芸員は頷いた。
「特に相模湾ではね」
隆は胸の鼓動が少し速くなるのを感じた。
「……相模湾?」
「浦賀奉行所があったからだ」
「え?」
「江戸へ向かう船は浦賀で改めを受ける。しかし、その前ならどうだろう」
航がすぐに答えた。
「荷物を隠せます」
「その通り」学芸員は満足そうに笑った。
「だから、このあたりでは沖買いが盛んだった」
隆は思い切って聞いた。
「オランダとも関係ありますか」
学芸員の目が少しだけ細くなった。
「君、そこまで調べてきたのか」
部屋が急に静かになる。
「長崎だけがオランダとの窓口だったと思われがちだが、実際には抜け荷も少なくなかった」
「抜け荷……」優希が小さく繰り返す。
「幕府に隠れて行う密貿易だ」
学芸員は展示ケースから一枚の古い絵を取り出した。
そこには洋船らしき船影が描かれていた。
「笠島沖にも、阿蘭陀船が現れたという古記録が残っている」
四人が一斉に顔を見合わせる。
「そのとき、代金は何で払ったんですか」
隆は自分でも驚くほど震えた声で尋ねた。
学芸員は少し考えてから答えた。
「日本の小判ではない」
その一言で空気が変わった。
「阿蘭陀金。正式には、オランダ・ダカット金貨!」
学芸員の説明が終わり、途方もない興奮と緊張を抱えた三人が、急ぎ足で出口のガラスドアへと向かう。
「おじさん、ありがとうございました! すげえ勉強になりました。また幸浦で一緒に釣りしましょうね!」
定夫が辛うじて愛想よく挨拶を返し、逃げるように郷土資料館を後にした。
だが、優希だけが、その足取りを止めていた。
ロビーの壁に掛けられた、セピア色に変色した大きなパネル──「昭和二十八年の航空写真」。
優希はその前に立ち尽くし、大きな目を凝らして、ある一点を凝視していた。
「おにいちゃん、待って」
優希の硬い声に、隆が振り返る。「どうした、優希? 急がないと──」
「この三石から少し戻ったあたり、今と形が全然違うよ」
優希の細い指先が、半島の西側の一角を指した。隆が怪訝そうな顔で引き返し、優希の肩越しに写真を覗き込む。
「そんなの、昔の埋め立てか何かで変わっただけじゃないのか? ほら、この辺はよく護岸工事とかやってるしさ」
しかし、優希は納得のいかない様子で、小さく首をかしげた。
「でも、この大きな岩の影……。この写真だと完全に陸地の上にあるのに、今は見えない」
「岩が海の中に……?」
隆は一瞬、その言葉の意味を考えようとしたが、外で待つ定夫と航がドアの向こうで手招きしているのが目に入った。
「……あー、潮の満ち引きとか、地盤沈下か何かだろ。とにかく、詳しいことはあとで白鴎丸で見よう。な?」
一歩外へ出ると、じっとりとした熱気が再び彼らを包み込んだ。
資料館の建物の裏手、人気のない木陰に身を隠すと、隆がゆっくりと振り返り、三人の顔を硬い表情で見つめた。
「……繋がった」
隆の口から漏れた呟きに、航も深く、重く頷いた。
何が起きているのか完全には理解していない定夫も、三人が途方もない歴史の真実に辿り着いたことだけは察し、肌に粟を生じさせていた。
「俺が鳴浜で拾ったのは、江戸時代、この海の密貿易の代金として支払われた──『オランダ・ダカット金貨』だと思う。そして、ここの海には……まだ、何かが眠っている」
航は、「でも、一枚だけ流れ着いた可能性もあるよな」
隆は、少し笑うと、「いや、一枚だけなら修一さんはあんな顔をしない。なあ、優希」
優希が頷く。
その時、役場の古びたコンクリートの壁の影──濃い、暗い引き幕のような日陰の中から、じっとこちらを凝視している視線があった。
汐見堂の店主、松崎修一だった。その視線は四人には向いていない。
隆の右ポケットだけを、まるで吸い寄せられるように見つめていた。
修一は、小さく笑った。
「……やはり持ち歩いているか」
いつも子供たちに向ける柔和な笑顔は、そこには微塵もなかった。
蝉時雨が狂ったように響き渡る中、修一の口元が、不気味に歪んだ。




