ゴリラ事件
プロトタイプ第一章第三話のゴリラ事件です。悪戯見つかったキーツ(一樹)君と、ギルドの仲間の話です。
キーツの所属ギルドは、紡績ギルドフリージアだ。世界にあるギルドでも一番歴史の浅いギルドで、立ち上げたのはフェサの先々代のギルマスのリール。
フェサは放浪の旅の最中に、フリージアに所属する街であるダーラの街に立ち寄った。それから色々あって、フェサの手腕で産業が栄えて、今では世界でもトップクラスの経済力を誇る紡績ギルドとして栄えているわけだ。
ギルドマスターであるギルマスの下には、その右腕となるサブギルドマスター、通称【サブマス】という職務の者がいる。そこから収集メインの戦闘集団を束ねる戦闘クラスマスターと呼ばれる職務の【戦闘クラスター】と、製造メインにギルドの経済を束ねる製造クラスマスターと呼ばれる職務の【製造クラスター】がそれぞれギルドを束ねて守っている。
また世界には国というものが存在しない。かつては王国が存在していた。だがどんどん滅亡していき、最後の王国であるルナス王国は、王国解体宣言を行って、実質世界から国というものは全て消滅した。
という訳で、統治自体は各地の街の有力者である領主と、各街幾つか束ねるギルドが共同で行っている。殆どの場合は、街の有力者で作られた【民間統治人】とギルドから選ばれた【ギルド統治人】が、会合を重ねて運営していく。
フリージアのギルド統治人はグラノスやミルティ、ナダといったギルド設立時からいるメンバーだ。彼らはリールに拾われて育てられた為、別名【リールの子】と呼ばれている。それに対してダーラの街からは、アブールやサマンサ、オーエンなどといった古くからの有力者で統治人が選出されていた。
他にもフリージア傘下には、ガオスという街やビルカンダ農町、ハラオ村といった街がある。そこでも民間統治人や領主がいてギルドと運営方針を決めているのだ。
※※※
そしてここは、ギルドフリージアのギルド総本部がある、ダーラの街の居酒屋【獅子亭】。
その居酒屋では所狭しと、戦闘クラスターのルーラや職人クラスターのガイ、サブマスのジャクソンにその娘のメイ、そして鑑定士のリレットといった豪華メンバーが集結して、賑やかな飲み会が開催されていた。
「よくやってくれた、キーツ!」
ルーラはだんだんとテーブルを叩くと、いっきに麦芽酒をあおった。
戦闘クラスターである豪胆な彼女は、酒にも滅法強い。勢いよく一気飲みでジョッキを煽ると、おかわりを要求した。
「寿命縮むかとおもったワイ!」
キーツの頭を軽く小突くのは、ガイだ。彼の織りなすウィンディシルクは他の者では簡単にまねができない、超一流の織物職人でフリージアの重要産業だ。
「ま、このアタシ自らが鑑定したから問題ないわよ」
眼鏡を軽く持ち上げて鼻を鳴らしたのは、鑑定士リレット。この世界でも超有名な名鑑定士で、彼女の鑑定眼は一度も揉めた事がない。揉めても同じ値段で更に他ギルドから買い手がつくし、引き抜きだってよく来ると聞く超有名人だ。
「まぁ、フェサが納品に行ったから問題あるまい。キーツもきちんと反省するんだぞ?」
穏やかに諭してくるのはサブマスのジャクソン。つまりは戦闘クラスターのルーラと製造クラスターのガイ、名鑑定士のリレットも含め、フリージアの豪華メンバーで食事を囲んでいるのだ。
それが一堂会して興味持つのは、キーツが受けている『しごき』の話だ。
みんな興味津々キーツの話を待つが、当のキーツはげんなりグロッキー気味だ。
というのも、さっきは時間外というのにガルーダに追い回されて拳骨貰ったからだ。
(ちょっと胴衣にゴリラの落書き縫い付けただけなのに)
ガルーダのギルドである【デュエル】はその名の通り『決闘』からきている。つまり戦闘力は恐ろしく高いギルメンは揃ってる。
だが反面職人が少ないのが難点だ。更に着る者の筋力を増強するマスクルクロスはフリージア傘下ガオスの特産で、使いすぎて擦り切れ始めていたガルーダの胴衣が、ガオスの職人工房に織り直し修理の依頼されていたのだ。
この手の注文は、ギルドに入ってるとギルド価格で依頼を受けてもらえたり、優先的に良い品を回してもらえる特典がある。そして他ギルドへの依頼は値段が跳ね上がるのもこの世界ならではだ。
とはいえ、ガルーダは武闘技祭典とも呼ばれる大会オリンピアの連続首位。賞金も稼ぎまくっての、世界きっての金持ちだ。
そのガルーダの胴衣だったのだが、キーツは隙を見てコッソリ拝借した。そして別の白布に落書きした『ゴリラの落書き』をちょこちょこ縫い付けた。
(我ながらよく出来てたと思うんだよね)
ちょっとした意趣返しのつもりだったし、ガルーダにバレる前に工房が気付いて取り外すと思ったのだが、バレた。
キッチリバレた。
というのも、キーツの特訓でダーラの街から同じくフリージア傘下のガオスの街を訪れたガルーダは、ついでに進捗確認に工房に顔を出したのだ。そこで何気なく職人が手に取って判明した。ガルーダにもばっちり見られた。
当然工房は大慌て、ガルーダマジ切れだ。
この手のしょーもない、ただし微妙なさじ加減で無性にイラッと来る、すごく絶妙なイタズラをやる犯人はキーツしかいない。一見調子のいいフェサもやりそうだが、彼は絶対にやらない。当の昔にガルーダに絞られ尽くして懲りてるからだ。
という訳で、犯人も一発でバレた。フェサに取っつかまって、ガオスの街の工房の事務所に引っ張っていかれて、珍しい大説教だ。
キーツが叱られている現場には、続々ギルメンが集まってきていた。みんな、それとなく叱られているキーツを見ていく。そしてその口元は笑いを隠せてない。
果たして解放されたころには『ゴリラ事件』は既にギルドじゅうに広まっていた。
全員すごくツボに入った模様で、会う人ごとに大爆笑だ。
「アンタ、ガルーダによくイタズラやったよ!あー、スッキリ!いくらイケメンでもアイツはゴリラだよね!」
まずルーラが上機嫌だ。そもそも彼女は、ガルーダと同族のグリジオ族という一族だ。グリジオ族は戦闘能力に長けた一族で、大抵はデュエルに属する事が多い。ルーラは色々因縁があってフリージアにいるが、この話は相当スカッとしたようだ。
「ちょっとしたイタズラじゃん」
「ワシが死んだら責任取るんじゃぞ?」
ガイも本当に職人クラスターとして後始末が大変だったと怒って見せるも、目は笑っている。やっぱりおかしくて仕方ないのだろう。
確かに工房の惨状を聞けばそうだ。
マスクルクロスは希少性が高いので、材料自体が相当高い。キーツのイタズラ縫いの縫い目が大事な織り部分の糸切れを起こしてないか、職人全員でオールチェックしたのは本当に大変だったそうだ。
更にリレットも納品の為に、気合い入れて念入りに慎重にしっかり鑑定した。そして最終的にギルド責任者として、ギルマスのフェサ自らが届けに行った。
「アイツまた拳骨食らって帰ってくるぞ」
全員またドッと沸いた。
そのフェサは、トンボが苦手だ。理由はそれこそガルーダだ。
「その能天気さはどこから来てるんだ!この極楽トンボ!」と毎回叱られすぎてるからだ。更にガルーダの拳骨は痛い。つまりトンボすら苦手になるぐらい苦手なガルーダの説教と拳骨受けてきた訳だ。
だが今回はフリージア特産品だからこその依頼だし、イタズラしたのもフリージアのギルメンであるキーツだ。謝罪しにいくのはギルマスの仕事になる。
「アイツが帰って来たら、治癒魔法でもしてやんな!」
「わかってるもん」
「賭けよっか!アイツいくつたんこぶ作ってくると思う?」
リレットが明るく楽しそうにそう言った時だった。
「おめーら……楽しそうだなぁっ!!」
大きな声がして、同時にキーツのこめかみが拳でグリグリされた。
「あだだだだだっっ!」
「おめーのせいで、何発殴られたと思ってんだよ!」
彼らの背後でフェサが涙目で怒り狂っていた。
「ガルーダめちゃくちゃ怒ってっぞ!オレ、頭割れっかと思ったかんなっ!!」
「ごっ、ごめんっ!ごめんってば、フェサ!!」
みんなの予想通り、フェサは立派にたんこぶ作っていた。
彼はドカッと空いてる椅子に座ると、食事を全部自分の方へ引き寄せた。全員の食事を奪い取った。そして涙目無言でガツガツ食べ始める。
「拗ねてる……」
「めちゃくちゃ拗ねてる」
「中身ガキだかんな」
リレットとガイとグラノスが大きくため息ついた。
その中でルーラがそっとキーツに耳打ちしてきた。
「謝んなさい」
普段ニコニコしてる彼が涙目で食事してるのを見て、流石にキーツも良心が痛んだ。
確かにガルーダにキーツの特訓の依頼を出したのはフェサだ。だがオリンピアでルーン貰うためには、勝たなければ意味がない。そういう意味では、フェサは普通なら絶対頼めない相手にわざわざ頼んでもくれていた訳だ。
それがキーツのイタズラで拳骨と、多分説教もかなり長かったのだろう事は推察される。
(と、どうしよ……)
目の前で涙目でドカ食い。
流石のキーツも反省だ。
「えっと……命の息吹」
キーツはまず魔道具であるライのペンダントに魔力を込めて治癒魔法ヒールをかけてみた。
魔法は聖遺物に触れる以外、基本的には使えない。キーツは何故か使えた。更に拾われた時に持っていたのはこのライのペンダント一つ。
だがこのライのペンダントは、魔力の流れである【命の水糸】を読む事が出来るから便利だ。今もフェサに流れる命の水糸を読み取って、途切れているところに修復をかけていく形で相手の傷や痛みを軽減させる事が出来る。
更にヒールは万能魔法だ。これの回復効果は多種多様あり、治癒もだが治癒促進効果もある。
怪我や痛みだけじゃない。病気の治癒だって効果がある汎用性の高い魔法だからこそ、みんな魔法の習得では基礎として習う魔法だ。
それはさておきだ。
「たんこぶ消えた?」
フェサの頭の癖っ髪をワシワシ触っても彼は返事しない。振り払いもしないが、返事もしない。
「拗ねると、フェサは長いんだよねぇ」
ルーラが大きくため息をついた。ジャクソンがフェサに大きなその手を差し伸ばす。
「鍵くれ。オレに出来る仕事終わらせとく」
フェサから無言で鍵が渡されると、ジャクソンはメイの手を引いて居酒屋を後にした。元々メイはおとなしい娘だから、父親の執務の邪魔はしない。更に気の利く優しい彼女は、フェサの手を取ると「いたいのいたいの、とんでいけ」と言って子供のおまじないまでした。
「私らも悪かったよ」
リレットも謝罪した。
「ワシらもちょい遊びすぎたわ」
ガイも謝るし、ルーラも手を合わせて謝罪する。
あと残ったのはキーツだ。
ジロッとフェサがキーツをみた。
(う、うわ。機嫌めちゃくちゃ悪いよね……)
ガルーダの拳骨の威力はよく知っている。しかも昼間はガルーダから庇ってくれていたのも知ってるし、それから追いかけられるほど怒らせたのはキーツのイタズラが原因で、フェサには問題がない。
「おい、麦芽酒くれ!」
厨房に向かってフェサがそういうと、ルーラが慌てて止めた。
「やめなよ!アンタ酒弱いじゃん!!」
「飲む」
「もう本当に身体壊すから!キーツ!!」
「ごめんなさい」
キーツは深々と頭を下げた。
別に謝る気がなかった訳ではない。普段温和なフェサの怒りの凄まじさに、どう謝れば良いかわからなかったのである。
「で?」
「フェサはオリンピアでちゃんと勝てるようにガルーダに依頼してくれたのに、ボクは拗ねてイタズラしました。反省してます。本当にごめんなさい」
「ったく……」
珍しく彼は眉間に皺を寄せていた。初めて食らった彼の怒りは相当だ。それでも怒りを抑えようと深呼吸を繰り返して、それ以上は怒ろうとしない。
「まぁ良いや」
彼はようやく大きなため息をついた。
「オリンピアに際しての出場権規定は知ってんだろ?」
「う、うん」
キーツは頷いた。
オリンピアには、まずバトルポイントが規定以上なくてはならない。
キーツはまだ、バトルポイントが規定値には達していない。これはギルメン全員謎扱いだ。
『レベル的に達してるイメージあるんだけどなぁ?』
『キビカットもアンゴラビットも上手に狩れるし?ヤツらも結構中級でも上のクラスだよな?』
ルーラも鑑定士のリレットも首を傾げてるが、何度測ってもまだキーツは規定値に達していないのである。
「どう言おうと、バトルポイント満たしてねー奴は、オリンピアには出れねー」
「うん」
「だから明日からはオレが稽古つける」
「え?」
「ガルーダも忙しいかんな。オレも手を抜くためにアイツに押し付けたのは事実だし」
(手を抜いたんだ)
全員がフェサを見やると、彼はコホンと咳払いして続けた。
「明日から希望者は徹底的にしごきあげる。覚悟しとけ。稽古は自由参加だ」
「アタシ、マジでやって良い?」
ルーラの楽しげな声が上がった。
「ああ。オレ相手ならな。ジャクソンはどうする?」
「少し俺も本気にさせて貰おうかな。リレット、メイを預かってて貰って良いか?」
「いいよ。アタシ戦闘向きじゃないし」
「キーツは強制参加だ。オリンピア出てーんだろ?」
「う、うん」
(「ちょっと儲けたい」って言っただけなのに)
全員の脳筋ぶりにドン引いてます、とはとても言えない。
悪戯はした。だが藪蛇だったようで、明日からも特訓だ。しかもフェサが本気を出すらしい。
(ボクはネコです。のんびりしたイエネコ属性です。のんびりさせてください)
本音でそう思ってるがもう言えない。たまにはサボりたい気分の中、キーツはゲンナリしてがっくり肩を落とした。
プロトタイプの第一章は一旦これで終わりです。
他は書き直してる本編に影響がないと判断したら、ちょこちょこ載せるかもしれません。
あとは落ち着いてるときに、Xで公開していた小話もアップします。
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